追撃の蛇と薔薇 〜苦痛の山〜 ③
10月7日 午前8時更新
「蠱毒鉄」
「なんだあれ…」
鉄球…いや三角形か四角形?
正体不明の塊がベアトリクスを攻撃する。
形状を変えた連続攻撃を紙一重で回避し隙を窺う。
サーチは通用しない。
閉心…制限系スキルの効果が閲覧を邪魔してやがる。
「むっ!?」
足元を見ると抉れた地面が錆びた鉄に変わっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『…黒髭の能力に注意して下さい。怪我人の大半は治癒魔法が効かない呪いを患ってます』
『謎の強力な攻撃に付随した回復・治癒を阻害する後遺症…黒髭は無敵の怪人よ』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
謎の攻撃…呪い…回復と治癒の阻害…あれがそれ?
「うわっと」
ベアトリクスが斬撃を放つも踏み込みが浅い。
耐久障壁術を破れないダメージだ。
「大した速さだ…初見で蠱毒鉄を躱して反撃に転ずる辺りは凡人と違うわな」
「……」
「だがよぉ俺に自慢の剣技は通用しねー…ッ!!?」
軽口を両断する鋭く重い一撃だった。
…さっきのはわざと威力を抑えてたのかよ。
「過大評価でした」
「…痛ってぇ…」
「あまりに脆い」
「脆い…だと?がっ!ぐふっ…!」
無数の剣閃がエドワードを襲い正体不明の塊で闇雲に攻撃するも当たらず距離を縮め追撃した。
〜同時刻〜
「クソが……調子に乗ってんじゃ」
鉄の塊が変形し四方八方から剣山のように伸びるが跳躍で回避しベアトリクスはローズオブメイを振り下ろす。
「……ねぇぞ…?」
深手を負わされ膝を突いた。
「その塊で攻撃が成功すると物質の性質を変える」
「!!」
「地面を見れば一目瞭然ですが……鉄に変質させるのね。生身で喰らえば鉄の成分が毒のように傷を蝕み壊死させてしまう。恐ろしい禁術だわ」
エドワードは驚愕し言葉を失う。蠱毒鉄の効果を見事に言い当てたのだ。
「相応に大きな代償も伴ってるはず」
「……」
その通りである。
蠱毒鉄を使用するとエドワードは魔法と戦闘技を発動できず戦闘数値全般の大幅な低下が伴う。
…習得の代償は悲哀の感情と寿命。彼は涙を流せず憐憫の情と寿命の半分を永久に喪失したのだ。
「禁術も練度を高めれば代償の負担が軽減しますが貴方のような悪党が鍛錬に励むとは思えません」
「は、はは…ずいぶん詳しいじゃん?」
その笑いは精一杯の強がりだった。
自身も禁術を習得したベアトリクスの経験とずば抜けた観察眼の賜物である。
「今まで自分勝手に…我儘に…搾取と強奪を繰り返し生きて外敵に脅かされる心配はなかったでしょう?」
彼女は道端で踏まれた蟻を見るような眼差しと冷淡な声色で喋り続けた。
「烏滸がましく勘違いも甚だしい。賞金は強さの証ではなく他人を虐げた弱さの証なのに」
「………説教なんて聞きたかねぇっつーーの!!」
蠱毒鉄が活発に形状変化し無差別に攻撃を開始した。
鑿岩機で粉砕するように威力は高いが速度を上げ周囲を動き回り的を絞らせない。
「ふっ…宝の持ち腐れ…いや禁術は宝じゃないわね」
「…あぁっ!?」
「黄泉の手向けに本物の禁術を見せてあげる」
立ち止まり自身の禁術を発動させた。
「満ちる月」
引力の渦が発生し彼女に吸い寄せられる。
蠱毒鉄の攻撃も例外ではない。ベアトリクスは左手に装備した丸盾を構えた。
…これはヴァルキュリアの盾。
星剛石という希少鉱石で鍛造され物理ダメージと魔法ダメージを軽減する効果が付与された殴打と防御を両立させた彼女の武器である。
グラビシオンで引き寄せた石礫や物を盾で弾いた。
「棘剣陣」
「…んだよっ!…これ、は!?」
引力の発生源は彼女自身である。
能力範囲内は物体の引き合う力も強固になりエドワードは立ち上がる事が困難になっていた。棘剣陣は相手の攻撃力が高いほどカウンターダメージを増すベアトリクスが編み出した独自の構えだ。
引力×棘剣陣×ローズオブメイの武器呪文によるカウンターの超強化……アビリティの相乗効果は筆舌し難い威力を発揮するだろう。
「白棘・九輪剣」
一回転し剣を振るう戦闘技は凄絶な衝撃波を放ち神殿が揺れエドワードの絶叫を爆音が掻き消したのだった。
粉塵が風に飛ばされ視界が晴れていく。
「……ぁ…か…」
辛うじて彼は生きていた。
…右足が捻れ飛び全身の至る箇所は骨折し折れた肋骨が胃を突き破る重傷…血反吐をぶち撒け死ぬ寸前まで地獄の苦しみを味わうだろう。
「討ち取った超弩級の中で最弱の賞金首ですわ……あぁそうでした」
剣を払い一瞥し呟く。
「…もう一度名前を教えて下さるかしら?」
圧倒的な勝利である。エドワードの返答はない。
これが金翼の若獅子が誇る最高特記戦力……序列第6位に抜擢されし荊の剣聖の現時点での実力である。
〜同時刻〜
「すっげぇ…」
率直な感想が口から漏れた。
ベアトリクスの実力は想像を超えている。アビリティやスキルの相性もあるが…ヨハネとどっちが強いだろう?
彼女が敵じゃなくて良かったと心から安堵した。
「やっぱこーなっちゃうって話」
少女は暢気に呟く。
……警戒してたが最後まで参戦しなかった。
「おーーい兄貴〜?」
兄…?
「…妹なのか」
家族が死ぬ寸前の重傷なのに少しも動揺してない。
「無駄よ。彼は指の一本も動かせません」
「……」
「貴女は家族ね?抵抗すれば少女といえど…ッ!」
「ベアトリクス!?」
黒髭の体から蠱毒鉄が溢れベアトリクスを襲った。
〜同時刻〜
「油断…してんじゃ……ねーっつー……の」
エドワードは嗤う。
ベアトリクスは勢いに押され壁際まで後退する。
「……蠱毒…の……牢獄」
蠱毒鉄の塊が変化し小さな鉄の牢屋となった。
「これは…!」
攻撃し破壊を試みるも凹みもしない。
「無駄…だ…壊せねーぜ?…俺の…死と…引き換えに……ジェイルロッ…クハウス…は…てめーを…拘束……する」
戦闘技ではない。肉体を代償に発動する禁術である。
外部の影響を遮断し対象を拘束…短時間で解除されるが誰であろうと抗う術はない。例えアジ・ダハーカの全力攻撃でも破壊は不可能なのだ。
自身の油断を悔やみベアトリクスは歯軋りする。
「…あーあ……こんな…最期か…まぁ……仕方ねー…や」
死に逝く彼の横顔に後悔はない。笑顔で満足していた。
「…何が可笑しい?」
「へへっ……あんた…勘違いし…てるよ…俺は…『黒髭』じゃ…ねー……」
「!」
「……ただの…出来損ない…だ」
「まさか…」
「ひゃ…ひゃははは!…あとは任せたぜ…四代目…ミーシャよぉ…先に…地獄で…待っ…てからなぁ!!」
笑い叫びエドワードの体が蒸発し消えた。
「……悠!!その少女が『黒髭』よ!」
驚愕の事実を知りベアトリクスが叫ぶ。




