自分の常識は他人の非常識! ④
7月27日 午後22時10分更新
〜午後17時50分 第七区画 歓楽街〜
歓楽街ですれ違う人々を見てデミの種族は一体、幾つに及ぶのか唐突に疑問が浮かんだ。
きっと俺の想像を超えた種族数なのだろうが地球とは違う異世界…大分、順応したが未だ戸惑う時もある。
…ま、俺に猫耳も犬耳も似合わないことは間違いないな!
〜リリムキッス 地下一階 フェアリー・キッス〜
到着後、受付で用件を伝えるとミネレさんが店内へ案内してくれた。
「実はGMは営業前に商談中でして」
「それだったら外で待ってますよ」
挨拶が済めば直ぐに帰るつもりだし。
「ご冗談を」
ミネレさんは首を横に振り笑う。
「大恩人である黒永様を外で待たせれば私が叱られてしまう」
「…別にそんな」
「貴方が第8位を襲名されたと『金翼の若獅子』から連絡があった際はソーフィ様もメンバーも職員も…大変、喜びました」
「………」
…済し崩しで仕方なくと言えない雰囲気だ。
ボックス席に座るソーフィさんと商人のテーブルには封を切ってないボトルが数本置かれている。
「ソーフィ様」
「あら〜…悠ちゃんじゃない」
喜色満面の笑みで迎えてくれた。
「!」
対面の賢そうな商人の男性は驚き俺を見上げる。
「商談中で御座いますが黒永様の案内は最優先かと思いまして」
「さすがミネレだわぁ…うふふ…ナイスな判断よぅ」
どー考えても優先事項が違うと思いまーす!
「…お仕事中なので俺は離れて待っ」
「まぁまぁ隣に座ってちょうだいな〜…ね?」
ぽんぽん、と自分の隣の席を叩くソーフィさん。
「え、えぇ…」
「セントさんもぉー…構わないでしょう?」
「はい」
うわぁ…言葉とは裏腹に嫌そうじゃん。挨拶に来ただけなのにとんだ急展開だな。
渋々、ソーフィさんの隣に座る。
「…初めまして。私は商人ギルド『メーラン商会』のギルドメンバーでセントーと申します」
「あ、どうも」
「悠ちゃんのことはぁ当然知ってるわよねぇ?」
当然なの!?
「勿論…各界隈でご活躍されてる有名な御仁ですので」
「き、恐縮です」
「実はね〜?フェアリー・キッスでお客に提供してる手頃な値段のお酒はぁ…『メーラン商会』からまとめてぇー…購入してるんだけどぉ〜…最近はぁ…とぉーっても品質が悪くて困ってるのぉー…その件で話してた最中よん」
「品質が悪い?」
「ええ〜…シャンパンはぁアルコールが飛んで炭酸が抜けてたりぃ…ワインは酸味が強かったりぃ…正直に言うとひど〜〜い粗悪品ってとこかしらぁ」
穏やかな口調と笑顔の裏にしっかり棘があった。
「先程も申し上げましたが当ギルドはお客様に注文を受けた品々を納品前に一級鑑定士が検分した上で卸売しています……そちらの管理問題では?」
淡々と返答する彼の態度は毅然としている。
「一級鑑定士が鑑定してるのにぃ…ずいぶんとお粗末なワインねぇ〜…カルメン・ネールはもっと葡萄のコクがある味わいだったと思うけどぉー」
このワインがカルメン・ネール?
ちょっと鑑定してみっか…。
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カルメン・ネール(劣化品)
ルッケンハットで生産された葡萄酒。一度、開封し他の安酒と混ぜ量を傘増してある。その影響で味はカビ臭く不味いが瓶とラベルは本物。
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…これは酷い。一流鑑定士が鑑定したなんて嘘を平然と吐いて偽装品を売ってたのか?
俺は目を細め男を睨む。
「…ソーフィさん」
「は〜い」
「カルメン・ネールの在庫は何本あります?」
「ワインセラーに50本はあるけどぉ」
「セントーさん」
「何でしょう」
「…フェアリー・キッスに『メーラン商会』が卸した酒を全部、新品と交換して下さい」
そう言うと今度はあっちが俺を睨んだ。
「藪から棒にとんでもない要求をしますね」
「とんでもない?」
「ええ」
「まどろっこしいのは嫌いなのではっきり言いますが……ワインの中身を誤魔化し売るのは違法ですよね?」
「!」
「…中身を誤魔化すぅ?」
図星を点かれたせいか顔色が僅かに変わった。
「ええ。瓶とラベルは本物ですが安酒を混ぜ量を傘増ししてる…乱暴な商売だ。鑑定士が鑑定したと言ってたが…そいつも共犯ですか?」
「……乱暴な商売?共犯?そこまで言う証拠は?」
「俺は鑑定のスキル保持者だ」
「その言葉だけで要求に応じろと?」
開き直ってやがる…往生際が悪い野朗だ。
こうなったら仕方ない。
俺は懐から徐に一枚の硬貨を取り出しパンを毟るように引き千切った。
「えっ!?」
歪に裂けた一部分をテーブルに落とす。
無機質な音が響いた。
「俺は暴力が嫌いだ…でも他人を騙し詐欺を働く卑劣な悪党はもっと嫌いでね」
セントーの顔が青褪め余裕は綺麗さっぱり消え去っていた。
四つに裂けた硬貨の破片がテーブルに転がる。
「こんな風にしてやりたくなる」
無表情を装い静かに低い声で呟く。
「……」
その一言に息を飲み冷や汗を大量に流していた。
暫し沈黙が続く。
「…ソーフィさん?」
「は〜い」
「彼の仰る通り…商品配送の際に…て、手違いがあったのか粗悪な模造品を間違って送ってしまったようで…」
「そーなのぉ?」
「先週に卸したワイン・シャンパン・エールは回収し…直ぐに新品を発送させて…い、頂きます」
精一杯、取り繕う姿は滑稽だった。
止めを刺してやるか。
「代金は?」
「えっ…」
「被害を受けたフェアリー・キッスに対し全額返金すべきだと思いますけど」
「…そ、そんな」
「セントーさんの指って細いし簡単に千切れそう」
わざと大きめに呟いた。
「ひっ!?」
「…あ、代金はどうなるって言ってましたっけ?」
「GMにそ、相談し迅速な対応を…」
「親指と小指がないってさぞ不便なんだろうなぁ」
「此度の不始末の責任は…わ、私が取ります!併せて全額返金とさせて頂きますので…」
「ふ、ふふ…悪いわねぇ」
堪え切れずソーフィさんは吹き出す。
「…急いでギルドに戻り手配してきます」
「もちろん今日中に対応して貰えますよね?」
「は、はい!」
それだけ言うと鞄を掴み逃げるように走り去る。
…露骨な脅しが効果的面だった。騙す根性はあっても意気地はないってか?
救えない馬鹿ってのは悲しいぜ。
俺は溜め息を吐きセントーの背中を見送った。
「ーーお手柄よぉ!ナイス悠ちゃ〜〜ん」
「あ、あわわわ」
嬉声と共に抱き着くソーフィさん。
…急に引っ付くのはやめてぇ!




