強さの価値 ③
6月12日 午前9時30分更新
6月13日 午後20時45分更新
「羅刹刃・朔月」
二連の凄惨な斬撃がヨハネに直撃する。
「…がっ…ぐ…」
剣圧が靄を薙ぎ払い胸が裂け血が飛び散る…しかし、追撃を拒むように鎌で応戦した。
「た、のしいナァ…最高だナァ…おおっ!?」
常軌を逸した表情で叫ぶ。
…楽しい、か。
俺は体勢を整え大獄丸の切っ尖をヨハネに向ける。
水構え…攻防の隙が少ない基本の型だ。
攻撃力は大太刀状態と大剣状態より落ちるが二刀の強みは手数にある。
「百折剣」
「タービュランスゥ!」
高速回転する鎌が頰を掠め皮膚を裂くが擦過傷程度の傷じゃ俺は止まらない。
一撃目よりニ撃目…三撃目より四撃目…!
斬撃の雨は無情に降り注ぎ鮮血に刃は酔う。
「ーーーーッ!?うっぐぅ…お、俺は…負け……ねェ…!」
刀身が真紅に染まり淵噛蛇が大獄丸と共鳴した。
「…終わりだっ!」
怒涛の連続剣の最後に放った漆黒の斬閃は想像を遥かに超える威力で大鎌を切断し防御を破壊した。
剣圧の影響で大地に一直線の亀裂が走る。身震いするほど凄まじい斬撃だ。
「………」
「はぁ…はぁ…」
ヨハネは無言で静かに倒れた。
流血が溜まり赤い輪が広がっていく。
俺は息を整えた。
「…お前の負けだな」
呟いた瞬間、大地が揺れ間欠泉の湯のように青白い靄が噴き出した。
「!」
…まだ決着はついてないってか!?
大獄丸を再び構え直し距離を取った。
〜同時刻 カーネギー草原〜
離れた位置で闘いを見守っていたカネミツは呟く。
「正しく修羅の一撃也」
最大吸血状態で放った大獄丸の無慈悲で強力無比な太刀筋は見た者を戦慄させる。
「むっ」
悠が武器を仕舞う姿を見て顔を顰めた。
「…黒永殿」
大地が揺れ噴き出すプルートの靄を見詰める。
「其方の実力は真に秀でておる」
腕を組み静かに呟く。
「…しかし十三翼を担う者の底力も甘うないぞ」
死闘が今、始まろうとしていた。
〜同時刻 金翼の若獅子 二階 空中庭園〜
「ちょっ…マジで全員落ち着けっつーの!」
キャロルが叫ぶ。
「…止めるなキャロル!コイツはユーだけじゃなくアイヴィーまで馬鹿にしやがったっ…」
「へっ…ヴァンパイアのガキに惚れたのか?このロリコンが!?」
ベイガーは額に青筋を浮かべ金髪の男に詰め寄り胸倉を掴む。
「傭兵崩れが…その角へし折ってやろうか?」
「やってみろや…おぅ!?」
一瞬即発の剣呑した雰囲気が漂う。
発端はヨハネと悠の決闘を配下が吹聴し悠を小馬鹿にした事だった。
それを偶然、聴いたベイガーや他の冒険者が反論し騒ぎに発展…売り言葉に買い言葉で罵り合いが始まり…収拾がつかなくなってしまったのだ。
元々、ヨハネの部下は荒くれ者が多い。
戦闘狂の彼に心酔し好戦的な集団で形成されてる。
ヨハネ派VS悠派で見事に対立していた。
キャロルが必死に仲裁するも焼け石に水だ。
「…殺す」
「やってみなさいよボケ!」
とうとう一人が武器を構えた。
周囲に伝染し皆が戦闘態勢に移行していく。
「や、やめろってマジで…あぁもう…!」
その時だった。全員に悪寒が走り体が震えだす。
「武器を仕舞え」
静かに百獣の王は現れる。
捕食者を前にした被食者…さっきまで威勢の良かった冒険者達が意気消沈していく。
「よ、よかったーー!…うちってばマジで超焦ってたかんな?」
「すまないキャロル」
ラウラだった。
「ギルド施設内での準戦闘並び闘争扇動行為…立派な規約違反だ……重罰を課されたいのは誰かな?」
普段は温和な者が怒ると周囲の者は唖然とする…それが十三翼の一員で副GMなら尚更だ。
「君か?」
「い、いや…お、俺は…」
「それとも君かな?」
「…ち、違います…」
「依頼も受けず馬鹿騒ぎして楽しいかい?」
「か、勘弁し、して下さい」
怯え震える高位冒険者の姿は滑稽だった。
「今すぐ解散しろ」
慌てて庭園から我先に走り去るギルドメンバー達。
「…君は残って貰おうか」
「え、え…」
ベイガーと揉めていた男に躙り寄り問う。
「…二人が決闘をしてると言ってたね」
首を必死に縦に動かす。
「詳しく聴かせて貰おうか?」
「ひ、ひぃぃぃ…!」
「…ラウラ様、私が話します」
「ネイサンか」
「慌てて来ちゃったけど必要なかったかにゃ…?」
遅れてネイサンとミミも登場した。
〜10分後〜
ラウラは厳しい表情で呟く。
「立会人はカネミツ…ヨハネは注意勧告を無視…場所はカーネギー草原か」
悠にも釘を刺して於くべきだったと後悔する。
人一倍、家族を大事にする男が他人に酷く家族を侮辱され黙って泣き寝入りする訳がなかった。
自分のことは無頓着でもアイヴィーへの罵倒は絶対に許せないのだ…きっと理屈ではないのだろう。
ミコトとの契約と深淵の穢れが齎らす魂への影響はこの時点でラウラは知る由もない。
「ラウラ様」
ネイサンは頭を深く下げた。
「どうか…この決闘を…いえ、喧嘩を黙認しては頂けませんか」
「喧嘩を黙認しろ?」
頼む彼女に冷徹に問う。
「本気で僕に言ってるのか?」
「…謝って撤回したほーがいいにゃ!あのラウラ様の顔はマジで怒ってる時の顔にゃん」
憤然とした表情…発せられる殺気…額に浮かぶ癇癪筋……整った容姿が余計に怒りを際立たせる。
「本気です」
「ネ、ネイサン!」
ミミの助言も虚しくネイサンは肯定した。
「…ヨハネはクロナガユウに負ける」
「にゃ、にゃん!?」
「……」
自分が属する派閥の長の敗北を宣言した彼女に二人は驚いた。
「強者との死闘を渇望するヨハネがクロナガに固執し勝負を望んだのは…自身が手離し理解を拒んだ強さへの妬み…」
「い、意味が分からないにゃ」
ラウラはネイサンの心情を察した。
「…十三翼の座に就く者が敗北する意味を…承知の上で言ってるのかい?」
「はい」
「………」
「ヨハネ様があのロリコ…ユーに負けたってなったら大問題ですにゃ…」
「知ってか知らずか…だから悠は内密に…」
呆れるほど優しい悠らしい配慮だとラウラは思う。
「お願い致します。どんな処罰も受ける覚悟です」
「はぁ…」
自分も甘いな…そう心の中で呟きラウラは喋る。
「もう暫く三人の帰りを待つ。派閥全員に君が責任を持って箝口令を命じろ…いいね?」
「!…はい」
「ミミ」
「にゃん」
「キャロルと協力しヨハネの部下以外であの場に居た冒険者に吹聴しないよう言含めてくれ…違反者は僕が処罰する」
「りょ、りょーかいですにゃ!」
空を見上げラウラは溜め息を吐いた。




