番外編 串刺し卿は容赦がない ③
10月29日 午前8時2分更新
「下がれ」
「ク、クルーニー?」
無言で二人の前に立つ。
「睨まれても引きませんよ〜?」
「ユウや師匠の怒った顔の方が一万倍怖いから」
「そうね〜!アイちゃんの言う通り足元にも及ばないかなぁ」
「…流石に度胸があるな」
クルーニーは笑う。
「!」
カンザはツヴァイの忠告を思い出した。
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『…今日も二階に勧誘に行くって?』
『うっす!』
『まだまだ頭の足りない加入者が集まりますわん』
『……』
『ツヴァイさん?』
『…最近さぁ…オルティナ・ホワイトランとアイヴィー・デュクセンヘイグが依頼をめっちゃ受けてるって本当か?」
『かち合ってないんで知らないっすけど…なぁ?』
『そうねぇ』
『ふーん…忠告すっけどアイヴィー・デュクセンヘイグとだけは絶対に揉めんなよ?』
『…フィン様にも釘を刺されてるし絡む気はないっすよ』
『曲がりなりにもSランクとAAランクの実力者ですもんねぇ』
『水雲の息吹は当然っすけどあのガキもGR以上に強いって他の連中が』
『ちがうっつーの』
『…へ?』
『クロナガの実技試験で俺が腹ぁ殴られて悶絶したの覚えてるよな?』
『そりゃあまぁ…』
『覚醒して一発でリタイアって笑っちまうだろ』
『……』
『…アイヴィー・デュクセンヘイグをネタに挑発して本当に後悔したぜ…ありゃ修羅の化身だわ』
『修羅って阿修羅の二つ名のことっすか?』
『ははは…こればっかは経験しねーとわからないか…地獄の鬼みてぇなすっげー形相で怒っててよぉ…今も思い出すと体が震えちまう』
『……経験したくないわん』
『だろ?ぶっちゃけフィン様よりクロナガは強いぜ』
『マ、マジかよ!』
『あの姉妹も連中も分かってねぇ…アイヴィー・デュクセンヘイグはクロナガの弱点かも知れないが…』
『が…?』
『触っちゃいけない逆鱗なんだ』
『……』
『念を押すけどマジで揉めんなよ?…俺はもうフィン様が何考えてっか理解できねーわ……あれとまた戦えって言われたらギルドを辞めて田舎に帰るつもりだし』
『…橙の魔砲使いと呼ばれるあなたが本気で言ってますのん?』
『本気さ』
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…Sランクまで上り詰めた冒険者の怯えた姿が脳内で鮮明に蘇る。
今やその起爆薬が自分達に怒っていた。非常に由々しき事態に陥ってしまったのだ。
そして、また予期せぬ人物が登場し介入する。
「どうしたのかなぁ?」
「なんの騒ぎぃ?あたしも混ぜてよ〜」
ザンガとサーベルの顔が青褪めた。
「…ト、トリッシュさんとフーゴさん!?」
起爆薬の側に着火剤と可燃性の液体をぶち撒け爆発させる準備がいよいよ整ってしまう。
「有名な吸血鬼の女の子じゃん」
「へぇ〜…遠目でしか見たことなかったけどずいぶんとイメチェンしたね〜」
ずかずかと近付きアイヴィーを凝視する。
「…誰?」
「えーー!あたしとトリッシュを知らないの?」
「資格到達者なのにね〜?…ショックゥ」
それは否。アイヴィーが知らないだけだ。
拷問姉妹は二つ名通り残忍な性格で誰彼構わず機嫌一つで理不尽な暴力を振るうと知れ渡っていた。
過去にユーリニスが揉み消さなければ除籍処分も免れない問題を数々起こしている。
ルウラが表立った問題児ならばトリッシュとフーゴは裏の問題児だ。ラウラがユーリニスと揉める原因の一つに二人が関連する事件も一枚噛んでいる。
「あ!お姉さんは弟に負けた人だ」
「……」
「殺されかけたんだっけ?…家族から命を狙われるってどんな気持ち?ねぇ!どんな気持ちなの?」
非常に失礼な質問だがオルティナは表情を崩さない。
「やめて」
アイヴィーがきつくフーゴを睨む。
「…なにその目つき」
「初対面の相手に失礼すぎるから」
「あたしにケンカ売ってる?」
「べつに売ってないけど火の粉は振り払うだけ」
フーゴはアイヴィーの冷静な態度が気に食わない。
「……いい度胸じゃ〜〜ん」
「……」
不穏な空気が漂いクルーニーはトリッシュに呟く。
「威嚇はまだしも戦うのは止めさせろ」
「え〜…ああなったフーゴはめんどくさいしパース」
「…計画が潰れるぞ?」
「軌道修正すればいーよ」
「トリッシュさん!頼むから止めてくれよ!?」
「…お願いしますわん」
「きゃはははは!二人とも必死でおもしろ〜い」
このままではサーベルとカンザは事の発端の責任を問われることになるだろう。
「おーーーい!こっちに注目〜〜〜!!」
キャロルの怒声がフロアに響いた。
「くっくっく」
こつ、こつ、と軍靴の音が聴こえる。
「…事情はキャロルから既に聞いたぞ」
羽根を広げ尻尾はゆらり、と動く。
「ここから先は吾が仕切らせて貰おう」
エリザベートの威厳ある口調と態度に一同は閉口した。
「サーベル」
「……う、うっす!」
「派閥の勧誘に明確な規則はないが最近の鷹の目は度が過ぎるな」
「………」
「…依頼の受注は個人の自由とはいえこうまでくると通常業務の妨害に等しいと思わんかね?」
「それは…」
「貴公は黙れ」
代わりに答えようとしたカンザを厳しく一喝する。
「……それはその…すみません」
彼はまともにエリザベートの顔が見れなかった。
「ふん…よってだ。第11位の権限で本日より次の運営会議が終わるまで鷹の目の勧誘行為は一切禁止とする」
「ちょっ!フィン様の命令を受けてこっちは」
「…ほぅ…盾突くとは良い度胸だカンザ嬢」
エリザベートが放った魔圧に耐え切れず彼女は膝を突いた。
「うっ…あ…」
「他に采配に文句がある者は?」
トリッシュもフーゴもクルーニーも異論は唱えない。
強者は強者を知る…頰に伝う汗がそれを物語った。
「この件は『瑠璃孔雀』にもしかと伝えろ」
「……」
もはや彼女の独壇場である。
「…あと悠を偽善者の化け物と馬鹿にしたそうだが」
「「!」」
サーベルとカンザの心臓が跳ね上がった。
「よく聞け」
麗しい面貌を歪ませエリザベートは囁く。
「尻穴から口まで杭に貫かれ悶絶死したくなければ……吾の愛しい恩人を二度と偽善者などと口にするなよ」
「…あっ…あ…」
「忠告するのはこれが最後だぞ…分かったかね?」
「…わ、わ、わ、かりまし、たわん」
「行け」
二人は脱兎の如く走り去った。
「それとキャロルに聞いたが依頼が滞ってるそうだな」
周りを見渡し声を張る。
「諸君も喝を入れられたくなければ責務を全うせよ」
その効果は絶大で解散し我先にとカウンターへ走る。
「……さて」
残ったトリッシュとフーゴとクルーニーを一瞥し睨む。
「裏で結託し何を企んでるか知らぬが視界から消えろ…彼奴の配下を優しく諌めるなど出来そうもない」
「ひでぇ言い草だな」
「あたしとフーゴは帰りに寄っただけだしぃ…言われなくても帰るよ…お・ば・さ・ん!」
「それにさぁ企んでるってのは心外だなぁ…同じギルドの仲間に向かって酷すぎ〜」
ベアトリクスは露骨に顔を顰めた。
「べつに『串刺し卿』と揉めるつもりはないし誤解してなぁ〜〜い?」
フーゴが右手を差し出す。
「ほらぁ…仲直りの握手でもしよ」
「和解ってやつだね!」
二人は無邪気な笑顔で思惑を隠した。
クルーニーは黙って見守る。
「……」
冷酷な眼差しをフーゴに向けた。
「え〜ギルドメンバーが握手を求めてるのに断るの?ぶーー…第11位のくせに心が狭いよぉ〜」
「…くくく…良かろう」
悪意に満ちた誘いと挑発を見透かした上でエリザベートは応じた。




