紅い瞳が涙を流す。④
〜翌朝 マイハウス〜
朝食を済ませ着替えているとアルマが近寄って来た。
ーーー気を付けて行ってきなさい。予定通り戻って来なかったら許さないわよ。
「ああ。大丈夫さ」
心配してくれてるようだ。優しいじゃないか。
ーーーわたしのご飯が足りなくなるし。
前言撤回。心配なのは自分の飯かい!
アルマ見送られ二人で連れ添い家を出る。
金翼の若獅子へ向かった。
〜午前8時40分 金翼の若獅子 二階〜
俺とアイヴィーは金翼の若獅子の二階受付カウンターでキャロルの前に立つ。
「おはよ!昨日は二人ともよく眠れたか?」
「おはよう。準備もばっちりだ」
「……眠れた」
「よし!昇格依頼も受理されたぜ。ナーダ洞窟のダンジョンの探索及びボスの討伐……気をつけろよ。危なくなったらすぐ引き返せ。作戦はいのちを大事に、だぞ」
「もちろん」
俺が死んだら祟り神がやばいしな。
「ナーダ平原には西ベルカ街道のテレポーターから行くと近いからそっから行け。ユー。アイヴィーのこと…」
「ああ。任せろ」
胸を叩き自信満々に頷く。
「…アイヴィー。ムチャすんなよ」
「…わかってる」
俺達は転移石碑から西ベルカ街道に移動しナーダ平原へと向かった。
〜午前10時40分 ナーダ平原〜
ナーダ洞窟を目指し二時間が経過した。
波のように風に草が揺られながら丘陵が続く。マップを開き確認すると目的地までもう少しのようだ。
「モンスターもいないし楽だな」
想像してたより簡単に進んでる。
「ダンジョンのモンスターはフィールドにいるモンスターよりも強いから。…フィールドのモンスターはわざわざ自分より強いモンスターがいるダンジョン周辺にはいない」
隣を歩くアイヴィーが淀み無く答える。
「え、そうなの?」
「うん。モンスターにも縄張りはある。…それを理解してないモンスターは弱いモンスター」
「よく知ってるなぁ。流石はAランクだ」
褒めるとアイヴィーは誇らしげに胸を張った。
「悠はFランクだしアイヴィーが守ってあげるから」
…10歳の少女に守って貰う30歳男性ってどうよ?
「頼りにしてるよ。このまま真っ直ぐ行けばナーダ洞窟だ」
「…ダンジョンの場所がわかるの?」
「俺のスキルさ」
「そう」
「そういえばアイヴィーの武器ってどんなのだ?」
「これ」
ぽん、と分厚い本がアイヴィーの手に現れた。
「………本って武器になるんですかアイヴィーさん」
「これは魔導書。魔法の威力が上がる。それに殴っても効くから」
確かにそれで殴られたら痛いだろうけど。
「魔法を主に使う人は普通に使ってる。…アイヴィーは知らない悠に驚いてるから」
ぐぐぐぐ…子供に知識で負けた…。
俺だって剣とか槌とか銃があるもん!
「…それにアイヴィーには影もあるから」
影…。影術師って昨日、閲覧したステータスの職業にあったあれか?どんな風に戦うか想像がつかない。
「悠はどんな武器を使うの?」
「俺は仕掛け武器と銃を使う」
「ぎみっくうぇぽん…?」
聞いたことのないワードにきょとんとした様子のアイヴィー。
お、知らないみたいだ。大人の俺が教えなきゃな!
「仕掛け武器は変形する武器の事で扱うのが難しい凄い武器なんだぞ」
「…扱うのが難しいなら簡単な武器を使えばいいと思う」
「え」
すっごい正論が返ってきた。
「…いや、あのな。俺の武器は鋭くて威力が高いし殴れば爆発したり」
「魔法を使えばいい」
「へ、変形したりするんだぞ!」
「……変な武器」
すみませんケーロンさん。
10歳の子供に言い負かされました。
楽しく会話をしながら平原を進むと小さな森が見えてきた。マップの緑の矢印も彼処を指している。
〜20分後 ナーダ洞窟の魔窟〜
異様な雰囲気の洞窟に辿り着く。夜の墓場に肝試しに行くような…不安にさせる場所。
目的地は此処に間違いない。
「ナーダ洞窟は此処だ」
「うん」
「…よし。準備は良いな。焦らず進も」
スタスタと洞窟に入るアイヴィー。
俺の話を最後まで聞いたげてぇ!!
慌てて後を追うように俺もダンジョンへ進んだ。
〜ナーダ洞窟の魔窟 1F〜
洞窟内は広く暗い。だが真っ暗闇という訳ではなくクリファの祠と同様に苔が光を放ち照らしている。
ーーダンジョン内のマーキングを開始ーー
迷わない様、気を付けなきゃ。マップには赤いマークと青いマークが点滅している。
……ダンジョン内のルート……あああ!!
最初に鋼の探求心を使った時のメッセージじゃん。
フィオーネの説明で引っかかってんだよなぁ。
ん?…つまり…クリファの祠も魔窟じゃねぇか!?そんな危ない所に俺はあのパラメーターで……いやはや恐ろしい。
兎に角、ルートは表示されないがマークは分かる。
緑の矢印まではまだ距離がある。
…お。小さな赤いマークが三つ接近してきた。
ーーキリキリ…。
カマドウマに類似した昆虫系のモンスターが触覚を動かし現れた。き、気持ち悪い…っとそんな事を考えてる場合じゃない!
「アイヴィー!モンスターがく」
ーーギギギギギッッ!?
アイヴィーが手を翳すと影が現れカマドウマを襲う。
影は形を変え無数の矛となりカマドウマに突き刺さり無残な死骸へと変えてしまった。
「……る、ぞ?」
翳した手を下ろすと影は消える。
「ジャイアントヴェタ。あまり強くないモンスターだから大丈夫」
「…お前…」
俯き洞窟内に不釣合いなゴシックドレスの裾を握る。
「…私は影を自由に操るシャドーマンサー…。…悠も私が怖」
「凄いぞアイヴィー!!」
俺は手放しで喜んだ。
「……え……」
何故か驚いた様子のアイヴィー。
「一瞬で倒すなんて……影が武器っつーのはこういうことだったのか。いやぁ!良いもんが見れた」
「…私が怖くないの…?」
「怖いって変な質問だな」
「だって…あんな風に影を操るんだよ…?」
「いや凄いだろ。強くてカッコいいし」
普通に羨ましい。使い勝手もめちゃくちゃ良さそう。
「…かっこ…いい…」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『ひぃ!?か、影が……あ、悪魔よぉ!』
『呪われた忌子め…。近寄らないでくれ…』
『影を操るモンスターみたいな餓鬼とPTなんて組めねぇ。…頼むから死んでくれよなぁ!』
『闇ギルドの父親と同じ蛆虫め』
『きゃぁああああ!!う、うちから離れて!?……い、イヤ……こないで化物ぉ!!』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……」
「本当にアイヴィーは強かったんだな。小さいのに大した女の子だ」
「あ…」
アイヴィーの頭を撫でる。
「次は俺の勇姿を見せてやるぞ」
頭から手を離すとアイヴィーは惚けた様に立ち尽くしている。
「…どうした?」
「…ううん…。何でもないから」
その後も洞窟内でモンスターが次々と襲ってきた嬉々としてアイヴィーが倒しまくる。
俺は死骸と素材を回収するお供になっていた。
あるぇ…?
〜30分後 ナーダ洞窟の魔窟 1F〜
洞窟内を進み続けると苔で一面が覆われた円状の場所に到着した。
「あれはなんだろ」
巨人像が真ん中に陣取り佇んでいる。今にも動き出しそうな雰囲気。
ーー……。
「…岩のゴーレム…」
「岩のゴーレム?」
「魔素と『魔核』と岩で造られた岩石のモンスター。…硬いしコアを破壊しないと倒せないから魔法で一気に」
魔導書を手に持つアイヴィーを制止する。
「ここは俺に任せろ」
「でも…」
「大丈夫だ」
近付くと石が擦れ軋む音と共にゴーレムがこちらに向かって岩の拳をゆっくり振り上げる。
鈍いモンスターだなぁ。先ずはサーチって…速っ!?
間一髪で振り下ろした拳を避けた。
拳が地面に衝突し割れて土が隆起する。鈍いと思ってたら巨大に似合わず素早い動き。
銃を撃って牽制するが動きは止まらない……ならば!
「おらぁッ!」
懐に飛び込む。
破槌・リッタァブレイカーで殴り爆発させた。爆発音と共に岩が剥がれ大きく蹌踉めく。
そのまま殴り続けた。
ーー………。
後退し膝を着いたゴーレムの顔面を思いっきりかち上げる。
ーー………。
がらがら、と音を立て巨体を構成していた岩が崩れ無数の岩が散らばる。
青いコアが露出し輝いていた。銃で撃ち抜き破壊すると同時にマップの赤いマークも消える。
「(…破槌・リッタァブレイカー。こうして使ってみると前より威力も爆発力も上がってるな。魔弾・ケーロンも撃ってから連射するまでの時間が短い)」
浸食の効果を実感した。
「…本当に強かった。アイヴィーは驚いてるから」
「んー。それなりにな」
「Fランクで…ゴーレムを初めて見たのにあんな風に倒せるって……悠は何者?」
「田舎者だ」
久しぶりのこの常套句。
「………」
納得できないアイヴィーは口をへの字に結ぶ。
「…色々と事情があるんだ。アイヴィーが自分のことを話してくれたら俺も話すぞ」
ぷい、と踵を返し先に進もうとするアイヴィー。
…打ち解けるにはまだ時間が掛かりそうだ。
おっと聞くのを忘れてたぜ。
「…アイヴィー!俺の戦う姿はどうだった?カッコ良かっただろ?」
ぴたっと止まり一言。
「まあまあ」
……アイヴィーの採点基準は厳しいらしい。岩のゴーレムの死骸と素材を集め最深部を目指し進む。
〜同時刻 金翼の若獅子 職員休憩室〜
ぼんやりしたキャロルに声を掛けるフィオーネ。
「心配なの?」
「ん、ああ…。アイツら無理してねーと良いけど。ったく…ああああー!」
「ほら。ご飯が口から溢れてますよ」
仲良く昼休憩中の二人。
「…フィオーネは心配じゃねーのか?うちらは呑気に飯食ってっけどさー…ケガでもしてんじゃねーかって思うと…あああー!」
「勿論、私も心配ですよ。…でも必ず無事に帰ってきます。悠さんはそう約束してくれましたから。私は信じて待ちます」
「約束って…うちだって信じてっけどさ。…まぁフィオーネが言ってたとーり…ユーって頼りになるってゆーか…魅力あるって意味はわかったよ」
「…あら?」
「なんつーかさ。噂程度にしか聞いてなかったから…帽子やマスクでよく表情もわかんねーし変わった奴って思ってたけど……下心を感じないっつーか…アイヴィーの為に頑張ってくれっしちょっとカッコいいよな……ってフィオーネさん。その笑顔がこえーんだけど」
「ふふふ。いいえ、普通ですけど」
「いや、めっちゃこえーよ!養豚場の豚を見るよーな目ぇしてんじゃん!」
戯れているとドアが開く。
「くっくっく。やぁ…御二人さん。休憩時間の談笑中にお邪魔するよ」
エリザベートであった。
「うわー…串刺し卿じゃん。ギルドガールの休憩室にくるって…どーゆー風の吹きまわしだよ」
「つれない態度じゃあないか。ガールズトークなら吾も望むところなのだが……まぁ、今日は別件だがね」
「別件、と言いますと?」
「アイヴィー・デュクセンヘイグの御嬢さんのAAランク昇格依頼でPTを組んだ話題のFランク…黒永悠の件だよ。…嗚呼、吾は違うさ。内密に勧誘したかったのに『灰獅子』が五月蝿くてね」
「『灰獅子』ってそれはーー」
悠の居ぬ間に話は大きく広がっていた。
〜3時間後 ナーダ洞窟の魔窟 2F〜
「…ハァ…ハァ…」
アイヴィーの息遣いが荒い。
「大丈夫か?」
「…アイヴィーは大丈夫だから…先に進まなきゃ…」
先に進んだ俺達を待っていたのはナーダゴブリンの大群だった。
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名前:ナーダゴブリン
種族:霊長種 Lv31
戦闘パラメーター
HP1000 MP150
筋力60 魔力30 狂気100
体力50 敏捷36
技術40 精神15
戦闘技:ゴブリンパンチ
固有スキル:連携巧者
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ナーダ洞窟の魔窟に生息する霊長種のモンス
ター。単体では弱く力もないが繁殖力が高く
知性があり仲間と連携する事で戦闘値が倍増する。
また異種交配も可能。雌を優先して狙う。
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一匹一匹は弱いが錆びたナイフや棍棒を装備し連携して襲ってくるのが厄介だった。倒しても倒しても湧いてくるので連戦続き。
漸く戦闘が終わりマップから赤いマークは消えた。
幸いアイヴィーも俺も不死耐性があるので怪我をしても問題なかったが……。
「……」
ふらふらと洞窟の壁伝いにアイヴィーが歩く。残念だが失った体力まで回復はしない。
体力の低さを考えれば…いや…まだ10歳の子供なんだから当然だろう。
「少し休もう。急がなくてもボスは逃げないさ」
「…アイヴィーは元気だから」
へろへろじゃねーか。戦えそうには見えない。
…弱音は吐かずに頑張る姿勢は偉いが無理だ。
「そうか…。戦闘が続いて俺は疲れたし腹も減った…どこかで休ませて欲しいなぁ」
こうでも言わないと休みはしないだろう。
「…悠が辛いなら…そうする……」
「ありがとなアイヴィー」
…頑張り屋さんな子だ。本当に感心するよ
〜15分後 ナーダ洞窟 2F〜
柔らかい苔が敷き詰め生えいるし死角でモンスターも迎撃し易く綺麗な水が湧いている。
休むには最適な場所を見つけた!
「ここなら大丈夫そうだ。此処で休息にしよう」
「…うん」
俺は腰袋からナーダ洞窟の森で集めた枯れ木や落ち葉を取り出しマッチで火を点ける。
「ほら」
アイヴィーにサンドイッチを渡す。
「…これは?」
「軽食をたくさん作って準備してたんだ。お代わりするんだぞ。飲み物は……っと少し待てよ」
ケトルに湧き水を容れ焚き火の中に置く。
「沸いたらココアを淹れてやるからな。…あ、コーヒーもあるぞ。どっちが良い?」
「ココ……コーヒー。アイヴィーは飲めるから」
「…本当にコーヒーで良いのか?苦いぞ」
沈黙が流れる。
「……ここあ」
ちょこんと座るアイヴィーが恥ずかしそうに答えた。




