鉄と炎の芸術 終
〜午後15時40分 巌窟亭 鍛治工房〜
「…ふむ…ふむ…」
完成した品を入念にチェックする。
「傷も凹みもない…オッケーだ…ってあれ?」
「…こりゃ大した腕じゃわい」
「うむ!勉強になるのぉ」
気付けば巌窟亭の職人が周囲に集まっていた。
一部始終を見られてたのか。
「惚れ惚れする技術だったぜ」
「…打ち損じと思いきや金槌で不要箇所をがっつり削ぐたぁ驚いたわい」
ローマンさんを筆頭に口々に賛辞の言葉を述べられた。…照れ臭くなり笑って誤魔化す。
「…褒められ過ぎて恥ずかしいな」
「照れんなよ!俺が女なら股ぁ濡らしてるわなぁ」
「がはははは!ちげぇねー!!」
髭面で筋骨逞しいドワーフの女を想像しちまった。
……うぇー!!
「へへっ!…すっかり観てた儂らも気合が入っちまったなぁ…野朗どもぉ!!もう一仕事じゃ!」
『おうっ!』
威勢よく仕事に取り掛かる職人達。
鍛冶場が次第に熱を帯びていく。
むさ苦しいとか…暑苦しいとか…そんな言葉は糞だ。
鎬を削り職人の情熱が鍛えあげる品々…それを作り出すこの工場は美しい。
職人にしか分からない感覚かもな。
「…おっ?」
中庭に続く扉の前に佇むモミジが手招きする。
ダーニャは中庭に居るのだろう。
仕事の邪魔をしちゃ悪いし早く行こっと。
〜巌窟亭 中庭〜
居心地が悪そうに俯きダーニャは待っていた。
「……」
「俺の仕事はどうだったかな?」
「…綺麗だった」
ぼそっと答えた。
やはり小さく幼くともダーニャは職人だった。
通じるものがあると考えてた通りだ。
「そうか」
「………」
「…これだけは覚えていて欲しい」
顔を上げて俺を見る。
「奪い壊す人よりも一から作り産み出す人じゃ比べるまでもなく後者の方が尊い」
「…故郷を奪われた君がヒュームへの憎しみや恨みを堪え職人の道を選んだのは……俺には出来ない選択だ。強く気高い生き方なんだ」
「………」
本心だった。
俺なら復讐に身を任せ戦う。
殺しても殺しても満たされない憎しみを糧に…。
「これをダーニャに贈るよ」
「おれに…?」
作ったばかりの金槌を手渡す。
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悠の金槌。
・黒永悠が鋼鉱石で作った金槌。とても頑丈で重い。この金槌を軽々と振るえれば一人前の鍛治師と呼ぶに相応しいだろう。
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「お、重い!」
「はは!今は重いだろうが金槌を軽く振るう頃には誰よりも立派な職人になってる筈だ」
「……」
「…ダーニャには他人を憎むより他人に尊敬される人になって欲しい」
綺麗事は承知の上だ。
…それを踏まえ俺はこう言っている。
「…う」
「う?」
「…うっぜぇんだよ!」
「おうふ!?」
会心の一撃に衝撃が走る。
ゆ、油断してた……まさかこ、股間を蹴るとは…!!
「…んなん言われるまでもねぇーし…おれは将来…世界一の鍛治職人になんだっつーの!!」
「うごごごっ…!」
子供とはいえ流石、オーガだ。
…下手したら大人より力が強い…玉が迫り上がるぅ…!
「で、でも…」
「え?」
「…と、当面は…ユーを目標にしてやってもいいけどな!!」
「…あ」
「べーーっだ!」
金槌を両手で抱き締め走り去るダーニャ。
「……ユー、か」
ちょっとは認めてくれたみたいだ。
「ふ、ふふ…!わ、悪ぃ…笑っちゃダメっつーのは分かってっけどよぉ…あはははは!」
モミジが腹を押さえ笑っていた。
「……関係が一歩前進した代償だと思うことにする」
仏頂面で答える。
「不貞腐れんなって!…アイツは生意気だから照れ臭くて素直に謝れねーだけさ」
金的を受けるとは誰も思わんだろうに。
「ダーニャってモミジに似てるもんな」
「…はぁ?オレはもっと可愛気があったわ」
顔を顰めモミジが鼻を鳴らす。
最初に喧嘩を売られた経緯を思い出すとそっくりな気がする。
「そ、そっか?」
「そーだよ」
立ち上がり腰を叩く。
「…ま、何にせよあの子とも長い付き合いになるな」
「ユウなら大丈夫だ。オレが保証する」
こつんと肩を小突く。
「オレも傍で支えっからよ」
普段は吊り上った目尻を下げ微笑む。
…ダーニャも将来はモミジのように頼り甲斐があって優しい美女に成長するといいな。
「姉貴…」
「だ、だからぁ!姉貴って呼ぶなっつーの!!」
「冗談だよ冗談」
この後、レイミーさんと打ち合わせの予定が入ってるモミジは一足早く巌窟亭を出て行く。
俺も日用品と食材を買ってアイヴィーとキューを迎えに行こっか。
えーっと…確か…中央区画の鮮魚店で夕方限定の値引きセールがあったっけ。
開始時刻は16時15分だった気がする。
時計を見ると午後16時ジャスト。……うん!走って行けば間に合うな!
急いで中央区画の鮮魚店に向かった。




