新米師匠の教え!〜構えと戦闘技〜
6月29日 午後16時53分更新
〜百合紅の月11日 早朝 マイハウス 野菜畑〜
「よしよし」
頰を伝う汗を拭う。
畑を耕し肥料を撒き畝立てするのは結構な力仕事だ。
こっちには何を植えようか?
胡瓜、とうもろこし、蓮根を収穫し嵐飛龍の風玉で雨を降らす。
…グロい見た目にもすっかり慣れたもんで次は果実の収穫だ。
それにしても爽やかな朝風と小鳥の囀り…楽しい労働…最高の気分だね!
「平凡な日常こそ一番の幸せだ」
そんな俺が十三翼の暫定とはいえ第8位、か。
「…自分で候補者を探してさっさっと退位しよう」
それが一番の解決方法に違いない。
「午前はエンジの様子を見に行って午後は『巌窟亭』に行くか」
果物を収穫しつつ予定を決める。
〜午前8時45分 第9区画 勇猛会 門前〜
「…あ、アニキッ!?」
「よっ」
片手を挙げ挨拶する。
「だ、第8位の襲名おめでとぉご、ござぃます!」
「おめでとぉございますっ!」
連絡が既に回ってるみたいだ。
「やめてくれ」
何もめでたくない。
「…昨日、通達が来て目ん玉ぁ飛び出しましたぜ」
「親父も『無念を晴らしてくれた』…ってすげぇ喜んでましたわ!」
無念?…よく分からんが喜んでるならいっか。
「エンジはいる?」
「お嬢なら道場っす」
「…やっぱ親父の血ぃ引いてるっつーか…才能ってんですかね?強くなったっすよ。多分、Dランクの冒険者にも負けねぇーんじゃねぇかな?」
「ほぉ」
会うのが楽しみだ。
道場に到着するまで他のメンバー達に大歓迎されたが割愛する。…称賛の言葉って聴き飽きるってゆーか…皆、大騒ぎし過ぎなんだよ!
〜勇猛会 道場〜
静かに扉を開ける。
「ふっ!…しっ!…やぁ!!」
エンジは凱旋を示す試練を握り一心不乱に素振りしていた。
単純な動作を何度も繰り返す。
…引き斬り、突き、連撃、袈裟斬り、逆袈裟…汗の滴が床に落ち胴着が濡れる。
教えを一途に遵守する姿を見て嬉しくなった。
「頑張ってるな」
「…!?悠さん!」
顔を輝かせ駆け寄って来る。
「中々、来れなくて悪い」
「いいえ!…それより…じ、十三翼の第8位に任命されたって本当ですか?」
「ああ」
感動に打ち震え興奮する。
「やっぱり悠さんは僕のヒーローだ!こんな凄い人が師匠なんて…えへへ」
…どうもこの純粋な憧れの眼差しが俺は苦手だ。
照れ臭くなり鼻の頭を掻き誤魔化す。
「指示は守ってるみたいで感心したぞ」
「はい!」
「…今日は構えの指導をしよう」
ベアトリクスさんに教わった基本剣術の指南だ。
「よろしくお願いします」
「先ずは天構えだ。右腕を曲げ肩より上に…左手は前に肘の角度は90度…」
「…こうですか?」
「ちょっと違うな」
「!」
俺は背後から密着し肩と肘を掴み姿勢を直す。
エンジの顔が強張った。
「どうした?」
「き、距離が近くて…僕、汗臭くないですか…?」
「全然」
「……」
華奢な体だなぁ。ちゃんと飯を食ってるだろうか?
「もう少し腰も落とせ」
「…ひゃん!?」
脇腹を掴み下げる。
ひゃん?
「…変な悲鳴をあげるなよ」
「す、すいません」
その後も熱の入った指導を暫く続けた。
〜2時間後〜
エンジの攻撃動作を見て満足気に頷く。
流石、ガンジさんの息子……いや娘だ。これが門番の若衆が言ってた才能ってやつか?
短時間で体現する適応力の高さは見事だ。
夜刀神の加護がある俺と違い、純粋な運動神経の良さを感じさせる。病弱だった頃の面影は綺麗さっぱり消え失せた。
「双小剣は隙が少ない連続攻撃が魅力の武器だ。一撃の破壊力より回転率を意識しろ」
「はい!」
特性を理解してないと力を発揮できないし。
「…悠さん」
「ん?」
「戦闘技の伝授はまだですか…?」
戦闘技、か。
「習得の目標ができて頑張り甲斐もあるし」
「ふーむ」
「……だめ?」
上目遣いで頼むエンジが犯罪級に可愛くて困る。
基本となる術理が戦闘技と成り代る…幾多の戦闘で培った知識と経験があれば実現不可能じゃないか?
「…分かった」
ちょっと試してみよう。
「わーい!やったぁ!」
無邪気な笑顔を見ると頰が緩む。
「先ず横で見ててくれ」
「はい」
大獄丸を抜き二刀状態で逆手に握り直す。
HPを消費し通常攻撃を強化する……多分、この感覚で間違いない。
懐に潜り素早く斬るイメージだ。
大きな風切り音が二度、轟く。
ーー忿怒荒神流『流星』を習得しましたーー
「!」
「距離を潰し放つ一瞬の二連撃…すごい…」
「…俺もびっくりだ」
予想外のタイミングで技を習得しちゃったよ。
「え?」
「い、いや…」
ステータスウィンドウを開き戦闘技を確認する。
えーっと、獣の反撃を許さない初動封じの技…?
「技名は流星…相手の初動を防ぐ技だ」
「流星…」
「最初は見様見真似でやってみよう」
「はい!」
…人に教えるとは自分の勉強にもなるってマジだわ。
昼までみっちり稽古に付き合った。
自画自賛になっちゃうが充実した指導内容だったのではなかろうか?
帰ったらアルマに自慢しよっと!
昼飯をご馳走してくれるそうで風呂で汗を流すエンジと別れ客間へ足を運ぶ。
暫くしてガンジさんとガラシャさんが登場した。




