黄昏の錬金術師 ③
7月17日 午前9時37分更新
〜10分後〜
「遅かったのぅ」
「…べつに?」
モミジは何でもない風を装うも眼尻が赤く腫れ泣いた跡が残っている。…普段とのギャップで萌えるってゆーか…可愛くて思わず頰が緩んじゃうな。
「…ジジイ」
「なんじゃい」
「オレが『巌窟亭』のGMで問題あっか?」
「ねぇな」
……返答早っ!
「もともと儂はGMって柄じゃない。自分が認めた奴にしか武具を鍛えねぇ偏屈者……『巌窟亭』を始めた理由も金儲けが目的じゃないしの」
「ふふふ」
「…一介の鍛治職人の方が気楽じゃしモミジが後継ぎなら文句はないわい!自慢の弟子だからな」
「うんうん」
俺もそう思う。
「…わーった…二代目をやらせて貰うぜ。やるからにゃ妥協はしねぇよ」
「おめでとう」
拍手で祝福する。
…俺と違いうだうだ言わず惚れ惚れする決断力だな。
19歳で大した女傑っぷりだ。
「ま、儂もちょいちょい顔を出すようにするわい」
「ちょいちょい?…馬車馬みてぇに働いてもらうから覚悟しろや」
モミジはニヤッと笑う。
「女遊びなんざぁする暇がねぇくれーこき使うからよ」
「せ、先代を馬車馬!?…やっぱりこの話はなかったことに…」
「大賛成よ〜」
「ふぉう!?」
青褪めるファーマンさんを見て二人が笑う。
「そ、そーいえばゴウラが言っとたっがお前さん十三翼の一員らしいのぅ?」
あ、無理やり話題を変えたぞこの人…。
「…ジジイの件ですっかり忘れてたわ」
モミジの顔が再度、険しくなる。
「詳しく聴かせてもらうぜ」
「あー…それはだな…」
経緯を簡単に説明した。
〜数分後〜
「…『冥王』と決闘して勝ったせいだって…お前…」
「まぁまぁ…凄いわねぇ」
「あーもう…次から次へと…!」
「お、おふぇのふぇーじゃふぁい」
モミジの指が両頬を摘み左右に引っ張る。
「…無所属の冒険者で職人を兼業し挙句、十三翼の第8位…がはははは!欲張りな奴じゃ」
第8位襲名に関しては望んでないけどね!
「あ、あくまで暫定で次の候補が見つかるまでだ」
「これからギルドを設立するって時に…ったくよぉ…いつもそーやって苦労ばっか背負い込んでるじゃねーか」
否定できないのが困る。
…苦労は買ってでもしろって言うけどなぁ。
「心配するオレの身にもなれよ…」
「心配?」
「…いくらユウが強くても怪我はして欲しくねぇ」
「……」
「もっと自分を大事にしてくんないと…不安で…辛いじゃんか…?」
うー…そーゆー顔と言い方は卑怯だ。
言葉に詰まっちまう。
「…あらあらあらあらぁ」
ナターシャさんの生暖かい視線を感じる。
「その乙女な横顔を見てると昔の自分を思い出すわ」
「ちょ、ちょっと…!」
モミジが急に慌て出した。
「青春じゃなぁ」
「…オ、オレだって…女だし…ごにょごにょ」
ソファーで縮こまり小声で何か呟く。
俺は首を傾げるばかりだ。
「あっ…折角だし悠さんに一つお願いしちゃおうかしら」
思い出したようにナターシャさんは手を叩いた。
「お願いですか?」
「実は新しい調合薬の素材に『沈檎の蕾』というアイテムを探してるの」
「沈檎の蕾…」
「劣悪な環境下でしか育たない珍しい植物でビガルダの毒沼の奥地に群生してるわ」
お!
「昔はリョウマに採取を依頼してたけど……彼が引退してから受注できる冒険者がいなくて困ってたのよ〜」
「受注できる冒険者がいない?」
「ビガルダの毒沼は言葉通り猛毒の天国じゃからな」
「…空気を吸うだけで肺が蝕み歩くだけで足が痺れだす…徐々に目が霞み咳には吐血が混じるって噂は聴いたことがあるぜ」
「そうそう〜…故に状態異常の耐性を習得する修業には打ってつけの場所らしいわねぇ」
「毒沼地帯は解明が進んでるしニ級危険区域で指定されってけど毒沼を超えた先は特級相当……希少鉱石が採掘できるらしいが死のリスクが高すぎて依頼を受ける冒険者もいねー」
「一筋縄じゃいかんモンスターも大勢おるぞい」
聞けば聞くほど恐ろしい場所だが…ふっふっふ…俺には無問題!
だって深淵の刻印があるもん。
「どうかしら?お願いできる?」
「いいですよ」
二つ返事で即答した。
「……おい」
「俺に状態異常は効かないし大丈夫だよ」
肘で小突くモミジに耳打ちする。
「…ほんとか?」
「うん」
「うふふ…流石、第8位に抜擢される冒険者なだけあって頼りになるわ〜」
ナターシャさんは微笑み喜んだ。
「丁度、依頼で行く予定もあったので」
「どんなお礼がいいかしら?」
「別に礼なんて要りませんよ」
ついでだし。
「……そうだわ!達成した暁には私の調合術の秘術を伝授してあげるのはどう?」
「「!」」
モミジとファーマンさんが驚いた。
「秘術ですか?」
「ええ〜」
調合できない俺が教わっても…あ!
「でしたら俺じゃなく娘に教えて貰えます?」
「アイヴィーに?」
モミジが問う。
「俺は調合できないからな」
「…おかしいわね。紀章文字を刻めるなら調合もできるはずだけど…?」
え、そーなの!?
「あ、あー…ちょっと事情があって」
言葉を濁しナターシャさんに答える。
「事情、ねぇ」
「…悠にはアイヴィーって義理の娘がいるんだけど才能の塊みてぇな子だぜ」
モミジがフォローする。
「それが望みならそうしましょう」
「はい」
…偏見がなくて良かった。
「モミジが認めるくらい優秀なら教えるのが楽しみね」
「おう」
「…悠さん」
「はい?」
「私は種族差別なんてしないし安心して頂戴」
み、見透かされてた!?
俺を見詰め優しく微笑む。
「その、疑う訳じゃないですが…」
「いいのいいの…悠さんはその娘を愛してるのねぇ」
「…はい。世界で一番大切な俺の娘です」
俺は自信満々に胸を張って答えた。
「へっ…その顔を見りゃくだらねぇ噂が嘘だったって一発でわかるわい」
「ふふふ」
…噂とは誹謗中傷の類だろうか?いつか全て払拭したい…いや、きっとしてみせるさ。
「オレもアイヴィーが大好きだぜ」
モミジも当然の如く頷く。
…嬉しい限りだな。
「あらあら…将来は私の孫になるのかしら?」
「…するってぇと儂はお爺ちゃん…がははは!」
えぇ…こーゆー冗談は反応に困るぅ。
「……そ、そりゃ…ぉぅ…」
ほらぁ!モミジが俯いちゃったじゃん。
「しっかしあれじゃな?貴族や国王直々に大金を積まれても教えなかった秘術を教えるか…」
「うふふふ」
なんか凄いワードがさらっと聞こえたぞ…?
「研鑽し積み上げた知識の結晶を理解しない輩に教える理由は何一つありませんもの…あなただって昔、ルルイエの国使を追い帰したでしょ?」
「まあな」
…なんっつーかまぁ…凄い人ほど金銭に執着しないもんだよな。
その後、俺とモミジは一足先に屋敷を出た。
モミジはGMを引き継ぐ手続きを済ませるため午後から組合と役場に行くので途中で別れる。
俺は金翼の若獅子へモンスターハウスの依頼を受注しに向かう。
…きっと巌窟亭の皆は驚くだろうがモミジがGMなら皆も納得するだろうし心配は要らないか。
〜午後13時10分 ファーマン邸 リビング〜
悠とモミジが帰宅し数時間後、ソファーに座るナターシャは唐突に呟く。
「面白い子だったわねぇ」
「む?」
「悠さんよ」
「あぁ」
ファーマンは顎髭を撫で頷いた。
「彼は一体、何者なんでしょうね」
「…分かってんのはユウが普通の奴と一味も二味も違うってこと位じゃな」
「契約者だし当然じゃない」
「儂が驚いたのはモーガンの姉御と消えたケーロンとミドに彼奴が会ったことじゃ」
「まさか…?」
「そのまさかじゃ」
ナターシャは驚き笑う。
「…伝説と謳われた魔女にして私の錬金術の師匠と彼が…うふふふ」
「がはは!不思議な縁があるもんじゃのう」
和やかな午後に二人は過去に思いを馳せた。




