紅い瞳が涙を流す。②
〜30分後 金翼の若獅子 ギルド寮前〜
ギルド本部の一階と二階には居なかったからこっちの方に来てみたが…初めて見るギルドの宿泊施設は立派な建物だった。
煌びやかなエンブレムが飾られた門。看板には『金翼の若獅子 ギルド寮』と記載されてる。
「ここに住んでんのかな」
勝手に入って探して良いだろうか…。管理人がいるなら理由を話して聞くのも良いかもしれない。
『…寮から消えろ化け物!』
『…この汚らしいヴァンパイア…死んでよ』
中から声が聞こえてくる。
玄関を覗くと獣耳に尻尾が生えたラッシュとメアリーと同い歳位の少年少女がアイヴィーを罵倒していた。
〜ギルド寮 玄関〜
「のうのうとギルドに居られるよ。お前みたいな化け物なんてくたばっちまえば良いのに」
「薄汚れたヴァンパイアのゴミ屑の癖に…。あなたがいると私たちまで汚くなるのよ」
「……アイヴィーは…汚くないから…バケモノじゃ……ないから…」
震える小さな手でドレスを握り締めている。
「……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『…やーいやーい!おまえって親いねーんだろ!?』
『服も貧乏くせーんだよ!学校くんなよな!』
『お前が住んでる施設は税金ドロボーだって母ちゃんが言ってたぜ。ドロボー!ドロボー!』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
…やれやれ。昔を思い出しちまった。
「ああ!?ギャハハ!小さ過ぎて聞こえねーよ!?ヴァンパイアは言葉も話せないのか?」
「ほんっとムカつくわね。その気色悪い前髪を毟り取って」
「アイヴィー」
「…あ……悠…」
アイヴィーが下細い声で俺の名前を呟く。
「…見慣れない顔だな」
「探したぞ。用事があるから付き合ってくれるか?」
俺はアイヴィーの手を握る。この場から一刻も早く立ち去りたかった。
「無視してんじゃねぇぞ!俺を誰だと思ってんだテメェ!?」
「……待ちなさい。さっきこいつが…ユウって言ってたけど最近、有名な無所属登録者の名前よ。その狩人みたいな格好…あなたよね?」
「有名かどうか知らないが俺は黒永悠だ」
「…マジかよ。こいつがアルバートさんを決闘で倒したって奴か…?」
「そのゴミ屑がどんな」
「彼女は塵屑でも化け物でもない。…そんな風に言うのはやめろ」
「……」
アイヴィーが俺を見上げる。どんな表情をしているかは分からないが驚いてる様子は伝わってくる。
「…その口の利き方…っ!私たちは有名な冒険者ギルドの」
「関係ない。…それ以上、侮辱するなら俺が代わりに相手になるぞ」
俺は怒っていた。
小さい子供を…あんな風に詰るこの少年と少女に。
「ぐっ…!?い、行くわよローク!」
「……くそが」
流石に大人が相手では勝てないと踏んだのか二人は捨て台詞を残し寮の中に走り去った。
〜午前10時 金翼の若獅子 広場〜
俺達は再び広場の屋根付きベンチに座っている。
寮を出てから一言も喋らず真っ直ぐここに来た。
…雨はまだ降り続けている。
「………」
顔を上げず伏せたままだ。
「……さっきはありがとう」
沈黙を破ったのはアイヴィーからだった。
「気にすんな。当たり前の事をしただけさ」
「…悠はアイヴィーのことを聞いた?」
「おう。…朝は両親のことを尋ねて無神経だったな。ごめん」
「…アイヴィーが…悠は怖くない…?」
「最初に会った時から怖いなんて思わなかったよ」
「……」
「…強いのになんでやり返さなかったんだ?」
「…誰も傷つけたくないから…」
「…そっか。アイヴィーは偉いぞ。俺はあいつらをぶん殴りたくて仕方なかったのに」
大人気ないが本心だった。拳骨の一発や二発はくれてやっても罰は当たらんだろう。
「…なんでに優しくしてくれるの…?」
「子供に優しくするのは当たり前だろ」
「……アイヴィーは子供じゃないから。…それに用事ってなに?」
「…話を聞いたがアイヴィーはAAランクの昇格依頼で困ってるんじゃないか?」
「…うん」
「嫌じゃないなら俺がPTを組むよ。それなら昇格依頼を受けれるだろ?」
「え……」
「足手まといにならないように一生懸命頑張る。…駄目か?」
「悠のランクは…?」
「Fランクだ」
「え、F…」
表情は分からないが信じられないって顔をしてると思う。
「…そのランクじゃ悠には無理だから。危険すぎるもん」
「ちゃんとキャロルにも相談したんだぞ。アイヴィーがオッケーなら大丈夫だって言ってた」
「…でも…」
「俺はFランクでも結構強いって評判なんだ。…さっきの奴らも名前を聞いてビビってただろ?」
「……うん」
「アイヴィーが本当に嫌なら俺も諦める。どうなんだ?」
暫し悩む。急に誘われたら当然だろう。しかも出会って時間も経ってない。警戒する気持ちも分かる。
「……アイヴィーは…悠を嫌じゃないから…」
「なら決まりだ。よろしくな」
俺が差し出した右手をアイヴィーは戸惑いながらも握ってくれた。
「よろしく」
さっきのギルド寮での光景を目の当たりしたら尚更、放って置くのは無理だ。…この少女を心の底から手助けしたいと思っている。
交渉も無事、終わったし二人で二階の受付カウンターに向かった。
〜金翼の若獅子 二階フロア 受付カウンター前〜
「…マジかよ…」
眉間に皺を寄せ信じられないといった顔でキャロルがアイヴィーを見る。
「言われた通りアイヴィーからPTを組む同意は貰ったぞ。これで問題ないよな」
「……」
俺達は二階受付カウンターでキャロルと昇格依頼の話をしている。
周囲のメンバー達がこちらを盗み見て勝手に騒つく。
…うるさいなぁ。
「…だいたいお前よぉー…うちがあんだけ紹介したPTは拒否した癖になんでユーのは簡単にオッケーすんだよ!」
「…アイヴィーの勝手だから」
「むきぃぃぃぃっー!!」
「まぁまぁ…落ち着けってキャロル。相手は子供だぞ」
「だから余計に腹が立つんだっつーの!……でもまぁ〜…悠が本気でPTを組んでくれたってのはうちも嬉しいけどさ」
「………」
ぷい、とそっぽを向くアイヴィー。…照れてるのか?
「…っ…仕方ねー。AAランクの昇格依頼の受注を認めるよ」
一瞬、辛く悲しい横顔を見せたキャロル。二人の間にも深い事情がありそうだが今は解決する策も術もない。…とにかくPTを組めた事を喜ぼうじゃないか。
「良かったな。ほら」
ハイタッチしようとして屈むが見事にスルーされた。
「…アイヴィーは恥ずかしいから」
「恥ずかしい…ぷぷ…恥ずかしいって言われてやんの」
むきぃぃぃぃっー!!
「……っとおふざけは終わりな。これが昇格依頼の内容だ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
受注対象者指定等級:A
クエスト名:AAランクへの昇格依頼。
依頼者:冒険者ギルド 金翼の若獅子
報酬金:0G
内容:ナーダ洞窟の魔窟ダンジョンの探索及び支
配者ボスの討伐。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こっから転移石碑使って『ナーダ平原』を超えた小さな森の中にある洞窟だ。最近、見つけたばっかの新ダンジョンでモンスターの種類や洞窟内の情報はほとんどねー。…準備はしっかり整えてから行けよ。それと危なくなったらすぐ逃げろ」
モーガンさんに貰った地図もある。鋼の探求心があれば問題ないな。
「了解だ」
「…………」
「…それとこれ」
二枚の赤い紙を渡される。
「この書類は?」
「ダンジョンの探索とボス討伐についての権利放棄同意書。強制されて行くわけじゃねーって確認と死んだら自己責任って明記されてる」
「…よし、と」
名前を書いて血判を押す。
「書くのはえーっ!?…え、ためらいとかないの?」
死ぬつもりはないし辞めるつもりもない。
「尻尾巻いて逃げるような真似はしない」
アイヴィーも名前を書いて血判を押す。
「……書いた」
アイヴィーが書類をキャロルに渡すと受付カウンターから一人離れ、誰も座ってない椅子に腰掛けた。
「……なぁ。ユー」
書類を受け取ったキャロルが俺を呼ぶ。
「どうした?」
「お前にこんな話すんのも変だけど…アイツさ…無愛想でなに考えてっかわかんねーし…世間知らずのガキだし他人を信用してねー。……でも、でもさ…それは…自分を守る為の精一杯の強がりなんだ」
「……」
「生い立ちはフィオーネから聞いたんだろ?……アホみたく強ぇーからさ…手をだすバカはいねーけど…アイヴィーがやり返さないのをみて……皆、言葉で責めるんだよ…ひでー罵声や悪口でさ。『金翼の若獅子』のギルド寮に住んでっけど…アイヴィーは『金翼の若獅子』に所属してるわけじゃねー。二年前、住むとこがないアイヴィーにマスターが特別に許可したんだ。…大人のメンバーはまだマシだが…あそこはアイヴィーの他にガキも多いし…イジメられてるんだよ…10才でAランクのすげー奴なのにさ…」
「…見たよ」
「…そっか。…アイツってば昔はうちに懐いて…笑ったり自分から話しかけてくれたんだぜ。……けど、うちがちょっかいだされて…絡まれてんの助けてくれたのに……ひでぇことを言っちまったってアイヴィーとは仕事だけの関係になった。……頼むから昇格依頼に失敗したっていい…無理だけはさせないでくれ…」
矛盾しているが笑うキャロルは哀しそうに見えた。
「…こんなこと頼む資格すらうちにはねーけど」
キャロルとアイヴィーの間に何があったかは詳しくは聞かない。…聞いても仕方ないだろう。
口を挟んで解決する問題じゃない筈だ。俺にできる事を全力でやるだけさ。
「頼むのに資格なんていらない。アイヴィーの為に全力を尽くすよ」
断言した。
「……」
目を見開くキャロル。
「変なこと言ったか?」
「…フィオーネの言ってたことがわかった気がするよ」
何を話したのだろう。
「気になるんだけど」
「…ひひ!まぁ気にすんな。うちはこれから書類処理すっから…出発はそーだな…明日になっからアイヴィーにも伝えといてよ!準備整えて受付カウンターにきてくれ」
出発は明日か…。アイヴィーと話をして準備を整えよう。
〜数分後 金翼の若獅子 二階フロア〜
「出発は明日になるってキャロルが言ってたぞ」
「そう」
「準備大丈夫なのか?」
「…大丈夫。これに全部入ってる」
肩から下げるタイプのコウモリのブローチが付いた可愛いポシェットのアイテムパック。
「全部って…着替えもか?」
「うん」
「…ご飯はどうするつもりだ?」
「アイヴィーは食べなくても平気だから」
無理だろ。その辺は子供っぽく楽観的だ。心配するキャロルの気持ちが分かる。
「飯や水は俺が準備するよ。他に準備する物は……アイヴィーは知ってるか?」
「知らない」
「…了解」
えーっと、ナイフはあるし腰袋に毛布やマッチ…コップ…水…調理器具…食料は今日作って入れとけば良いよな。食料が足りなくなったら洞窟内にいるモンスターを魔物料理にしちまえば良いし。
「……おいあいつ」
「ええ。AAランクの昇格依頼でPTを組んだんですって。…まさかあの子と組むなんて」
「…Fランクで身の程を知らないらしい」
「『金翼の若獅子』の品格が下がるわ」
周囲の奴等が奇異の視線で俺達を見て遠巻きに陰口を叩いている。
アイヴィーは何も言わず微動だにしない。
理不尽な待遇を受け10歳の子供がそれに慣れている。
…堪らなくそれが嫌で…腹が立った。
「文句があるなら聞くぞ。直接言えよ」
大声で言った。周囲が沈黙がする。
「…何もないみたいだな。行こう」
「…うん」
アイヴィーの手を引き二階から移動した。




