紅い瞳が涙を流す。⑤
〜20分後 ナーダ洞窟 2F キャンプ地〜
「…もぐ…もぐ…」
サンドイッチを美味しそうに頬張りココアを啜るアイヴィーを眺める。
可愛くて和むなぁ。
「…そんなに見られるとアイヴィーは食べ辛いから」
「すまない。美味しそうに食べてくれて嬉しくてな」
「う、れしい…」
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『残飯漁ってんじゃねぇ糞ガキぃ!!』
『……犬の餌でもあげてりゃいいのよ。こんな化物…ああやだやだ。二度と店に来ないでおくれ』
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「………」
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『私の可愛いアイヴィー…あなたが美味しそうに食べてるだけで…ママは嬉しくてお腹いっぱいよ』
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「っ!」
「…どうした?口に合わなかったか?」
堪えるように口を結ぶ。
「なんでもない。…本当におかわりしていい?」
遠慮がちに聞いてくる。
「当たり前じゃないか。いっぱい作ったんだ。えーと…苺のジャムの甘いサンドイッチなんてどうだ?それと自信作の鶏肉の照焼きサンドイッチもあるぞ!」
アイヴィーがお腹いっぱい食べる姿に満足感を感じつつ時間が過ぎていく。
〜1時間後〜
焚き火の前で武器の手入れをしているとアイヴィーが質問をしてきた。
「…悠はなんで優しくしてくれるの?」
「子供に優しくするのは当たり前だ」
「……アイヴィーのお父さんの話を知らないから優しくしてくれるんじゃないの…?」
「…親父さんの話は知ってる。アイヴィーがどんな経緯で『金翼の若獅子』に来たのかも聞いてるよ』
「……それなのに……話かけてくれたり…家に泊めてくれたり…ご飯を食べさせてくれたり……PTを組んでくれるの…?」
「ああ」
「………」
焚き火の反対側にいたアイヴィーが横にくる。
「…これを…見て…」
アイヴィーが目を覆う前髪を手でかきあげた。
紅い瞳だ。透き通った緋色の両眼。
血より鮮烈に純粋な色をしている。
紅口白牙の言葉では足らない美少女じゃないか。
「……紅い血の……呪われた瞳を見ても…?」
震えるアイヴィー。
「綺麗な瞳だな」
「…え……」
「宝石より綺麗な瞳だよ。それにアイヴィーはこんなに可愛かったのか。…前髪で隠すなんて勿体ないぞ」
「…呪われた瞳なんだよ…?」
「誰が呪われてるなんて言った」
「み、みんな……アイヴィーの目を見て……ば、化け物だって……この目を見たら……呪われるって……」
「……もっとよく見せてくれアイヴィー」
「あ…」
アイヴィーの頰を手に取り真っ直ぐに見詰める。
「呪われたりしないしアイヴィーは化け物じゃない。そんな勝手な罵詈雑言を信じるな。不安なら何回でも言ってやるさ」
この子は化け物じゃない。呪われてもいない。
…両親を亡くし孤独に健気に耐える小さな女の子だ。
「紅くて、きらきらして、綺麗な瞳だ」
「……悠……」
アイヴィーの白い頰が朱くなる。
「…そうだ。アイヴィーは俺に自分のことを話してくれたから俺も教えるよ」
手を離し呪術を使った。……禁呪・九墨蛇。
右腕に黒蛇が纏わる。
「!」
「俺はちょっと前に死にかけて…祟り神って女神の力を…スキルで手に入れた。契約者ってやつだ」
九墨蛇を解除する。
「…………」
「…この力のお陰で強くなれた。今は誰かの為に戦うこともできる」
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『…悠さん。如何に強大な力を保とうと選択を誤ると…その力は災いを呼び起こします。だからこそ力に溺れず制御し己を律する心が大切なのです。貴方も自分の力を過信し傲慢にならないで下さい。そして力を恐れ過ぎてもいけません。手綱を握るのは貴方なのですから』
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……モーガンさんの言葉が蘇る。
「大切なのは力の使い方だ。…律する心…恐れすぎてもいけない。手綱を握るのは自分だって恩人が教えてくれた。……アイヴィーは俺が怖いか?」
「ううん」
首を横に振る。
「俺も同じさ。アイヴィーを怖いなんて思わない。強いのに虐められてもやり返さなかったろ?誰も傷つけたくないって…それは本当の意味でアイヴィーが強くて優しいからさ。…自分を貶めたりしないでくれ。そんなアイヴィーを見るのは辛い」
「……」
アイヴィーが横に座り肩に柔らかな重さを感じる。
「…隣にいてもいい?」
「ああ」
暫くすると寝息が聴こえてきた。…まだ何も解決はしていないが一歩前進した気がする。
毛布を取り出しアイヴィーに掛けた。
こうしてダンジョン攻略の一日目が過ぎた。
〜2日目 ナーダ洞窟 2F〜
朝…いや、感覚的に朝の間違いだ。夜かもしれないし昼かもしれない。
閉鎖的な空間では時間の感覚があやふやだ。簡単な朝食を摂り再び最深部を目指して探索を始める。
「疲れは取れたか?」
「ゆっくり眠れた」
「よし。今日も頑張ろうな」
「うん。……悠。あのね…私の名前はアイヴィー・デュクセンヘイグ。…ちゃんと言ってなかったから」
既に知ってるとは言えないな。
「良い名前だ」
「悠の名前は変だけど嫌いじゃない」
「聞きなれない名前らしいが……そんな変かな」
「変だよ」
アイヴィーが打ち解けてくれた気がする。
洞窟内を進むと滝が流れる川に突き当たった。緑の矢印は向こう側にある。
…流れは急じゃないが深そうだ。
入ったらアイヴィーは溺れてしまう。
「抱っこしてもいいか?」
「…アイヴィーに触りたいの?……えっち」
違うわい。…俺って子供に欲情する変態に見えるの?
「あっちに渡るためさ。俺が引っ張るんだよ」
「…わかった」
首に手を回し左腕でアイヴィーを抱える。
この距離なら問題なく届く筈だ。
「禁呪・九墨蛇」
黒蛇で巨大な手を形成し向こう岸の壁を掴む。
「ーー飛ぶぞ!」
川の上を跳躍するがモンスターが襲い掛かる。
「なっ!?」
蛸のモンスターが触腕を伸ばしてきた。
「シャドウ・ブレイド」
アイヴィーの操る影が大きな黒刃となりモンスターを切断した。
真っ二つになり死骸はそのまま流れていく。
「…焦ったぜ。助かったよ」
「大丈夫」
向こう岸に着いても首に手を回し降りようとしない。
「着いたぞ?」
「…アイヴィーは悠に抱っこしてて欲しいなんて思ってないから」
「はは。素直じゃないな」
そのまま抱っこして魔窟の奥へと進んだ。
〜1時間後 ナーダ洞窟の魔窟 2F〜
順調に探索は進み最深部へ近付くが問題が発生した。
「…厄介そうなのがいるな」
「あれはトロール。力も強くて体力もある危険なモンスター」
…ちょっとサーチしとくか。
ーーー対象を確認。ステータスを表示ーーー
名前:ナーダ洞窟のトロール
種族:霊長種 Lv57
称号:暴れん坊
戦闘パラメーター
HP50000
筋力1900 体力1900 敏捷500
技術100 精神100
耐性:魔法耐性(Lv4)
戦闘技:地団駄 パワーラッシュ
固有スキル:横暴 手痛い一撃 悪食
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ナーダ洞窟の魔窟に生息する霊長種のモンス
ター。通常のトロールより異常に腕力が発達
しており危険。醜悪な見た目通り野蛮である
。魔窟に生えた苔を摂取しており大量の魔素
を体内に蓄積し魔法に対して耐性を得ている。
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通常種ではないのか…筋力と体力の数値がやばい。しかも魔法耐性がある。
避けながら攻撃するしかないな。
「魔法で一気に片付ける……ギ・ファイア」
熱波を発する火球をトロールに向け飛ばす。
ーービギィ!?
火球が直撃し炎に包まれトロールは苦しむが長くは続かなかった。
ーービルォオォ!!!
「…!?…トロールは火に弱いはず」
「普通のトロールと違って耐性があるぞ……E・ショット!」
撃ち放ったレーザーがトロールの右肩を掠め肉片を吹き飛ばしたが……止まらない。
「…いでよ」
アイヴィーが影でトロールに応戦する。
トロールは力任せに両腕を振り回すが無駄のない動きで避け際どい攻撃は影で防御していた。
「おらぁ!」
アイヴィーに夢中になっているトロールを背後から名刀・金剛鞘の大太刀で斬った。
ーーピギィイィ!??
強化された大太刀の一撃が背中の皮膚をぱっくり裂き緑色の血飛沫が舞う。
その間も影が絶え間無くトロールを襲い続けた。
挟み撃ちでの連携。
倒せると思った矢先だった。
ーーピグォオオォオオ!!!!
無茶苦茶に暴れるトロールが影を振り払い足が地面を踏み抜く。大きな陥没と岩の隆起が発生した。
「きゃっ!?」
足場を取られアイヴィーが転ぶ。
ーー…!
「…ぐっ!?」
九墨蛇でトロールに黒蛇を絡ませアイヴィーを殴ろうとした左腕を止めた。
「…悠!!」
注意を逸らさないとまずい…。
「ダーク・レイ!」
無数の黒閃がトロールに直撃したがアイヴィーより威力の劣る魔法が効く筈がなく全く意に介さない。
九墨蛇で自身を引っ張り跳躍する。すれ違いざまに攻撃するつもりがーー。
「がっ…!?」
的確にトロールの拳は俺の顔面を殴った。
口の中に鉄の味が広がりマスクが血で濡れる。俺を捕まえたトロールは好機とばかりに攻撃を続けた。
「……な、…めんッな……よ?這い寄…る白……蛇ァ!」
召喚した白い大蛇がトロールを背後から一飲みに食い殺し断末魔をあげる間も無く殺した。
「…ゆ、悠ぅッ!?」
アイヴィーが駆け寄る。
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HP400/8700 MP200/2700
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やばかったが……何とかなったな。
体を起こそうとしたが痛みで動かない。
骨が何箇所か折れてるな、これ…。
攻撃すればHPもMPも回復する……甘く考えてた。そこまで大きく回復する訳じゃないのだ。
…慢心してたぜ。良い勉強になったよ糞野郎。
「…アイヴィーを庇ったせいで……悠は…悠は……」
「…気にするな。怪我はないか?」
「…うん…。悠が守ってくれたから…」
「なら良かったよ。少し休んでから出発しよう」
不死耐性があっても完治までは時間が掛かりそうだ。
…待てよ。ポーションがあったな。
腰袋から特製ハイポーション×2とマジックドリンク×3を取り出して飲む。
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HP6400/8700 MP1500/2700
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「…ふぅ」
問題なく動けるまで回復した。
「…怪我させて…ごめんなさい…」
「だから大丈夫だって。ポーションも飲んだし祟り神の力で怪我の治りが早いんだ。もう動けるよ」
「……ほんと?」
「ほら」
…実は骨は折れたままだが心配は掛けたくないし黙っておこう。
「…良かったぁ…」
ぎゅっとアイヴィーが抱きつく。
「はは。意外と甘えん坊なんだな」
頭を撫でながら言う。
「……アイヴィーは……甘えん坊じゃないもん…」
暫し休息を取る。
〜30分後〜
HPもMPも回復した。
トロールの死骸と素材を集める。マップを確認すると目的地は直ぐそこだ。
いよいよダンジョン最深部。
気を引き締めていこう。




