追撃の蛇と薔薇 〜苦痛の山〜 ⑥
10月12日 午後19時40分更新
10月13日 午前10時14分更新
〜同時刻〜
ミーシャは本気という言葉が嫌いだった。
深い理由はなく単純に必死な姿が滑稽で無様に映り…余裕がなく思えたからだ。
今まで誰かに脅かされた記憶もない。
どんな者も力で捩じ伏せ蹂躙し辟易する勝利を貪った。
「マステマファイターが…」
ゆえに想像だにしなかった光景に呆然とする。自慢の赤鉄巨人が瞬く間に倒された現実に思考が追い付かない。
「チッ……こんな展開予想してないし」
黒永悠は十五年の短い生涯で初めて出会った強敵…最強の刺客なのだと認めた。
自分が嫌悪する本気を出さざる負えないと認識を改める。
「…しまっ!?」
初めて経験する現実に呆け気を弛ませ隙を作ってしまう。
攻撃範囲内へ接近を許してしまったのだ。
咄嗟に急所をダストレイジで庇うが待てど攻撃はこない。
「え…」
悠は自分を仁王立ちで見下ろしていた。
次の瞬間、左頰が熱くなる。
「………は?」
かなり手加減された平手打ちに戸惑う。
「…なんのつもりって話よ…?」
ミーシャは痛みに免疫がない。
対人戦闘経験は豊富でもダストレイジの防御を持ってすれば攻撃を喰らう機会はほぼ皆無であった。
歪なスキルで成り立つ強さなのだ。
そんな彼女でも最大の好機を悠が棒に振った真実は分かる。
「お前が捨てたのは弱さじゃない」
「!?」
武装を解除し両肩をがっしり掴む。
「何物にも変え難い大切な心の一部だっ……」
「…な、なにを…!」
「…罪悪感があれば間違ってもやり直せるのに…お前をどーすればいいっ!!殺せば皆が蘇るのか!?」
自分を凝視し必死に叫ぶ悠が理解出来なかった。
「い、意味が分からないって話……?」
「過去は戻らない…殺しても償う意味も分からないまま死ぬ……残るものは何一つねぇだろ!?」
「………」
「…代償を捧げ得たのは力でも強さでもなく呪いだ」
「呪い…?」
「くそっ…くそ!!それでも心の底から改心を願っちまってる…お前は何一つ理解できないってのに…」
悔しさと葛藤を滲ませ歯を食い縛り悠は喋り続ける。
「…そんな不幸な子供を殺せるかよ…馬鹿野郎…」
彼は殺さない覚悟を選択したのだ。
他人から砂糖より甘い偽善者と罵られても仕方ない。
償わせたいという淡い願いが拙い説教という手段だった。
悠とて徒労に終わるとは織り込み済み…それでも自らの過ちに少女が気付くあり得ない可能性に賭けた。
悠の弱点は大きく分けて三つあるがその内の一つが神々の祝福や聖属性の攻撃……そして二つ目は優しさと情である。
「………」
ミーシャは困惑してた。
本気で大人に叱られ怒られたのは初めてだった。自分が生きてきた環境では考えられない価値観だ。
如何に悠が熱弁するも罪悪感がなく共感性もないので混乱し戸惑うだけ……に思えた。
「…ああああああああ!もぉ〜〜〜!!」
両手を振り解き距離を取った。
〜同時刻〜
ミーシャが離れ髪をわしゃわしゃと掻き乱す。その表情は不満気で拗ねてるように見える。
「はぁ〜…おじさんってば面倒くさいって話」
「面倒だと?人がどんな気持ちで」
「…うが〜〜!!?説教なんて嫌だっつーの!ミーシャはもう15歳の大人だもん」
…15歳!?
「普通に子供じゃねーか!」
「あ〜も〜!ほんっと調子狂うしイライラするぅ〜〜」
そっぽを向きジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「…帰る」
「は…?」
「おじさんがうざいからミーシャは帰るって話!!」
「帰るって…待て!」
「命拾いしたね?あたしが本気を出せば余裕で殺せるもん」
俺の勘違いじゃなければ戸惑ってる?
「…ただ変な気分で…今はおじさんと戦う気にならないっつーだけの話よ」
小さな水晶を取り出し地面に叩きつけた。
…逃がすかよ。
手を伸ばすも空振りに終わった。腕が通り抜け……いや体が透けてる!?
「また会った時は容赦しないから」
「…ミーシャ!」
「ミーシャミーシャって呼び過ぎだって話よ」
必死に掴もうとしたが無駄だった。
徐々に体が消えていく。
まさか…ランダの木偶人形と同じ転移する魔導具!?そんな物まで持ってたとは…!
歯痒い思いで逃走を見届けるしかない。
「……ユウ」
「!」
「あたしもおじさんの名前はバッチリ覚えたし」
少し照れ臭そうな仕草で呟く。
生意気で可愛い何処にでもいる少女にしか見えないのが辛い。
「次は逃がさないぞ」
「へへ〜ん」
「それに…もし本気で罪を償う気があれば力になる」
期待を込めた一言だった。
「………」
「もう人は殺すな」
「あ〜あ…苦労したのに目的の品はゲットできないわ説教されるわ……も〜踏んだり蹴ったりって話よ」
ミーシャが舌を出す。
「べ〜〜っだ」
そして完全に消えてしまう。
「……畜生っ!」
我慢できず壁を殴ると無数の石片が崩れ落ちる。
皆の期待を裏切った挙句、目標の敵を逃した。
どんな言葉で取り繕うと弁明できない失態…自分だけの依頼ではないのに私欲へ走り暴走したんだ。
ああすれば良かった…こうすれば良かった…と後悔の波が押し寄せ項垂れる。
「悠」
「ベアトリククス…?」
拘束が解け彼女は解放されていた。
「……すまない」
目を伏せ謝る。
「謝る必要はありません」
「…え?」
「あの少女が『黒髭』とは誰も想像できなかったわ」
「だけど…」
「取り逃したとはいえ人物像・名前・能力が判明し撃退は成功。パルテノンを襲撃した主犯格の男は死亡しました」
「……」
「それに判断を誤ったのはわたしの責任です」
誤った…そう思わせてしまったのが辛い。
「十二分な働きだった……と評価すべきだけど敢えて苦言を呈します」
「言ってくれ」
「その優しさは身を滅ぼす破滅の刃でもある」
ベアトリクスは厳しい口調で告げる。
「追い詰めた場面がありましたね?」
「うん」
「攻撃を外したのは彼女とアイヴィーの姿を重ねた……違いますか?」
ぐうの音も出ない正確な追求だった。
「…その通りだ」
「親が子を選べないように子は親を選べません」
「……」
「彼女にも同情すべき過去があるかも知れない。しかし育った環境が劣悪でも真っ当に生きる者は大勢います」
「…ああ」
「どんな理由があろうと罪は罪……報いを受けさなくては殺された者達の魂が浮かばれません」
俺は目を逸らさず傾聴する。
「相手を殺し鮮血を浴びようとも…ね」
己の経験談なのか言葉に重みを感じた。
「悠だって守るべき家族と仲間がいる…彼女の牙が自分の大切な者に剥いた時、今日と同じ選択ができますか?」
「それは…」
「残酷で無慈悲な決断も世の中には必要なの」
俺とは違う異世界の価値観だ!たられば論だ!…そんな風に言い訳すればどんなに楽だろう?
口が裂けても言えない…いや言う権利がない。
「…十三翼の誰も本気を出した貴方にはきっと敵わないわ」
「……」
「苦悩と葛藤を乗り越えれば更に強くなるでしょう。その名に最強の称号を冠するほどに」
「…ベアトリクス」
「わたしはそう確信しましたわ」
一瞬の間を置き答える。
「ありがとう」
……心が震える叱咤激励だ。本当に頭が上がらないぜ。
「…誓うよ」
然るべき処置をする覚悟の誓いだ。
「ミーシャがまた殺人を犯せば俺の手で終わらせる」
「……」
…正直に言えばあの娘の血で手を染めたくはない。力になるって言ったのは紛れもない本心だ。
償えない罪は生きて償う方法を必死に探すしかないと思う。
でもそれは俺の理想で…現実は厳しく残酷なんだ。
ーークエストに失敗しましたーー
メッセージウィンドウに表示された失敗の二文字を瞼に焼き付ける。
……今日という日は決して忘れないぞ。
その後、配下を倒した三人と合流し顛末を説明した。




