空の旅 ③
8月27日 午前11時更新
〜30分後 フライングメアリー号 操舵室〜
グラン・ヒューリィに教えて貰ったハーピーの情報を船長と航空士にも説明した。
「うぅむ…ハーピーの巣はやばいぞ」
「ルートを変更しますか?」
「…エルダンから南東に迂回すれば確かに安全だ…だが一週間のロスは免れないし補給地点まで備蓄も間に合うか微妙…うぅ…頭が痛い」
船長のダッチマンがぼやく。
「襲われれば全滅しかねませんよ」
彼の名前はベンノ。この船の航空士だ。
「…そんなに危険なんですか?」
隣に座るベアトリクスさんに囁く。
「ハーピーの歌声は混乱・魅惑・沈黙の状態異常を誘発させる効果がエンチャントされてます」
「ふむ」
「HPが低く脆いモンスターですが魔法攻撃が得意で高い耐性Lvがないと歌声は防ぎ切れません」
「あー…船の上じゃ戦う条件が悪いか」
「その通りですわ」
混乱し落ちたら地上に真っ逆様…魅惑されて同士討ち…沈黙で魔法の攻撃手段を封じる……限られたスペースで戦うには厄介極まりないな。
「海のセイレーンと空のハーピー…どちらも船乗りに恐れられるモンスターよ」
なるほどなぁ。
「…提案ですが一旦、ボーガンに引き返すのはどうですかな?」
「あり得ません」
ベアトリクスさんは船長の提案を即答で却下する。
「ちなみに普段はどんな対策を?」
俺はベンノさんに質問する。
「数匹程度なら大砲で迎撃しますがハーピーの巣があるなら話は別……あれは何十匹と群れで襲ってきますし進路を変え迂回した方がベターですね」
「結界魔導具を積んでたりは?」
「…そんな高価な魔導具を搭載できる飛行船はごく僅かですよ」
何とも手段が乏しい。
「空の移動と輸送は常に危険が伴い命懸けです。…今回は護衛に皆様がいらっしゃるので安心して依頼を受けましたが…困りましたね」
「…ベアトリクスさん」
「ええ。ハーピーの凄まじい合唱に耐えられるのは私と悠だけでしょう」
こっちの言いたい事を察してくれて助かる。
「他の隊員と団員の耐性Lvでは恐らく持って数分」
…のんびりした空の旅とはいかないもんだ。
グラン・ヒューリィーに感謝だな。
「船長」
「…はい」
「進路は変えずそのまま進みましょう」
「本気…ですか?」
「俺が一人で船を警護し殲滅します」
「そ、操舵手が歌声に惑わされたら大惨事が」
「わたしが代わりに舵を取りますわ」
「「え、えぇ!?」」
「操舵資格を持ってるので」
ふぉーー!頼もしい!
「鉄騎隊隊員・騎士団員・船員は貨物室に避難させます」
「…でも巣の正確な位置が」
「俺のスキルで分かりますよ」
「「……」」
ぽかーんと口を開き唖然とする二人だった。
…うっし!気合いを入れて飛行船を守るぞ。
〜20分後 フライングメアリー号 甲板〜
「ーー以上。何か質問は?」
集合し話を聞いたメンバーは複雑な表情だった。
「私達も…貨物室で待機ですか」
「ええ」
「…遠距離武器の使い手と魔法が得意な者をサポートに回しては?」
バーモントが提案する。
「ハーピーは危険なモンスターだがここにいる全員が単独で討伐できる経験と実力がある」
今回、依頼に選抜された鉄騎隊隊員はGRがAランク以上の冒険者で構成されている。
派遣された騎士団員も二等騎士官以上の猛者だ。
「彼一人に任せるのは負担が大きいでしょう?」
「バーモント」
「はい」
「数十匹の合唱を耐えるには睡眠耐性・混乱耐性・魅惑耐性の各Lvの合計値が15以上必要です」
「……」
「あなたの合計値は?」
「……7…ですね」
「他に該当者は?」
誰も答えれなかった。
「これが現実よ。仮に戦闘に参加させてもサポートどころか悠の足を引っ張る結果にしかならない」
…ストレートな戦力外通告だな。ちょっとフォローしとこっか。
「適材適所ってやつだよ」
「え…?」
「俺達の目的は『黒髭』だ。わざわざ皆で戦って余計な体力を消耗する必要はないだろ?」
「…クロナガさん」
「逆にどこかで俺が皆を頼る場面もきっとあるだろう……その時は宜しく頼むぞ」
バーモントの肩を叩く。
「今は俺とベアトリクスさんの出番ってだけだ」
「…了解しました」
彼は力強く頷いた。
「じゃあ皆で船員を貨物室に誘導してくれ」
『はっ!』
いい返事だ。
メンデンとバーモントの指示でメンバーは船員の誘導を開始する。
「……」
「…どうかしました?」
ベアトリクスさんは感心した様子で俺を見ていた。
「やはり悠には人の上に立つ器がありますわ」
「えぇ」
「…頼られる機会はあれど悠が彼等を頼る機会なんてこの先もほぼ皆無でしょう」
「……」
「つまり…わたしをフォローしてくれたのね?」
「あー…うー…」
見透かされてて恥ずかしい。
「…その気遣いがとても嬉しいです」
中間管理職の経験が活きただけさ。
えーっと…昔とった杵柄ってやつ?
「わたしも操舵室に行きます」
「了解」
「何が起きようと心配していませんわ」
…めちゃくちゃ期待…いや信頼されてるな。
それに応えるのも男の務めだ。
鋼の探究心でマップを展開しペナルティを携えた。
警戒を強め遥か先を睨む。
変わらぬ速度で船は先へと進んでいく。
〜午後14時トントタッタ森林 上空〜
「ここがハーピーの巣…ってゆーか縄張りか」
数時間が経過しフライングメアリー号の前方を夥しいハーピーが埋め尽くす。
柔い体毛で覆われた乳房と発達した翼…美しい顔と尖った犬歯…鋭利な鍵爪…一言で表すと人面鳥だな。
「数十匹って話と違うぞ」
マップに蠢く赤いマークは優に百を超えていた。
ーーア〜アァ〜〜。
ーールールーラ〜。
ーーイ〜ラ〜ラ〜。
…綺麗なソプラノボイス…これが歌か?
一匹から二匹…二匹から四匹…徐々に歌声は重なりハーピーの大合唱が空に響き渡る。
大気が震える凄い声量…オペラ歌手の歌を至近距離で聴いてる気分!
しかし、無粋な銃弾が合唱を中断した。
肉片を撒き散らし墜落する一匹を見て歌が止む。
「俺のバックコーラスはお気に召さないかい?」
ペナルティの銃口を向け笑う。
ーー……アァァァァ!!
雄叫びと共に戦闘が開始された。




