番外編 新聞記者の一日 ②
5月1日 午前8時25分更新
〜午前11時15分 特別応接室〜
場所を変えて貰い真っ白な部屋に移動した。
一対一の取材……私が提案したからである。
理由は周りに人がいると他人の反応を窺い実直なインタビューが難しくなるから。…あの面子が他者を気に掛けるように見えないがこれは私のポリシーなのだ。
…では記念すべき最初の一人目のインタビューを開始するとしよう。
〜『荊の剣聖』ベアトリクス・メリドーへの取材〜
「私のことはご存知かしら?」
ーーー当然です。貴女は騎士団在籍時から有名でしたから。
「ふふふ」
ーーー先ず黒永悠と貴女の関係を教えて下さい。
「…そうですね…私と彼は非常に親しい友人でギルドの枠を超えた仲間でしょうか」
ーーー親しいとは具体的にどのように?
「一緒に寝食を共にした仲です」
ーーー!?…そ、それは…とても仲が宜しいのですね……。
「ええ」
ーーー…つまり…男女の仲ですか?
「今は友達以上恋人未満の関係ですが……何れはそうなるでしょう」
ーーー………えっと…衝撃的過ぎて…吃驚してます…ちょっと質問を変えて…彼の冒険者としての活躍は有名ですがベアトリクさんの忌憚のない感想を聴かせて頂けますか?
「悠は二つ名通り英雄と呼ばれて遜色ない人物だわ。弱きを助け強きを挫く……例えそれが敵わぬ相手と知ってもその心は折れない。他者に迎合せず自分の信念と誇りに従い生きている……自分の命を簡単に犠牲にする危うさも持ち合わせてますけどね」
ーーー数々のGランク依頼を達成した功績は凄いですよね。…契約者としての危険性を感じたことは?
「ないわ。…それよりも他に危険視すべきグレーゾーンの輩…犯罪者の数が急増してる方が問題です」
ーーーなるほど。これから先の話ですが黒永悠がどんな冒険者ギルドを展開すると思いますか?
「…あくまで私的な見解だけど…悠は地位や名誉に興味がないのでGランク依頼のような難度が高く依頼金を満足に支払えない困窮する人々を助けるギルドになるでしょう」
ーーーそれでは運営が成り立たないのでは?
「その点は他でカバーするでしょうが仮に運営が危機的な状況になったら私が運営資金を融資します。悠にはそれだけの……いえそれ以上の価値があるもの」
ーーーとても信頼されてるのが伝わりました。そう云えば彼は第6区画の…呪われた魔女の廃虚って噂の家に住んでるらしいですが…?
「……愚かしい風評ね。素敵な家ですよ」
ーーーベアトリクスさんが仰るならそうなのでしょうね。
「断言しますわ」
ーーーヴァナヘイム国のトモエ姫とも親しいと聞いてますが?
「そのようですね」
ーーー…こうなると彼の過去が気になります。何故、契約者に…?彗星のようにベルカに現れた理由は…?これ程の人物が今まで音沙汰なしだったのが不思議で仕方ない。
「ホークさん」
ーーーはい?
「私が彼の過去を吹聴することは決してないわ」
ーーー…すみません。記者としてはどうしても気になるもので……気分を変えて彼の性格はどんな性格ですかね?
「底抜けに優しい…この一言に尽きます。自分への誹謗中傷では滅多に怒らない」
ーーーへぇ!人格者ですね。
「…ただ」
ーーー?
「…自分以外の親しい者が傷つく事を許さない…いえ…許せないと表現した方が正しいかしら?義理の娘に関する暴言は特にね」
ーーー……『常闇の令嬢』のアイヴィー・デュクセンヘイグですか?しかしあの子の父親は…。
「複雑な事情があるけど…とてもいい子よ。…これは仮定の話で…あなたがアイヴィーに対し差別的で批判めいた内容を紙面に掲載したら…」
ーーーしたら?
「……ふふ…一つ良いことを教えましょうか。Sランク昇格依頼の実技試験中に試験官がアイヴィーを罵倒し挑発した瞬間に彼は鬼となった。…微塵も他を寄せ付けぬ強さでS級のランカーを一蹴したの」
ーーー前代未聞の九人抜きにそんな裏事情があったとは……。
「私の部下の一人が試験官でしたが彼はこう言ってたわ……『阿修羅がいた』とね」
ーーー………。
「執筆の参考になる話でしょう?」
ーーー……御忠告ありがとうございます。最後に興味本位で聞きますが貴女と黒永悠はどちらが強いと思いますか?
「そうね…平常時なら勝つ自信もあるけど…覚悟を決めた悠には勝てない…これが答えです」
ーーー平常時…覚悟…つまりモチベーションで変わると?
「そう取って貰って構いません」
ーーーこれで取材は終了です。今日はありがとうございました。
「こちらこそ……私と悠の関係についてどう記載するか楽しみにしてますよ」
ーーー恐縮です。
「他のメンバーがどう言おうと私の話が真実ですので履き違えないように」
ーーー……そ、そうですか。
彼女は念を押すように告げ部屋を出て行った。
…流石に聡いな。過去の追求を匂わせたら間髪入れず脅してきた。
高潔で潔癖と評される彼女にあれだけ信頼されてる黒永悠の強さや人格は本物だろう。
…驚いたのは十三翼の第6位と契約者が恋仲だったこと……これはビックニュースだ!
他のメンバーにもこの辺を探ってみよう。
裏を取らないとね!
〜『戦慄を奏でる旋律』ムクロ・キューベイへの取材〜
ーーーよろしくお願いします。
「よろしく頼むよ〜」
ーーームクロさんは黒永悠にどんな印象を持ってますか?
「ん〜…そうだなー……最初は厄介そうってイメージだったよ」
ーーー厄介?
「どことなーく『鬼夜叉』と雰囲気が似ててね〜…一筋縄じゃいかないタイプって感じ」
ーーー彼を警戒していた?
「そりゃ契約者を警戒するなってのが無理な話だよ……話を聞く内に印象が変わったけどね〜」
ーーー違うと言うと?
「…必死に抗議するラウラ達や他の冒険者とギルド職員の姿を見たら警戒心も無くなっちゃうよ〜!詳しくは言えないけど……応えるよーに緊急査問会で魅せた漢気にも感動したし〜」
ーーーなるほど。
「最近だと『蟻の探究隊』も助けてくれたからね」
ーーー『蟻の探究隊』…ムクロさんが指揮する有名な調査部隊ですね…危険区域及びダンジョン探索のプロフェッショナル集団だと聞いてます。
「プロフェッショナルなんて照れるな〜…んで話を戻すけどさー……パケッタ樹林の未確認のダンジョンにうちの新米連中が調査に向かったらオーガの巣だったらしくてね〜」
ーーーあの野蛮で獰猛なオーガですか?
「そーそー…オーガは元々同種でも共食いするくらい凶暴なんだけど稀に知能が高いハイ・オーガが群れを形成するんよ……こーなると厄介だ。うちの主力部隊は他の魔窟調査に行ってるし新米達にそのままハイ・オーガの巣を攻略しろってのは難しい」
ーーーそこで彼に依頼したのですね。
「当たり!ユーは新米部隊の救出とハイ・オーガの巣の駆除をなんとたった一日で成し遂げたんだ……彼の実力ならハイ・オーガを苦にしないと分かってたけど…これは驚いたな〜……強いだけじゃなく探索能力にも秀でてる証拠だよ」
ーーーベアトリクスさんも実力を高く評価されてましたよ。
「だろーね〜…それで戻って来たユーに報酬金を支払おうとすると驚くことに…『その金は怪我人の治療費や生活費に充ててくれ』…って言うわけさ」
ーーー………。
「流石にそれは駄目だって言っても…『ソロオーダーの報酬金は依頼者と交渉できるはずだ』って突っぱねて…『代わりに何かあれば頼らせて欲しい』って言い残し帰っちゃったんだ」
ーーー私には報酬金を受け取らない理由に見当がつきませんが……ムクロさんはどうしてだと思いますか?
「きっと揺るがない自分の美徳や価値観があるんだろーね〜…デポルも言ってたよ……ユーは表裏がなく自分が試されてる気分になったってね」
ーーー『魔人』の?これまた大物の名前が…。
「おいらとデポルはそんな経緯があってユーの人柄に惹かれちったっつーわけ〜」
ーーーふむふむ……私もご期待に沿うように頑張って記事を書きたいと思います。…質問を変えて…彼の女性関係を知ってる範囲内で教えて欲しいです。噂程度の内容でも構わないので。
「んー…どうなんだろ〜…満遍なく色んな娘と仲が良いって印象かな」
ーーー……え?
「ちなみにユーは結婚してなくて恋人を募集中らしいよ〜!…へっへっへっ…実はおいらの孫娘を紹介してやろうかなって思ってさ〜」
ーーーへ、へぇ…!
「特別に見せてあげよう…じゃーん!これがおいらの孫娘のエルルちゃんだ……可愛いだろ〜?」
ーーーはい…。
「昔はじいちゃんじいちゃん…って膝に乗ってきて……大人になった今も目に入れて痛くないくらい可愛いんだ〜……生半可な野朗に大事な孫を嫁がせるつもりはなかったけど……エルルにユーの話を聞かせたら結構乗り気みたいだし若人の縁談を纏めるのも老人の細やかな楽しみかな〜……アハハハ!」
ーーー……そうなんですか…。
「記者さんもばっちりユーの冒険者ギルドを宣伝しておくれよ〜…おいらの名前をバンバン使ってくれて構わないから〜」
ーーーあ、はは。
上機嫌で部屋を出て行く彼を見届けて頭を抱えた。
……ベアトリクスさんに聞いてた話と違う!!
寝食を共にした仲で…友達以上恋人未満の関係の相手がいるのに恋人募集中って普通は言わないよ!?
そもそも孫娘を紹介するって言ってたけど……ホビットとヒュームの成人男性じゃ厳しくない?写真のエルルって娘は可愛かったけど……彼がロリコンと勘違いされる未来しか見えない。
……兎に角、次の人にインタビューだ!
情報を集めて整理すれば納得のいく答えが見つかるだろう。




