新米師匠の教え!〜全力が大事〜 ②
2月20日 午後17時48分更新
「お!そうだ。ユウよぉー…ちょいとうちの連中に胸を貸してやってくんねーか?」
「胸?」
「組手の相手をしてくれっつーっこった」
あ、そーゆー意味ね。
「俺は大丈夫ですけど」
『!?』
「エンジも自分の師匠が凄いとこを直近で見てぇだろうし…うちの奴等なら少し位、怪我ぁさせても文句は言わねーし構わねぇよ」
『…ッ!?』
皆の顔が青褪めた。
ガンジさんに暴露ないように首を全力で横に振り…断ってくれ…と訴える懇願の眼差しを俺に向ける。
「やったぁーー!父さんありがとっ!!」
「わははは!しっかり見て勉強すんだぞ?」
「うん!」
大喜びのエンジの姿にガンジさんも嬉しそう。
「あ、アニキぃ…勘弁してくだせぇ!」
「このあと依頼に行くのに怪我ぁしたら洒落になんねーっすよ…」
「坊…じゃねぇや。お嬢の喜ぶ顔が見てぇもんだから親父も無茶振りが過ぎるぜ…」
「お、おー」
怪我なんてさせないっちゅーに。…でも、若衆がちょっぴり可哀想だしやっぱ断った方が良いかなぁ。
悩んでるとコートがくいっと引っ張られる。
「悠さん」
エンジだった。
「どうした?」
「えへへ!僕って幸せ者ですよね…悠さんが師匠で…本当に嬉しい…」
「………」
はにかみ笑う。
「……しっかり組手を見とくんだぞ」
「はいっ」
『え、えぇーーっ!!!』
「なんだぁお前ぇら?急に叫んで…」
すまん。諦めて俺の生贄になってくれ。
子犬みたく慕う弟子の願いを無碍にできねぇよ…!
元々、女の子と見間違う程の美少年だったが性別が変わって魅力がさらに5割増だぜ。
「やりたい奴ぁ手を挙げなんし」
ガラシャさんが問う。
…しかし、皆は見るからに及び腰だ。
頼むから誰か手を挙げてくれって言わんばかり。
「誰もおらんのでありんすか?」
「あー…多人数でも構わないぞ。絶対に怪我はさせないから」
フォローした。こうでも言わないと話が進まない。
「それなら俺がやりやす…」
「ご、ゴンゾー…本気かよ!?」
「…へ、可愛いお嬢とアニキの面子のためさ」
「馬鹿野郎がっ…畜生…!!おめぇを一人で辛い目に合わせらんねーだろ…俺もやらぁ!」
「マル…」
「……ちっ、阿保の二人だけじゃ兄貴に失礼だし頼りねー…俺っちも付き合うぜ」
「…ドビン」
筋骨逞しい強面三人が肩を抱き締め合う。
怪我はさせないって言ってんのに俺をなんだと思ってんだ…?
「決まり、だな。ゴンゾー!マル!ドビン!…遠慮は要らねー…全力でやれ。ユウなら多少の無茶も優しく受け止めてくれっからよぅ」
「「「押忍!!」」」
待って。受け止める方にも限界はあるからね?
〜道場〜
ギャラリーが見守る中、対峙した三人が構える。
…顎を引き左手の拳は目より高い位置…重心はやや前傾…右肘で腹部を覆う…これが心剛術のフォームか。
ボクシングのオーソドックススタイルに似てる。
「…こうなった以上、本気で挑ませて貰いやすぜ」
「ああ」
「構えなくていいんですかい?」
「俺に構えはない」
そもそも格闘技を習ってないし。
「…つまり常に臨戦態勢ってわけですか!」
「流石は『魔物殺し』…いや!『辺境の英雄』だ」
すっげぇ好意的な解釈をありがとう。
「準備はできたみてぇだな…よし、始めっ!」
ガンジさんの掛け声と同時に三人の殴打が俺を襲う。
「せいっ!!」
中々悪くない。正統派の格闘技って感じだ。
隙も少なくしっかり急所を狙ってくる。…その分、狙いが分かって避け易くもあるが。
んー…戦闘技も使ってくれて構わないのに…。
暫し避け続けた。
「…はっ…はっ…くっ…!?」
「あ、当たらねぇ」
「後退すらしねぇ…だと?」
「次は俺の番だ」
順番に懐に入り足払いをする。
「あっ」
「…!?」
「うぉっ!」
宙に浮いた三人を時間差で地面に衝突する前に優しく伏せた。
敏捷値と筋力値の高さが可能にする一連の動作だ。
「…れ?い、今…何が…」
ゴンゾーが目を白黒させていた。
「ーーふぅ…な?怪我はさせないって言ったろ」
「…速過ぎて…何が起きたんだ…?」
「ふわっとしたと思ったら…」
当事者達が困惑するのは仕方ない。
急だったもんで吃驚するよな。
「すっ…す、す、凄いっ!!…三人とも浮いて…き、気付いたら伏せってました!」
両手を振り回しエンジは大興奮していた。
「あ、姐さん?」
「…主らはユーに足払いされたでありんす。落下の衝撃で怪我をしないよう…刹那に一度、受け止め全員を……身震いする程の速さでやした」
ガラシャさんはしっかり視認している。
流石、勇猛会のNo.2だ。
「三人の攻撃を躱す超速の反射神経と一瞬で攻撃に転じる初動を可能にするあの脚力…敏捷の数値が7000以上…いや、8000か。そんぐれーなきゃできねぇ芸当だ」
ガンジさんすげぇな。大体、当たってるし。
「親父ぃ…勝てる気がしねぇっす…」
「わははは!マルよぅ…俺以外で馬鹿強ぇ格上との組手も偶には悪くねぇだろ?」
「…正直、自分の拳がこうも躱されんのは予想外でしたわ。一発二発は当たっかと思ってやしたが…」
「うーん…攻撃が急所を狙い過ぎかな。単調で避け易かった」
「単調、ですかい?」
「…あの手数で単調ってか…」
「ああ。それに戦闘技を使わなかっただろ?」
「やー…三対一で手加減して貰うのに戦闘技を使ったら卑怯過ぎると思いやして……なぁ?」
「…おう。ただ、本気だったっす」
「っつーか三下の俺らが下手な気ぃ回してすいやせんっした!」
「謝らないでくれ。…気を遣ってくれてありがとう」
顔は怖いけど優しい。ほっこりする。
「アニキ…」
「もし良かったら戦闘技も見せてくれ。…俺も心剛術にちょっと興味が湧いた」
「マジっすか!じゃあ俺が」
「待ちなんし」
「姉御…?」
ガラシャさんが遮る。
「…それならわっちが心剛術の極意を見せやしょう。この腕前がどこまでぬしに通用するか…是非とも胸を貸してくれやせんか?」
「…ほぉー…」
生半可じゃなさそう。
…有難い!願ってもない誘いだ。
「こちらこそお願いします」
「お、おぉ!」
「姉御とアニキが…こりゃ見逃せねぇ!」
「親父様」
「『到達資格者』のお前が相手でもユウは苦にしねぇさ。…どーんっとぶつかって来い!」
「承知したでやす」
カリフィカシオン?
「ご、ごくりっ!人外のS級の中でも格が違う二人の組手の観戦…これは金が取れますぜ…」
S級の中でも格が違う、か。確かラウラも…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『それに実技試験の原則はこの方式がスタンダードなんだ。そもそもSランク内でも格があって……その顔は興味ないでしょ?』
『まぁ、そんなに』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
…って言ってたな。聞いとけば良かった。
「ユー。準備は?」
「ん、あぁ…大丈夫ですよ」
対峙し向き直す。
ガラシャさんの構えは凛とした美しさがあった。
背筋に芯が入ってるような綺麗な姿勢だ。
無駄に力を入れずゆったりとして…余裕を感じる。
「無明一刀流心剛術奥伝…『地獄大夫』のガラシャ…参りやす」
「!」
突如、空気が破裂する。
「…心剛術・空傷を初見で避けるとは」
突き出したガラシャさんの掌底。
違和感を感じて右へ回避したのは正解だったな。
見えない塊の爆発…いや、これは…!
「踊りゃんせ」
…空気か!!
道場を縦横無尽に駆ける。遅れる炸裂音。
きょ、距離も関係なしに攻撃を可能にするって…本当に素手か!?
「心剛術・散砲」
小さな無数の炸裂音が響く。
…狭い空間を制圧する射撃に似た打撃…まるでショットガンの散弾だ。
全速で回避する。
「…本当に速いでありんす。ここまで避けられたのは『灰獅子』と『舞獅子』以来でやしか…」
「…距離も関係なく打撃技を繰り出すって心剛術は凄いんですね」
「お褒め頂き恐縮至極やわぁ……心剛術の開祖は魔法が使えん武芸者でありんした。血の滲む修行の末、無手による遠距離打撃という武の境地に辿り着いたのでやし」
魔法が使えないって親近感が湧くじゃん。
「…その血脈を継ぐわっちの技を…ただ、避けるだけではちょっと失礼でありやせんか?」
「……」
反撃しろってことか。
…ま、やられっぱなしも癪だしな。
素手だしガラシャさんなら大丈夫だろう。
「分かりまし……った!」
一気に距離を縮める。
「!」
平常時で初めて放つ技の威力を試させて貰うぜ!
「火蛇拳・闇蜘」
「…心剛術・体流し!!」
両手で防いだ…いや、勢いを流されたのか?
でも、ゴウラさんとの死闘の末、簒奪したこの戦闘技の本領発揮はここからだ。
「ぐっ!なんてっ…力の強さ…心剛術・流桜!」
拳と蹴りの連続打撃を心剛術の妙技でガラシャさんは防御する。
耐え切れず俺から距離を取った。
「…ふぅ…柔よく剛を制すがここまで通用しやせんか…それに」
「それに?」
俺を睨む。
「手加減し急所も狙わない配慮は…ある意味、どんな痛みより心を抉るでありんすね」
き、気付いてるぅ!!
「あ、はは…実戦じゃない稽古で綺麗な女性を本気では殴れませんよ」
「なっ…!」
顔が赤くなりガラシャさんが叫ぶ。
「…組手中に…く、口説くなんてユーは軟派者でやし!!」
「えぇ!?」
狼狽する。
「口説くってそんなつもりじゃ」
「…隙ありでありんす!」
「あっ」
ガラシャさんの蠍の尾が足を掬い転ばせられた。
やべっ!油断し…!
「…取った!」
「むぐぐっ」
「…心剛術は寝技にも精通してやす。…更にこの真・蠍固めは蠍人族のわっちにしか出来ない技でありんす」
手足の関節を尾が縛り首をフロントロックされた。
この程度の束縛なら筋力に物を言わせ脱出…むにゅ?
「むぐっもふっーー!!」
激しい動きで道着が乱れ、晒しが緩み生々しい胸の感触が顔面を直に襲う。
「降参しやすか!?」
…痛みよりも喜びが凌駕してしまう哀しい男の性。
あー…すっげぇ幸せ……って違う違う!
「…む、むねぶぁ!」
「往生際が悪いでありんすよ!」
「ぷはぁっ…む、胸が顔に当たってますっ!!」
「えっ」
よしっ!締めが緩んだぞ。
「…きゃっ!?」
力に物を言わせ拘束を無理やり解く。
…あ、反動でふっ飛ばしちまった!このままじゃ壁に…間に合うか!?
全力疾走する。木板が爆ぜ木片が飛んだ。
「…ぁ…」
「あ、危なかったぜ」
壁際寸前でキャッチに成功!結果、道場の板を壊しちゃったけど…。
「怪我はないですか?」
「………」
両腕で抱える彼女に聞くも反応がない。
ぼんやりと蕩けた瞳で俺を見上げていた。
「ガラシャさん?」
「ーーーー…はっ!だ、大丈夫でありんす」
「良かった」
そろり、と腕から下ろす。
「…でも、もう少し…このままでも…」
「え?」
「な、何でもないでやし!」
憮然とした表情だった。
道着の乱れを直し一息つく。
「…ユー、わっちの降参でありやす。流石は『金獅子』が認めし剛の者…お見それしんした」
そう言って一礼した。
「いえ!俺も良い勉強になりましたよ」
あの空傷って技は戦闘の際、良い牽制になる。
素晴らしい戦闘技だな。
「くぅー!…血が燃えるいい組手を見せて貰ったぜ!ガラシャも良く食らい付いたな」
「親父様…わっちは資格到達者と呼ばれ慢心してやしたわ。上には上が居る天井知らずの武の世界…また一から精進しやんす」
「わははは!いい心懸けだ」
「…姉御もすげぇが…やっぱアニキはやべぇわっ!」
「もう目で追い切れやせんでしたよ」
「…へっ、瞬きもできねぇたぁこのことだ」
「いや、ヨシの兄ぃってば何度も目ぇ擦ってやしたけど」
「黙っとれボケ!」
「け、蹴らないで下さいや!痛ぇっす!」
少し複雑な表情でエンジが俺を見ていた。
「エンジもちゃんと見てたか?」
「はい!…でも、目が捉え切れませんでした」
「努力すれば追えるようになるさ」
「頑張ります…えっと…」
「どうした?」
「…その、…悠さんが…ガラシャを抱えてる姿を見たら…なんか……急にもやもやしちゃって…変なんです…」
「気持ち悪いのか?」
「いや…そーゆー訳じゃないけど…あ、あはは!…自分でも原因がよく分からないや」
エンジは誤魔化すように笑い小首を傾げる。
「…無理しちゃ駄目だぞ」
「大丈夫です!」
ちょっと心配だが無理に聞くのは止めよう。…若者だったら悩みの一つや二つぐらいあるさ。
ともかく目的は達成したし師匠の面目は潰れずに済んだな。




