反逆の黒 ①
1月14日 午前11時7分更新
1月15日 午前8時28分更新
〜夜21時 マイハウス リビング〜
エロ本騒動が落ち着き、漸く心の平穏を取り戻した気が……する?
全員が泊まるらしく、今は順番に風呂待ちだ。
俺は最後でいい…アルマを無理やり連れてってシャンプーの刑をするつもりだし!!…絶対、仕返ししてやる。
「一日の運営会議は悠も参加するよね?」
「ああ…フィンの件もあるから」
「今回はそれがメインの議題になるのは間違いないよ」
ラウラは顔を顰め頷く。
「ラウラとエリザベートにまだ礼を言ってなかったっけ?…運営業務で忙しい中、アイヴィーに気を配ってくれてありがとう」
「当然の配慮だし気にしないで」
「…フィンも俺に不満があるなら直接、言えば良いのに」
陰でコソコソってのが腹立たしい。
「ふふ!言えないから姑息な手段を取るんじゃない?」
「それもそっか」
大事な優先順位がある。
俺にとってアイヴィーは最優先事項で次に仲間や友達……危害が及べば黙ってられない。
静観するつもりもないし、釘を刺さないと。
「ゼノビアもカネミツも彼の大規模なスカウトで怒ってるし間違いなく荒れる会議だよ」
毎度、気苦労が絶えないラウラに同情する。
「冒険者ギルド法に制限する規約はないのか?」
「ないよ。派閥加入は基本的に名誉なことだから……先日、鷹の目のスカウト行為を見兼ねたエリザベートが第11位の権限で規制したばっかりだ」
「うーん」
…フィンの言い分も聞かなきゃ具体的な魂胆は分からんが揉めそうだ。
「ギルド職員の間でも、『金翼の若獅子』の品格を貶める節操がないやり方だと批難の声が挙がってる」
「……」
「実力に適した待遇が与えられなくては平等じゃない…鷹の目に加入し威を借るメンバーも出始めた」
「それは駄目だなぁ」
「うん」
話をしている内にベアトリクスとアルマがリビングに戻ってきた。
「凄いわ……内築と設備も創造魔法で?」
「当たり前じゃにゃい」
ベアトリクスに家を案内してたようだ。
「悠と同じくアルマには毎度、驚かされます」
「にゃっふっふ……魔王を侮るんじゃにゃいわよ」
感心する彼女を見てご機嫌な様子だ。
その得意気な表情を泣きっ面にしてやるぅ…恨みはらさでおくべきか〜〜…エロ本の恨みってのがちょっと情けないけど!
「想像以上に素敵な家で気に入りました」
「ベアトリクスは見る目があるわね〜」
俺の腹が鳴った。
「お腹が空いたの?」
「準備中に味見して、夕飯はあまり食ってなかったからなぁ」
ちょいちょい摘むと満腹になった錯覚に陥る時がある。
「僕が料理を作ってあげるよ」
ラウラが目を輝かせ提案する。
「え、いいのか?」
「うん!…実は悠が帰ってきたら食べて貰おうと思って材料も準備してたんだ」
いじらしく微笑まれ、思わず性別を忘れそうになる。
「じゃあお言葉に甘えようかな」
「早速、作ってくるからキッチンを借りるね。ベアトリクスもどう?」
「わたしは遠慮するわ」
「そっか」
立ち上がり意気揚々とキッチンへ向かう。
「にゃふ…ふふ」
アルマは何故か笑いを堪え、俯いていた。
「なんだよ」
「べ、別にぃ?にゃんでもないわよ〜」
…怪しい…あれは絶対、何か隠してる顔だ!
〜20分後〜
テーブルの上に置かれた皿を凝視した。
「ーーはい!僕特製のチュパブラのパスタだよ」
「パ、パスタ…?」
「…これは…」
湯気を漂わせる謎の物体Xに俺とベアトリクスは冷や汗を流した。
…赤黒く濁ったソースと蛙の卵を肥大化したような不気味な具材の下には、申し訳なさそうに細い麺が隠れている。強烈なインパクトと異臭に意識が飛びそうだ。
俺が知ってるパスタとは反対方向に猛ダッシュしている。
「チュパブラは昆虫系モンスターでビビットモスに羽化するけど、幼虫は栄養豊富で滋養に良いんだ」
「ふ、ふーん…昆虫かぁ」
蜂の子やイナゴの佃煮は有名だったし食えるのは知ってるが……これは大丈夫なのか?
「ナミダダケとブラッドローチの体液で作った特製ソースを和えたモンスターディッシュだね」
「……毒持ちの材料とモンスターね」
ベアトリクスが小声で呟いた。
「さぁ召し上がれ!」
「………」
召し上がれと言われてもフォークに手が伸びねぇ…食わなくても不味いって分かるぞ。
そもそも食って平気なのか?
「えーと、これさ……はっ!?」
俺はラウラの両手の指に絆創膏が巻かれていることに気付いてしまった。
……ありありと不慣れな料理を一生懸命作ってくれたのが嫌でも伝わってくる。
相手に喜んで欲しいと思って頑張った笑顔が眩しい。
正直に言って厚意を袖にするのか…それとも優しい嘘を吐くのか……俺の中で天使と悪魔がせめぎ合う。
「喜ぶ顔を想像して作る料理が楽しいって知らなかったよ」
「………」
純粋な善意の刃が思いっきり悪魔に刺さった。
「い、いただきます…」
…まぁ深淵の刻印があるし大丈夫か?それに見た目と違って実は美味いかも知れない。
恐る恐るフォークにパスタを啜り、咀嚼する。
「……どうかな?」
正面に座ったラウラが問う。
「うん…美味しいよ」
「「!?」」
「よかったぁ!うふふ」
返答に安堵し微笑んでいた。
〜同時刻〜
「嘘でしょ……美味しい?」
アルマは驚愕し呟いた。
「…見てください」
ベアトリクスは小声でアルマに囁き、指を示す。
「あ」
テーブルの下で悠の両足が小刻みに高速で震えていた。
左手で太腿も抓っている。
痛みで味を誤魔化そうとしているのだ。
「ふふ〜ん」
気付かないラウラは上機嫌で頬杖を突き、食べる様子を眺めている。
…再三になるが魔物料理の調理はモンスターの可食部位を見極める知識と慧眼に高い技術が必要になる。
ラウラがモンスターに詳しいのは戦闘に於いての話だ。調理技術など論外である。ランダとラウラの共通点は生産の数値に直結しない料理に対する味覚・認識・知覚等の感覚の問題だった。
〜同時刻〜
不味いを通り越して何故か口の中が痛い。背中は脂汗でびっしょりだ。悟られないよう無心で口の中にフォークを運ぶ。…嫌な粘りの食感は材料の虫が原因だろうか?
そこに生茹でのパスタとカビ臭さが混ざり、見事な不協和音を奏でている。
……もはや拷問としか思えない。痛みに強いと自負してる俺も心がへし折れそう…。
「うぅ…」
「…え、泣いてる?」
や、やべぇ!
「その…美味しくてな」
「も、もぉ…悠ってば大袈裟だなぁ」
上機嫌なラウラは破顔し喜ぶ。
……アルマが笑いを堪えてた理由が分かった。絶対、知ってたなぁ!?
頭の中で恨み言を唱えつつ、水で流し込み完食した。
…ラウラには料理をさせないよう注意しよう。




