新たなる翼 ①
6月19日 午前8時34分更新
〜百合紅の月10日 金翼の若獅子〜
翌日、ラウラと俺達は金翼の若獅子に行く。
アイヴィーとオルティナは参加できないが予定通り一緒について来た。
獅子王の間で行われる定例会議の内容は売上報告・依頼受注数の増減・運営企画の確認…つつがなくラウラの進行で会議は進む。
…そして問題の件が提議された。
〜午前11時 獅子王の間〜
「…最後に先日、発生したある問題について報告させて貰う」
「座ってるゲストで察しはつくッスけどね〜」
俺を指差しフィンは呟く。
「噂は聴きましたが…」
「……」
ベアトリクスさんはヨハネを一瞥する。
「…カネミツ」
ラウラがカネミツさんに発言を促す。
「簡潔に申すと『冥王』は黒永殿に決闘で負けた」
「ほぉー」
ゴウラさんが笑う。
「…負ケタ?」
デポルが聞き返した。
「立会人を賜った拙者が証人よ」
「えぇ〜…そもそも決闘の理由は?」
ムクロさんの眉が八の字になる。
「ヨハネが彼の家族を侮辱し挑発したことが原因さ…その現場も受付嬢、低級の冒険者が目撃してるし事前に僕が注意勧告をしていた」
「無様だな」
ユーリニスが鼻で笑う。
「…貴公の喧嘩っ早い性格は知ってたが十三翼が敗北する意味を理解してなかったのか?」
「ゆーに勝つのはいんぽしぶる」
呆れ顔でエリザベートとルウラが喋る。
「これは大問題よ」
ゼノビアさんの表情は厳しい。
「正式な争奪戦とは違いますが第8位の座は剥奪ですか?」
「十三翼は強いってのが大前提で負けは許されないっスよね〜…それが喧嘩でもさぁ」
「…冒険者ギルドの象徴によくもまぁ泥を塗ってくれたものだ」
「………」
言われ放題だが一言も反論しない。
「黙ってっけどお前はどう思ってんだ?」
ゴウラさんが問い質すとヨハネは答えた。
「…『灰獅子』の警告を無視しクロナガに喧嘩ァ売って負けた…この席に座る資格はねェ」
反論すると思い責めていたが逆に素直に認めたヨハネに皆が驚いた。
「第8位の座を降りるゼ」
その宣誓にゴウラさんを除く全員が絶句する。
…あのユーリニスも目を見張っている。
「へっ!答えは見つかったみてぇだな?」
「おう」
短い応酬の意味は二人にしか分からなかった。
「貴方、まさかギルドを辞めるつもり…?」
「辞めねぇさ」
「……SSランクで普通の冒険者って…前代未聞じゃないかな〜」
ヨハネが席を立ち上がる。
「…貴公、何処へ行くのだ」
「第8位じゃねェ俺が居座ってんのも変だロ?」
「ヨハ」
「行かせてやれ」
ラウラの言葉を遮るゴウラさん。
「……お前」
俺とすれ違う瞬間、ヨハネは笑って礼を言った。
「ありがとナ」
扉が閉まり静寂が場を支配する。
議題が早々に解決し…てないけど唐突な幕切れは誰も彼も予想してなかった。
ありがとう、か。
俺は不思議と悪くない気分だった。
〜20分後〜
案の定、ヨハネの後任選出で揉める。
まぁ電撃退職みたいな流れだったし当然……って参考人で参加してるけど俺は居る必要あるのか?
「黒永悠は想像を超える問題を起こしてくれたな」
「問題を起こしたのはヨハネだよ」
「いえす」
「うむ」
「確かに発端は彼奴だ。…しかし、十三翼の一人を負かし大問題を引き起こした原因は彼にもあるのではないか?」
おーおー好き勝手言いなさる……ぶっ飛ばすぞ糞野朗!?
「負かした?…喧嘩を売り負けた『冥王』が問題で勝った悠を批判するのは違うでしょう」
「冷たい言い方だけど正論かな〜」
「にゃふ〜…にゃふ〜…」
「ミコー」
「…はっ!起きてるよ〜…」
嘘つけ!ずっと寝てたやん!
「…ヨハネが辞めたんだっけ?去る者追わずでボクにゃんはいいと思う…」
い、意外と聴いてたな。
「悠に責任転嫁は止めろ」
「いぐざくとりー」
「そうね」
「立会人の拙者にも責任を追求して構わぬぞ」
「…嫌われ者の私と違い庇われる彼が羨ましくなる」
こちらを見て嗤う。
「…俺に文句があるなら言えよ」
拳を握り締め答える。
「私も暴力で捻じ伏せるつもりか?その口は飾りらしい…ふはは!さすが辺境出身の野蛮な契約者だ」
殴る。俺、こいつ殴る。
「…ケンカ、ダメ」
「悠、気持ちは分かるけど抑えて」
ユーリニスを睨む俺をデポルとラウラが嗜める。
…ネフ・カンパニーは絶対潰す。
「ヨハネに劣らぬ実力と影響力を兼ね備える冒険者を探すのは至難ですわ」
「…各派閥から推薦は?」
ゼノビアさんが他のメンバーに聞くと即座にエリザベートが返答した。
「『貪慾王』が推薦する候補者は除外だ…ビンゴブックに載る犯罪者か傀儡の愚か者を推挙されるぞ」
「『串刺し卿』に異議を唱えさせて貰えるか?」
「おいらの部下には…うーん…」
「あのバトルジャンキーと同レベルはいねーッスね〜」
「残念ですが鉄騎隊にもいません」
「刀衆も同じく」
「勧誘…もしくは選考試験を実施し募集する方法を検討すべきかもね」
意見が飛び交う。
「ふぁ〜あ…ルウラはどうだ?なにかねぇーか?」
欠伸を噛み殺しゴウラさんは発言を促す。
興味がないと言わんばかりの態度だ。
「ん」
…うん?
「ゆーが第8位になればおーるくりあ」
俺を指差し明々白々と言った。
「……」
ルウラ以外全員が一瞬、止まる。ゴウラさんでさえ唖然としてた。
「…悠はギルドメンバーではないぞ」
「いえす」
「あのね、緊急査問会の一件を忘れたの?」
エリザベートとラウラは眉間に皺を寄せ問う。
「覚えてる」
「マジで頭のネジが3、4本ぶっ飛んでんじゃん」
「ふぁっく」
フィンの小馬鹿にした態度に暴言を吐いた。
そして、ファスナーを下げ喋り始める。
「ギャハハハ!…悠兄ちゃんって最高の冒険者をThroughして雑魚みてーな冒険者を選ぶのはWackじゃーーん」
「…最高の冒険者を無視?」
「Yes!」
自信満々に頷く。
また沈黙し最初はエリザベートが口を開き呟いた。
「『冥王』より強く責任感があって…ふむ」
ベアトリクさんが続く。
「…不正や悪を許さず義を重んじる正義漢」
最後はラウラだ。
「そして、お金や権力に靡かない鋼の精神…」
ほ、褒め殺し!?
「「「……」」」
え、なに三人のその顔…嫌な予感しかしないんだけど…?
「…十三翼が全員、揃う機会は滅多にない」
ラウラは静かに語る。
「現在、資格到達者は数人いるが決定打に欠けるし話は平行線……ルウラが言う通り悠は最高の冒険者だ」
「『灰獅子』ぃ〜?まさかとは思うけど…」
「そのまさか、さ」
確固たる口調でラウラは告げた。
「暫定的に悠を第8位の座に僕は推薦する」
……はぁぁぁぁぁぁぁ!!?
「暫定的、とは?」
「他の候補者が見つかるまでの例外的緊急措置だ」
「矛盾してるな…ギルドメンバーを推挙しその例外的緊急措置に据えても構わない筈だ」
ユーリニスが目を細める。
「はっきり言っておくが、『金翼の若獅子』の評判は年々低迷してる…純血種至上主義…賄賂や汚職…先代達が築いた名誉と誇りは失墜した」
「あっ…」
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『冒険者ギルド総本部は良い噂を聞かないし…純血種の優遇や差別が酷いって聞いたから…派閥同士の対立も凄いって』
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シュウの言葉を思い出す。
「…『金翼の若獅子』は変わるべきだ。第三者の立場で客観的に物事を判断し十三翼を恐れず意見を言える者……彼以外にはいない」
探せばいると思うよ!?
「他のギルドメンバーが納得すると思うのか?」
「するさ。これまでの実績がある」
「…前代未聞だぞ。最高執行機関に所属してない無所属の…しかも契約者を抜擢するなぞ」
「くっくっく!…反対するのは疚しい身に覚えがあるからか?吾は悠が十三翼に加入することが大変、喜ばしいぞ」
ユーリニスの顔が歪む。
「ルウラも」
ファスナーを上げ満足気に頷く。
「私も同意見ですわ」
ベアトリクスさんまで…。
「…他の皆はどう思う?カネミツは?」
「拙者は…」
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『討伐まで饕餮の襲撃に持ち堪えテオムダルを守ったのは貴方の部下だ』
『俺は100万Gで十分です。残りは頑張った皆に支払ってあげて下さい』
『貴方に渡すべきだと思い持って来ました』
『この指輪はお返しします。…やっぱり貴方が持つべき物だった』
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「…ふっ…賛成だ」
な、なに言ってんだこの人は…。
「ちょっ、待って」
これ以上、黙ってると話が勝手に進む!
「ミコーは?」
無視しないでぇ!?
「…ボクにゃんかぁー…そうだねぇ…」
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『いいですよ』
『…その経験が貧しい人々の暮らしを改善できるきっかけになるなら喜んで協力したい』
『じゃあ2000万Gで』
『お金は要りません。…その代わり幾つか壊れた機械と設計図を下さい』
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「賛成ぇ〜〜…べつに黒永君が十三翼になって…ふぅー…困ることないし」
「ふぁ!?」
困るよ!俺が困るよ!
「ムクロとデポルは?」
「「………」」
二人は少し考え答えた。




