女の戦い ④
3月14日 午前7時58分更新
3月14日 午後12時42分更新
〜午後18時50分 オーランド総合商社〜
太陽が地平線に沈み夜が訪れる。
時間は進み場所はオーランド総合商社。
現在、会議室で職人ギルドと商人ギルドの共同企画の打ち合わせ中だ。
〜オーランド総合商社 四階 会議室〜
「ーー…では予定通り日程は来月の15日。場所は第3区画の中央広場です」
「『簡易式鍛冶場』なんざぁ…けったいなもんの設営は本当に間に合うんかい?」
蜥蜴人族の頑固そうな老人がぶっきら棒に聞いた。
「心配ねーよグス爺」
「彼女の言う通りよ。…幾ばくか予算を上乗せしたので問題ないでしょう」
「はっ…そーかい…」
彼の名前はグスタフ・ノートン。職人ギルド『炎の金槌』のGMである。
「流石は『オーランド総合商社』の『鉄仮面』ですなぁ…仕事が早いし資本力が違う」
「御世辞が上手いわねウッドウィック。…『宝石箱』は先日のバザーで蟻小麦を皇国へ輸出し大儲けしてたじゃない」
「ほっほっほー」
七三分けの小さな翼が生えた鳥人族の男性が笑う。
こちらは商人ギルド『宝石箱』のGM…ウッドウィック・ヘイロー。
他にも役職に就くギルドメンバーが多数、会議に出席している。
「職人ギルドと商人ギルドが連携し実施する武器・防具・装飾品の野外での露店販売…『武器市場』…本当に成功するか儂ぁまだ疑問だけどな」
「…販売対象が戦闘を生業にする冒険者・傭兵・騎士団……職人と冒険者の関係を考えると成功確率は微妙と言わざる得ないがねぇ」
「ケッ……文句があんなら辞退してもいいんだぜ。『巌窟亭』と『オーランド総合商社』でするだけだしよぉー」
「冒険者嫌いの『紅兜』が随分と優しくなったもんだ」
「はっ」
「……時代は変わりつつある」
レイミーは淡々と語り出した。
「ベルカの冒険者ギルドと私達は歪な関係で成り立っています」
「………」
「長年、仲違いした結果が齎らしたのは…武具の需要と供給が噛み合わず職人は本来得るであろう利益を…冒険者は見合うべき対価を失い互いに損する相対関係が出来上がった現状よ…近隣国の職人ギルドと比較するとベルカの職人ギルドの売上は年々、低下傾向にあり……これは冒険者ギルド総本部と騎士団本部が駐屯し人口が最も多い首都では考え難い数値です」
レイミーはグスタフを一瞥し続ける。
「……ですが『巌窟亭』は上半期にも拘らず前年の利益を上回る破竹の勢いで儲かっている…答えは簡単明白…冒険者からの依頼数が単純に30%以上も増えたからなの」
「そりゃあよぉ…今の『巌窟亭』にはあの契約者が居っからだろぉーが」
「黒永悠ですねぇ!ほっほっほー…『オーランド総合商社』にも登録する話題に事欠かない人物ですな」
「私が言いたいのは彼の活躍が悪しき慣習を払拭しつつある現実と自分達がどう向き合うか、よ」
「………」
「…他に声を掛けた職人ギルドのGMからは門前払いされたわ。全体の幸福が個の幸福に繋がり大きな利益と収入を得る理想の先駆けとなるか……それとも過去に囚われ自己世界で完結し取り残されるか……この場に居る貴方は何方が得か分かっている筈でしょう」
レイミーの言葉に会議室が静寂に包まれる。
破ったのはグスタフの溜め息だった。
「……今更、エルフの小娘に言われんでも答えは決まっとるわい…ちっと愚痴を言いたくなっただけさ」
「小娘の戯言に耳を傾け実を取る度量に感服します」
「…その嫌味な性格は先代とそっくりだな」
「ほっほっほーー!グスタフと私は先代に随分、お世話になりましたからねぇ」
「武器市場開催の日にはその契約者も来るんだよな?」
「彼にはまだ伝えてませんが喜んで来る筈よ」
「……『紅兜』が認めた野朗の腕前を拝見してぇとは思ってた。楽しみにしとくぜ」
「驚いて腰抜かしたらオレが介護してやんよ」
「へっ…生意気言いやがって」
「広告や宣伝は予定通りですな?」
「ええ。『灰獅子』にも連絡し協力を要請します。彼は黒永悠と仲が良いので喜んで力を貸してくれるでしょう」
「これまた強いパイプを……レイミー社長。是非、『宝石箱』にも黒永君を紹介して貰いたい」
「考えておきます」
さらさら紹介する気はない口調と態度だ。
その後、会議は滞りなく終了。
レイミーはモミジと一緒に執務室へ戻った。
〜夜19時20分 オーランド総合商社 四階 執務室〜
「…ほんっと仕事熱心だなぁ」
珈琲を啜りモミジは呟く。
「重要案件を抱えてるの」
「武器市場とプレリーファーム開拓はひと段落したって言ってたじゃねーか」
「……もっと大事な事業計画なのよ」
「へぇ」
悠のギルドに開店予定である道具屋の初期経費を計算しているのだ。
他にも過去の買取額から計算した平均値段の例案作成・店員配置・店内陳列のデザイン構想・看板・宣伝の準備等……多岐に渡る業務内容を一人で行っている。
「……」
「どうしました?」
左手首に巻かれた美しい鎖の腕輪に注目した。
「……これユウが作ったもんだろ?」
「そうよ」
一目で製作者を見抜くモミジの慧眼は大したものである。
「見慣れた細工だとは思ってたがよー…」
「日頃のお礼と言って私に贈ってくれたの」
「………」
悠が女心に無頓着で鈍いのは重々承知だ。
純粋な厚意と感謝の気持ちを形にしたのだと容易に想像がつく。
…しかし、それで納得できる程度の恋じゃない。
「嬉しそうじゃねーか」
「そう?」
素っ気なく惚けても無駄だ。
鉄仮面が剥がれ素で微笑む彼女を見て確信する。
「レイミーもユウに惚れたんだろ?」
「ええ」
照れて誤魔化しもせず肯定した。
「あっさり認めんだな」
静かにペンを置き息を吐く。
「否定する理由がないもの」
「なんっつーか…はは!レイミーらしいわ」
「若い娘とは違うのよ」
「エルフは長寿の種族じゃねーか……ま、譲る気はさらさらねーぞ」
「譲って貰うつもりは毛頭ないわ」
「…付き合いはオレのほーが長ぇし」
「大切なのは誰が最終的に射止めるかでしょう」
「オレもプレゼントはずっと前に貰ってっから」
「……成る程。マウントを取ろうとしても無駄よ」
「事実を言ったまでな」
「…自慢じゃないけど私は財産・容姿・仕事も含め高水準。悠だって魅力的に思わない訳がないわ」
「へっ!ユウがそんなんで尻尾を振るなら誰も苦労してねーっつーの」
「…っ」
普段から彼女を知る者は驚くだろう。
レイミーがムキになっている姿に。




