英雄と騎士の像は悪を睨む
11月13日 午前9時15分更新
11月16日 午前8時更新
〜百合紅の月25日 午前9時30分 パルテノン 飛行場〜
雨も晴れ快晴の空……絶好の飛行日和だ!
フライングメアリー号も出発準備は万全でいつでも飛び立つ用意ができている。
これでベルカに帰還かぁ…内容が濃く戦いの心構えや覚悟を考えさせられる依頼だった。失敗から学び次へ活かす教訓としよう。人生は日々、勉強である。
「デポルはまだ残るのね」
「ツギノヒコウセンデカエル」
「来てくれてサンキューな」
「まさか復興の手伝いを申し出るとは思いませんでしたわ」
「…クロナガニモラッタタカラニミアウハタラキヲシナクテハナ」
駆動鎧の排熱管から蒸気を排出しデポルは答える。
「きっと市民の大きな助けになるでしょう」
「…さすが『魔人』だな!」
デポルの背中をばん、ばん、と叩く。
「あ」
や、やべぇ!?力を入れすぎてちょっと凹んだぞ!
「…ン…ドウカシタカ」
幸いにも気付いてない?
「デ、デポルがベルカに帰ったら駆動鎧の整備をさせてくれないか?」
「ナゼキュウニ?」
「えーっとその…仕掛け武器の構造が気になって…うん…ピッカピカに磨くしいいだろ?」
頼むからOKって言って…!
「ピカピカ?ソレハアリガタイ」
ほっ…上手く誤魔化せた。知らぬが仏とはよく言ったもんだな。
「ふふふ」
焦る俺を見てベアトリクスが笑う。
「ギルド外で十三翼の三人が談笑するのは滅多に見れない光景じゃない?」
「ああ…いつもだと派閥間で対立してるしな」
「俺が思うにクロナガさんが上手い具合に潤滑……あれは?」
「市長とネフィリム教の連中じゃないか」
シーブ市長とミッケ司祭を先頭に武装神衛隊ペトロが現れた。
「何かまだ御用が?」
「御用も何も…ろくにお礼の挨拶もせずパルテノンの恩人を帰らせるわけには行きません」
ベアトリクスの問いにシーブ市長が答える。
「本当なら市民総出でお見送りをしたかったですが……急な出発と聞いて慌てて来たもので」
「お礼なら昨日、聞かせて頂きましたわ」
「長居して復興の邪魔をする訳にもいかないしな」
「…邪魔!?誰もそんなこと思いません!」
「す、すみません」
思わず謝ってしまった。
「『パルテノンをよりよい都市にしてください』…昨日、あなたは私にそう言って輝く財宝を寄付してくれた」
俺の手を握り市長は肩を震わす。
「どんなにお礼を述べても感謝し足りない…市民を代表しクロナガさんのような英雄と出逢えた奇跡を神に感謝します」
「参ったな…」
そんな大袈裟に言わないで欲しい。結局、寄付は俺の自己満足で評価される必要はないのだ。
大切なのは自分が納得できるか否か…それだけである。
「おーーい!」
「ま、待ってください」
今度はサンテとニフムが走ってご登場だ。
「二人ともどうした?」
「はぁ…はぁ…見送りに決まってんだろ!」
「ええ…まさか何も言わず立ち去ろうとするなんて…」
息を切らしつつ二人は憤慨していた。
「感謝され過ぎてもうお腹いっぱいだよ」
「ふざけんな!何度でも言わせろ」
…なんで俺が怒られてるの?
「とにかく冒険者とか騎士とか気にせず協力してパルテノンを守ってくれ」
「「……」」
それこそ宝を寄付した甲斐があるってもんだ。
「すみませんが出航の時間です」
「サフラ砂漠の砂嵐に巻き込まられたら大変だし行かないとな」
ダッチマン船長と航海士のベンノに促され飛行船に次々と隊員が乗り込む。
「黒永さん」
「ん?」
乗船しようとした俺を呼び止めたのはミッケ司祭だった。
「旅の無事を祈ってます」
「どうも」
「意外と再会の刻は早い……そんな気がします」
「…ええ」
一陣の風が間を吹き抜ける。
「私の予感ってすっごく当たるんですよ?」
「なら大人しく連絡を待ってます」
「その時は願わくば味方としてね!…黒永さんと揉めたくないわ」
笑ってるが笑えない内容だ。敵になる可能性も零じゃないってか?
「なんっつーか…俺はミッケ司祭を信用しますよ」
「まぁ嬉しい」
彼女のにこやかな表情は変わらなかった。
「助けが必要なら国境も組織も関係なく力を貸すので頼ってください」
「……」
ミッケ司祭がどう思ったか知らないが俺の本心だった。
終始笑顔ってゆーのは機微が非常に分かり辛くてある意味、無表情より厄介かも。
「また会いましょう」
踵を返すとミッケ司祭が背後から右手を握った。
「えい」
「痛ってぇぇーー!な、なんで急に…」
まさか敵だって意思表現か!?
「うふふ!照れ隠し?」
急に照れ隠しの意味が分からな……むっ?
「…私が作った特別な護符です。忍ばせて持ってて下さい」
「護符?」
「貰ったって他の人に言っちゃダメですよ?」
「……わかりました」
複雑な文字と変な絵柄の紙を受け取りポケットにしまった。
悪意は感じないしこっそり渡すのは意味があるのだろう。
「…悠から離れなさい」
「あらぁ」
不機嫌そうに甲板からベアトリクスがミッケ司祭を見下ろし睨んでいた。別れの挨拶もそこそこにフライングメアリー号は空へ飛び立つ。
離れていくパルテノンを眺めつつ、船はベルカを目指し速度を上げる。
爽やかな風が頰を撫で燦々と太陽が旅路を照らしていた。
〜同時刻 パルテノン飛行場〜
飛び去って行くフライングメアリー号を眺めるミッケの横顔を見てコリンは問う。
「…ずいぶん嬉しそうですね」
「あら…そう見える?」
「ミッケ様が本当に嬉しい時は唇の端が数㎜吊り上がりますので」
「コリンってば私をよく見てるのねぇ」
「……」
コリン・マーケイは西の無法国家カンザスの貧民街出身で元浮浪児だった。
裏路地のゴミ箱から残飯を漁り、汚物に塗れた下水道で眠るドブ鼠同然の生活を送っていた彼女を優しく抱き寄せ救ったのがミッケだ。…彼女にとってミッケ・ンドラは血の繋がらない母親であり姉でもある。
「…さて…私たちもラフランへ帰りましょう」
「了解です」
神衛隊を従え飛行場を去って行く。
…本人の知る由はないがミッケ・ンドラには厳しい試練が待ち構えている。
信仰かそれとも信念か…黒永悠との出逢いで今後を大きく左右する運命の選択を彼女は迫られるのだ。
その後、半年足らずでパルテノンは復興した。
天馬の蹄と騎士団パルテノン支部は防衛協定を結び良好な関係を築きあげる。
また市民の総意で新たに狩人と騎士の勇ましい銅像が職人より広場に作られた。その銅像は悪を睨む正義の象徴として『辺境の英雄譚』の一つに語り継がれる。
一年後にはダンジョンでなくなったリグレッド城は綺麗に改装されリグレッド歴史博物館へ名を変える。
ダンジョンの危険性を排除し本当の意味で、観光利用に成功させた実例としてパルテノンは有名になった。
……博物館には不思議な噂が一つある。
リグレッド歴史博物館の画廊に飾られた子供と遊ぶ老人の絵画にお菓子を供える観光客が後を絶たないそうだ。
老人と子供の幽霊の目撃情報が警備員より度々報告されるも真相や関連性は不明で専門家に検証して貰うもモンスターの類ではないと放置される。




