番外編 新聞記者の一日 ①
4月28日 午前8時13分更新
4月30日 午前6時11分更新
〜百合紅の月1日〜
この話の主役はとある新聞記者だ。
今回は全て彼女の目線と口調で語られる。
〜午前10時30分 金翼の若獅子 三階 応接室〜
「広っ」
案内された部屋を眺め私は呟いた。
「ここで待つにゃ…えーっと名前は…」
「ホークです」
私は彼女を知っている。
ミミ・ブリティッシュヘア…二つ名は『バルセロの闘猫』…Sランクの冒険者且つギルドガールも兼務する有名人……彼女だけに限らず有名な冒険者は網羅しているけどね。
「そーそー!ホークさんだったにゃ!…まもなくラウラ様が来ると思うからゆっくり座って待っててにゃ〜」
部屋を出て行く彼女を見送った。
「言われなくても何時間でも待つわ」
漸く漕ぎ着けた取材……と言っても取材対象はラウラ・レオンハートではない。
『辺境の英雄』の二つ名で有名な黒永悠の第三者による対談取材なのだ。
…初めて彼の記事を書き紙面を飾ったのが懐かしい。
『舞獅子』との代理決闘後も話題に事欠かず黒永悠を中心に様々な出来事が起きた。…しかし私がどんな文案を提出しても新聞への掲載許可は下りず没にされた。
編集長は言葉を濁してたが分かる。
…契約者という呼称が無知な大衆の恐怖を駆り立ててしまい権力者の反感を買うからだ。
冒険者ギルドは意外に情報規制が厳しく統一されてるし政界や財界に顔が利く者もいる。
一介の記者じゃどうにも出来なくて当然だろう。
…風向きが変わったのはつい最近の抗議活動以降か?
『金翼の若獅子』に拒否されていた取材許可が下りたのはその辺りの事情が関係してるのかも……現に黒永悠が設立予定の冒険者ギルドを宣伝する文言の記載を条件に取材を許可されたと編集長は言っていた。
…ただ残念な事に本人は先日から依頼で不在だ。
ヒャタル・シュメクへ単独で依頼に行ってるそうで叶うなら当人に取材をしたかったが……この際、贅沢は言うまい。
それに『灰獅子』がわざわざ取材に時間を割いたのも彼が暗に重要な人物だと言ってる証拠だろう。
…謎が多い有名人…その隠れた素顔を知る絶好の機会に私の好奇心とジャーナリズムが刺激される。
〜30分後〜
「ーー済まない。大分待たせちゃったね」
「あっ」
少し慌てた様子で部屋に入ってくる。
取材開始の予定時刻を30分過ぎていた。
「自己紹介の必要はないと思うが一応しておくよ。僕はラウラ・レオンハート…『金翼の若獅子』で副GMをしている」
差し出された右手と蕩けそうな微笑み。
彼を知らない訳がない。
ベルカに数多くいる男性冒険者で彼より女性人気が高い冒険者は誰一人いないのだから。
…これで男性なんて信じられないな。綺麗で体の線が細いし羨ましくなる。佇まいも…振る舞いも…容姿も欠点らしい欠点が見当たらないもん。
「私は『ベルカタイムス』の記者で…」
「ホーク・ネイ・エレジーさんだよね?」
「ご存知でしたか」
「君の書く記事は面白いし掲載されたら必ず読んでるよ」
「ありがとうございます」
「二年前の冒険者ギルドの問題提起の記事は勉強になった。職人ギルドとの関係悪化による採取依頼金の水増し疑惑…依頼者の貧富による差別…ランクに見合わない冒険者の急増…どれも考えさせられる内容だった」
「あはは」
乾いた笑いが口から漏れ嫌な汗が背中に伝う。
「…時間が勿体ないので早速取材させて貰ってもいいですか?」
誤魔化すように喋る。
「おっと…そうだね」
対面にソファーに座る。
「…午後は『巌窟亭』のモミジと『オーランド総合商社』のレイミーにも取材するんだって?」
「はい」
黒永悠は職人ギルドと商人ギルドにも所属している。
全ギルドを兼業する冒険者はベルカで彼以外に居ないだろう。駄目元で両ギルドにも連絡したら驚く事に許可が下りたのだ。
「悠と僕は公私共に非常に親しい間柄だ。今回の取材は設立する冒険者ギルドの良い宣伝にしたい」
「なるほど」
「…ただ彼の過去に関する情報は一切伏せさせて貰う。その点は大丈夫かな?」
「ええ」
そこを聴き出すのが私の腕の見せ所だ。
「では先ず最初に」
「…ちょっと待ってくれ」
急に扉を険しい顔で睨んでる。…外が騒がしい?
そして壊れるかと思うほど勢い良く扉が開いた。
「いぇーい!…あっあっ…ゆーのいんたびゅーにルウラ参上…期待に応えるれびゅーに気分上々!」
「くっくっくっ……独り占めとは感心せぬな」
「『串刺し卿』の言う通りですね」
「ふぅー…ボクにゃんの…研究協力者だしぃー……偶には一肌脱ぐのも…悪くない…悪くないなぁ…」
「大恩に報いるは武士の誉れなり」
「ごめんなラウラ〜。おいらも世話になったしデポルにもよろしく頼まれたからさ」
「…ミミにこの面子を止めれるわけないにゃー…」
私は呆気に取られ言葉を失った。
「撒いたと思ったのに…」
ラウラさんは眉間に皺を寄せ呟く。
冒険者ギルド総本部の最高執行機関…『十三翼』…ミトゥルー連邦でその名を知らぬ者は居ない。
構成するメンバーの全員がSSランクに位置する冒険者で桁外れの戦闘集団だ。各々の成し遂げた功績は常軌を逸している。
「悠を公の場で語る機会を見逃せん」
竜を従え悪政を敷く小国を滅ぼした『串刺し卿』。
「いぐざくとりー」
山を破壊し災害を齎す巨人を屠った『舞獅子』。
「同感ですわ」
超弩級の賞金首を幾人も討ち取った『荊の剣聖』。
「彼を気にいる『金獅子』の気持ちがわかったな〜」
生きた魔窟を攻略した唯一の冒険者である『戦慄を奏でる旋律』。
「…あわよくば…出資者も募れるかも…」
帝国の有名な機神兵を国境から撃退した『天秤』。
「ふっ…黒永殿の人望が窺える」
弧剣でレガルド共和国の侵略を食い止めた『霄太刀』。
「………」
墓王タルタロスを倒した『灰獅子』。
……こんな大物ばかり集まるなんて…彼は一体…?
「先程は逃げられたがもう逃がさんぞ」
「そもそも僕に依頼された取材なんだけど?」
「取材対象が多くて困ることはないでしょう」
「…下手な発言をされると悠の冒険者ギルドの評判に影響しかねない」
「ゆーの魅力を伝えるならもーまんたい」
「ルウラが一番心配なんだよ!」
「おいらは年の功があるし大丈夫だって〜」
「…ふぅー…黒永くんは…話題に事欠かないね」
「彼を其方の無駄な研究に付き合わせてるのは感心せぬな」
「無駄じゃないしぃー…寧ろ…黒永くんは…理解者ですけどぉ?」
「はぁ…こうなるのが嫌で急いで来たのに…」
「あの」
「…今すぐ帰らせるから少し待ってくれるかい?」
帰らせる?とんでもない!
「いえ!…皆さんにお話を聴く機会は滅多にないですし出来れば全員に取材をお願いできますか?」
「…えっ?」
私の提案に彼以外の全員が顔を綻ばせた。
「貴公は話が分かるではないか!」
「ぐっとあいでぃあ」
「順番はどーする〜?」
「私からで」
「拙者は慣れてない故に先を譲ろう」
「…慣れてないのに…来るって…矛盾…ふぅー…」
取材する人数が増えたしインタビューは質問形式にしよう。




