黄昏の錬金術師 ①
7月12日 午後19時15分更新
7月13日 午前8時25分更新
〜百合紅の月12日 午前6時20分 地下二階 稽古場〜
「どうだ?」
「……」
稽古場で肩慣らしの試運転を行った。
「とても軽いし魔力充填速度が桁違いに速い…」
「うんうん」
「…使い易くなってて驚きました〜」
性能は軒並み一段階上がったからな。
オルディナは武器を仕舞い、喋る。
「…この機械甲手は初代『白蘭竜の息吹』GMが帝国の機神兵に着想を得て鍛治師に依頼し作って貰ったのが始まりなんですよ〜」
「へぇ」
「職人ギルド『竜の槌』の鍛治職人だけに伝わる作製レシピは門外不出の秘伝ですが…ふふふ…ユウさんには関係なかったみたい」
鍛治師の心のスキルがあるし鋼の探究心で逐一、鑑定し経過を見てるお陰で失敗しないのだ。
「俺もいい勉強になったよ」
咄嗟の思いつきにしては上出来な結果だろう。
…まだまだ頑張らないとな!
「お礼をしなきゃですね〜」
「べつにいいって」
「むぅ」
「俺がしたくて勝手にしたことだし」
「…またそーゆー風に」
オルティナは頰を膨らまし不満そうだ。
「じゃあそうだな…」
お腹がペコちゃんで腹の虫が鳴る。
「…美味しい朝食を作ってくれるか?」
「はいな〜!喜んで〜」
あ、手土産の菓子も作らなきゃ…甘熟ツリーで果物は種類豊富だしフルーツパイとか?
「わたしとユウさんって」
「?」
「夫婦みたいですよね〜」
「唐突にどうした?」
「うふふ!…とっても幸せだなって意味ですよ〜」
人差し指を口に当て微笑む。
…おぅふ…胸がきゅんってする仕草…ま、幸せって言って貰えて光栄至極ってか。
辛い体験を乗り越え笑う彼女を嬉しく思う。
〜午前8時10分 マイハウス キッチン〜
朝食を食べ終わった後、手土産のお菓子を作った。
「いいじゃん」
オーブンを開けた瞬間、上手に焼けたフルーツパイから甘く香ばしい匂いが漂う。
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クォータリー・ホットパイ
・豊満イチゴ、水飴スイカ、モンモンマロン、超熟レモンの果実を生クリームとパイ生地に挟んで焼いた焼き菓子。春夏秋冬の移ろいを感じさせる絶品。
MP+500 魔力+40(2時間付与)
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…む!?そろ〜っと隠れてパイを狙う手を掴まえる。
「こら」
「にゃ〜ん…にゃっにゃん…?」
魔人変異したアルマだ。白を切ってるつもりか首を傾げ鳴く。
「ちゃんと別に作ってあるから駄目だ」
「…わたしは味見してあげよーと思っただけよ」
「ほぉー」
「食べさせてくれたら魔王の有り難い感想を拝聴する権利をあげるわ」
「……味見って言葉の意味は知ってるか?」
「当たり前じゃにゃい!味を見て確認し…残さず食べるってことよ!」
残さず食べる!?…なんだよその都合の良い超解釈は。
「にゃー…食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい……黙って食べさせなさーい」
子供みたく駄々を捏ねる姿が容姿も相まって非常に可愛い。
「…あーもー…しょうがないな」
帰ってから食べようと思い、余った生地と果物で焼いたパイを渡す。
「にゃふふ〜い!あ、あち…うにゃん」
手掴みで口いっぱいに頬張る。
「クリームついてるぞ」
指で拭う。
…なんだかんだ俺ってアルマに甘いんだよなー…こんな風に食べてくれると嫌味を言う気も失せるぜ。
「師匠?」
ーーきゅきゅきゅ〜?きゅ!?…きゅー!!
アイヴィーとキューだ。
「俺は出掛けてくるからこのパイはおやつで食べてくれ」
「ん…キュー。めっ」
ーー…ぎゅるるるる…!
涎を垂らしパイを凝視している。
腹一杯、朝飯を食べたばっかなんだがアルマもキューも食欲旺盛だ。
バスケットにクォータリー・ホットパイを入れる。
約束の時間には早いが巌窟亭に向かおうか。
〜午前9時20分 第2区画〜
モミジと合流しファーマンさん宅へ向かう途中、奥さんの逸話を聞いた。
「疫病から民を救った救世主?」
「おー」
「すごいな」
「新薬精製のプロで他にも金属錬成・魔導具錬成に精通してるしグリンベイ大学の名誉教授なんだぜ?」
…夫婦揃って卓越した分野の専門家、か。
「オレに紀章文字の彫り方を教えてくれたのもナターシャさんだし」
前に聴いた気がする。
「普段は優しくていい人だけど怒ると容赦ねーかんなぁ…」
「なるほど」
等間隔で設置されたガス灯と煤汚れた住宅の壁面…レトロな雰囲気が漂う煉瓦路を歩く。
「両親が死んだオレにとっちゃ義理の母ちゃんみてぇーな存在さ」
「……は?」
え、聞き逃せない重大な話題をさり気なく呟いたぞ。
「…あ?言ってなかったっけ」
「う、うん」
「実の両親はアレスタと帝国の戦争でおっ死んじまってよぉー……戦災孤児のオレをファーマン夫妻が引き取ってくれてミトゥルー連邦に移住したんだ」
「戦争…移住…」
「オレがまだ4歳か5歳ぐれぇの時かな?…あんま詳しく知らねぇけど親父とお袋はアレスタじゃ有名な傭兵だったらしい」
衝撃の新事実が発覚…!
「そう、だったんだな」
「おぅ」
「……」
特に気に留めず悲観した様子もない。
まるで他人事のようにモミジは平然としていた。
「…ンだよ?微妙な顔して」
「いや、その…辛くないのか?」
「全然」
少し照れたように呟く。
「ジジイとナターシャさんに拾われて……まぁ幸せだったし」
「……そっか」
それが全てなのだろう。これ以上、聞くのは野暮ってもんだ。
「…ユウも両親がいねぇって言ってたよな?」
「ああ」
「オレたちって似た者同士じゃん」
言われてみれば意外な共通事項だった。
「だ、だから…互いに惹かれあうっつーか…相性が良いっつーか……へへっ!」
「?」
私服姿のモミジが嬉しそうに笑う。よく意味が分からないが…うん…取り敢えず俺も笑おう。
「あはは」
〜15分後〜
目的地のファーマンさん宅に到着した。
第一印象は美しい屋敷だ。
立派な彫刻と手入れが行き届いた箱庭…果樹園に花畑…これは素敵なお家じゃないか。
「いい家だろ?」
「ああ」
「じゃ行こうぜ」
玄関のベルを鳴らす。程なくして扉が開いた。
「あらぁ!モミジじゃない」
「うっす」
この人は給仕さんかな?
クラシックのメイド服を着たショートカットヘアの綺麗な女性だ。
…薄い金髪と碧眼…尖った耳と整った容姿…種族はエルフに違いない。
しかもモーガンさんに雰囲気が似てる気がする…。
「ふふふ…こちらの素敵な殿方はもしかして?」
「前に話した冒険者と職人を兼業して錬金術にも精通してるとんでもねぇ奴さ」
「初めまして。俺は黒永悠と言います」
一礼し挨拶する。
「まぁまぁ!貴方が有名なあの契約者の…」
有名な契約者かぁ〜。
「私はナターシャ・ロンドルドです…よろしくね?」
ナターシャ・ロンドルド……えっ!?
「…あ、貴女がファーマンさんの奥さん?」
「ええ〜…あのスケベ親父の妻ですわ」
「お若くて…綺麗でびっくりしました…」
もっと歳がいってると思ってた…っつーかスケベ親父って…。
「やーーん!もうお上手ねぇ…私は今年60歳のお婆ちゃんよ?」
「ろ、60歳!?」
嘘やん…え、マジで言ってんのか?
「…エルフは長寿の種族で70歳を過ぎるまで外見が殆ど変わらねーんだよ」
ぼそっとモミジが耳打ちする。
そーゆー事か……って待てよ。
ハイエルフのモーガンさんが確か364歳だっけ?…エルフってのは俺の常識を遥かに凌駕してるぜ。
「立話もなんだし中に入って頂戴な」
ナターシャさんがリビングに案内してくれた。




