祝福されし聖歌隊 ②
9月9日 午前7時27分更新
9月9日 午後12時26分更新
「女神フラムを敬愛し代償を捧げ殉じる者に与えられし聖なる奇跡をネフィリム教では祝福や恩寵と呼ぶの」
聖なる奇跡って俺の天敵じゃーん!
「う〜〜ん」
「どうしました?」
ミッケ司祭は可愛らしい仕草で悩む。
「黒永さんにも恩寵を感じる気が…こんな力強い波長は聖女様と同じ……いえ…まさか上なの?」
そこまで分かるん!?
「き、気のせいですよ」
「…むむむ〜」
納得してないって顔だな。驚くべきことにミコトの存在を嗅ぎ分ける力が備わってる。
ラフランの聖歌隊…よく覚えておこう。
「脱線したので話を戻しましょう」
ガルカタ大聖堂について質問を続けた。
〜15分後〜
「ーーーこんなものかしらぁ?」
「ありがとう」
探索に役立つ情報を色々と教えて貰った。
「うふふ!たくさんお喋りできて楽しかったわ」
「…怪我人が大勢いるって言ってましたよね?」
「ええ」
これは情報を提供してくれた個人的なお礼だ。
超特製エックスポーション×4をベンチの上に置いた。
「えっと…ポーション?」
「俺が錬成したポーションで薬効は保証します」
一液垂らせば大抵の傷は癒える筈だ。
「まぁ〜」
「怪我人の皆さんに使って下さい」
「……」
ポーションを凝視しミッケ司祭は笑う。
「黒永さんは優しいのですね〜」
「べつに普通ですって」
使うべき人に使わなきゃ錬成した意味がないしな。
暫し沈黙が続く。彼女は少し迷ってるように見えた。
「…『黒髭』の能力に注意して下さい。怪我人の大半は治癒魔法が効かない呪いを患ってます」
「治癒魔法が効かない呪い?禁術を使うって話は聞いてますけど」
「私も禁術だと思いますが…謎が多く原理が分かりません。気休めだけど困難に立ち向かう貴方に祈りを捧げましょう」
ミッケ司祭の両手が俺の右手を包み祈りを捧げた。
「どうか女神フラムの御加護がありますように」
美人が祈ってくれるのは嬉しいが加護は要らな……!
「痛…いっでででででで!手、手を離して!?」
「あっ…ごめんなさ〜い」
わ、わざと?わざとなのか!?
ミッケ司祭と別れパルテノン広場へ移動した。
〜数分後 ネフィリム教会前〜
ミッケは去っていく悠を眺めていた。
「…コリン」
「はい」
物陰から黒頭巾のローブを着た少女が現れ傅き返事をする。
「隠れて覗き見するなんてプンプンですよ?」
冗談を言う彼女と対照的にコリンの表情は険しい。
「…ミッケ様は口が軽すぎます」
「はて?」
わざとらしく首を傾げる。
「誤魔化さないで下さい」
憤慨している様子だ。
「聖典の内容はラフランの超機密事項…伝説と嘯き他国の者に遺骸の情報を口外するなんて」
「……」
「…我々に下された指令は二つ。一つ目は市民の安全確保と救助活動…二つ目は遺骸を狙う賊の排除です。今回、タイミングよく『金翼の若獅子』が討伐に乗り出したのは好機」
淡々と喋り続ける。
「便乗する形ですが『荊の剣聖』ならば『黒髭』に対抗できる……連中に協力するのは労せず被害を抑え指令を達成するため」
「彼女の強さは有名だもの〜…『銀斧』…『殺戮人形』…『舌切り雀』…凶悪で極悪非道な罪人を何人も討ち取った手練だし」
「それを踏まえあの男に肩入れした理由を教えて下さい」
ミッケは微笑む。
「…黒永悠は聖女様と同じく神に愛されし者よ」
「!?」
「触れた時に凄まじい神の恩寵を感じたわ」
「馬鹿な…アナスタシア様と同じ?」
「それにこのポーションを鑑定してみなさい」
悠から貰った超特製エックスポーションを渡す。
「こ、これは」
「呪いも治癒できる希少なポーションを無償で躊躇なく渡せる人を疑うのは信条に反するわ〜」
「……」
「彼の善意で市民を救えるならば感謝し恩に報わなくちゃ…ね?」
「はい…」
コリンは正論で窘められ頷く。
「…本当に悍しい禁術だわ」
教会から聴こえる嘆かわしい人々の苦悶の呻きにミッケは顔を顰めた。
「ミッケ様が癒せない状態異常は自分も初めて見ました。傷口が壊死し徐々に金属へ変わるなんて…」
「………」
「些細な切り傷でさえ重症化するとは恐ろしい」
「私の力にも限度があるもの…さて早速このポーションを使わせて頂きましょ〜」
「はい」
二人は教会の中へ戻っていく。
根源にユーリニスが関わっている事を現時点で悠は当然、知る由もない。
しかし、運命の歯車は既に動き出している。
ミトゥルー連邦を…世界を震憾させる大事件の序章の舞台が幕を開けたのだ。
二人の契約者は戦う宿命を背負っているのだから…。
〜同日同時刻 学術都市〜
果てなき叡智を求め知の探究者が集う学者都市はミトゥルー連邦加盟国のグリンベイ国を象徴する都市だ。
グリンベイ国立図書館に初めて訪れた者は先ず目を疑う量の本に圧倒されるだろう。
…その中でも歴史の闇に葬られし禁書の類は図書館の奥の区画に厳重に保管されていた。
〜グリンベイ国立図書館 禁書区画〜
分厚い金属扉を魔法錠で施錠し二重結界が施された先は異様な雰囲気に包まれている。常人ならば触れただけで発狂する魔導書の影響だ。
「ここが禁書区画に御座います」
「わざわざ案内させて済まぬな」
「いえいえ!ユーリニス様のご要望とあらば如何なる時も最優先で対応させて頂きますよ」
「くくく…寄付金は既に振り込んであるぞ」
「誠に有り難い限りです」
ユーリニスに下卑た笑みを浮かべ謙る男は図書館の館長で名前はピポグリフ・ロロワード。
「…それと彼女の働き振りはどうかね?」
「職員の評判も良く働き者で助かっていますよ」
「紹介した甲斐があった。ここから先は彼女に案内を頼もう」
「了解致しました。ではごゆるりと…」
去っていく館長と入れ替わりで女性が現る。
知的で冷艶な容姿と毛先が黒く赤い珍しい髪が特徴的だった。
沈黙が暫く続きユーリニスは薄く笑った。
「…馬子にも衣装だな」
ユーリニスがそう言うと女は尖った犬歯で唇を噛み表情を一変させた。
「うっさいわボケェ」
独特な方言と鈍った口調で悪態を吐く。
「潜入を甘う見とった…鬱陶しいわ〜…あーー!鬱陶しい!!」
「もう暫くの辛抱だ」
「…ホンマやな!?」
歯を剥き出しにして詰め寄る。
「あのエロジジイに堪忍袋がブチ切れ寸前や」
「メノウ」
ユーリニスの目が細まる。
「例の本は?」
「あぁ!もう見つけたで…ついてきぃ」
本棚が並ぶ薄暗い通路を進む。
〜数分後〜
「これがユーリニスの言っとった初代『聖女』の軌跡を綴った禁書や」
色彩が褪せ劣化した古い本の埃を手で払う。
「先に言うとくけど問題がある」
「問題だと?」
「捲ってみ」
火花が散り手が弾かれ指先から血が流れた。
「強力な封印術か…一筋縄ではいかんか」
「そんで表紙に文字が浮かんだやろ?読める?」
「この複雑な文体と羅列は古代語だな」
ユーリニスは解読を試みる。
「神の…宿す資…導かれ…羅列が複雑でこれ以上は読めんな」
「あちゃ〜〜〜!ユーリニスでもダメなん?」
「仕方ないだろう。…逆に言えば人造神の左眼・右足・心臓の遺骸を記した書物はこれに違いない」
「内容がわからへんのに意味ある?」
「意味はあるさ」
本を棚に戻しユーリニスは命令を下す。
「お前は潜入を継続してくれ」
「う、嘘やん!?」
「私が手段を講じるまでの短い間だ」
がっくりと肩を落とし項垂れた。
「…他の連中が羨ましいわぁ〜…『囀る汚泥』も『黒髭』も魔窟を満喫しとるやろーし」
「満喫か…ふははは!ミーシャはさぞ苦労してるだろう」
「ガルカタ大聖堂で右眼を探すんが?」
「それもあるが追撃者が厄介だ」
「誰よ?」
「ベアトリクス・メリドーと黒永悠」
メノウの瞳が爛々と輝かせ声を弾ませる。
「ほぉ〜〜ん…か、加勢が必要とちゃう?わてとか!」
「必要ない」
しかしユーリニスは断言した。
「ミーシャは強いからな」
「…ちぇ」
頰を膨らましメノウは不貞腐れる。
「戦闘数値を比較すれば二人より格段に劣るだろう」
「やろーな」
「それでも負ける姿が思い浮かばん」
自信満々に言い切る。
「大した信頼やね〜〜」
「くくく…拗ねてるのか?」
「アホ」
ユーリニスとメノウは並び歩き禁書区画を去った。




