番外編 ラウラとアルマ ①
10月22日 午後16時40分更新
〜百合紅の月21日〜
日が遡りラウラが悠にメッセージを送った夜…首都ベルカにある彼の自宅は普段より賑わっていた。
〜午後22時45分 マイハウス リビング〜
「心配しないで…っと…」
「ふぁ〜…にゃにしてんの?」
「悠にメッセージを送ってたんだ」
ソファーで寛ぐラウラの両膝の上で箱座りしたアルマが双眸を細め尻尾を振る。
リビングには二人しか居ない。他は地下二階の稽古場に行っていた。
「アンタって健気ねぇ」
「このくらい普通だよ」
「…怪しく嗅ぎ回る連中を警戒して泊まり込みでアイヴィーを守るのが普通?」
「……」
「そもそもわたしがいるのに?へぇ〜」
「………」
意地悪く笑うアルマだった。
「ま、全く他意がない訳じゃ…ごにょごにょ…」
「かわいいわね〜」
指を突き合わせる姿を揶揄う。
アルマに初対面で性別を看破し暴かれた事は今やラウラ自身も認めている。
「こ、こほん!…悠の素性を探り過去の粗探しをする者が増えたのは事実なんだ」
わざと咳払いし話題を変えた。
「第8位抜擢を快く思わない連中の仕業に間違いない」
フィンが率いる鷹の目と無垢なる罪人…そしてトモエの親衛隊である。僅かな間に秘密裏で結託し金翼の若獅子の最大勢力へ変貌した。
表立ち批判はしてないが失脚させる準備をしてる…そんな情報がラウラとエリザベートへ届いた。
遠方へ依頼に出向く枷にならぬよう二人……いやルウラも含め三人は不在の間の警護を買ってでたのだ。
アルマが居る以上、無用な気遣いなのだが深く追求するのは野暮だろう。
「そもそも連中が悠をどうこうできるとは思ってないよ」
「…問題はアイヴィーでしょ」
「その通り」
彼にとってアイヴィーは最大の弱点であり沸点でもある。
「悠はアイヴィーの事になれば簡単に箍が外れる。もしも彼女が狙われ襲撃や脅迫でもされたら…」
「誰も止められないくらい怒り狂うわね」
毛繕いをしつつアルマは答えた。
「過保護で呆れるくらいお人好し……それでも自分の中で境界線があるもの」
アルマも過保護だが悠とはまたベクトルが違う。
「ルウラとエリザベートが依頼に同行してるしオルティナもいるから過剰な配慮だと思うけど念には念を…さ」
「あの娘は頭が良いし口に出さないだけで大体の意図は察してると思うわよ」
「…だろうね」
「ま…好きにしなさいな」
欠伸をして背筋を伸ばす。
「困った時は力を貸してあげるから」
「ふふふ!伝説の魔王が助けてくれるなんて光栄だな」
「そうでしょうね」
ラウラは敢えて言わなかったが違和感があった。
悠と出会う以前、アイヴィーが達成したクエストのログを参照すると当時は敵わない強敵のモンスター相手に勝利していた。
討伐まで僅かな空白の時間を残して、だ。
それが違和感の正体である。
第三者介入の形跡も違法改竄された痕跡もなくそもそもギルドガールとマギ・プロセスを欺くのは不可能だ。
それとなく本人に聞いてみたが身に覚えはない。
神経質になって過敏に反応してるだけ……そう考えてラウラは自分を納得させてるのだった。
「ん〜…やっぱもったいないわ」
ジーッとラウラを凝視し呟く。
「え?」
「せっかく美人なのに男装なんかしちゃって」
「…あはは」
「お節介は百も承知で忠告するけどあの唐変木は黙ってたら絶対に気付かないわよ」
「や、やっぱりそう思う?」
悲痛な声だった。
「鈍感を通り越して異常よね!無自覚なのも腹立たしいし女の敵よ…前世から通算して童貞を四十回くらい拗らせてるに違いないわ」
家主に対し酷い言い草である。
この場に悠がいたら膝から崩れ落ち号泣してただろう。
「そんなバカに性別を偽ってたら他の娘と差は広がるばかりよ」
「うぅ」
「にゃむ……例えば山登りの競争に例えましょっか」
「山登り?」
「ゴールは山頂ね!…スタート地点は複雑で歩幅も狭く険しい崖道の前で歩くのも一苦労って感じ?」
ラウラは真剣な顔で頷く。
「それでも頑張って悪戦苦闘しつつ皆は山頂を目指し登ってるけど……ラウラは深海から目的の山へまだ向かってる途中よ」
「し、深海から泳いで…」
「どーゆー意味かわかるわよね?」
「…つまりスタート地点にも立ってない」
「にゃっふーい!正解よ〜ん」
反論する余地もなく完璧に説き伏せられ落ち込む。
「理解してたつもりだけど辛い……」
「事情があるのはわかるけどこのままだと誰かに掻っ攫われるわよ〜?」
「……それはダメ!!」
「んにゃ!?」
必死な形相でアルマを掴む。
「に、にゃかにゃか…の馬鹿力じゃにゃい…ちょ!離して…苦しいっちゅーに」
「あっ…ごめん」
「…背骨が折れるかと思った」
項垂れるラウラを一瞥しアルマは首を傾げる。同じ雌として段々と可哀想に思えてきたのだ。
「あのねぇ…真実を隠したままじゃ後悔する時が必ずくるわよ?」
「……」
「今の関係が心地良くても次に進まなきゃ」
「……わかってるもん」
拗ねた子供のように頰を膨らませ膝を抱えた。
…こうするとルウラとよく似ている。
「お洒落してスカートでも履いて出歩いてみれば?考えが変わるきっかけになるかもよ」
「…そ、そうだった!ヨハネとの決闘騒ぎで大事なことを忘れてた」
手を叩き顔色が一気に変わる。
「?」
「えっとねーー」
アルマに自分の考えと作戦を説明した。
〜数分後〜
「ーーね!?いいプランだって思うでしょ?」
「にゃふ…遠回りでよけい話を複雑にしてるってゆーか…」
アルマは返答に困ってしまい目を逸らし両耳をぱたぱたと前後に動かした。
「正直に言うとね今までの自分を否定し変えるのは難しい…でも変えなきゃいけないって思う」
「……」
「先ずは踏み出して…次は走って…最後に一番でゴールを切ればいい…そう…これは大いなる最初の一歩なんだよ!!」
拳を掲げ高らかに宣言する。
「…ゴールから逆走してる気がするけど」
ぼそっと呟いた。
「え?」
「にゃんでもない」
否定すればとんでもなく迷走すると思いアルマは口を閉じる。
その思い遣りは英断だった。
ラウラは頭脳明晰でリーダーシップにも優れ魅力に溢れてるが不器用な性分である。
性別を欺きギルドのため身を粉にして働くのは並大抵の覚悟ではない。…それは母親の死が関係していた。
もし生きてれば違った未来があっただろう。
そんな彼女が歳上の男に恋焦がれ女性としての幸せを掴もうと奮闘している……泣ける話だ。
「まぁ相手は悠だし間違いなく作戦は通用すると思うわ」
「だよね!」
「…ん〜ちょっと待ってなさい」
健気な姿に同情もとい感化されたアルマは少しだけサポートすることに決めた。
〜数分後〜
「おむぁふぁせ」
「…それは飴かい?」
口に咥えた小瓶の中に水色の飴玉が入っている。
「ぺっ!ふっふっふっ…これはねーーー」
アルマが説明しようとした矢先だった。
「アイヴィーがぜったい先に当てた!」
「ぶっぶっー…るーざーはがーるのほー!せいほー」
「…ルウラは数字を数えられないの?1ってわかる?2は?3は?」
「負けず嫌いのちるどれんの相手は疲れる…ばすでりらっくすたいむにれりご〜」
「…昨日、お風呂で見たけどルウラのおっぱいは」
「気をつけて?…次の発言次第でうぉー勃発…ルウラの爆弾が大爆発」
「アイヴィーより小さかったから」
「ふぁーーっく!開戦の火蓋は切って落とされた!!」
…どたばたと仲良く口喧嘩しながらアイヴィーとルウラがリビングに戻ってきた。
「ーーー…夜だってのに騒々しいわねぇ?」
「「……」」
アルマの瞳孔が縦に細まり体毛を逆立て静かに一喝する。
有無を言わさぬ迫力に押し黙った。
…数日間、寝食を共にしてルウラでさえアルマには逆らっちゃいけないと認識している。
「ったく…喧嘩の原因は?どーせまた下らない理由でしょ」
「五回連続で先に攻撃を当てた方が勝ちってルールだったのにルウラが当たってないって言い張るから…」
「…がーるがばすとさいずを貶した。貧乳はすてーたす…希少価値なのに!」
「希少価値?絶滅危惧種の間違いだから」
「ちび!ちーび!バーカ!!」
「……黙りなさい」
冷たい氷柱を丸呑みしたような悪寒が二人を襲う。
「次、口喧嘩を始めたら本気で怒るわよ?」
「「……」」
「仲良くお風呂にでも入って頭を冷やしなさい」
「でも…」
「…ルウラは納得してな」
「返事は?」
「ん、ん!…タオルとパジャマを取ってくるから」
「ル、ルウラも一緒にごー!」
わざとらしく手を繋ぎ走って逃げる二人を見送りアルマは大きな溜め息を吐いた。




