紅い瞳が涙を流す。①
〜翌朝8時 金翼の若獅子 広場〜
「雨、降ってきたなぁ」
今日は朝から生憎の雨模様。金翼の若獅子へ向かう途中、傘を買って良かった。雨音が傘に響き落ちる雫がじんわりと地面を濡らしていく。
「…あれは」
屋根付きのベンチに座って読書に勤しむ少女の姿を見掛ける。…アイヴィーだ。
雨なのに外で本を読むって変わってるなぁ。
…気になるし声を掛けてみよっと。
「おはよう」
本から顔を上げたアイヴィー。
前髪で目が覆われてどんな顔をしているか分からないが挨拶されて吃驚している……そんな雰囲気。
「……ぉはよう」
雨音に紛れ小さな声で挨拶が返ってくる。
傘を閉じ隣に座る。
「雨降りなのに外で読書か?」
「……アイヴィーがどこで本を読んでも悠には関係ないから」
「そ、そうだな」
辛辣ぅ!
「……悠はなんでここに?」
「悠がどこに居ようとアイヴィーには関係ないから」
「……アイヴィーの真似しないで」
「悪い」
静かな沈黙。
「アイヴィーは小さいけど何才なんだ?」
「……アイヴィーは小さくないから。10才だから」
小さいじゃん。子供じゃん。
「10歳、か。ちなみに俺は30歳だ」
「…おじさん」
深く心に突き刺さる一言。
カナ村のジェシーにもおじさんと言われたがお兄さんで通用すると自負してるのに…。
「お兄さんだ。もう一度言うぞ。お兄さんだ」
「あはは」
小さく笑うアイヴィー。年相応の笑顔だ。
「子供らしく笑った方がアイヴィーは可愛いな」
「…!…アイヴィーは子供じゃないから」
ぷい、とまた本に顔を戻してしまう。
「…そういえば昨日二階に居ただろ?ギルドガールと話してたのを見たんだ。高位ランクなのか?」
「………」
「それともお父さんかお母さんを探して」
「悠には関係ないからっ!!」
怒鳴り叫ぶ。
「…ごめん。ちょっと気になってな」
どうやら地雷を踏んだようだ。
「…イヴィー…は………モノ……か……ら…」
雨音でよく聴こえない。
小さく体を震わせるアイヴィー。
「…何か困ってるならお兄さんが力になるぞ」
よく考えれば子供が一人で冒険者ギルドにいるのって変だよな。アイヴィーの様子を見るに深い事情がありそうだし困ってるなら力になりたい。
「…悠だって…アイヴィーを……知ったら…きっと……」
そう言うと雨の中を走り去ってしまった。…放って置けないが追いかけても警戒されそうだな。
あ、そうだ。フィオーネなら何か知ってるかも。
傘を差しギルド施設へ向かった。
〜金翼の若獅子 一階 受付カウンター前〜
「おはようございます」
「…ああ」
「…どうかされましたか?浮かない顔をされて…」
フィオーネか心配そうに顔を覗く。
「実はーー」
アイヴィーのことを尋ねてみた。
〜数分後〜
フィオーネは哀しそうに目を伏せ呟く。
「そうですか…アイヴィーちゃんの事だったのですね。二年前からいるギルドメンバーやギルド職員には周知の話なのですが……彼女は『不死族』の種族で『吸血鬼』なんです」
不死族の吸血鬼……。
吸血鬼自体は日本でも有名だから知ってるが…。
「…へぇ」
「不死族は戦闘能力が非常に高い種族でその中でもヴァンパイアは群を抜いてます。不死耐性という短時間で傷を癒す耐性を生まれつき持っていて……身体能力も強く闇魔法を扱い戦闘に特化したスキルを保有しているんですよ」
俺やん。それ俺ですやん。
「闇魔法を使ったり戦闘能力が高いとマズイのか?」
「いえ。闇魔法自体は他のデミも使いますし戦闘能力が高いのも悪い事ではありません。……問題はヴァンパイアの殆どが『非合法犯罪組織』に加入するからです」
「…闇ギルド?」
「闇ギルドを悠さんはご存知……ないみたいですね。併せて説明致します」
「ごめん。助かる」
「闇ギルドは裏稼業を中心に犯罪活動を行う非合法なギルドの事です。裏稼業とは違法薬物の売買・売春斡旋・違法魔道具の取扱・人身売買・暗殺……あらゆる犯罪行為を行う犯罪者が集う組織…。騎士団でも取り締まっていますが未だに暗躍する闇ギルドは存在します」
ヤクザかギャングみたいな組織だな。
「……三年前、『金翼の若獅子』と闇ギルド連合軍との間で抗争が絶えない時期があり総力戦が功を成して戦いを制し抗争は終結しました。……その中で闇ギルドのギルドマスター・幹部・メンバーの多くは処刑されましたが……その中にはアイヴィーちゃんの父親もいたそうです」
「………」
「冒険者ギルドのメンバーの中には故郷を滅ぼされ家族を殺害された者や抗争で大切な人を失った者も居ます……。彼女は二年前に『金翼の若獅子』に騎士団の団長から連れて来られました。まだ幼いアイヴィーちゃんの処遇をGMに一任し子供に罪はないと『金翼の若獅子』でフリーメンバーとして登録させた」
そんな過去が…。
「最初は非難されましたが孤児院や児童施設に預ければ孤児院が闇ギルドの残党に狙われる可能性があります。自身の手元に置く事で手出しをさせない目的もあったのです」
「………」
「アイヴィーちゃんは当時8歳でしが……その強さはヴァンパイアの名に恥じないものでした。幼い身で…たった一人でAランクに昇り詰めるほど…」
「……一人で?」
「…誰も彼女とはPTを組みません。ヴァンパイアで闇ギルド所属の父親がいた経緯が……はっきり言えば恨まれているのでしょう。アイヴィーちゃんが悪い訳ではありませんが…それでも……闇ギルドを憎むギルドメンバーは……許せないのだと思います」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『………悠だって……アイヴィーを……知ったら…きっと……』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あの言葉はそういう意味か…」
……そりゃ父親と母親の話をされたら怒鳴りたくもなるよな。
「……悠さん?」
「あ、いや。ありがとう…そんな事情があるとは知らなかったから」
「いえ、良いんです。私もアイヴィーちゃんは心配ですから…。話し掛けても無視されちゃって」
昨日、ギルドガールと揉めてた理由も何かある筈だ。
「フィオーネ。ちょっと頼み事があるんだけど良いか?」
「はい。悠さんの頼みを私が断る理由はありません」
ありがたい。
「昨日、アイヴィーと二階の受付にいたギルドガールが揉めてた。…その理由を知りたい。そのギルドガールと話せないかな?」
「…分かりました。二階受付のギルドガールは私の友達です。一緒に行きましょうか」
フィオーネと二階に居る友人の元へ向かう。
〜金翼の若獅子 二階フロア 受付カウンター前〜
「悠さん。こちらはキャロル。二階受付カウンターを担当しているギルドガールです」
「おっす!うちは『兎人族』のキャロル・エッジコムだ。よろしくな!」
フィオーネの友達でギルドガールのキャロル。
兎耳で白髪のシャギーヘアに褐色の肌とフィオーネとは違った明るい笑顔が特徴の可愛い女の子だ。
「はじめまして。黒永悠です」
「堅っ苦しいのは嫌いだから呼び捨てでいーかんな!うちもユーって呼ぶからさ……にしても」
キャロルが顔を近づけ俺を物色するように見る。
「な、なんだ?」
「Gランク依頼を達成してアルバートから決闘で勝ったって聞いてたからどんな奴かなって思ってたけど……予想と違ったわアハハハ!」
「はぁ」
「あんたってばギルド職員の間じゃ有名なんだぜ!フィオーネが惚」
「…キャロル。悠さんは大事なお話があって来たんです。それ以上、余計な事を言わなくても良いのでは?」
言葉を遮り笑っているフィオーネから威圧感を感じるのは気のせいだろうか…?
「おっと!これ以上はフィオーネを怒らせるからまた今度な!…んでうちに聞きたいことあるってなによ?」
「あ、ああ。昨日なんだがーー」
キャロルにも事情を説明した。
〜数分後〜
「…見てたのか。昇格依頼の話で揉めてたのさ。アイヴィーが納得しなくて大変だったよ」
「AAランクの昇格依頼の話で……成る程」
「ごめん。説明してくれ」
「いや、アイヴィーは『魔窟』の『支配者』討伐をソロで受けさせろって言ってんだぞ?うちが受注させるわけねーじゃん」
「問題あるのか?」
「……本気で言ってんじゃないよな?」
本気だよ!いつだって本気で聞いてるもん!
「…あ、私から説明しますね。AAランクの昇格依頼は『魔窟』の『支配者』の討伐なんです。ダンジョンやボスの説明は…はい。勿論させて頂きます」
聞き慣れない単語に不安そうな俺を見てフィオーネは説明を始める。
気配り上手のできる優しい子。
…ダンジョンってどっかで見た記憶があるけど…。
「ダンジョンはモンスターの巣窟でボスを中心に多種類のモンスターが共生しています。一概に全てのダンジョンが同じとは言えませんが……共通する点はダンジョンに生息するモンスターはボスを守る為に外敵を排除しようと攻撃する事です。ダンジョンの様態は遺跡・洞窟・廃墟・地下墓地・廃村・森……例を挙げれば数え切れませんがモンスターが徘徊し最深部がボスの住処となってるケースが多いです。ダンジョン内には未知のアイテム・素材・宝があったりします。しかし、迷路のように入組んでいたり罠が配置されてたり……危険な領域です」
「……ふむ」
RPGのゲームでよくある設定だな。
「ボスは当然、通常種のモンスターより遥かに強いですし知能が高いボスは村や町を襲う事もあります。その結果……ダンジョンとなった廃村や廃町も実際ありました。ボスを討伐すればダンジョン内のモンスターは沈静化しますが……クエスト達成難易度の高い依頼になりますので冒険者ギルドではSランク以下のメンバーはPTでの探索・討伐を義務付けています」
「ありがとう。いつも丁寧な説明で助かるよ」
「いえいえ」
「…冒険者ギルドのメンバーで知らないヤツがいるなんて…うちはじめて見た」
「悠さんは複雑な事情がお有りなので」
「ふーん…ま!これでユーもわかっただろ?どんだけアイヴィーが無茶を言ってんのかって。いくらAランクでもダンジョンにソロで行くのは自殺しますって言ってんのと同じだ。アイツってば自分はヴァンパイアだから怪我しても大丈夫とか考えてんのかもしんねーけど……体力もねーガキのくせしてよ」
「……キャロル。AAランクの昇格依頼はPTを組めれば受けれるんだよな?」
「まーな。つーかPTで受けるのが前提条件だし」
「PTは同等のランクじゃないと駄目か?」
「んー…高位ランクが下位ランクの昇格依頼を引率と審査する目的でPTを組む事もあるし……同ランクって決まりはないはずだよ」
「…………」
フィオーネがはっ、とした表情を浮かべ俺を見る。
「…悠さん?まさかとは思いますが…」
「そのまさかだよ。俺がアイヴィーとPTを組む」
フィオーネとキャロルが驚愕の叫び声をあげた。
「えぇぇぇー!??いやいやいやいやいや!!ありえないってそんなん!!」
「ゆ、ゆ、悠さん………さ、流石に…AAランクのしょ、昇格依頼でPTを組むなんて…」
「決まりはないんだろ?FランクがAAランクの昇格依頼でPTを組んでも問題ないって事じゃないか」
「……そ、それは……」
「いやいやありえないってーの!…AAランクの昇格依頼にFランクとPTを組んだメンバーなんて今までいねーもん!!」
「良かったな。先例ができだぞ」
「そーゆー問題じゃねーっ!!」
歯をむき出しにして反論するキャロル。
「……それに…悠さんがPTを組むって言ってもアイヴィーちゃんが了承しないと意味がありませんよ?」
「断られたら大人しく諦めるよ」
「…だったらどっちみち無理だぜ。アイツはうちが紹介したPTやメンバーを全部、断ったんだからな!人が親切に探してやったっつーのによ……ったく」
「アイヴィーが同意したら良いってことだな」
「そ、それはー…」
「だよな?」
「う、ぐぐぐぐ……あーーもう!!わかったよ!わかりました!!ぜってー無理だと思うけど!!」
根負けしたキャロル。引かなきゃいけるもんだ。
「…アイヴィーちゃんを随分、気に掛けてるみたいですが親しかったのですか?」
「いや、全然だよ」
「だったら何故?」
「…理由なんてない。ただの親切心さ」
自分も小さい時に親を事故で亡くしている。それで苦労もしたし辛い思いもした。
……俺は彼女の境遇を自分と重ね合わせているのかもしれない。
「…………」
フィオーネは何か言いたそうに俺を見ていた。
「取り敢えずアイヴィーを探して話をしてみるよ。仕事中に付き合わせてすまなかった」
二人と別れアイヴィーを探し始める。
〜数分後 二階受付カウンター前〜
残されたフィオーネとキャロル。
「…あいつって変わってんなぁ」
「悠さんは優しくて思い遣りのある方です。…きっとアイヴィーちゃんを放って置けない理由があるのでしょう」
「自分からアイヴィーと組みたいなんて言ったのはアイツが初めてかもな」
「私も出逢って日は短いですが……心の底から助けになりたいと思わせる魅力を悠さんには感じます。自分の為じゃなく誰かの為に一生懸命だから…そんな悠さんを…あの日から…私は……」
「ヘェ〜…いろんな男から言い寄られても靡かなかったフィオーネがねー…ひひ」
「からかわないで。…ねぇキャロル。…アイヴィーちゃんと仲直りは出来ましたか?」
「………」
フィオーネから顔を背ける。
「出来てないみたいですね」
「…うちにそんな資格ねーもん」
キャロルが哀しそうに呟く。フィオーネは慰めるように優しく肩に手を置いた。




