忙しくも楽しい毎日を謳歌しよう!③
〜30分後〜
悶々と苛々を抱えたまま時間が過ぎる。
「隣に座ってもいいかしら?」
「…どうぞ」
ネイサンさんだ。…まだ一階に居たのか。
「静かね」
辺りを見て彼女は呟く。
普段の賑やかな光景が一変し閑散としてる。
他の冒険者は慌てて出払ってしまった。
…機嫌が頗る悪い俺と同じ空間に居るのが嫌だったのだろうか?
公共の場を私物化したみたいで嫌な気分。
「…彼が許せない?」
「当然でしょう」
その問いにぶっきら棒に答える。
「俺に対する誹謗中傷はどーだっていいが彼奴は……俺が一番嫌う方法を承知の上で挑発しやがった」
「……」
「…どっちが強いかはっきりさせる…そんな下らない目的を達成するべく皆の前で俺の家族と仲間を罵倒し侮辱したんだ……許せないに決まってる」
「そうでしょうね」
聞いた癖に素っ気ない言い草だ。
「…はっきり言わせて貰うがこっちは凄い迷惑を被ってるんだぞ」
攻撃的な口調で喋ってしまう。
「…傍で見てて気は咎めませんでしたか?…貴女だって自分の仲間を事情も知らない赤の他人に侮辱されたら怒るでしょう」
「……」
「自分がされて嫌な事を平気で他人にする奴は例外なく糞だ」
「…御免なさい」
頭を下げネイサンさんが謝罪する。
「俺は貴女に謝って貰いたいわけじゃ…あー…」
ごちゃごちゃしてきた。
「…弁明する訳じゃないけど悠に執着するのは実力を認めてるからよ」
「……」
「彼は決して弱い相手には突っ掛かったりしないから」
「…さいですか」
「意外と低級の冒険者にも人気があるのよ」
「……嘘だぁ」
信じ難い話だ。
「本当です」
フィオーネが会話に混ざる。
人が居なくて手隙だったのだろう。
「…あんな乱暴な態度を見たのは私も初めてでした」
困惑した表情で首を傾げる。
「基本的に興味がない対象には素っ気ないの」
「……そもそも人気がある理由が分からん」
「それはヨハネが救難依頼を筆頭に活動してるからよ」
「救難依頼?」
「救難依頼はギルドが高級冒険者・ランカーの冒険者向けに発注する緊急依頼です。内容は…予期せぬ凶悪なモンスターに遭遇した冒険者の救助活動だったり…山賊・海賊などの犯罪集団に襲われた場合の武力制圧ですね」
フィオーネってばナイスフォロー!
「彼に命を救われた冒険者は多い。低級の冒険者は特にね」
「報酬に目もくれず危険であればあるほど喜んで受注されますから」
「……ふーん」
だからって許せないけどな。
「逆に十三翼の中では浮いてるの…誰彼構わず喧嘩を売って火種を残すし気に入った相手には闘うまでしつこく付き纏うから」
「でしょうね」
皮肉交じりの返事だった。
「…私も彼も元は傭兵出身で普通の人と感覚がずれてるのは認めるわ」
「傭兵出身…」
「お二人は有名な傭兵でしたからね」
「ヨハネは『金獅子』に敗北したのがきっかけで傭兵稼業から足を洗い『金翼の若獅子』に所属……私は事件の後に彼に誘われて所属したのよ」
事件とはエバーグリーンの百人梟首のことだろう。
「……あいつもゴウラさんと戦ってるのか?」
「ええ。手も足も出ず完敗したらしいわ」
「…まぁ…だろうな」
俺も経験者だし。
「ヨハネには……いいえ、私にとっても強さとはアイデンティティー…血で血を拭う極限の戦場下で見出した己の尊厳…他人から見れば下らない拘りでもそれが全てなの」
「……ふむ」
「私では眼鏡に叶わない彼に好敵手と認められる貴方の実力を……悔しくも羨ましく思ってしまう」
ネイサンさんの横顔は寂しそうに見えた。
「…かと言って道理を外れ手段を選ばないヨハネを許せとは言わないわ」
「………」
「彼の派閥の一員として改めて私が謝ります」
もう一度、彼女は頭を下げる。
「参ったな」
何度も女性に頭を下げさせるのは不本意だ。
「…もう謝らないで下さい。俺も苛々し過ぎて……ちょっと八つ当たりしちゃってました」
「……」
「問題は貴女じゃなくヨハネだ。…どのみち闘うと決めたのは俺だし…その…」
ばつが悪くなって頭を掻く。
「…ふふ!」
「え」
フィオーネが急に笑う。
「さっきまで凄い怖い顔だったけど普段の優しい悠さんに戻ったので……安心しました」
「むぅ…」
「正に『阿修羅』の異名通りの形相だったわよ」
「……その『阿修羅』って?」
「知らなかったの?…最近の貴方は裏じゃ『阿修羅』って呼ばれてるわ」
「契約した従魔の禍々しさと鬼神の如く闘う姿になぞり『阿修羅』と呼ばれてるそうですよ」
変な渾名で人を呼ぶこの風潮を改善したい。
「『姫と狩人』…『魔物殺し』…『救いの使者』…『灰獅子の懐刀』…『辺境の英雄』……そして『阿修羅』…こうも短期間で二つ名を冠するのは極稀よ」
「二つ名が固定しないのは恐らく時と場合で悠さんの印象が一変するからでしょう」
「……普通に悠って呼んでくれりゃいいのに」
「変な所を気にするのね」
異世界の来訪者ゆえに気になるとは言えない。
「そろそろ私は行くわ」
「ネイサンさん」
「何かしら」
「…この件は既に副GMに報告済みです。準戦闘に通ずる挑発行為はれっきとした規則違反…それに友達に対する誹謗中傷は見逃せません」
「フィオーネ…」
毅然とした態度だった。
「甘んじて注意勧告を受け入れるわ」
立ち上がりネイサンさんは俺を見詰める。
「…貴方にこんな事を頼める立場じゃないけど…彼と本気で闘ってくれる?」
「手を抜ける相手じゃないですよ」
ヨハネはきっと強いだろう。手加減できる相手じゃない。
「…悠には不思議な魅力がある…ヨハネもきっと…貴方が相手なら…答えが……」
「答え?」
「……何でもないわ。それじゃ」
そう言ってネイサンさんは去っていく。
「やれやれ」
「お疲れ様です」
「……来たばっかなのに疲れちまったよ」
精神的疲労が半端ない。
この鬱憤は来るべき日にあいつをぶん殴って晴らさせて貰う。
「隣に座りますね」
「おー」
「こんなに静かで暇を持て余すのは久々です」
「…俺のせいだよなぁ」
「ギルドとしては普段は人気がない採取依頼も全部捌けて嬉しいですが……そうだ!定期的に不機嫌な悠さんに位座って貰うと良いのかも」
「勘弁して下さい」
胃に穴が空くわ。
「うふふふ!冗談ですよ」
フィオーネは楽しそうに喋る。
恐らく俺を気遣っているのだ。
ああ〜…アホのせーで荒んだ心が癒されるんじゃ〜。




