忙しくも楽しい毎日を謳歌しよう!②
3月21日 午前9時13分更新
「誰が阿保だボケ」
「お前以外に誰もいねーよ」
めちゃくちゃ馬鹿げてる依頼内容じゃねーか。
「いい歳の大人が全く……ふざけた依頼を出す暇があるなら仕事しろ仕事!」
「………」
「俺はどっちが強いかなんて全く興味もないし」
「………」
「…お前の方が強いって言えば引いてくれるのか?それなら喜んで言うぞ」
「………」
「ヨハネは俺より強い!えらい!かっこいい!…これで満足だろ」
激昂もせずヨハネはただ睨み続けた。
フィオーネの顔が青褪めていく。
「『冥王』相手に…ど、どんだけ煽るんだよ!」
「…や、やばくない…?」
「あの眼光に怯まないって…あたしだったら数秒で漏らしちゃうよ…」
「漏らすってお前……ごくり…」
「……なに想像してんのよ変態!!」
「ひでぶっ!?」
周りが騒がしいなぁ。
「………」
「…満足したか?もう退いてくれ」
ヨハネは何も答えず瞬きもせず俺を睨み続けた。
瞳が物語るは憤懣の炎。筋肉の微かな躍動は必死に怒りの衝動を抑えてる証拠だ。
正に爆発寸前の爆弾。
……俺にはやるべき事が沢山ある。
下らない強さ比べに付き合ってやる必要はない!
怒るならどうぞご勝手に…って感じだ。
「じゃあな」
「………」
ネイサンさんも傍で控える男も口は挟まない。
「…フィオーネ。まだ残ってる個人指定依頼をもう一度、確認させてくれないか?」
「は、はい…えーっと…」
慌てて依頼書をフィオーネは探す。
騒つく声と好奇の視線が煩わしい。
…皆も依頼を受けて仕事に行けっつーの!
「吸血鬼の糞餓鬼が絡んでなきゃやる気が起きねーか?」
ヨハネは振り向きもせず一言だけ呟く。
一気に場が静寂に包まれた。
「…………」
「ゆ、悠さん…?」
「見放された糞ばっか集めて…自己満足に夢中になってよォ…」
俺は答えず無視する。
「急かさせて悪いが依頼書はまだかな…っ?」
「…こちらです…」
個人指定依頼の依頼書を束ねたファイルを受け取りページを捲る。
今回は難度が高い依頼が多いから…しっかり内容を再確認しとかないとなぁ…!
「……裏切り者の血を継ぐ愚かな吸血鬼…家族と仲間に縁を切られた哀れな竜人族…どっちも雌としちゃあ上物だ……肉便器には最高だろうヨ」
……ファイルを静かにカウンターに置く。
振り返りはしない。この手の挑発には慣れてる。
家族と仲間を馬鹿にすれば…俺が怒り狂って勝負を受けると踏んだのだ。
……卑怯な野朗だぜ。絶対に堪えてやる。
すぅーーはぁーー…すぅーはぁーー……!!
深呼吸して気持ちを鎮めるのだ…!
「玉なしのチキンが義父とはヨォ…やっぱ『薄暮の蝙蝠』の娘には屑がお似合いなんだナァ」
「………」
…我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢……!!
念仏のように頭の中で唱える。
……しかし、理性とは裏腹に感情は素直だ。
血が沸滾り濁りのない怒りが心を支配していく。
ある一点を突けばを俺は非常に怒り易くなった。
例えると竜の逆鱗と一緒。
自身の性分とミコトの影響が感情に呼応する。
「……!」
「うあっ…」
「…やべぇ…か、体が震えてんだけど?」
「み、身が竦んで…動けないわ……」
漏れた瘴気が空気を喰らい黒蛇が蠢く。
「これが最後だ。失せろ」
声は荒げず静かに告げる。
「…敵に貶められても尊大な心で見逃すってか?ぎゃははははは!!…やーっぱり家族と仲間のためなら退かねーってあの啖呵は嘘か……ケッ!糞偽善者め…」
「………」
逆撫でするような嘲笑と中傷に遂に糸が切れた。
…ふふ、ふふふ…やっぱり我慢なんて無理だわ。
「…分かった…よぉーく分かったよ」
「あァ?」
今度は俺が距離を詰めヨハネに歩み寄る。
「……依頼を受注する条件は二つ」
「!」
肩を震わせ顔が興奮で紅潮していく。
「一つ…報酬金は要らない…観客はなし…立会人は俺が用意する」
「……」
「二つ…時間と場所は追って必ず連絡する…それまで鼠の糞より汚いその面を俺に見せるな」
誰も止めない。止められない。
「あぁ…漸く…漸く!テメェもいい貌になったじゃあねェかァ!?……是非もネェ!条件を飲むぜ……女みてェに股濡らして待ってっからナァ!!」
俺は淡々と喋る。
「お前の下品な侮辱は度し難い…絶対に…絶対に…許さねぇ…泣き喚き命乞いしても無駄だ…」
「へェ…」
「地獄を見せてやる。覚悟しとけ屑野朗」
「…くっくっくっく…地獄、か。そりゃ楽しみだナ」
最後まで互いに視線は外さなかった。
「当初の目的は達成したし俺ァ帰るゼ……はっはっはーー!!最っ高の気分だ!……またな『阿修羅』」
……さっきと呼び方が違う。
振り返りもせずそれだけ言うと出て行ってしまった。
重苦しい緊張感が解放され………ない。原因は不機嫌なオーラを醸し出してる俺のせいだ。
取り敢えずカウンター付近の椅子に座る。
言うまでもなく最低で最悪の気分。
…しかし、闘志だけは溶岩のように燃え滾っていた。




