嵐、来たりて ①
2月29日 午前9時9分更新
〜最上階建 スイートルーム 応接室〜
…トモエの戻りがちょっと遅いな。
まさか…ジェミニ・アガーが口に合わず腹を下したとか!?
ルツギ指揮官に本気で斬られるじゃねーか…!
「悠」
あ、戻ってきた。
「遅かっ……たな…?」
トモエの姿を見て絶句する。
朧月の平打簪で結い直した黒髪。
左手の掌から血が滴り落ち綺麗な着物は赤く汚れてしまっていた。銀色の瞳は瞳孔が細まり火照った頰をほんのり紅を潮す。
危うい色香を漂わせていた。
…いやいやいやいや!見惚れてる場合じゃない!
「ど、どうしたんだ!?」
駆け寄り問い詰める。
「……」
「結構、深く切ってるな…」
「………」
「…一先ず手当てするから座ってくれ」
ソファーに座らせた。
トモエは嬉しそうに笑みを浮かべ俺を眺めている。
…ちっ!こーゆー時に限ってポーションがない。作り置き分を腰袋に入れるの忘れてたな。
仕方ない。確か包帯は……あった!
左手を取り絞め過ぎないよう注意して巻く。
「ふふふ…悠ってば優しい……」
「怪我をしてるんだぞ。当然じゃないか……よしっ」
応急処置はこれでいいな。
「後で回復魔法なりポーションなり使って治してくれ」
「………」
…どうも様子が変だ。
「……何があったんだ?」
「似合う?」
「え」
「悠がくれた簪よ」
「あ、あぁ…よく似合ってるよ」
「うふ、ふふふ!そうでしょう」
「…それよりもこの怪我は」
「大した怪我じゃないわぁ」
「だが…」
そうは言うが腑に落ちないぞ。
「……そんな些末な事は気にしないで…早く隣に座って」
…言いたくないのかな。
「分かったよ」
釈然としないが隣に座る。
「お、おい…」
「どうしたのぉ?」
それはこっちの台詞だ。
トモエが体を密着させ腕を絡める。
「…そっちこそ急にどうしたんだ?」
「甘えたいの」
「あ、甘えたい?」
さっきから疑問符しか浮かばない。
困惑する俺を余所に胸や腕に指を這わせ頻りに自分の体を擦りつける。
着物が乱れるのも気にせず、だ。
…目のやり場に困るな。
金木犀の匂いが香る。まるで侵食されてく気分。
「私も撫でてぇ」
「……」
取り敢えず頭を撫でる。
「ふふっ…擽ったい…」
嬉々とした表情で囁いた。
「次はこっちぃ…」
俺の手に両手を添え自分の腹に誘導する。
「お腹が痛くて摩って欲しいのか?」
「……いいからぁ…早くぅ…」
釈然としないが仕方ない…。丁寧に摩った。
「…ふぅ……ぅうんっ……」
艶のある喘ぎに身を捩らせる。
「…大丈夫か?」
「…ぅん……あぁっ…」
熱を帯びた瞳と火照った頰。
唇を噛み締める姿は容易に男の劣情を駆り立てる。
…俺じゃなきゃ理性が崩壊し襲ってるぞ!
「……ふぁっ…気持ちぃ……」
悩ましい息遣いを止めて!
「楽になったか?」
「…胸も…」
「へ?」
「胸も…摩って……?」
「ぶふぉっ!?」
ふぁっーーーーー!!こ、これ以上はあかん!
吹き出しちまったじゃんか!
トモエのような超絶美少女の…お、おっぱいを触るとか…触りたい輩は大勢居るだろうが俺にはできんっ!
鋼の精神力で断固、拒否だ。
「そ、それは倫理的に駄目!…はい、おしまい!」
慌てて手を引っ込める。
…折角、関係が改善しそうな親衛隊と揉めたくない。
ルツギ指揮官が見たら口から泡を吹くな…。
「…悠ってば酷いわぁ」
唇を尖らせトモエは頰を膨らます。
子供っぽいギャップが可愛いなおい。
…っつーか酷い?紳士過ぎて感謝して欲しい位だ。
「でもぉ…私を大事にしてくれてるのね…」
「…さっきからちょっと変だぞ。悩みでもあるのか?」
「変なんて失礼ね……最高の気分よ」
…なーんか引っ掛かるけどなー。
「まぁいいけど……あっ、俺に大事な話があるんじゃなかったか?」
「ええ。その前に一つ聞かせて欲しいの」
目と鼻の先にトモエが迫る。
銀色の瞳が俺を真っ直ぐに捉えた。
「う、うん」
「悠は私が好き?」
彼女が問う。
「と、唐突な質問だな」
「…いいから答えて」
トモエが好きか嫌いか……そんなの決まってる。
「勿論、好きだよ」
「!!」
そもそも好きじゃなきゃ友達になるもんか。
上も下もなく俺は皆が好きだ。
……ま、その中でもアイヴィーは特別だけどね。
大切な娘だもん。
そもそも月日が絆に比例するって考え方は嫌いだ。
何十年も連れ添った夫婦も些細な理由で離婚するし無二の親友があっさり裏切る事だってある。
大事なのは今だ。
この瞬間に俺たちは生きてるんだから。
関係は言葉や態度で瞬く間に変わる。
…それを踏まえ親交が続く友人は一生の宝物だろう。
自分の考えが絶対に正しいとは言わないが少なくとも俺はそう考えてる。
「…あぁっ…」
迷子の子供が親を見つけ安堵し涙を浮かべるようにトモエは瞳を潤ませた。
「…私も悠が大好きよ…好きで好きで…堪らないの」
「照れるなぁ」
友達冥利に尽きるね。
「…大事な話…それは二人の未来についてよ」
「未来?」
「私とヴァナヘイムで一緒に暮らしましょう」
「……」
「他の誰にも文句は言わせないわぁ」
「えっと」
予想を超えた内容だった。
「うふふふふ」
「…ゴウラさんとの約束もあるし…俺はこれから冒険者ギルドを設立するんだぞ?」
「心配しないで…全部、私が解決してあげる。私と悠の仲を引き裂く邪魔者は…誰であろうと許さない…容赦しないから……」
「いやぁー…」
「何を迷う必要があるの?…相思相愛の二人は結ばれる運命なのよ…悠が居ればもう何も要らない…貴方だって私が居れば他の誰も必要ないでしょ。……あ、お父様が心配なのね?…ふふふ!大丈夫よ…悠は強いしきっと気に入られるわぁ。……それに世継ぎの心配もなくなる。私は最低でも一男一女は欲しいかしらぁ……ゆ、悠が望むなら何人だって構わないけど…家庭は賑やかな方が楽しいものね。…料理や洗濯は下女がするし問題ない…でも料理は覚えようかしらぁ?偶には手料理を悠だって食べたいでしょうし…そうだわ!先ず新居を決めなくちゃね。…やる事は山積みねぇ」
「お、おー?」
身振り手振りを加え喋り倒す。早口過ぎて口を挟む暇もなかった。
よく聴き取れなかった内容を要約すると…ヴァナヘイムに移住しろって事だよな?
「ふーむ」
トモエは想像以上に俺の心配をしてるみたいだ。
「ふふ、突然の話で驚いたでしょう?…でも、強者を虐げる愚痴な価値観に支配された此処で……悠が辛酸を舐めて暮らす必要はもうないのよ」
そう言われても答えは決まってる。
「…悪いがヴァナヘイムには行けない」
一気にトモエの顔が曇り目から光が消える。
…ちょ、怖っ!
「…どうして?」
「ベルカには家族がいるし離れられない。…今まで支えてくれた人達にも申し訳ないしね」
例えどうなろうと此処が俺の生きる場所だ。
「………」
「トモエの申し出は本当に嬉しいよ。…でも、ごめんな」
涙汲み辛そうなトモエ。慰めるように頭を撫でた。
「…嫌……嫌よ…悠と離れたくない…離れ離れなんて絶対に嫌っ!!…やっと出逢えた運命の人なのに……」
胸にしがみつく。
…運命って…こうまで慕われてるとは予想外だ。
「例えどんなに離れてもトモエは俺の大事な友達だよ」
「…私も同じ…」
暫し沈黙が続く。
「…………分かったわ」
納得してくれたみたいだ。
「そうか」
涙を拭い使命感に満ちた表情で俺を見上げる。
「…可哀想な悠…貴方は優しく気高いから…善意と好意の区別もつかない愚図と雌豚に頼られ…見捨てることが出来ないのね……」
ん…?
作者のキキです(。ゝω・。)ゞ
いつも読んで下さり有り難う御座います(。・w・。)
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