表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

212/465

嵐、来たりて ②

3月3日 午前7時37分更新



「…でも、心配しないで」


「?」


()()()()()()()()()()()()()…ふふふ…悪い虫はしっかり擦り潰さなきゃねぇ…悠は黙って待っててくれればいいわぁ」


目尻を下げ含み笑う。


「終わったらいーっぱい褒めてね」


よく分からんが…。


「褒めて欲しいなら幾らでも褒めるけど」


獣耳の付け根をやおら掻く。


「んっ!」


声が漏れトモエが悶える。


「…ゆ、悠ってばぁ…急に……駄目ぇ…」


情欲が注がれる蕩け顔。着物を捩り身を震わす。


「す、すまん」


そんなに気持ち良いとは知らなかった。


尻尾も撫でて反応を見たいがぐっと自制した。


…もし親衛隊に見られたら間違いなく殺されそう。


「………止めちゃうの?」


「えぇ!?」


どっちやっちゅーねん。


暫くトモエを撫でて可愛がった。


…この変貌ぶりは今まで友達が居なかった反動なのだろうか?


好かれるのは嬉しいが過剰な気もする。


ヴァナヘイムに来いって言ったのは彼女なりの優しい気遣いだと思うし感謝もしてるが…うーん…。


……考えても仕方ない。


人の誠意を疑うのも失礼だしな。



〜午後18時30分 最上階 スイートルーム〜



横殴りの雨が窓を打つ。水滴が飛び跳ねた。


轟々と風が吹く音が聴こえる。…今夜は嵐かなぁ。


「…本当に帰ってしまうの?」


不満そうに別れを惜しむ。


「家で腹を空かせてる家族がいるもんでな」


「寂しいわぁ…」


「ギルドで会えるだろうに」


「…悠の意地悪…本当は自分も離れたくない癖に」


トモエのスキンシップが激しい。


「………」


…嗚呼、やっぱりルツギ指揮官に凄い貌で睨まれてるぅ。


先程、掌の怪我で詰問されたばっかだ。


トモエが俺を弁護し逆に一喝されたもんで面白くないのだろう。


「…そろそろ行くよ」


「待って…ん…」


目を瞑り唇を差し出す。


『!?』


「やれやれ。…まだ撫でろってか?」


わしゃわしゃと頭を撫でた。


「もう!()()のにぃ……でも…ふふ!堪らないわぁ…」


「と、トモエ様?」


呆気に取られるルツギ指揮官と親衛隊の面々。


一頻り撫で終わるとトモエは満足気に頷く。


「じゃまたな」


「…ええ、またね」


「クロナガ殿。外は大雨……勝手ながら此方で馬車をご用意しました」


「済まない。助かるよ」


「…私がお見送りしますので行きましょうか」


タチヅキは話があるって言ってた。


皆には内緒の話なのかな?



〜午後19時 スイートルーム〜



悠が帰って30分後。


ルツギは醜穢の表情で苦言する


「…トモエ様。如何に彼が御友人なれど目を瞑るには限度がある」


「……」。


「貴き朧狼…映えある王族の貴女に気安く触れるなど……許し難き暴挙です!」


「……」


「彼を下賤な民とは申しませぬが分を弁え尊攘するよう仰って頂きたい」


トモエはぼんやりと窓の外を眺めていた。


「部下も戸惑っ」


「ルツギは恋をしたことがあるかしら」


「……え?」


「誰かを好きになったことがある?」


予想もしない質問に固まる。


「…私はキサラギ家の長女…この身が塵と尽き果てるまで王国(ヴァナヘイム)に…貴女に身を捧げると誓いを立てました。…何れ見合いし夫を設け世継ぎを産むとは思いますが…生憎、当家にはタチヅキも居ますので…恋愛にうつつを抜かす暇も気も御座いません」


「そう。…なら私の()()()を思慮せよって言っても分からないわね」


「…まさか…」


「そのまさか、よ。私は彼に恋してる。…好きで…愛おしくて…堪らないの」


「………」


ルツギは言葉を喪う。


この場に自分以外の誰も居ない事を神に感謝した。


「身分がどうとか…政治がどうとか…世迷言を聴くつもりはないわぁ。私と悠は相思相愛で結ばれる運命なの。…これはヴァナヘイムにとっても喜ばしいことなのよ?」


振り向き微笑む。


「病弱な姉様じゃ世継ぎも望めないわぁ。…悠はヒュームとはいえ『金獅子』に認められる程、雄々しく靭く…他者に寛大でありながらも敵と見定めれば躊躇も容赦も無い…王に相応しき器じゃない」


「で、ですが……!」


思考が上手く纏まらない。言葉が続かない。


…二年前、トモエの美貌に魅了され虜となった大国の王子が居た。


容姿も性格も血筋も全て完璧で誰もが羨む男。


しかし、彼の求婚を彼女は断り続けた。


臣下は皆、首を傾げ困惑したが…よりによって…一回り歳も離れた…完璧とは言い難い契約者に恋?


誰にも靡かなかったのに…一体、何故…。


「ルツギィ」


トモエが頰に手を添え囁く。


「私の…一番の理解者である貴女なら分かる筈よ。…今回は我儘な自己満足の欲じゃない……本当に彼が欲しいの…何を犠牲にしても、ね」


「ト、モエ様」


「今までの()()とは違う。…全ては愛なの…力を貸してくれるわよねぇ?」


抗えない。


…頭では分かっていても彼女の瞳…温もり…言葉…息遣いが五感を痺れさせる。


一番の理解者。


その言葉が呪詛のようにルツギの心を蝕んだ。


これがトモエの()()()()()()()…『隷従』の効果ちからだと分かっていても。


「…私はトモエ様の…一番の理解者…全霊を尽くし当然です」


「ふふふ!良い子ねぇ」


契約者故に悠には『隷従』が通用しないとトモエは解釈していた。


だからこそトモエは狂愛に焦がれる。


…ありのままの自分を好いてくれるのだ、と。


彼の言葉と態度に呆れた()()があるとも知らずに。


「命令よ。彼に少しでも好意を懐く雌豚を隈なく洗い出して頂戴。…慎重に暴露ないよう探るの…悠は表立って騒がれるのが嫌いみたいだから」


「…はい」


虚な表情で頷く。


「情報が整い次第、次の段階に進むわ」


「…了解致しました」


「…ふふ、ふふふ…あははははははは!!…私って良妻よねぇ…ちょっとだけ我慢してね?……直ぐに済ませるからぁ…うふふふ!」


嵐は吹き荒れる。…嗤う彼女に応えるように。



〜同時刻 幽馬のキャレッジ〜



雨風に臆せず泰然と馬車を引く幽馬ファントムホース


青ざめた肌と仄かに光る旋毛に目を奪われる。


モンスターの霊馬ゴースト・ホースと間違う人が多いが幽馬は哺乳類の動物だ。


揺れも心地良く思える程、快適な車内の窓から外を覗く。


「悠さん」


「ん」


「…と、僕も呼んで構いませんか?」


ずっと押し黙っていたタチヅキが漸く口を開く。


「ああ。俺もタチヅキって呼ぶよ」


「ええ」


「そう言えば俺に話があるんじゃなかったか?」


「…『月霜の狂姫』」


「え」


「自国で姫は民にこう呼ばれてます」


「…狂姫って良い響きじゃないな」


「ですね…由来は姫の貪汚すべき異常な執着心が巻き起こした数々の事件…あの銀の瞳に一度でも魅入られれば否が応でも虜に陥れられる。『魔眼系インウィデーレ』のスキル…隷従。ヴァナヘイムで狂姫と恐れられ他国に『艶狼』と名を轟かす姫の力の一端です」


「…魔眼だと?」


色んなスキルがあるもんだ。


「ええ」


雨が不思議と遠くに聴こえる。


「…結局、俺に何を伝えたいんだ?」


「悠さんは姫が怖くないですか?」


質問を無視かーい!


話題が二転三転するし情緒不安定っぽいぞ。


…疲れてるのか?


「怖くないな」


「そう、か。貴方が羨ましいよ…僕はあの美しい瞳が…甘い言葉が…堪らなく怖い」


青褪めた顔で急に震え出す。


「お、おい……大丈夫か?」


「…すいません」


その魔眼の力は異常状態に分類されるのかもな。


俺に効果がない理由も説明がつく。


「あの時間、姫と二人で何を話したのですか?」


「プレゼントを渡して…頭を撫でたり…自分が好きかって突然、訊かれて…凄い甘えてきたな」


「信じられない…トモエ姫が…?」


「おう」


「………」


俯き再び黙ってしまう。


「……君がトモエを怖がってるのはよく分かったよ」


「ふ、ふふふ」


こ、今度は笑い出しちゃったぞ!


「…僕は…ずっと心情を打ち明けたかったのかも知れません。……ミカヅキ家に生涯を尽くす運命を疎ましく思っても…逃れる術はなかった。……只、誰かに分かって欲しかったんだ」


「……」


「…姫の命令で()()()()調()()()()内に…貴方なら僕の気持ちを分かってくれるんじゃないかって…淡い希望を…」


「調査?」


「………」


タチヅキは俺から顔を逸らす。


……深く追及はしないでおこう。


「思えば()()が亡くなり…()()()様が病気で伏せられてから…姫は…」


「……」


家族の度重なる不幸、か。


あの過剰なスキンシップは()()()…。


「……すみません。狼狽し要領の得ない会話をしてしまって…」


「気にしてないよ」


謝る彼の姿がとても小さく見える。


凛々しい美青年が台無しだ。


「…悩みを一人で抱え込むと病むぞ」


「………」


重症だなこりゃ。


「…ここまで聞いといて知らん振りはできないか」


「え…」


「俺にとってトモエは友達に代わりはない。…でも、君の悩みを聞き逃す事もできないよ」


「悠さん…」


「何かあれば頼ってくれ。…お節介焼きの契約者がいつでも話を聞くよ」


「……」


「もう俺と君は友達だろ?」


親指を立てる。


「…貴方が皆に…姫にも…好かれる理由が分かった気がする」


漸く笑顔を見せてくれた。


「ありがとう」


若者に慕われるのは嬉しいね!


「姉は姫の傀儡だ。彼女に魅入られ過ぎて当てにならない…もし何かあれば真っ先に相談します」


「おー」


その後もタチヅキは洗いざらい悩みを話した。


主にトモエや自分の境遇に関する内容だ。


俺は傾聴に務める。…聴いてる内に確信した。


トモエは()()()()()()()()()


過去の事件の起因は父や周囲の関心を引きたくて起こしたのではないだろうか?


構って欲しくて…叱って欲しくて…普通に接して欲しかっただけではないか?


それを咎められず成長し価値感が歪んでしまった。


勿論、被害を受けた人々に許される道理はない。


…でも、今からでもきっと間に合う。


大人が真剣にぶつかってやらなきゃ。


それは誰にも染まらず遠慮しない馬鹿(おれ)にしか出来ない事だから。


……正直、色々と大変になってきた。


取り組むべき依頼や課題は山程あるが…上等だ!


俄然、やる気が溢れてくるぜ。


明日からまた頑張ろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すっごいヤンデレ感ですね! こういう子が1人いると話がすごく盛り上がっていいですね(p*`・ω・´*)q これからどうなるのか楽しみに見させてもらいます( ̄^ ̄ゞ [一言] 毎日更新大変…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ