八つの大罪と悪意の牙
2月9日 午後12時28分更新
2月9日 午後18時34分更新
2月10日 午後15時47分更新
2月10日 午後21時更新
2月11日 午前8時更新
〜昨夜 リドラ地方 廃都エルサレム〜
首都ベルカから東に遠く離れた僻地……リドラ地方。
国境沿いに位置する廃都エルサレムは度重なるルルイエ皇国軍と国境警備軍の衝突で不毛の荒野と化していた。
数年前、和平協定が両国家間で結ばれたが民衆は都市を捨て無人となり、今や凶悪なモンスターが巣食う嫌厭されし都である。
……ゆえに無法者にとっては天国と言えよう。
エルサレムの地下には地上で闊歩するモンスターより悪辣非道で危険な闇ギルド……各地に点在する八つの大罪の基地が存在していた。
〜百合紅の月31日 夜22時54分 エルサレム支部〜
何一つ装飾のない、薄暗い部屋の中央に円卓が佇む。
「……諸君、人造神の遺骸の回収だが首尾は上々だ」
八つの椅子の三つは空席だった。
「『囀る汚泥』も右腕の奪取に成功……計画は順調に進行中と言えるだろう」
ユーリニスは集まった幹部に告げる。
「じゅんちょ〜〜って……ウヒヒ!本気で言ってるぅ?」
両瞼と口の端を糸で綴じた女が横槍を入れた。
「何が言いたい『鴉の魔女』?」
黄檗色の羽毛に覆われたケープを纏う異相の女にユーリニスは問う。
彼女の名前はハヴエ・マレフィセント。八つの大罪の怠惰の大幹部にして恐ろしい魔女だ。
「『黒髭』のお嬢ちゃんのことね〜〜」
「……」
ハヴエの正面に座るミーシャは不快感を顕にした。
「『阿修羅』と『荊の剣聖』にやられて右眼の回収にしっぱーーい……幹部失格じゃなぁい?」
「黙れ糞ババアって話よ」
「図星を突かれてご機嫌斜めかしらぁ〜ん」
「……その口もっと引き裂いてやろうか?って話」
「ウヒヒィ……やれるもんならやってみればぁ」
「……」
「……」
一触即発の不穏な空気が漂う。
「言い争いは止めろ」
ユーリニスが二人を宥める。
「『鴉の魔女』よ、初代『聖女』が遣わした守護者が警護するガルカタ大聖堂は、他の遺骸が封印されし魔窟に比べ厄介だったのも事実なのだ」
「……ふぅ〜〜ん」
「しかも追撃者は『阿修羅』と『荊の剣聖』……くっくっく…ミーシャでなければ逃げ切れなかったかも知れんぞ」
「うっざい女騎士さまの実力は知ってけど噂の『阿修羅』ってほんとぉ〜〜に強いん?」
懐疑的な口調と眼差しでハヴエは問う。
「ああ…私でも力を隠したまま挑めば、全く敵わんだろう」
「へぇ〜〜!興味湧くわそいつ」
「……さっさっと話を進めろ。これ以上の無駄話は御免だ」
擦り切れた外套を羽織り浪人風の男が苛立った口調で急かす。白髪が混じった黒髪を一本にまとめ、左目は白濁としていた。
彼こそが『忌剣』の悪名を轟かす憤怒の大幹部……名はカツラ・ロクジョー。
「うー……あー…?」
虚空を見上げ、掠れた声を子供がカツラに向け発した。
少年は中性的な容姿だが、涎を垂らしメトロノームのように一定感覚で頭を左右に振っている姿は奇怪だった。
……この子供の名前はグラ。名はそのまま暴食を意味し、八つの大罪の大幹部である。
「………」
隣に顔半分が見えない程、深く茶色の頭巾を被った妙齢の女が服の裾でグラの涎を拭いた。
仄暗い印象を与え、口を開かないが戦場で『囀る汚泥』の二つ名を知らぬ傭兵は居ない。
名前はマリーアン・ザカート。色欲の大幹部にして、その首に懸けられた賞金額は5億Gを超える。
「『忌剣』の言う通り、少々脱線したが本題に入ろうではないか」
ユーリニスは人造神の遺骸の収集と平行し、次なる目標を静かに語った。
〜30分後〜
「ーーーー……以上だ」
ユーリニスが話し終えるとカツラとグラが水晶を砕き、闇に紛れ消えた。ミーシャが苦痛の山で使った遠くの場所までテレポートする呪具を使用したのである。
「ミーシャ」
「なに?」
「先程も言ったが、お前には人造神の右眼を奪取して貰う」
「……」
「ラフランの秘匿教会の警備は厳重だが『囀る汚泥』と『教授』のサポートがあれば問題ない」
「あっそ」
不意に悠の言葉を思い出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『それに…もし本気で罪を償う気があれば力になる』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……」
罪悪感のない彼女は当然、理解不能だ。……しかし、喉に刺さった魚の小骨のような違和感をあの日から感じていた。
「よもや怖気ついた訳ではあるまいな?」
少女の機微を察しユーリニスはわざと問う。
「……はっ!寝言は寝て言えって話」
「では『教授』と合流し目的を果し給え」
ユーリニスがそう言うと、小さく舌打ちし水晶を砕く。
ミーシャが消えマリーアンも後を追った。
「ぶっぶぅ〜…本当に任せて大丈夫なの〜〜?」
ハヴエはミーシャが座ってた席を横目に問う。
「問題ない」
「だってあっからさまに様子が変じゃ〜〜ん」
ユーリニスは目を細め答えた。
「ミーシャは強い」
「ほえ?」
「金屑の禁による広範囲で一撃必倒の攻撃と流動しダメージを分散させ無効化する防御力……あの禁術は無敵に等しい能力だ。生まれ持ったスキルも併せれば、先ず敗北はあり得ない」
「ま、一子相伝の禁術だからね〜〜……たぶん起源はロスト・マジックから派生したアビリティだと思うけどぉ」
「ああ……罪の意識もない故、殺人に躊躇がなく実の兄が死んでも涙一つ流さず、情に左右されない。そんな最高の手駒を一度の失敗で見限るのは愚の骨頂だろう?」
「うっわ〜!いつも平気で人を見捨てる癖にきもち悪っ」
唇の端を吊り上げ、ユーリニスは嗤う。
「それに今回の件は大きな収穫もあった」
「収穫?」
「黒永悠の危険度の再認識と利用価値……致命的な脆さを知れた。報告から推測すると奴は、信じ難いが状態異常を無効化する耐性と探索に秀でたスキルを保有している」
「へぇ…」
推察は完璧に当たっていた。
「だが、反吐が出るほど甘い。ミーシャを殺さなかった挙句、説教を垂れ改心を懇願するとはな」
ハヴエは理解し難いのか顔を顰めた。
「女子供を敵と見做せないのだろう」
「偽善者って嫌いだわぁ〜〜」
「フハハ!あれは正しく私とは、真逆に常軌を逸してるのだよ……お陰で予想通り、ミーシャは負けなかった」
何故かユーリニスは嬉しそうだった。
「黒永の従魔に、我々が知る契約者の概念は通じない」
「……んでその厄介な『阿修羅』をどーすんのさ?」
「うむ…わざわざあの怪物にこちらの主戦力を割き、無闇に消耗する必要はない。奴が優れた冒険者であり、善人である以上、最大限に利用しようではないか」
「?」
「『殺人蜂』には既に命令を下した。お前には後始末を頼むとしよう」
ユーリニスはハヴエに作戦を説明した。
〜数分後〜
「……ほんっとアンタってエグいわ」
聞き終えた彼女は呆れた様子で水晶を砕く。
「フフフ」
「ま、楽しそーだしいいけどね〜〜」
不敵な笑みを浮かべハヴエは闇に溶けた。一人残ったユーリニスは目を瞑り呟く。
「黒永とは私が戦う他、あるまいよ……なぁシエル」
背後に現れたユーリニスの従魔は哀しげに頷く。
棘付きの錆びた鎖を巻かれ塞がれた双眸…折れ焼け焦げた両翼…頰に残る血の涙の跡……それは、拷問され迫害を受けた天使のような風貌であった。
「人造神…そして、『混沌の匣』……この二つが揃えば、私とお前の悲願が成就する」
ーーー………。
「始まりは小さな夢、か」
彼は微笑む。
…全ての策略がユーリニスの願いを叶えるための手段に過ぎない事は大幹部ですら知らない。
「……皮肉にも世界でただ一人、理解できるのは貴様だけだろうな」
そして、部屋から誰も居なくなった。




