追撃の蛇と薔薇 〜リグレッド城〜 終
9月25日 午前7時55分更新
〜リグレッド城 隠し部屋〜
四畳半もない狭い部屋に机が一つと美しい宝石箱が置かれていた。
「鍵?」
箱の中には不釣り合いな錆びた鍵が入っている。
「恐らくマジックキーですわ」
「鑑定してみよう」
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呪われし秘宝の鍵
・不朽の地下墓地に眠る宝箱を解錠するための魔法錠。
狂気と神秘に身を委ねた理外の啓蒙に耐えうる者にしか開ける資格はない。さもなくば災いを招くであろう。
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「…地下墓地に眠る呪われし秘宝が入った宝箱を開ける鍵で…狂気と神秘に身を委ねた理外の啓蒙に耐えうる者に開ける資格があるってさ」
「獲得にパラメーターを要求される宝箱?」
「災いも招くって書いてるし放置しよう」
「……」
「ベアトリクス?」
「悠の狂気と神秘の数値は?」
「…開けるつもりかーい!」
「ミッケ司祭との取引で役に立つアイテムかも知れない」
「そうか…えーっと狂気30000で神秘が7000だったかな?」
「……ず、ずば抜けた数値ですわ」
珍しくベアトリクスが狼狽していた。
「ミコトのお陰で軒並みバトルパラメーターは高いから」
「狂気や神秘は鍛錬や修行を積んでも上がり辛い項目ですが……開ける資格は十分に違いない」
「だろうな」
「鍵は悠が持っていて下さい」
「了解」
宝石箱ごと貪欲な魔女の腰袋に収納する。
…ベアトリクスは冷静に物事を判断してるし考えがあっての指示だろう。
〜午後16時15分 リグレッド城 殉教者の塔〜
休憩後、順調に進み遂に緑の矢印が示す地点に到達する。
しかし問題が発生した。
「……」
「…絶景ですね」
「ああ…遠くに見えるのはパルテノンじゃないか?」
冷たい風が吹きコートが揺れる。
城の最上部である塔は柵も手摺りもなく翼の生えた女性像が鎮座するだけだ。
「道を間違えたとか?」
「いや…」
もう一度、マップを確認するが間違いなく緑の矢印は此処で点滅してる。
「何か仕掛けがあるのかも」
「周りには何もありませんが…」
えーー!鋼の探究心がバグった!?
「地下より張り巡らされた罠とモンスターの強襲を考察すると我々が気付いていない見落としがあるのやも知れません」
「では像を調べてみます」
三人が調べ始めた。
…鑑定してみたが女神フラムを象った只の石像だな。
「…お」
注意深く辺りを観察すると柵のない手前の位置に汚れて隠れた文字列を見つける。
手で汚れを払い読んでみた。
「なになに?…神は犠牲を尊び捧げし者にだけ道を拓かん…恐れを捨てよ…真の道は絶望と葛藤の中で見出す…光あれ……」
…セクトも似たような事を言ってたな?
犠牲…道…光……身を捧げる……あっ!
「何か見つけましたか?」
「…地下墓地への行き方が分かったかも」
塔の下を見る。…落ちれば落下死は免れない高さだ。
「お手柄ですわ」
「さすがヒャタルシュメクを攻略した冒険者だ!」
「頼りになります」
「それで…どうやって次のダンジョンへ?」
「………」
如何に俺でも躊躇ってしまう。
「ベアトリクス」
「はい」
「…何が起きても俺を信じてくれるか?」
「愚問だわ」
当然と言わんばかりの態度だった。
「どんな事態が起きようとも悠を信じます」
力強く背中を押す一言に覚悟を決めた。
「メンデン、サイトー、セバスチャン」
「はっ」
「どうしました?」
「目を瞑ってくれ」
「…え?」
「いいからいいから!」
困惑しつつも三人は石像から離れ目を綴じる。
「…ベアトリクスもちょっとごめんな」
淵嚼蛇を発動させ四人の体を黒蛇で掴んだ。
「?」
「…クロナガさん?」
「飛ぶぞ」
「飛ぶって…ま、まさか…塔の上から?」
「その通り」
「「「えええぇ!!?」」」
三人が悲鳴を挙げ目を思いっ切り見開く。
「…わたしは信じてますよ」
足を踏み出し縁の手前で止まる。
「さ、錯乱してるのですか!?」
「正気だ」
「…間違いなく落下死しますよ!」
「大丈夫」
「ちょ…一旦止まって考え直しましょう」
足掻くも黒蛇の拘束力の前には無駄さ。
「…すぅー…はぁー……行くぞ!!」
勢い良く空へと跳ぶと重力に従い落下し始める。三人の絶叫が耳に届くも瞬きせず地面を睨む。
「んっ!」
突如、不思議な光に全身が包まれた。
〜同時刻 不朽の地下墓地 天秤の祭壇〜
ーー…選べ…己の価値か…それとも…同胞の価値か…?
「ふぁ〜あ……あー…ねむっ」
ミーシャは頭の後ろで両手を組み緊張感なく欠伸をする。
ーー…己の価値を示すならば我と闘え…同胞の価値を差し出すならば…同胞を秤へ…。
騎士は刃毀れした銀の大剣の切っ尖を向け静かに問う。
全身に纏う鎧は返り血で赤黝く染まっていた。
巨大な天秤と二つの石碑の間に佇む。
重厚な威圧感にミーシャ以外の全員が息を飲んだ。
「…普通に喋ってっし本当にモンスターか…こいつ」
「ブラフォードさんどうしますか?」
「城のリッチと同じで…こいつもヤバすぎるっすよ」
「ミーシャ」
「ん〜?お風呂に入りたいって話よ」
「…まだ寝惚けてやがる…仕方ねーなぁ」
エドワード・E・ティーチは少し悩み配下を選んだ。
「取り敢えず…お前とお前…それにお前な」
「…え?」
「あの秤に乗ってこい」
〜数分後〜
ーー…価値は得た…苦悶に歪む嘆きの道を進むがいい…。
燻んだ灰色の転移石碑が仄かに光る。
「あの野朗の事前情報と貰った魔導具がなきゃまだ墓地を彷徨ってるぜ?面倒な仕事だ…ひぃ…ふぅ…みぃ…連れて来た団員も残り9人しか残ってねぇ」
「しゃーないって話」
「必要経費にしちゃ痛い出費だよ…ったく!」
「兄貴は金勘定にうるさすぎって話」
「当然だろーが」
「将来はハゲるに決まってるって話よ」
「…うっせぇ!」
二人の兄妹の会話と対照的に残された部下は怯え震える。
天秤に乗り死んだ仲間の亡骸に自分自身の未来を重ね合わせたのだ。潰された蛙のような肉塊は徐々に消えた。
「ん…立ち止まってどーしたのって話?」
「あと少しだし元気だして行こーぜ」
大人しく従うのは闇で生きる術が他にないからか?悪名の庇護を受けるのは決して楽な選択肢ではない。
…黒髭一行は次の魔窟へ足を進める。
驚異的な速度で自分達を狙う追撃者の存在を露知らずに。




