トモダチトモダチトモダチトモダチ ③
「…って距離が近くないか?」
「うふふふ」
いつの間にか席を移動し隣に座ってた。
「…広い部屋に二人っきりだもの…離れてちゃ寂しいじゃない」
それもそう……なのかな?
「無粋な邪魔者は誰一人居ない…私と悠だけで…こんな風に話せる日を心待ちにしてたの」
うっとりと囁く。
「…トモエは大袈裟だなぁ」
「大袈裟なんかじゃないわぁ」
瞳が妖しい光を灯す。
「あー…話は変わるが俺からプレゼントがある」
「プレゼント?」
空気に耐え切れず無理矢理、話題を変えた。
「…えーっと…確かここに…あったあった!はい」
コートのポケットに閉まってたプレゼントを渡す。
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朧月の平打簪
・翡鉱石と重魔鉱石を細工し三日月をモチーフした簪。装備者の魔力に呼応し儚く揺らぎ色を変える。
黒永悠が友情の証としてトモエに製作した特別な贈り物。
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「…素敵な三日月の簪ね」
簪を手に呟く。
「だろ?『月霜の狼』…朧狼…トモエって月の印象が強いから似合うと思って作ったんだ」
「こんな風に殿方に物を貰うのは初めてよ…」
「驚いたか?」
「ええ…とっても…とぉーっても…驚いたわ。でも何故、急にプレゼントだなんて…」
「んー…強いて言えば喜ぶ顔が見たくてさ。トモエは美人だし何を着飾っても似合うだろうけど」
「!」
「言っとくがトモエの地位はこれっぽちも配慮してないし関係ないぞ。大切な友達にプレゼントを贈るのに理由は必要ない……って、どうした?」
俯き肩を震わせてる。
「…ちょっ、とだけ…席を外しても…いいかしら?」
「おう」
立ち上がり小走りでどこかに行ってしまった。
……トイレかな?
〜同時刻 ウォッシュルーム〜
「はぁ…はぁっ…」
鏡が吐息で曇る。
心臓が壊れたように脈打ち、思考が纏まらない。
「…私の喜ぶ顔が見たい…美人…大切な人…」
悠に言われた言葉が胸の中で反芻していた。
美辞麗句は辟易する程、言われ慣れてる。
大富豪の息子…貴族の倅…隣国の王子…幾度も情熱的なアプローチと求婚を受けてきた。
「あんな…言葉で…?」
悠の単純な褒め言葉に体は火照り頰が染まる。
堪え切れない悦喜に顔が自然とにやけてしまう。
自分が強欲だとは分かってる。
…一度、欲しいと決めた物は手段も善悪も厭わず手に入れた。
何でも願いは叶う。
誰も彼も思い通りに自分に献身的に尽くす。
「…だって私にはその資格があるもの」
ヴァナヘイムの姫だから当然なのだ。
それなのに…。
「おかしいわぁ」
……思い返せばあの時からだ。
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『お姫さま、な。知ってるし聞き飽きたぜ。…さっきも言ったが俺は無所属登録者だ。誰に媚びるつもりもない』
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傲岸不遜な態度と物言いに驚きを隠せなかった。
こんな男とは初めて出逢ったものだから。
…剰え悠は私にこう言った。
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『なら俺が初めての友達になるよ』
『俺はトモエって女の子と友達になるだけでミカヅキ家は関係ない』
『隣に立たなくても後ろで支える友達だって世の中にはいっぱいいる』
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…父の口説には別の意図があるとも露知らずに…。
魑魅魍魎が巣食う世界で幼い頃より生きてきた私には否が応でも…人を見る目が肥えてしまった。
故に分かってしまう。
……悠の言葉に偽りはなく相手を想うのは純粋な善意だからだ、と。
「ふ、ふふふ…『月霜の狂姫』ねぇ…」
国の民に陰でそう呼ばれ自分が畏怖されているのは知ってる。
…冀求極まると衝動が抑え切れない。
私の生まれ持った性。
「…あぁ…そうなのね」
彼女は頷く。
「ふふっ…漸く分かったわぁ…」
鏡に映る自分の顔を見て私は理解した。
……何故、悠の言葉にこうも胸が高鳴るのか。
……何故、悠の一挙一度に惹かれるのか。
あの日、あの瞬間、私は恋をしたのだ。
手に握ったプレゼントがどんな宝より貴く輝いて見える。
「悠…悠ぅ…ゆう…」
名前を呟き体を震わした。
彼の全てが愛おしく想う。
「…悠が欲しい…強さも…力も…眼差しも…息遣いも…言葉も……笑顔も…怒りも…悲しみも…髪も…目も………鼻も口も爪も手足も皮膚も骨も内臓も…血の一滴まで……全部…ぜぇーーーんぶっ!!」
着けていた簪を解き結い上げた黒髪が舞う。
徐に壊し破片が掌を刺した。
「…ちゅっ…」
艶かしく掌を啜ると唇が血で真っ赤に染まる。
「…逞しい指で肢体をなぞって……甘く蜜言を囁き…愛し合い…蕩けるほど絡み合って…滅茶苦茶に貴方に溺れたいわぁ…うふ、うふふふふ!…私は綺麗だものぉ…これからは悠のためだけに…もっと…もぉーっと…綺麗になるからねぇ…あっ、そうよぉ!完璧な私が傍に居るからぁ…他の雌豚は要らない…悠と私の仲を引き裂く邪魔者は排除しなきゃ……トモダチ、トモダチトモダチトモダチトモダチ……あは、あははははははっ!!」
「もうトモダチじゃないわぁ」
髪をかきあげ朧月の平打簪で結い直す。
深く切ってしまった掌から流れる血が額を伝った。
飾りの三日月が朱殷に揺らぐ。
「悠は私の恋人になるんだものぉ」
…他者が聞けば狂った自答に思うだろう。
しかし、恋に浮かれた乙女は自身の異常な思考に疑問は抱いてない。
倫理観はとうに欠如し妄想に浸っている。
満艦飾に狼の姫は狂愛に身を焼き焦がし微笑む。
残酷で妖艶な美しさであった。




