女の戦い ①
〜扉木の月24日 午後15時〜
話は一時間程前に遡る。
悠が巌窟亭で鍛治の真っ最中に金翼の若獅子のGM執務室である問題が発生した。
きっかけは些細な会話。
原因は言わずもがな黒永悠だった。
〜金翼の若獅子 八階 GM執務室〜
「エリザベート」
「なんだ?」
小難しい文章を読み解きペンを走らせるエリザベートは目を向けず答える。
「そのねっくれすは?」
「あぁ…これか」
ルウラが指差すのは悠が贈った竜神の十字架だ。
「最近はずっと着けてるよね」
「そうだ」
「エリザベートには珍しいくーるなでざいん」
「珍しい?吾のセンスは常に超一級だぞ」
「優しい嘘は残酷。時には隠すよとぅるー…答えは言わない敢えてのするー」
「…人の趣味は其々だから」
エリザベートの美的感覚は少し逸脱している。
「何やら含みを感じるが……まぁ良かろう」
そこで勝ち誇った笑みを浮かべ彼女は答える。
「この十字架は悠から吾へのプレゼントだ」
二人の動きが止まる。
「…深い銀の輝き…竜神の丁寧で細やかな装飾……あの日、吾のうなじにそっと指を這わせ互いの息遣いを感じる距離で…十字架を填めた。…まるで吾が自分の物だと他者に誇示する…そう…鎖のようにな」
随分と誇張した言い方である。
自分がお願いしたとは一言も言わない。
「へ、へぇっ…」
亀裂が入った万年筆がラウラの握力に耐え切れず真っ二つにへし折れた。
「………ちょっと聴き逃せないわーど」
ルウラの眠そうな瞳の瞳孔が縦に細まる。
「…くっくっく…そう羨むな。ルウラだって悠の隙を突き接吻したのだぞ」
「!?」
鋭くルウラを睨むエリザベートと驚くラウラ。
ルウラは唇の感触を思い出し頰を染めた。
「えへへ…あの一瞬は…ぷらいすれす〜」
「…へっ…へぇーー!」
真っ二つに折れた万年筆が粉々に四散する。
「悠は子供が親にするお休みのキス程度にしか捉えていないがな」
「僻みを妄想で歪めるのは…なんせんす…悪趣味な服を買うくらい無いせんす」
「認めたくない気持ちは分かるが…その貧相な洗濯板では男を惑わすに及ばん。……擦り下ろすしか使い道が思い付かんぞ」
「その腐ったぶれいんを擦り潰そっか?」
肩を竦め戯ける。
「おー怖い怖い…ルウラは恋の駆け引きを知らんのだ。唐突に接吻しても度し難い朴念仁の悠には通用せん。段階を踏んで……どうしたのだ?」
「い、いや…別に…」
ラウラは目を逸らし平静を装う。
自分が寝込みを襲いキスをした事実は口が裂けても言うまいと心に誓う。
姉妹の血は争えなかった。
「ルウラだってぷれぜんとを貰ってるし」
「強請って手に入れた武器ではないか」
「ち、違うもん……ほら!ぶーつにちぇんじ!」
ヘルメスをこれ見よがしに装具化する。
「見苦しいぞ」
「あ、あぁー…うん…こほん!」
わざとらしい咳払いだ。
「贈り物に優劣を決めるのは無粋じゃないかな」
左手で口元を隠し嗜める。
「む…ラウラの言う通りではあるが…」
「なんばーわんは譲れない」
「しかし、吾にリードを許してる事実は揺るが……待て。その左手の指輪はなんだ?」
「…ほんとだ」
二人が心紡ぎの指輪に気付く。
アピールに成功したラウラは内心、ほくそ笑む。
「これは悠から貰った指輪さ。誰にでも距離に関係なくメッセージを送れる優れた装飾品で……ふふふ!僕の左手を取り人差し指に嵌めてくれたよ」
「ほ、ほぅ」
笑みを取り繕うもエリザベートの顔は引き攣っている。
「………」
「外すと効果が消えるから一生外せないし……ある意味、婚約指輪と言っても過言じゃないかも」
言い過ぎである。
根本的にラウラを男性と認識している彼にそんな他意は一切ない。
「…話を盛り過ぎ。ゆーはラウラを男だって思ってるよ」
「うむ。未だに隠してるのだろう?」
「………」
途端に顔を曇らせる。
「…ぼ、僕だって言おうとしたさ…でも…父とゼノビアのせいで……折角の良い雰囲気を…ぶつぶつ……」
負のオーラを纏い呟く姿は異様だった。
「…兎に角、だ。甚だ不本意ではあるが悠が吾等に抱く好感度に余り差がないのは明白よな」
「むー」
「……悠だし仕方ないよ」
「友であり仲間であり…強敵でもある二人に先に言っておくが吾は遠慮せず攻めるぞ」
「「!」」
大胆な戦線布告だった。
二人も負けじと間髪入れず答える。
「最後に笑うのはぷりてぃなルウラ」
「…悪いけどこの勝負は譲れない」
「くっくっく…恋し恋せよ乙女、か」
負けられない男を巡る女の戦い。
美少女や美女にこうも想われる彼は幸せ者だ。他の男ならば泣いて羨むに違いない。
…性別を擬装するラウラは別として二人の優れた容姿と強さに好意を寄せる男性は少なくない。
「…競争率は激しいし来るべき刻まで共同戦線を張るのも良いね」
「一理あるな」
「うーん…脅威はフィオーネ…あとは?」
「メアリーにベアトリクス…キャロルも怪しいぞ」
「…『金翼の若獅子』以外にも難敵はいるよ。モミジとかね……僕らが知らないだけで他の娘も油断ならないと思うな」
「洗い出せば切りが無さそうだ」
その通りである。
「「「………」」」
三人は黙り顔を顰めた。
「……無性にゆーを殴りたくなった」
「…奇遇だな。吾も引っ叩きたい衝動に駆られてる」
「僕は小一時間くらい説教がしたい」
純粋な好意と鈍さが人を苛立たせる良い例だ。
寸刻の沈黙。
最初にラウラが口を開いた。
「……実は指輪のお返しに僕も悠にプレゼントを贈ろうって考えてるんだ」
「ふむ…考える事は同じか」
「エリザベートもかい?」
「無論だ。同胞を救った恩も引っ括め最大級の誠意と愛を形にしたいと思っている」
「ゆーの好きな物を二人はあいのぅ?」
「それは…」
「…ううむ」
ルウラの質問に悩む。
エリザベートが一番に思い浮かんだのは煙草。
「……煙草か?」
「よく吸ってるし喜ぶとは思うけど…」
「間違いなく女としての品格は疑われるな。色気があったもんじゃない」
思い付いた品を各々、提案するもどれも没だった。
〜10分後〜
悩み唸る二人にルウラが言った。
「がーるなら詳しいかも」
「「あっ!」」
二人が声を揃え頷く。
「…僕らが聞けば変に気を遣うだろうけどアイヴィーに探って貰えば素直に欲しい物を言うかも…名案だよルウラ!」
「冴えてるな。ナイスアシストだ」
「いぇー!がーるを利用するしんきんぐなら任せて」
褒められて鼻高々だ。
「オルティナにギルドを案内すると出て行ったが間もなく戻って来るだろう」
「だね」
「さー」
アイヴィーの帰りを意気揚々と待つ三人であった。




