番外編 串刺し卿は容赦がない ①
10月26日 午後17時18分更新
〜百合紅の月22日〜
翌日、エリザベートはアイヴィーとオルティナのクエストに同行していた。
〜午後13時11分 ベルカ川上流 旧第一浄水施設〜
「アイオーン・イクリプス」
アイヴィーの影がモンスターを足元から素早く切り刻む。
ーーガッギャッ…ガカ…!
「ウォータースロー」
止めに放ったオルティナの水魔法は着弾と同時に破裂し余波で水飛沫が飛んだ。
ーーグッギギャ…。
廃棄された旧浄水施設の主…エリートオークは血泡を吹き倒れる。
「ナイスだから」
「アイちゃんこそ〜」
ハイタッチをかわし互いを称え合う。
〜クエストを達成しました〜
周辺に十数体に及ぶオークの屍が転がっている。
ーーきゅ〜〜!
涎を垂らしキューは死骸を貪り始めた。
「くくく…見事だ」
離れた位置で見守っていたエリザベートが拍手した。
「森羅系スキルをよくぞここまで鍛えたものだ…厳しい稽古を積み練度を高めたのだな」
「えっへん」
「オルティナも詠唱破棄の低位魔法をあの威力で出せる者は早々いないぞ」
「うふふ〜」
「満点をやろう」
ゴブリンより戦闘力に優れ知能が高い凶暴なオークの群れを僅か十五分足らずで二人は壊滅させた。
SランクとAAランクの冒険者のタッグとなれば当然の様に思えるが特筆すべきは擦り傷一つ負わず無傷で成し遂げた事だ。
アルマの厳しい修行があってこそ培われた実力である。
「師匠に比べれば何も怖くないから」
「うんうん〜!あの魔法とマギドールの多段攻撃は地獄ですもの」
「最近は前より威力が上がってる」
「封印がより解印されつつあるってことかな〜?」
「……次の稽古は近接戦闘訓練」
「近接戦闘ですが〜…正直、得意分野ではないです」
「悠が帰ってきたら相手を頼むって」
「……ユウさんに?」
「善戦できなきゃ特別メニューに切り替えるって言ってた」
「お、鬼ですぅ」
「ん…」
アルマの稽古は実戦形式で緊張感ある内容が多く成長したアイヴィーとオルティナでも悠が相手では非常に厳しい。
しかも近接戦は彼の得意分野である。
「やりようはあるぞ」
エリザベートはにやり、と笑う。
「本当?」
「うむ!ヒントは距離を離すのではなく距離を保つ、だ」
「保つって…あのスピードに?」
「口頭で理解するよりルウラを練習相手に説明した方がいいだろう」
「ん…昨日の決着もつけるから」
鼻息が荒くなるアイヴィーだった。
「アイちゃん〜…またアルマ師匠に怒られますよ?」
「暴露ないよーにするもん」
それは無理だろう。
「喧嘩するほど仲が良いか…どれキューもあらかた食べ終わった…む!?」
ーーきゅむきゅむきゅむきゅむきゅむ!
エリートオークの死骸に夢中でキューは気付いてないが背後から新手のモンスターが忍び寄る。
「…あれはトレント!?」
人を模した枯れ木の巨人が現れた。
ーーきゅ…?
ーーコォォ…ォォォォ…。
「キュー!飛んで」
アイヴィーの命令に応え一瞬で上空へ飛翔しトレントの攻撃を回避した。
ぐちゃ、とエリートオークの肉が潰される。
ーーきゅ!?…きゅううゔゔ…!
餌を横取りされたと勘違いしたのかキューは怒りを露にした。
「…強い魔圧だ」
「うん…ちょっとユウさんの魔圧とも似てる?」
「攻撃準備」
アイヴィーの指示で大きく口を開きMPを消費すると魔力が丸い結晶となりキューは呑み込む。
「メギドフレイム」
ーー…きゅあああああああ!!
吐き出した光線は着弾し焔の渦柱となる。
徐々に鎮火し残るは黒い炭と化した枯れ木の残骸……現段階でキューのメギドフレイムは飛龍のブレスにも匹敵する高火力の戦闘技だ。
「これは…」
「…すごい破壊力です〜」
ゆっくりと地面に降りて匂いを嗅ぐ。
ーーきゅむ…きゅむ…きゅ!?ぺっぺっ!!
残骸を舐めてみるも唾を吐き不機嫌そうに尻尾を揺らした。
流石のキューも炭は食べれない。
「えらいよ」
ーーきゅ?きゅるるる…きゅきゅ〜!
アイヴィーが喉を撫で褒めると鳴いて喜ぶ。
「…キューちゃんは飛竜の最上位種か飛龍級のポテンシャルがあるかも〜」
「力の根源に悠が関係してるやも知れん」
「ユウさんが?」
「正確には従魔だがキューは魔導生命体ゆえ……む」
戯れるアイヴィーとキューを横目にエリザベートは廃施設の二階の一画を睨む。
「エリちゃん?」
「いや…少し休憩してから帰ってはどうかと思ってな」
「了解」
「は〜い」
ーーきゅ〜!
〜20分後〜
水浴びするキュー…木陰でうたた寝するアイヴィーを見守るオルティナ…穏やかな時間が流れる中、エリザベートは単独で施設へ足を踏み入れる。
〜旧浄水施設 二階〜
…かつては浄洗魔導炉でベルカ川の上流に混ざる毒・異物を除去する大事な役目を担っていた施設だったが腐食が進み老朽化が酷い。
階段を登るとオークが食い荒らした動物の肉塊が腐臭を漂わせ、エリザベートは顔を顰めた。
「既にも抜けの殻か」
窓際の部屋に人が居た真新しい痕跡が残っていた。
「空を移動する我々を追跡し一瞬だけ見せた気配…察した吾に気付き直ぐや徹底とは……ふん」
踵を返し部屋を出る。
「やはり狙いはアイヴィー嬢?」
愛する男の家族を狙う卑劣な連中にエリザベート・K・ツェルペリは怒っていた。
「……くくく…どうあろうと関係ないな」
竜人族に生を受け誇りと義を重んじる彼女はベアトリクスとは違った信念を胸に秘めている。
「悠の敵は吾の敵だ」
確固たる決意を言葉に表すのだった。




