マイホームへ行こう!〜喋る猫と俺〜
〜夜20時15分 第6区画 ルクスリエード〜
女性を夜道に一人で帰す訳にもいかないのでマンションまで付き添った。
「送って頂きありがとうございます」
「当然ですよ。…しかし、凄いマンションですね」
豪華で警備が厳重そうなマンション。…これなら家賃35万Gも納得だなぁ。
…厳つい守衛がこっちを睨んでいる。
「ふふ。悠さんも何かあったら遠慮せず訪ねて下さい。受付の管理人さんに私の名前を言えば大丈夫ですから」
「お気遣いありがとうございます」
「………」
フィオーネさんがずいっと俺に近づく。
「ど、どうかしました?」
「…悠さんは私より歳上です。その悠さんが私をさん付けで呼んだり敬語を使うのは違和感があります」
「そうですか…?別に普」
「フィオーネと呼び捨てで構いません。今後、敬語で話し掛けられても反応しませんから」
遮るのやめたげてぇ!!
「えぇ…。そんな急に言われても…呼び捨てって」
ジト目で俺を見上げる。
「……フィオーネさん?」
ジト目で俺を見上げ続ける。
「……………フィオーネって呼ばせてもらいます」
「はい。悠さん」
花が咲くような笑顔。
…ある意味、勝てる気がしない。
「ではまた明日ギルドで」
「ええ。フィオーネさ……フィオーネも今日はありがとう」
フィオーネを見送り借家を目指す。
忙しい一日だったけどもう少しで終わりだ。
〜夜20時40分 第6区画 借家前〜
借家は第6区画の住宅街から離れた丘の上の小さな林の中に建っていた。
庭に生い茂った雑草。黒く濁った池。
お伽話に出てきそうな一風変わった洋式の家。
…しかし、塗装は剝げ廃墟感が漂う。
「荒れてるなぁ。…草刈りして池の水抜いて…仕事もあるし当分は暇はないぞ」
…家の事で暇がない。…仕事がある。
良いことじゃないか!これで漸く普通に生活できそう。
鍵で玄関を開け中に入った。
〜借家〜
家の中は思ったより綺麗だ。
埃は被っているが物は壊れてないし雑に散らかってる訳でもない。
がたん、っと大きな音が響く。…二階からだ。
マップを開き確認すると赤いマークが点滅…いや白…?マークの色が赤白交互に切り替わる。
初めて見る反応だ。
「……警戒しとくか」
階段を登り二階の赤白のマークに近づく。
「ここだな」
踊り場を抜け真ん中の部屋の扉を開いた。
そこにいたのはーーー。
「………」
ーーーネコ…。
綺麗な純白の毛並みと透き通った青い瞳の美猫…だと思う。
何故なら俺の認識では猫の尻尾は一つ。この猫は二つあるのだ。片っぽに黒いリボンが結ばれひらひらと揺らめいていた。
パルキゲニアのネコは尻尾が二又なのかな。
もしくは……。
「モンスター…か?」
ーーー誰がモンスターよ。これだから人間は……数十年振りの来訪者ね。…また、追い出してやるから覚悟しなさい。
「………喋った……?」
ーーー……気のせいかしら?…こいつ喋ったって言った気がしたけど。
「…言ったよ」
ーーーえ…わ、わ、わたしの言葉がわかるの…?
「…ああ。ばっちり」
ーーー……にゃ。
「にゃ?」
ーーーにゃああああ!!にゃああああん!!
「うぉっ…うるせぇっ!?急に鳴いてなんなんだよ…発情期か?」
ーーー違うわバカちん!…泣いてんのよ!…し、仕方ないじゃない!?……わ、わたしと話せる人なんて……数百年いなかったんだからぁ!!
「す、すうひゃくねん…?」
手忙しい一日はまだ終わりそうになかった。
〜30分後〜
「…………話をまとめるぞ」
ーーええ。
「かつてパルキゲニアの南の地に魔王がいた。その魔王は美麗なる姿で人を惑わし恐ろしき力で災いを齎す。比類無き絶望が生きとし生ける物に襲い……人々は生贄を捧げ魔王に赦しを請う。
ある紅き魔女が魔王に闘いを挑む。魔女は凡ゆる力を用いて魔王を退けるが倒すことは敵わなかった。最後の手段として魔王を彼の地へ封印する。その地はベルカと呼ばれ……やがて人が集まり栄えた。
そしてその封印された魔王の名はーーー」
ーーーアルマ…。ふっふーん!わたしのことよ。
自信満々にネコ…あ、違う。アルマが胸を反らす。
「へー…すごいね」
ーーーあ、あんた信じてないわね!!
「だってネコじゃん」
顎の下を撫でる。
ーーーゴロゴロゴロゴロ……はっ!?汚いわよ顎の下は!
「いやもう可愛いネコにしか見えねぇ」
ーーーか、かわいい…?ふ、ふん!ヒュームのくせに見る目あるじゃない。
ちょろいなこいつ。
「…で魔王アルマは何でこの家に?」
ーーーあの悪魔…『緋の魔女』…ランダのせいよ。あいつが…超希少な封印のスキル所持者じゃなかったら……むにゃあああ!!
叫ぶなよ…。
ーーーランダの奴ってばわたしをこの土地に封印した挙げ句…自分の家を守護しろだのなんだの…アホみたくこき使って……無茶苦茶ばっか言ったのよ!?…そのくせ……自分だけさきに逝って…。
ーーー………何年も…何十年も…何百年も…一人にしたのよ…せめて一緒に…。
…深い事情がありそうだな。
それに…緋の魔女、か。翠の魔女であるモーガンさんと関係あるのか?
「ほら。撫でてやるから泣くなよ」
ーーー…ゴロゴロゴロゴロ……はっ!?べ、べつに泣いてないわよもう!
「…一人でいるのは辛いよな」
もしもモーガンさん達に出会えてなかったら…そう考えるとゾッとする。
ーーー…ふん。なかなか話がわかるわね。わたしの下僕一号にしてあげるわ。
「………」
ーーーふにゃあ…にゃぁ……はっ!?耳の下を優しく掻くのは、は、反則よ!
「そういえば前に来た人に何で怪我をさせたんだ?」
ーーー…当然じゃにゃい。この家に住む資格が無いもの。
「資格って?」
ーーーわたしの力で生まれたこの家は家主を選ぶのよ。『古代語』を話せない奴は住む資格がないの。…その点で言えばあんたは家主の資格有ね!
古代語…あ!アザーの加護だ。今、思えばアルカラグモもこの加護で対話ができたんだな。
ーーー……んー?…よく見たら…あんたの右腕に…いえ…体には随分、凶々しいものが憑いてるわね。蛇……え、まさか…祟り神…?
「…わかるのか?」
ーーー視えるもの。ちょっと説明しなさいよ。
〜10分後〜
今までの経緯を説明した。喋る不思議猫になら正直に全部を話しても問題ないだろうし。
ーーー……信じ難い話だけど…まあ納得。あんた面白いわ。『混沌神』の加護を持ってる奴なんて初めて見たわよ。
「混沌神…?」
ーーーわたしが超絶大魔王で世界に君臨してた時に伝承で知ったくらいの話よ。…遥か悠久…この世界に神々が健在した時代に存在していた混沌や領域…未知と狭間を司る女神さまのこと。
「超絶大魔王…」
ーーーじ、事実だからね!?
…いや、思い当たる節はある。
この世界に来ることになった原因。…あの女の声だ。
ーーーまさか祟り神と契約した人間とはね…ふーん。真名を奪われた神なんていたんだ。
「そこは知らないのか?」
ーーーあまり神話に興味がなかったから。それよりも…あんたの名前は?
「黒永悠」
ーーー…黒永悠…にゃっふふ。光栄に思いなさい悠!あんたをこの家の家主に認めてあげるわ!さしずめわたしの下僕一…にゃあああああ…。
「家賃を払ってんだから当たり前だろ」
喉を撫でながら俺は言った。
「そういやアルマは家から外に出れないのか?」
ーーー庭までなら大丈夫よ。林を超えることは無理。
「なるほど。あと家主として聞くけどさ」
ーーーなによ。
「この家の寝室ってどこにある?」
ーーーここ。
何もない部屋の一室。…期待はしてなかったけど今日は床で雑魚寝か。
「家具も買って…掃除して…明日は更に忙しくなりそうだ」
ーーー家具も掃除も必要ないわよ。
「……良いか?…衣食住足りて礼節を知るって諺があるが人は生活を豊かにしないと心が荒むんだ。マイホームを綺麗に掃除して家具も揃えて…料理したり…兎に角、充実させたいんだよ。今の状態じゃできないだろ?」
ーーーにゃ…にゃ…にゃ…はっ!?尻尾の付け根をなでるな!変態!!
喜んでましたやん。
ーー…ふ、ふん。目を閉じて開けてみなさい。
「なんで?」
ーーいいからはやく!
怒鳴るなよ…。
言われた通りに目を閉じて開けたらーー。
「…………え」
ーー信じられない光景が広がっていた。
ふかふかの大きなベッド。綺麗なカーペットが敷かれベッドライトまである。さっきまでの殺風景な部屋から一変し素敵なベッドルームに早変わりだ。
「………は、はは。なにこれ…」
ーーーふふーん。驚いたでしょ?さっきまでの家はわたしの魔法で造った仮初の姿よ。ほんとはこっち。家主の資格がある悠が来たからもう隠す必要がないもの。内装や外観は当時のままよ。
言葉がない。
ーーー他の部屋も見てみなさいな。
寝室以外の部屋を見て回る。書斎・トイレ・台所・居間・洋室・リビング…家具が設置され本棚も衣装棚も設備されていた。…水も流れるぞ。
庭も生い茂っていた雑草が綺麗さっぱり刈られている。 整備され池の水も澄み塗装が剥げた部分は一つもない。
幽霊屋敷から素敵な屋敷へ早変わりだ…。
ーーー驚いて声もでないでしょ。これがかつて南の地を支配した魔王アルマの…にゃ!?
「…すげぇ!!すごいぞアルマ!……完璧な家だ!ははは…お前はほんとにすごいネコだよ!」
アルマを抱き抱える。
ーーー……よ、喜びすぎよ!べ、べつにこのぐらい朝飯前なのよ……わたしには…ふ、ふん!
下ろすと尻尾が真っ直ぐにぴん、と立っていた。
猫って甘えたり嬉しい時は尻尾を立てるんじゃなかったっけ…?
ーーーそれにまだあるわよ。ついてきなさい。
アルマの背後をついていくと地下に続く階段があり先には扉があった。
ーーー開けてみて。
「うぉぉ…」
一驚し声が漏れた。
…扉を開くと鍛冶場があった。炉・鞴・金敷・溶接機・研削盤等の整った設備が配備されている。
もう一つ隣には顕微鏡や実験道具に膨大な本が棚に仕舞われている。そして大きく不思議な文字が書かれた錬成炉があった。
ーーーランダは魔女のくせに大した魔法が使えなかったからね〜。頼まれて用意したのよ。武器や魔導具を自分でよく製造してたわ。あんたも使えるなら使いなさい。
「魔道具も作れるって初めて知った…」
ーーー使うにはそれなりにMP・錬金・技術・神秘・狂気・信仰の数値が必要よ。素材もかなり消費するけどね。
「…本当にありがとな。お前と会えて俺は幸せ者だよ」
ーーー…!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ーー用意できたわよ!バカランダ!
『…すごいよアルマ。これなら魔法が弱くてもいろんな事ができそう』
ーー当たり前よ。わたしは魔王アルマ様なんだから!
『ふふ…ありがと。君と出会えて私は幸せ者だね』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…暗い顔だな。撫でて欲しいのか?」
ーー違うわよバカ!…ちょっと昔を思いだしたの。
本当に助かるぜ。自宅で鍛治や錬金が出来るのは仕事がかなり捗る。
…でも今日は疲れたからまた今度にしよう。
「風呂入って寝るか。明日も仕事だし」
ーーーお風呂は一階の左奥よ。
「サンキュー。一緒に入るか?」
ーーーば、ば、ば、バッカじゃないの!?この変態!!色欲魔獣!!
……色欲魔獣は言い過ぎだろ。
その後、大きく広い風呂で入浴を楽しみふかふかのベッドにダイブしてすぐに眠りについた。
〜早朝5時 マイハウス 寝室〜
「………?」
目を覚ますと布団の上に重さを感じた。
ーーー…すぴー…にゃ……。
アルマが丸まり規則正しい寝息を立て気持ち良さそうに眠っていた。
起き上がるとアルマも起きて伸びをする。
ーーー………にゃによ……もう起きるの?
「おはよう。飯を食って仕事行くからな…」
顔を洗って台所に行き簡単な朝飯を作る。
地球であった馴染み深い食材が商店街で普通に売っていた。…此方の世界にも地球と共通している事柄は数多くあります…とかお知らせに書いてたっけ。
目玉焼きとサラダにパンを食べ歯を磨き身支度を整える。玄関まで行くとアルマもついてきた。
「どうした?」
ーーー…べつに。はやく戻ってきなさいよ。
尻尾が元気なさげにだらん、と下がっていた。
…寂しいのかな。アルマを抱き上げる。
「ちゃんと戻ってくるさ。だから心配すんな」
ーーー…ふ、ふん!…さっさと行きなさいよ!
大きく尻尾がゆっくりと動いた。嬉しそうだ。
「ああ。いってきます」
アルマに見送られ金翼の若獅子に向かった。




