黄昏の錬金術師 ②
7月15日 午前9時16分更新
〜午前9時45分 ファーマン邸 リビング〜
ふっかふかの触り心地の良いソファーに座る。
…見慣れない観葉植物がちょっと線香に似た香りを放っていた。
「どうぞ飲んで下さいな」
「頂きます」
差し出されたティーカップを持ち一口啜る。
紅茶とはまた違う不思議な味だ。
「セルリ草って薬草の葉を煎じて飲む薬膳茶よ」
「…へぇ」
「感情を落ち着かせる効果があるの…ふふ…最近、どうも苛々しちゃってね?」
「「……」」
苛々の原因を知る俺とモミジは顔を曇らせた。
「えーっと、ファーマンさんは…?」
「部屋に監禁中よ」
か、監禁…?
優雅にティーカップを口に運ぶナターシャさんの表情はあくまで穏やかだ。
逆にそれが怖い。
「…あ、これお土産ですがよろしかったらご賞味ください」
忘れない内に腰袋からバスケットを取り出しクォータリー・ホットパイを渡す。
「まぁ美味しそうなフルーツパイね〜…くんくん…いい匂いだわ〜」
少しでも機嫌が良くなってくれると嬉しい。
「…あのさぁ…今日、来た理由なんだけど」
「『巌窟亭』の件でしょう?」
どうやらお見通しらしい。
「話が早ぇーや」
「ふぅ…」
少し眉を下げナターシャさんは苦笑した。
「私も大人気なかったかしらぁ?…ついついドワーフって種族が憎たらしくなってね〜…売り言葉に買い言葉でああ言っちゃったのよ」
…売り言葉に買い言葉…他の皆にすればとんだ風評被害だもんな。
「まぁ今回の件は厳しくお仕置きして溜飲も下がったし『巌窟亭』のGMの権利は返してあげるわ」
おぉスピード解決じゃん!
「ただしぃ」
…え?
「あの人じゃなく貴女によ」
「………オ、オレ?」
指を差されモミジが驚き目を見張った。
「夫が居ない間も円滑に運営できたでしょ?」
「まぁ必死だったし…」
「謙遜しないの〜!ここ数ヶ月の『巌窟亭』の実績が真実を十二分に物語ってるじゃない」
「……」
「モミジなら皆も納得だし、ね?」
俺も納得ぅ!
「それに若い世代にギルドを託す絶好の良い機会だと思うの」
「……」
託す機会、か…成る程。
「マジで予想外なんだけど…」
口を尖らせ頭を掻き、ぼやく。
「ふふふ!人生は予想外の連続だからね〜」
上品な仕草が無性に様になる。
「放浪癖で自分勝手な夫よりも責任感の強いモミジの方がGMに相応しい器だわ」
「…ほ、褒めすぎだっつーの」
照れてる照れてる。
「どの分野でもカリスマ溢れる突出した天才は必ずいるけど大抵、経営手腕と合致しないものよ」
……ちょっと分かる気がするぞ。
脳裏にゴウラさんが真っ先に思い浮かんだ。
「…貴女は自分が思う以上に頭も良いし鍛治職人としてだけじゃなく錬金術にも非凡な才がある…私のかわいい愛弟子だしね」
「え、紀章文字以外の錬金術も使えるのか?」
「…あー…」
「言ってなかったのかしら」
「…ユウに聞かれなかったし」
アルマもモミジは頭が良いって言ってたっけ。
「普段、俺にあーだこーだ言うくせに…?」
「う、うっせーなもう」
愉快そうに俺とモミジを眺めナターシャさんは微笑んだ。
「……悠さんの噂もよぉーーく知ってるわよ」
「俺?」
「『辺境の英雄』の二つ名は有名だもの」
またそれか〜。
「夫が直に指導したい逸材だって褒めてたわよ?…その上、強く逞しい冒険者で錬金術にも精通してるとか」
「まあな」
俺が返答するより早くモミジが答える。
あっれぇ再びデジャヴ〜〜?
「悠さんみたいな人が支えてくれると私も安心できる……この子ってば短気で頑固な性格だし偶に心配になるから」
「あー」
「…あーってなんだよおい」
流石、育ての親だ。しっかり分かってらっしゃる。
「それと美人なのに浮いた話が一つもなくて…」
「うんうん」
「孫の顔が見れるか不安だったけど…ふふ…杞憂だったみたいね」
「!」
モミジを一瞥した後、俺を見て微笑んだ。
「歳上の男性が好みなのは私に似たのかしら?」
「……」
「そうなのか?」
俺は隣に座るモミジを見た。
「…鈍感」
「えぇ」
何故に鈍感なのだろう?
「…これは苦労しそうねぇ。惚れ薬の調合方法を教えましょうか?」
「は、はぁ!?んな汚い真似ができっ…」
言葉を区切り俺を凝視する。
「…こ、後学のために教わるのも悪くねーかもな」
「?」
ぼそっと呟くモミジの横顔は満更でもない。
「うふふふ」
暫く雑談を続けた。
〜15分後〜
「…まぁ…オレがGMになるのはこの際、良いけどジジイにも筋を通してぇし呼んで来ていい?」
「律儀ねぇ」
ポケットから緑色の鍵を取り出し渡す。
「二階のお仕置き部屋よ」
「おー」
「…お仕置き部屋?」
「ええ。鍵開けできないよーにマジックキーで施錠してるの」
……過去にやらかし過ぎた結果だろうか?
俺とナターシャさんの二人だけになった。
「…悠さん」
真面目な表情で鋭い視線が俺を射抜く。
「トモエ姫との一件ではあの子と『巌窟亭』を救ってくれて本当に感謝してます」
突然、頭を下げ礼を言う彼女に驚いた。
「私と夫の間には子供がいない」
「え…」
「昔、錬金術の爆発事故で下腹部に大怪我をしてしまってね……子宮が駄目になっちゃったの」
「……」
「…紆余曲折ありアレスタで戦災孤児だったモミジを拾い育て私は救われた…あの娘は宝物よ」
黙って傾聴する。
「モミジは貴方の話となると嬉しそうに…本当に幸せそうに喋るわ」
やべぇ…ちょっと涙腺が…!
「……血の繋がりもない私が差し出がましい真似をするけど…あの子をどうか宜しくお願いします」
俺は彼女の思いに真っ直ぐに答えた。
「心配しないで下さい。何があろうと彼女も『巌窟亭』も俺が守ります」
「……」
確固たる口調で断言する。
「……有無を言わせぬ力強い言動と凛々しい態度…初対面なのに信頼してしまう不思議な魅力…ゴウ坊が言ってた通りリョウマとそっくりだわ」
「ゴウ坊?」
「ええ〜」
最近、似てる似てる言われ慣れてきたぜ。
…っつーかあのゴウラさんが坊や扱いかーい!
「ふふ…契約者は似るのかしら?いえ、貴方は彼と同じできっと特別なのね」
皆にこうも慕われる彼の人望がよく分かる。
他人の評価が自己の評価、か。
「…ベッドに縛りっぱなしは老体に堪えたぞい」
ファーマンさんだ。
「ふふふ」
「…縛りっぱなし?」
思わず聞き返してしまった。
「ナターシャの新薬の治験も兼ねて昨晩からな」
さ、昨晩から人体実験!?
「まぁ儂の体も免疫がついてるからのぅ…余裕じゃわい」
免疫がつくほど実験されてるのかよ…!
「あらあらぁ…じゃあ今晩はもっと強い新薬を投与しましょうか〜」
笑顔のままナターシャさんは提案する。
「副作用で全身の骨が悲鳴をあげる薬と皮膚が猛烈に痒くなる薬のどっちにしましょう?」
「…助けてくれぇ!?儂ぁ殺されるかも知れん!」
面白いくらい態度が一変した。
「…これに懲りたら二度と浮気しないことね〜」
「お、おう!鍛治神に誓うぞ」
「その台詞も何回聞いたかしら……悠さんも浮気は絶対に駄目ですよ?女は怖いですから」
恋人すら居ないが肝に命じておこう。
「モミジは?」
「顔を洗ってくるって言っとったな」
「あら」
「感極まったってとこか?がははは!」
もしかしてさっきの会話を…。
「…む?美味そうな菓子があるのぅ」
「悠さんが土産に持ってきてくれたのよ」
「腹が空いたしご馳走になるわい」
「自信作の手作りパイです」
「まぁ!貴方が作ったの?…意外だわぁ…料理も得意なのね」
クォータリー・ホットパイは二人に大好評だった。




