残ってる仕事を片付けよう!⑤
2月5日 午後22時更新
2月7日 午後21時05分更新
2月8日 午後14時50分更新
〜午後17時40分 四階 執務室〜
業務会議が終わったと執務室に通される。
挨拶もそこそこに、本題に入った。
……自分がこの世界の住人ではなく、地球という異世界から女神に召喚された異邦人だと説明し今までの経緯も語る。
もう彼女にも、隠す必要はないと判断したのだ。
レイミーさんは顔色一つ変えず黙って静聴していた。
〜10分後〜
「成る程」
話し終えると一言だけ答えコーヒーを注いだティーカップを啜る。
「面白いわ」
「面白い?」
「文化も言語も習慣も違い類似する事柄が存在すれど、明確な相違点を持つ別世界……まるで双子みたいですね」
あ、あれ……涼しい顔で感想を述べられたぞ。
「……驚かないのかな?」
「悠さんはわざわざ妄想を言う人ではありませんし、常識に疎い理由も納得できました」
「そうですか…」
秘密にしてたのが馬鹿らしくなるほど反応が薄い。
「貴方は貴方でしかない」
「え?」
「私の目の前に座る悠さんこそが私にとって真実です」
「……」
「何を言われようともう変わりません」
心に響く答えだ。
「……唯一、不快なのは私に打ち明けるのが他の女性陣に比べ遅かったことだけよ」
ジロっと冷ややかな眼差しを向けられた。
「す、すみません」
思わず謝る。
「今回だけは不問にしましょう」
肩の荷を下ろし軽くなった気分だ。
「そういえばギルドの準備はどう?」
「よーやく名前が決まりましたよ!『反逆の黒』ってギルド名です」
「成る程……では『反逆の黒』に開店する道具屋の件で少し話してもいいかしら?」
「ぜひ」
レイミーさんは立ち上がり、デスクから分厚い書類の束を持って来た。……何十ページあるんだろ?
「私が考えた経営戦略を一通りまとめたレポートです」
何枚か捲り、ページを読むも難解なワードが沢山で内容が頭に入ってこない。
「…あれ」
商品と価格を大雑把に表にした図が目に止まった。
「軒並みポーションの値段がすっげー高いですね」
「そのページは悠さんが錬成する特製ポーションシリーズの販売希望価格を一覧にしてます」
どれも手軽に買おうと思えない値段だ。特に超特製エックスポーションが凄い。
…前にラッシュが一本で55万Gと言ってたっけ?
紙には聞いてたより安く記載されてるが、それでも超特製エックスポーション×1で42万Gの超高額アイテムだ。
こんなの金持ちしか買わないぞ!
「もっと安い方が売れると思うけど」
「…ふふふ、成る程」
そう言うと珍しくレイミーさんが微笑み、茶褐色の粉を敷き詰めた瓶を二つテーブルの上に置いた。
「悠さんにクイズを出しますわ」
「クイズ?」
「これは魔石を砕き燻って製造した消臭剤……どっちが売れてると思いますか?」
鋼鉄の探究心を使えば一発だが興が削がれるな。
「ふむ」
左の粉は小さく細かく砕かれているが、右は粒が大きく粗い……よーく観察すると右の瓶はラベルのみで左の瓶は効能や原材料までしっかり記載されたシールも貼っている。
「…左かな」
「どうしてそう思いました?」
「左の瓶の方が目につく」
客として見れば、左の消臭剤の方が魅力的に見えた。
「……残念ですが、正解はこっち」
レイミーさんは右の瓶を手に取る。
「えー!」
「ちなみに左の消臭剤は個人経営の道具屋が販売してる物で、右は『オーランド総合商社』が他国から輸入してる輸入品よ」
「右は特別な材料を使ってるとか?」
「いいえ」
左右に首を小さく振り否定する。
「原材料は一緒だし効能も変わらないけど、値段はこっちの方が高いわ」
……意味が分からん。安いのに売れない?
「答えはブランド力です」
「ブランド力?」
「当社は長年、独自の輸入・製造ルートで多岐に渡る商売に着手してきました。今やベルカでも一、ニを争う商人ギルドだと自負しています」
「うん」
「顧客に求められるニーズと市場の傾向を把握を怠らなかった結果、『オーランド総合商社』のブランド力を着実に高めたの」
レイミーさんは自慢気に語る。
「つまり、市民は商品を販売してる店で判断し購入してるのです」
「あー」
合点がいった。
「無論、販売品の品質は基準をクリアした物だけ……粗悪品は売ってません」
「成る程な」
「特製ポーションシリーズを高額に設定してるのも購入する客が実際、大勢いるからよ」
「うーん…」
「悠さんのネームバリューと値段が保証する効果に顧客は必ず満足するわ」
……例えると、100円ショップの安い商品が直ぐ壊れても納得するけど、ホームセンターで買った商品が壊れたら納得できない……そんな感じか?
「ま、俺は素人ですしレイミーさんに任せます」
「大船に乗ったつもりで任せて下さい」
暫く道具屋の開店に向けた準備について話し合った。
〜20分後〜
あらかた話し終えた頃を見計らい、一つ提案する。
「今度、良かったら家に遊びに来ません?」
「……悠さんの自宅に私が?」
レイミーさんの眉が僅かに動いた。
「ええ!ギルドを建てる土地も見て貰いたいし、夕飯はご馳走しますよ」
日頃、世話になってるお礼も兼ねてな!
「……」
「仕事で忙しいと思うし無理強いはしな」
「是非、伺わせて貰うわ」
食い気味な即答だった。
「…り、了解です。モミジと『巌窟亭』の子も来るので日程は調整して後ほど連絡しますね」
「……私だけでないのが残念だけど仕方ありません」
「何か言いました?」
小声だったので、聴き取れず聞き返す。
「気にしなくて結構」
「は、はい」
ぴしゃり、と言い放たれた。
「…そうだわ。良い機会だし私も質問があります」
「はい」
二枚の写真をレイミーさんはテーブルの上に置く。
おぉ!?す、スケスケでめっちゃエロい下着?
「うちの服飾部門の服職人が製作した下着の試作品の写真よ……悠さんはどちらが好みかしら」
「え、俺!?」
まさかのチョイスだ。
「素人じゃなくデザイナーとかに聞くべきだと思いますけど…」
「これを買うのは素人の女性で見せる相手も素人の男性よ。プロの意見だけじゃなく、一般男性の意見も参考にすべきでしょう?」
その意見は一理ある……いや、果たしてあるのか?
「えーと、こっちかな」
とりあえず左の写真を指差す。
「こちらですか」
右は嫌いじゃないけど、派手過ぎて身構えちまう。
…なんだかんだ飾り気のないシンプルな下着が男って好きだよね!
左も十分、派手だけど薄いピンクで可愛らしい。
「私も左の方が好みです」
「さいですか」
「……今、着けてますし」
「ん?」
「履き心地は悪くないですよ」
「んん〜?」
現在進行形なう。
こ、このブラジャーとパンツをレイミーさんが……!?
リアルな妄想がどんどん湧いてきて、俺の分身が暴走しそうだ。
ふぅ……ちょっとコーヒーを飲んでクールダウぶふぉっ!
「……ほら」
胸元のボタンを外しシャツを寄せ、胸元を露にする。
き、き、気管に゛ご、ゴービーがぁぁ!!
レイミーさんの顔は赤く染まっていた。
「ゴホ、ゴホ…じょ、冗談はそれくらいにして…」
「下も……見たい、ですか?」
スカートの裾を摘み、俺を見詰める。
「ほぇあ!?」
急にどうしたんだよ!!
「……冗談ですよ」
俺の慌てふためく姿を見て、満足したのか微笑む。
ボタンを直し、椅子に座り直した。
も、も、もぉーーーーーー!
「……冗談でも男をそんな風にからかうのは危険ですよ」
膨れっ面で答える。
「うふふ……私だって痴女ではないですし、誰にでもする訳ではありません」
あの行動は痴女そのものだったけどぉ?
「…悠さんの前だけよ」
「あ、あぅ」
破壊力抜群の仕草と横顔に言葉が詰まる。
なんとも魅力的な答えだが、暗にお前を男として見てないって意味か?……ちょっと悲しいが以前に比べ、茶目っ気溢れ表情が豊かになったレイミーさんは素敵だと思うし良い方向への変化だろう。
変な雰囲気なので孤児院の話題を振った。
勇猛会の護衛のお陰でシスターも孤児達も安心して暮らせてるようだ。強面だが、面倒見が良く非常に助かってるらしい。
……これなら大丈夫そうだろう。
近い内、ネフ・カンパニーを訪ね釘を刺せば無駄な血も流れずに済むかもな。
日も暮れたし、そろそろ家に帰ろうか。
今日の夕飯は何かな〜?
〜数分後 オーランド総合商社 四階 執務室〜
悠が部屋を出た後、ソファーに沈むようにもたれレイミーは息を吐いた。
「……緊張したわ」
手の平には汗が滲んでいる。
自分でも呆れるほど大胆な誘惑を思い出し顔が火照った。
「でも、手応えはあった」
顔を真っ赤にして慌てた悠に彼女は満足していた。自分を意識している証拠だと思っていたのだ。
……しかし、悲しいかな。黒永悠の鈍重な性格を甘く考えていた。真逆に勘繰られ、あらぬ誤解を生んでるとレイミーは気付いていない。
「うふふふ」
幸せそうに一人、微笑む。
鉄仮面と業界で畏怖される女傑の乙女な一面……社員が見れば驚愕し言葉を失うだろう。




