愛すべき隣人のために
5月24日 午前7時03分更新
5月24日 午後21時47分更新
〜午後15時16分 金翼の若獅子 ギルド広場〜
「本当に…本当にっ…御無事で安心しました…」
「バカヤロー…ぐすっ……ユーのバカヤロー!」
フィオーネとキャロルが俺を見るなり大泣きした。
来ると聞いてギルド広場で待っていてくれたのだ。
他の冒険者達も集まり騒いでいる。その中を掻き分けメアリーが飛び出して来た。
「…ユーーざぁぁぁん゛!!」
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。
「お!元気そーじゃん」
「心配しましたよ」
ボッツとラッシュも歩み寄る。
「うぇぇぇ゛ーーん…!じ、心配…しだっ…んだからぁ……」
女の子に泣かれるのは好きじゃない。
「俺は大丈夫だし泣かないでくれ…な?」
三人をあやすように優しく声を掛ける。
「…どの口が言ってるんですか!もうっ!!」
フィオーネが涙を拭い頰を抓った。
「マジな!」
「すみふぁへん」
「…ほんど…にっ!」
背後にいる六人も頷き同意する。
「悠の大丈夫は大丈夫じゃない」
「間違いねぇな」
「見事に的を得ているぞ」
「いぐざくとりー」
「…もう少し自覚して欲しいね」
「ええ」
「ふふふ〜」
すみませーーん!この中に弁護士はいませんか?
弁護をお願いしたいんですけどぉ!?
「あの面子を引き連れて平然としてるってどんな神経してんだよ…」
「有名人ばっかだもんね〜」
「………」
「ちょっ…なんであんたも泣いてんの?」
「キャロルが…キャロルも!?」
「あー…狙ってるって言ってたもんね。残念だけど諦めが肝心でしょ…うん」
「……畜生!!俺の青春を返せよぉぉ!」
よく分からんが賑やかになってきたなぁ。
「退きなさい」
…と思ったら氷を尻に突っ込まれたように一瞬で静まり返る。
ゼノビアさんの登場に人集りが真っ二つに別れた。
悠然と此方に歩いて向かって来る。
待ってるのに痺れを切らしたんだろうな。
「どうも」
「……」
「その…色々とお騒がせしました」
「……」
「あ、あの?」
黙って俺を睨む。…怖いよぅ!
「怪我は?」
「へ?」
「…怪我は?」
少し苛立った表情でゼノビアさんは問う。
「げ、元気いっぱいです!」
「なら報告を聞かせて頂戴。三階の自室で待ってるわ」
それだけ告げると踵を返してしまった。
「…馬鹿騒ぎしてる暇があるなら依頼に行きなさい」
集まった冒険者達にゼノビアさんは冷徹に告げる。慌てて全員がその場から退散した。
流石、第2位…影響力は絶大だな。
「…驚いた」
ラウラが呟く。
「何がだ?」
「ゼノビアが悠の心配をしてるなんて…」
「微塵も心配されてる気がしないんだけど」
「あんな表情は久しぶりに見ましたね」
「うむ…」
「…とりあえず報告に行ってくるよ」
「アイヴィーも一緒に行くから」
「ルウラの役目!」
「……アイヴィーは家族で副GMだけど?」
「わいふに勝る物はない」
「妄想が逞し過ぎて笑えない」
「りあるだし」
「「………」」
「あーもー…!喧嘩すんなっちゅーに!」
「ルウラが悪い」
「べー!」
懲りない二人だ。
「…悠さんの素性を考慮すると確かに誰か付いた方が宜しいかも知れません」
「『氷の女帝』は厳しく詰問するもんなぁ…」
フィオーネの言葉にキャロルが同意する。
「僕が行くよ。公表の件もあるし適任だ」
「悪いな頼むよ」
「フィオーネ嬢とキャロル嬢には吾が説明しよう」
「助かります……それと悠さん」
「ん?」
「…オルティナと同居してる件は後程、詳しく聴かせて下さいね?」
「おー!うちも知りてーわぁ…」
二人から不機嫌なオーラを感じた。
「えぇ…」
「うふふ〜」
オルティナは相変わらずのにこにこ顔で笑う。
俺とラウラはゼノビアさんの私室へ向かった。
〜10分後 ゼノビアの資料室〜
文献・資料・絵画が整理整頓された埃が一つもない一室は彼女の几帳面な性格の顕れだろうか。
…女っ気のない仕事部屋って感じ?
俺は挨拶もそこそこに依頼報告を行う。ラウラも辻褄が合うようにサポートしてくれた。
黙って聴くゼノビアさんの表情は一切変わらない。
〜数分後〜
「ーー…これで以上です」
そう締め括るとゼノビアさんは間髪入れずに答えた。
「貴方は上手い嘘の吐き方をご存知かしら?」
「…え」
「……」
「嘘に真実を混ぜて話すのよ」
「へ、へぇ!」
必死で無表情を装うが内心は焦りまくっていた。
「意味が分からないね」
ラウラは平然と答える。
「悠は問題となる未知のモンスターを討伐し君の望み通りココブー族を発見し邂逅を果たした…嘘を吐く理由が必要かい?」
「ギルドカードのログを開示要求しても構わないと?」
「残念だがフィオーネと僕が確認しログの消去処理を指示してしまったよ」
ふぁっ!?
「何故?」
「容量がいっぱいだったんだ」
よ、容量?消去処理?
さらっと嘘を吐くラウラに驚いた。
「………」
「………」
視線を交錯させる二人を冷汗だらだらで見守った。
「…そういう事にしておくわ」
うわああああん!良かったぁぁぁ!!
ゼノビアさんの一言に心の中で狂喜乱舞する。
「その左手の指輪から獣人族の強い氣を感じる……ココブー族に貰った物ね?」
「これは信頼の証だって言われて貰いました」
「…羨ましいわ」
「羨ましい?」
「獣人族が他人種に物を贈るのは私も伝承でしか知らない」
「ふーん」
「…そこまで愛された貴方は私の予想を超え十二分に依頼を達成したのでしょう」
〜クエストを達成しました〜
このタイミングでクエスト達成のメッセージが表示された。
「ご期待に沿えて嬉しいです」
「…それで追加の依頼よ」
「追加?」
「来週迄にこの報告書にココブー族の生態・言語・特性をまとめ提出して頂戴」
分厚い紙束を渡される。
「…何で?」
「調査書と嘆願書を提出し第99区画を研究保護区に指定するためよ」
「研究保護地区?」
「希少種族や絶滅種の生物が生息する自然・遺跡・ダンジョンの密猟・乱獲を防ぎ調査するため厳重な規制を設ける地区の事だよ」
「……」
「私の言葉添えがあれば二ヶ月で許可は降りる。準備が整い次第、研究者の護衛とヒャタルシュメクの案内を貴方にもお願いするわ」
「お断りします」
隣に座るラウラが驚いた。
「…理由は?」
「遥か昔、ココブー族は地上で迫害され地下に逃げ延びた」
「……」
「…しかし、そこでも深淵の獣に怯え脅かされ家族を奪われずっと苦しんでたんだ」
「だからこそ私達には保護する義務が」
「違う」
俺が自分の思いを吐露した。
「ようやく訪れた平穏を第三者が侵害する権利はない」
「……つまり、放って置けと?」
「ええ。それに俺がココブー族を守ります」
「どうやって?」
「あの区画一帯を買って、進入を禁止する」
財宝の使い道は最初から決めていた。
…ココブー族のためにってね!
「!?」
「誰にも手出しさせない」
「………本気で言ってないわよね」
「本気ですよ」
「ゆ、悠?」
「仮に万に一つの確率で売買が許可されても支払う金額は桁違い……彼処は普通の土地じゃなく国家が所有する国有地なのよ?」
「これを全部売ります」
腰袋からキング・ドドに譲り受けた金塊と宝石を幾つか取り出す。
「複雑な紋章と逆さ十字に鷲の焼印……まさか…いや古代文明の遺物!?」
ラウラは金塊と宝石を手に取り興奮していた。
「間違いないの?」
「グリンベイ博物館の展示物に同じ焼印の遺物があった…専門家に鑑定して貰わないと正確には分からないけどね…」
「まだまだ沢山あるぞ」
そう言うと二人は唖然としていた。
「…ここまでする考えが理解できないわ」
「そうですか?」
「……気は確かなの?」
「正気です」
「私が反対し拒否したら?」
「…我を貫かせて頂きます」
「………」
ゼノビアさんは黙るも暫くして口を開く。
「…ふ、ふふ」
「ゼノビア…?」
「こうと決めたら譲らない頑固さ…常識外れの思想に物言い……まるでマスターと話してる気分ね」
そう言った横顔は嬉しそうに見えた。
「…王宮の国土財産管理部に同種族の友人が居ます」
「!」
「個人売却の話を私からしてみるわ」
「ゼ、ゼノビアさん…」
「霊獣族として…愛すべき隣人のために、ね」
素敵な表情でゼノビアさんは答えた。
「ありがとうございます!」
「ココブー族の繁栄を願う気持ちは私も同じ……人の介入が彼等の生活を掻き乱し悪影響を招き兼ねない懸念は確かにある」
「うんうん!」
「…交渉材料にこの金塊と宝石を一時的に預かって良いかしら?」
「どうぞ」
他は必要になるまで暫く腰袋に眠ってて貰おう。
「それと報酬金が幾ら欲しいか言いなさい」
「金は要らないので売却の手配と段取りをお願いします」
「………」
「それが一番の報酬なんでね」
「悠ってば本気かい…?」
「もちろん!」
「…君はいつも無欲すぎるよ」
呆れつつもラウラは微笑む。
「分かったわ」
やっと家に帰れるぞ。
「それじゃ俺はこれで…」
「待ちなさい」
立ち上がり帰ろうとするも呼び止められる。
「はい?」
「……ありがとう」
「……」
「以上よ」
照れ臭いのか素っ気なく彼女は言った。
「へへっ」
「……早く出て行きなさい」
こうしてゼノビアさんのソロオーダーを完遂した。
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冒険者ギルド
ランク:S
ギルド:なし
ランカー:なし
GP:26500
クエスト達成数:57
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広場に戻るとオルティナと同棲してる件で一悶着あったが義心で一緒に住んでる事を説明し下心が無いことを熱心に訴え皆にも漸く分かって貰えた。
紳士な俺が若い娘に手を出す訳がないってーの!
オルティナは終始不機嫌だった気がしたが……。
家へ帰宅しアルマにもヒャタルシュメクの出来事を説明する。主に深淵の獣について興味津々で根掘り葉掘り質問責めにされる。
久しぶりに夕飯を作って団欒を満喫した。
〜夜21時 マイハウス リビング〜
「ふぅ」
やっぱ自分の家の風呂は最高だね!
…気兼ねなくゆっくりできる安心感が半端ない。
タオルで頭を拭きソファーに座る。
「にゃっ」
アルマが膝に乗った。
「珍しいな」
「偶にはね〜……っにしてもその右腕と右肩…」
「真っ黒だろ?」
「深淵の獣の穢れ…女神すら蝕む呪いに類似した謎の現象……怖くないの?」
「肌が黒くなる程度はどーってことない」
「さすが原始人」
感心して頷く。
「原始人って褒め言葉じゃねーかんな?」
…二人に見せると驚きそうだし包帯を巻いとこう。
タンクトップでも過ごし易い季節になったなぁ。
「…あの娘たちの前じゃ言わなかったけど」
「ん?」
「昔からこの地には謎が多い」
「ふむ」
「…モンスター…亜人…獣人…不思議と生物を惹き込み集めるのよ。あんたが言ってた古代人の要塞都市と深淵の獣…無関係だと思う?」
「そう言われると何とも言えんが…」
「きっとまだ未知の問題を抱えてるわよ〜?」
…問題、か。
「なんでアルマは嬉しそーなんだよ」
「にゃふ!退屈より刺激ある人生を…ってね」
「…やれやれ」
「全盛期時代に深淵の獣に出逢ってみたかったわ」
「なんで?」
「壊れないサンドバッグって素敵でしょ?」
発想がとんでもねぇな。
「…疲れたし明日と明後日は家で完全休養するよ」
急に眠気が襲って来た。
「………」
「悠?」
「……起きてるぞ」
瞼が重力に逆らえない。
「部屋に戻って寝たら?」
「あー…」
適当に返事をしていると意識が微睡み始めた。
〜15分後 マイハウス リビング〜
「いいお湯加減でした〜」
「さっぱり」
ーーきゅ〜ふぁ〜。
風呂上りのオルティナとアイヴィーとキューがリビングに戻って来た。
「静かに」
「あっ」
「…すぅ…すぅ…」
ソファーに座り悠は眠っていた。
気持ち良さそうに寝息を立てている。
「…悠がリビングで寝てるのは珍しい」
「可愛い寝顔ですね〜」
ーーきゅきゅ…?
「このまま寝かせてやりなさい」
アルマの言う通りである。
精神的にも肉体的にも悠は疲弊していた。
「最近はずっと慌しかったし」
「……アルマ師匠ってば悠のお母さんみたい」
「ふふふ〜」
「だ、誰が母親よ!…こんな不出来な息子を産んだ覚えはないっつーの」
照れたのか必死に誤魔化す。
「むにゃ…」
寝顔を見詰めていたアイヴィーが悠の隣に座った。
「…今日はリビングで寝る」
「じゃあ皆で一緒に寝ましょうか〜」
「……あんた達って物好きね」
そうは言いつつ膝の上で丸くなるアルマだった。
穏やかで静かに夜は更けていく。




