新たなる翼 ④
6月24日 午前9時21分更新
「ミミが叫んでたけど第8位に即位したって本当?」
「成り行きでまぁ…はい」
「ヨハネも本当に困った人だわ」
彼女は微笑う。
「相談もなく突っ走って…勝手に満足しちゃうんだもの」
「えーっと、ですね」
…やっぱ気不味いよなぁ。
「貴方が気に病む必要はないわ」
俺の心中を見透かしたようにネイサンさんは喋る。
「さっきヨハネと話したの」
「え?」
「清々しく敗北を語る彼の横顔なんて長い付き合いだけど初めて見たわ」
「……」
「もう一度、零から始めるそうよ」
「零から?」
「答えが見つかったみたい」
その答えが気になるが不粋な質問は控えよう。
ネイサンさんは俺の手を握る。
「ありがとう」
礼を言われる意味が分からなかった。
…でも、美人に感謝されるってのは良い気分だぜ!
「でも、ユーが第8位ってミミは良いけど他のギルドメンバーは納得するかにゃ〜?」
「…カリフィカシオンの二人は荒れるわね」
「その資格到達者って何?」
「SランクでもSSランクに昇格できる実力があると見込まれた冒険者のことですよ〜」
「へぇ」
オルティナが説明する。
「フーゴとトリッシュってカリフィカシオンがいるけどユーリニス様の部下にゃ」
「二人は上位陣に迫る実力者よ」
「…ふーーん」
「でも、悠は上位陣を凌ぐ実力者だから!」
自信満々にアイヴィーは胸を張った。
「うふふふ〜」
横に並ぶオルティナも鼻高々に笑う。
「否定が難しくて反応に困るにゃ」
「実際、その通りね」
「…そーいえば派閥はどうなります?」
「ヨハネは当分、ソロで活動するし派閥は私が引き継ぐわ。…何かあれば頼らせて頂戴ね?」
「はい」
「あと今後は私に敬語と敬称は不要よ」
五人で暫く雑談した。
その後、少し遅めの昼食を店で食べ家に帰る。
〜4時間後 金翼の若獅子〜
ヨハネ・ランディバルトの脱退と黒永悠の十三翼加入の報は水に広がる波紋の如く情報が拡散した。
無所属登録者の暫定第8位襲名に激震が走る。
緊急的処置と銘打たれたが各界隈にその名を更に轟かす結果に至った。
昨今、金翼の若獅子は酷評が絶えない。
悠が第8位に即位したことで従来とは違う姿勢を示した『金翼の若獅子』に注目が集まる。
…しかし、それを快く思わない者達も存在する。
〜午後17時 金翼の若獅子 ギルドホテル〜
ギルドメンバー専用宿泊施設は一流ホテル並みの外観・設備・敷地を誇るが実際はユーリニスの配下が占領し居室を独占していた。
エントランスロビーは人がごった返し騒がしい。
「…空かない椅子をあたしとトリッシュは健気に待ってたわけじゃん?」
「うんうん!姉さんの言うとーり」
「それがギルドメンバーでもないフリーの契約者に獲られるって……どー思うトリッシュ?」
「ギルティでしょ〜」
「だよね!」
「……」
ソファーに座る双子の美少女の傍でリシュリーは黙って立っていた。
左右対称に目を抉る縦傷と紫色の髪…揃いのケープと半ズボン…髪型に差異はあるが容姿は瓜二つ。
彼女達は金翼の若獅子ランカー序列第15位『拷問姉妹』のフーゴ・イアとトリッシュ・イアだ。
「リシュリーはどー思う?」
「…二人の言う通りだと思います」
慇懃無礼で破天荒な彼女が敬語を使う。
「じゃあリシュちんは負けて醜態を晒したわけだけどぉ……あたしたちとどっちが強いと思う?」
「それは…」
悠の圧倒的な強さが蘇り言葉を詰まらせる。
「即答しないってなに?え、舐めてるの?」
「先輩を馬鹿にしてるわけ?え、舐めてるの?」
「…痛っ…!」
その場にあった花瓶を持ち頭を殴る。
額から流血し破片が散らばった。
他の部下は成り行きを静観する。下手に口を出せば自分達に制裁が飛び火するからだ。
「役立たずの屑の分際でさぁ…ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ?」
「生意気な後輩は耳をちょん切っちゃおうか〜」
「…ぐっ…かはっ……す、すみませ…!」
躊躇せずリシュリーを暴行する二人の顔は恍惚に歪んでいた。
「リシュリーにはどんな罰が相応しいかなぁ…?」
「指切断、耳切断、足切断、子宮破壊……うーん!悩むねぇ姉さん」
無邪気に笑う二人を咎める者はいない。
「何の騒ぎだね?」
派閥の主が現れた。
「「ユーリニス様ぁ!」」
子犬のように駆け寄り戯れる二人に向け溜め息を吐く。
「…また悪い癖がでたな」
「「リシュちんが生意気なんだもーん」」
声を揃え甘える。
「ルヴニール」
ユーリニスが唱えるとリシュリーの傷が消え割れた花瓶が元通りになった。
時間を巻き戻したように。
「あ、ありがとうございます…ユーリニス様」
「…治しちゃった」
「ざんねーん」
「荒れてる原因は第8位襲名の件か」
頰を膨らまし二人が頷く。
「なんであたしとトリッシュじゃないの〜?」
「そーだよ〜!」
「あの契約者は殺しちゃってもいい〜?」
「うんうん!」
「無理だ」
「「…え?」」
ユーリニスは嗤う。
「放って置け」
予想外の一言に全員が驚いた。
ユーリニスの真実を知る者はこの場に居ない。
予想外の事態を利用し計画を前倒しで進める覚悟を決めていた。
悠が十三翼の信頼を勝ち取った事を確信した時点で築き上げた表の顔を捨てる決心をしていたのだ。
「全員に漏れなく通達しろ……明日から諸君には『瑠璃孔雀』の指揮下で行動して貰う」
『!!?』
「私は暫くの間、留守にするのでな。『瑠璃孔雀』とも話はしてある」
動揺する配下を余所に淡々と告げる。
「…黒永悠には構うな。分かったか?」
「「……」」
フーゴとトリッシュは納得していなかった。
「二度は言わんぞ」
「「…はーい」」
ユーリニスは奥へと消えた。
その場に残った面々が狼狽え騒つく。
「…ねぇトリッシュ」
「ねぇ…フーゴ」
「「結果が伴えば関係ないよね?」」
顔を見合わせ二人は微笑む。




