追撃の蛇と薔薇 〜苦痛の山〜 ⑤
10月9日 午前10時36分更新
10月11日 午後22時更新
〜同時刻〜
巨人の拳で飛ばされた悠が壁に激突し瓦礫に埋もれる。
ジェイルロックハウスに囚われ戦況を見守るしかないベアトリクスが呟く。
「戦う相手を逆にすべきでした…わたしの判断ミスだわ」
鉄格子を握り歯痒さを滲ませる。
精細さを欠いた攻防と動揺による油断は遠目で見ても彼女は分かっていた。
…悠の優しさが此度の戦闘で弊害となっている。
超弩級の賞金首とはいえ少女が相手では本気になれず加減するのではないか?…ベアトリクスは一抹の不安と危惧をしていたがそれは杞憂だと自分に言い聞かせエドワードと戦うも認識が甘かった。
悠はルウラとの代理決闘で生死を懸け闘っていない。実力で劣る分、全力で戦っても安心できたが今は丸っ切り違う。
ゴウラを相手に見せた実力を出し切れば殺してしまうしヨハネは犯罪者じゃなかった。
無論、ミーシャの蛮行は許し難く殲滅すべき敵だが問題は一線を超える覚悟が足りない事実。
前にホークの取材でベアトリクスが言っていた覚悟とはまた違う…守るために自己犠牲を貫く犠牲心ではない。
手を血に染める殺人を肯定する覚悟だ。
倫理観に左右され決心が鈍ったままでは本来の実力を発揮できない。
…黒髭と恐れられる強者に慈悲も懇篤も弱点になる。
如何に強靭な耐性・戦闘数値・アビリティ・スキル・加護を保有しても心が伴わないと発揮されない。
本人も正確に理解してないが深淵の穢れの影響で一気に精神状態が傾く可能性もある。
心配するベアトリクスだが今は成す術がない。
「更に巨人を…これは拙いですわ…!」
一体…二体…三体…と新たな鉄の巨人が生まれ瓦礫に埋もれた悠に猛攻を始めた。
〜同時刻〜
「ぐすっ……ウルフラマイター!やっちゃえって話!!」
革ジャケットの裾で涙を拭いミーシャは命じる。
轟音が鳴り響く度に広間が破壊された。
四体の鉄巨人は液体金属の集合体でミーシャが得意とする攻撃特化のスタイルだ。
金屑の禁は蠱毒鉄の上位互換の禁術である。
攻撃に金属化の呪いを付与し術者の体を流動する金属へ変化させ通常の物理攻撃をほぼ無効化しダメージを最低限に抑えてしまう。
操る規模も量も桁違いで応用力が高い能力だ。
習得の代償に共感性と罪悪感の欠如…子宮の損失…他アビリティとスキルの併用不可…色々な負担を強いられた。
「あたしのアビススキルは最強だもん」
他を捨て集中的に極めたミーシャのダストレイジは強力無比な性能を誇る。
奇しくも悠と似た戦闘技法とも言える。
……少しミーシャの話をしよう。
エドワードと彼女は闇稼業を生業にするティーチ家に生まれ幼少時より犯罪に手を染めてきた。
黒髭とは単一人物を指す固有名詞ではない。世襲制でその代の家長が名を引き継ぐ。
その方法は先代を殺害すること。
…四代目のミーシャは禁術の代償で子供を作れないが先代である実母を殺し歴代で最も強い黒髭となった。
闇に潜み裏の世界で暗躍していたティーチ家だったがミーシャが暴走し悪名が表舞台へ知れ渡り賞金首となる。
ユーリニスとの出会いの経緯は省くが八つの大罪の大幹部の一人…『無知』の座に就いた。
実兄が死んでも悲しまず赤ん坊も躊躇せず殺す。
責められても理解できない。
共感性も罪悪感も失い善悪の判断ができないから。
彼女は無知なる怪物だった。
「そろそろ死んだかなって話」
ウルフラマイターが動きを止めた。
攻撃により破壊された石床が山となり積み上がる。
「!…うぇ〜…まだ生きてるの?しつこすぎって話よ」
「………」
瓦礫を吹き飛ばし悠が立ち上がった。
〜同時刻〜
「も〜〜!!死んでよおじさん!」
攻撃を受けてる最中に考えてた。
ミーシャを殺すことでその罪は償えるのか?…っと。
俺の導いた答えは…償えないだ。
家族を…子供を…恋人を…仲間を…友人を…唐突に奪われた人々が納得する方法なんてない。
自分が同じ立場なら絶対許せないに決まってる。
「お前は…兄ちゃんが死んで悲しくないのか?」
「なんで?」
「……」
ミーシャが逆に質問する。
「兄貴が死んで悲しむ理由がある?他人は殺しちゃ駄目って誰が決めたの?」
本当に理解できないって顔だった。
…禁術は大きな代償を伴い複雑な発動条件があるってアルマは言ってたっけ。
「…禁術の代償なのか?」
「あ〜!そーゆー意味って話ね」
腕を組み頷き応えた。
「…最後だし殺す前に教えてあげる!アビススキルを習得すると感情や肉体の一部を永遠に失うの。ミーシャは共感性と…えーっと罪悪感…あとは子宮だったかな?」
「…子宮だと…」
「そのお陰で金屑の禁を覚えたって話よ」
得意気に喋るミーシャを見て腹を括った。
覚悟を決め燼鎚を握り締め一歩踏み出す。
「……俺が教えてやるよ」
「教える?」
「お前が払った本当の代償を」
禍々しい瘴気を発し淵噛蛇が蠢く。
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HP231000/410000 MP18700/21000
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「おじさん意味不明だし死んじゃえ」
巨人の攻撃を片手で受け止めた。衝撃で足が沈む。
「…え」
燼鎚・鎌鼬鼠で全力で殴り飛ばし半身が吹き飛んだ。
襲ってきた二体も凄まじい動きで瞬く間に破壊する。
「………」
ゆっくりと歩き近付く。
「なにこれ…?…全然さっきと違うじゃん…!」
ミーシャの表情が曇り眉を吊り上げ焦る。
「……赤鉄巨人!」
飛び散った金属が集結し全長14mは優に越す赤い鉄巨人が誕生し行手を遮った。
「ウルフラマイターより数段強くて頑丈だって話」
歩くだけで震動が走り広間の床を揺らした。
「…邪魔だ」
俺は臆する事なく真正面から迎え討つ。
〜同時刻〜
ベアトリクスは目を見張った。
「こうも違うものなの…?」
そう呟くのも無理はない。
赤鉄巨人の攻撃力は先程の鉄巨人の攻撃が遊びに見える程、凄絶の一言に尽きる。爆弾のような威力の拳を矢継ぎ早に連発しまるで小さな隕石の雨だ。
…しかし一発も当たらない。
悠は完璧に回避し反撃していた。
例えるならば漆黒の風……縦横無尽の燼鎚・鎌鼬鼠の殴打が鉄を砕き赤鉄巨人を後退させる。
「……覚悟を決めた悠には勝てない」
ホークの取材の際に自身が返答した言葉を思い出す。
…悠の戦闘数値は極めて高くゴウラを抜かした十三翼の中で一、ニを争うだろう。
生死を賭けた闘いで顕著に力の差が浮き彫りになった。
「覚醒を使っても恐らく…」
心が伴い発揮された彼の真の実力にベアトリクスは例え自分が本気で闘っても勝てる気がしなかった。
「ふふふ」
彼女は微笑む。
「…貴方はいずれ皆にこう呼ばれるでしょう」
不安は杞憂だったと確信した。
「最強の系譜を継ぐ者……最高國家戦力の黒永悠と」
そう言うと同時に赤鉄巨人が粉砕し液体金属が飛び散った。




