仏の一面、修羅の二面 ④
2月18日 午前7時45分更新
2月18日 午後16時22分更新
2月19日 午前9時27分更新
〜午後14時45分 ベルカ孤児院〜
「そんな……酷い…」
遅れて到着したホークは孤児院の惨状に言葉を失う。
「……私たちの家が燃えてる…」
一人のシスターが呟いた。
瘴炎の渦と黄色の煙はまるで悪意の牙だ。
寄付金で貯まった財産もオーランド総合商社の援助で改築された家屋も……大切な思い出まで抗う術なく奪われていく。
「女神フラムよ……どうか罪深い我々に慈悲とお導きを…!」
必死に無事を祈るナタリアを横目に、幼い孤児達は理不尽な現実に唖然とするばかりだった。
「…滝となり落ちろスプラッシュ!!」
ドンパンは必死に炎を消そうと水魔法を発動させ鎮火を試みるが、無駄だった。
「チッ!やっぱ普通の炎じゃねぇ……ソンタぁ早くしてくれよ!?」
勇猛心にはギルドカードの通信機能を使い、連絡済み……ソンタは金翼の若獅子に向かっていた。
「……人影?」
孤児院から此方に向い、歩く誰かにホークは気付く。
「あぁ…!?」
その場に居た全員が絶句した。
「ユ、ユ゛ーの兄゛貴ぃ……!」
猛る炎を背に気絶した四人を背負い生還した悠の姿を見て、彼は安堵の涙を流す。
「……ゴンゾーも彼女もリルとカインも火傷が酷い…このポーションを飲ませてくれ」
地面にそっと下ろす。
「…へい!」
ドンパンは涙を袖で拭き、受け取ったポーションを飲ませると四人の傷が治癒し安らかな寝顔に変わった。
「ぐっ…これは……!」
突如、悠は顔を抑えその場を離れて蹲る。
「大丈夫で……ひっ!?」
心配したホークが駆け寄り、顔を覗くも小さな悲鳴と共に後ずさった。歯を食い縛り、冷や汗を流し血管が浮き出た悠の形相は尋常ではない様子を物語っている。
「そ、その目は一体……?」
掠れた声で問うも返答はない。
眼球の動きが左目と違い、右目は彼女を捉えている。
そして、驚くことに瞳孔は蛇の如く縦長に細まり、角膜は爛々とした金色に染まっていた。
……ミコトに瓜二つの瞳に射抜かれ、ホークは形容し難い恐怖に震え怯えるのであった。
〜同時刻〜
「そ、その目は一体……?」
…だ、駄目だ!息苦しくて答えれないっ……体が熱く血が滾る……なんだこの衝動は!!
ホークさんの姿が霞み、黒い靄が彼女を覆った。
…獣……深淵の獣、か?
「……殺す」
「え…」
「殺……ちっ!あ、頭が…」
自分でも分からない不明瞭な感情に戸惑う。
……深呼吸を繰り返し次第に落ち着いてきた。頭痛も治り、嫌な汗が引いていく。
「黒永さん……?」
「……何でもない…ちょっと目眩がしただけです」
立ち上がり、答えた。
「大丈夫さ」
「目眩って……とても大丈夫そうには見えませんでしたが?……それに右目も」
「右目?」
「あ、あれ」
ホークさんは何度も目を擦り、怪訝そうに首を傾げた。
「!」
孤児院を燃やす炎が静かに消えていく。
「えぇーー!?」
隣で彼女も驚いていた。ドンパンも言ってたが、明らかに第三者による人為的な攻撃に違いない。
「……『ネフカンパニー』」
思い当たる伏は一つだけだ。
焼け落ちた瓦礫を睨み、拳を強く握り締めた。
〜午後15時50分 焼け落ちたベルカ孤児院 中庭〜
約一時間が過ぎ、孤児院には大勢の人が集まった。
「……悪い夢でも見てるようでありんす」
勇猛会の若衆を率いて駆け付けたガラシャさんは、惨憺たる光景を横目に厳しい顔で答える。
「勝手に鎮火する毒の炎、ね〜……呪術か裏魔法だと思うけど酷いな……」
ムクロさんは、燃え滓を触り溜め息を吐く。蟻の探検家は第一騎士団の隊員と共に現場を検証していた。
「ゴンゾーは命拾いしたわぁ……ユーがいなきゃ今頃……」
「当然、修道女も孤児も含め死んでただろうよ〜」
……あらためて言われるとゾッとする。
「まさか、『戦慄を奏でる旋律』が現場に来るとは思いやせんでしたが」
「他の十三翼も来たがってたけど生憎、仕事で外せなくてさ〜……蟻の探検家は痕跡の発見が得意だし役立つと思って立候補したんだ」
「……本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる。
「おいらに礼は要らないよ!でも…」
「……ユーは大丈夫でやしか?」
ムクロさんとガラシャさんが俺を気遣う。
「怪我してないから」
「精神的に……って意味で彼女は聞いてるんじゃないかい?」
「……」
俺は答えなかった。
爆発しそうな怒りを抑え、この場に残るのは検証が完了するまで待機するよう顔馴染みの騎士団員ヒースフェアに強く請われたからだ。
その時、モータン馬車が孤児院の前に急停車した。レイミーさんと数人の部下が血相を変え降車し、こちらに駆け寄る。
「騎士団に連絡を受け来ましたがここまで酷いとは……全員、無事ですか?」
「ええ…でも、俺が来るタイミングが遅ければ死人も出てました」
静かに答える俺の横顔を見て、彼女は黙る。
「……全焼じゃないか」
「誰がこんなことを…」
部下は動揺を隠せず、狼狽えていた。
「…一体、何があったのですか?」
「今、それを探ってるとこでやし」
「……貴女は『勇猛会』の副GMのガラシャさんですね」
「よろしゅう」
「一般人と子供を焼き殺そうとするなんて、犯人はまともな神経じゃないのは確かだね〜」
「『勇猛会』の護衛の目を欺くなんて驚きね」
キセルを吸い、煙を吐き出し厳しい顔で喋る。
「憎らしいけど敵は相当な手練で狂人……うちの若衆を殺そうとした落とし前は必ず着けさせて貰いやすわ」
レイミーさんは眉間に皺を寄せ口を開く。
「…考えられるのは商売敵の犯行かしら」
「おいおい!ユーリニスが資金援助してる商人ギルドじゃんか」
「…『貪慾王』が襲撃に絡んでるのが、事実なら大問題でありんす」
「いや……いくらユーリニスでも孤児院襲撃に関与すれば、自分の立場が窮地に立たされるって理解してるはずだよ?」
「……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『奇遇だな。私もそうだ。…幾ら貴様が手駒を潰そうと私に繋がる決定的な証拠は何一つ残らん…法も味方はしない……私と敵になる覚悟は出来てるのか?』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あの日のやり取りを思い出し呟いた。
「不毛だ」
「…悠さん?」
「間違いなく野朗の仕業だが、ここで議論してもあの野朗まで何一つ届かない」
…ユーリニスは自分に矛先が向かわないよう、用意周到に手筈し高みの見物を決め込んでるのだ。
断言する俺に三人は複雑な表情を浮かべ沈黙した。
「……皆さん」
事情聴取を受けていたナタリアさんが戻って来た。両頬には涙の跡が乾き、残っている。背後には他のシスターと子供達も疲弊し焦燥した面持ちで、控えていた。
「…今回はご迷惑をお掛けしました」
「頭を上げて下さい。貴女が謝る必要は何もないわ」
謝罪する彼女にレイミーさんは優しく声を掛ける。
「…ガラシャさんも護衛して下さった方々を危険な目に遭わせてしまってすみません」
「それがわっちらの仕事でありんす」
首を横に振り、ガラシャさんは答えた。
「……そして、悠さん」
俺を見て唇を噛み締める。




