プレゼントを渡そう。〜第二弾〜⑦
1月31日 午後13時55分更新
〜夕方 金翼の若獅子 三階フロア〜
時刻は午後16時20分。
適当に時間を潰し三階に戻って来た。
「お!」
薔薇の紋章の鎧を着た集団…見間違う筈がない。
あれはベアトリクスさんの鉄騎隊だ。
「ナイスタイミングってか」
早速、プレゼントを渡しに行こう。
〜数分後〜
「ーーー密輸業者摘発依頼の報酬金の分配は副長から各自、受け取るように。…また『灰獅子』から通達があり『豹王』の要請が正式に共同依頼として受理されました。出立の日程が決まり次第、現地へ向かいます。人選は追々、決めるわ。…それ迄、各員は戦に備え鍛錬に励みなさい」
『はっ!』
ベアトリクスさんの説明に鉄騎隊の隊員は一糸乱れぬ返事と敬礼で応じる。
「今日はこれにて解散。わたしは……あら、悠」
「どうも」
邪魔しちゃ悪いと思って少し離れた位置で傍聴していた俺にベアトリクスさんが気付いた。
しかし…。
「………」
「よく私達の前に顔を出せたわね」
「不気味な契約者め」
「…よさないか。彼は英雄の名に恥じぬ男だぞ」
「ええ。…契約者でも実績に偽りはない。鉄騎隊の隊員が未だに古く下らない風評を真に受けてるなんて…恥ずかしいわよ」
「……先輩はジムさんを容赦なく叩き潰した此奴に肩入れするんですか?」
全員には歓迎されてない。
…やっぱ、タイミングが悪かったかも。
「止めろ」
居心地の悪さを肌身に感じつつ困っていると予想外の人物から助け舟を出された。
「あなたは…」
「…実技試験以来だな」
序列第26位…鉄剣のジム・サーファンクル。
「ジムさん!だって」
「ムイジン。…あの結果を招いた原因は一重に自分が弱く…愚かだったからだ。彼を恨んじゃいない。今は……寧ろ感謝してる」
「そんな…」
ジムが若い隊員を嗜めた。
「…クロナガ。君はマスターに用があって来たんじゃないか?」
「はい」
…この人、雰囲気が変わったよなぁ。物腰が柔らかくなったってゆーか…。
「わたしに用事ですか?…分かりました。悠、ルグゼスに行きましょう」
「…ならば鉄騎隊で周囲の警護を」
「必要ありません」
「しかし」
「副長。悠はわたしの友人です。…警戒してるのならお門違いよ」
「…はっ」
渋々、引き退ったって感じだ…。
「行きましょうか」
「…急にすみません」
「いいえ。問題ないわ。今日の業務は終わりましたから」
鉄騎隊隊員の物言いた気な視線を背中に浴び、居心地の悪さを感じつつ移動した。
〜10分後 三階 バー LUXES〜
程良い音量で流れる背景音楽。
薄暗い照明も合わさり昼とは違う大人の雰囲気が店内に漂う。
「…お待たせ致しました。こちらフラン・レディとビター・ビターになります」
「どうも」
「ごゆっくりどうぞ」
恭しく一礼しカロさんはカウンターに戻った。
「…えっと、先ずは乾杯しましょうか」
「ええ」
グラスを合わせる。
ビター・ビターは珈琲のカクテルだ。
独特の苦味の中に仄かな甘さを感じる。度数の高い酒だけど俺には関係ない。…酔えないからな!
「…ふぅ…仕事の後のお酒は体に染みるわ」
「忙しそうですもんね」
「今日は違法魔導具・薬物の密輸業者の摘発依頼でしたので…少々、骨が折れましたが無事、全員摘発し騎士団へ引き渡せました」
「…大変そう」
「ええ。犯罪者の程度にも寄りますが…騎士団だけでベルカの治安維持を保つのは不可能なの。鉄騎隊は指名手配犯の討伐と摘発依頼を主に活動してます」
うーむ。
「犯罪者討伐の依頼はまだ受けた事がないな」
「悠ならば『弩級』程度の賞金首は相手にならないでしょう」
「アウターランクってのは…指名手配犯の危険度ですか?」
「その通り。弩級は懸賞金100万G〜1000万Gの賞金首が『手配帳』に記載され…更に上の『超弩級』は億超えの賞金首を示すわ。闇ギルドに所属する無法者の多くは手配帳に名を連ねてる」
「ふむ」
「…手配帳に載るレベルの犯罪者は社会から根絶すべき凶悪極まりない害虫よ。興味があるなら手配帳を貰った方が良いわ。Cランク以上の冒険者なら騎士団本部で最新の手配帳を貰えますから」
…メノウの件もある。
明日、シーに会いに行くしついでに貰っとくか。
「ありがとう。参考になります」
「っ……ふふ、わたしって駄目ね」
そう言うとベアトリクスさんは苦笑した。
「どうかしました?」
「…折角、二人っきりなのに…血生臭い話題を意気揚々と話して…詰まらないでしょう?」
「話を振ったのは俺ですよ。それに知らないことを知れて楽しいですし」
「…そう言ってくれて有り難う。…わたしも悠と話すのが楽しいわ。心が弾みます」
フラン・ホワイトを両手で持ち小首を傾げ微笑む。
酒を飲み少し火照ったのか頬が赤い。
…やっぱ美人だわー。すっげー可愛いわー。
疵痕なんて屁でもない。
兜を外して素顔を常に晒したら鉄騎隊への入隊希望が激増すると思う。
「そう云えばわたしに用があると言ってましたが」
「あ、そうなんです。全然、大した用件じゃないけど…」
包装した木箱を机に置く。
「プレゼントを渡したかったんです」
「…プレ、ゼント…?」
「はい。…今回の一件でベアトリクスさんには随分、世話になった。せめてもの感謝の気持ちなので…受け取って貰えませんか?」
「………」
突然のことに意表を突かれ驚いてる。
「わざわざ…気を遣わなくていいのに…」
「俺が勝手にした事ですよ」
「…恥ずかしい話だけど…男性から個人的な贈り物を貰った経験が無いから…戸惑ってしまうわ…」
「見る目がない野郎共ですね」
「ふふふ…開けてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
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ロサ・ブランカ
・白鉄鉱石と重魔鉱石を細工し白薔薇を模して作った髪飾り。装備者の魔力に呼応し白く澄んだ輝きを放つ。黒永悠がベアトリクスへ日頃の感謝の気持ちを込めて製作した特別な贈り物。
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「これは薔薇の髪飾り…?」
「ええ」
ベアトリクスさんの白金髪には良く似合う筈だ。
「…有り難う。とても嬉しいわ。…ですが気持ちだけ受け取っておきます」
「どうして?」
「醜い疵痕を隠す為に兜を被ってるの。……わたしにこの美しい髪飾りは分不相応です」
「……」
この人は……ったく!仕方ない。
「ちょっと失礼しますね」
「え、ゆ、悠…?」
「動かないで」
ロサ・ブランカを手に取り身を乗り出してベアトリクスさんの髪に留める。さらさらと手の隙間を流れる髪の触り心地がとても良い。
「……よし。これでオッケー…うんうん!やっぱり良く似合ってますよ」
「で、でも」
前髪から斜めに留めたロサ・ブランカに違和感は微塵も感じない。
より気品と美しさに磨きをかけている。
…この髪飾りはベアトリクスさんの美貌があってこそ映えるのだ。
「白薔薇の花言葉は…『純潔と心からの尊敬』…。ベアトリクスさんにぴったりの言葉だ」
「………」
「疵痕を曝け出すのはきっと嫌だと思います。…でも貴女の美しさは疵があっても曇りません」
「…悠…」
「それは凛とした心の可憐さが根底にあるからです。…他の誰かじゃロサ・ブランカは輝かないでしょう」
一呼吸、間を置き告げる。
「ベアトリクスさんだから美しく輝くんだ」
「………」
…照れ臭い台詞を吐いちゃったがこうでも言わないと受け取ってくれないだろう。
自分を卑下する彼女を見るのは辛いし。
「…ぐす…」
「!」
涙がベアトリクスさんの頰を伝う。
や、やべぇ!
「ご、ごめんなさい…!泣くほど嫌なら無理しなくても……無神経ですみません!」
慌てて謝罪する。
「……ふふ、違いますよ」
目元を指で拭い微笑む。
「…荊棘で包み隠した心を…悠は…簡単に踏み荒らしてしまう。…貴方の力強い言葉は……優しく深く突き刺さり…もう…決して抜けないでしょう」
「?」
難しい言い回しだ。
「前言撤回します。…このロサ・ブランカをわたしに受け取らせて下さい」
「え、ええ。勿論です」
…取り敢えず結果オーライかな?
良かった良かった!
場を繕うように戯ける。
「あ、あはは!俺も柄じゃない台詞を口走っちゃいましたね…受け取って貰えなかったら赤っ恥でしたよ」
ベアトリクスさんはくすっと含み笑う。
「…悠は白薔薇の花言葉が他にもあるのは知ってますか?」
「そうなんですか?」
本で調べただけの浅い知識だからなー。
「……」
「…べ、ベアトリクスさん?」
俺の右手を手に取り自分の頰を添えた。
や、柔らけぇ!
「…『わたしはあなたに相応しい』…という花言葉です。白い薔薇は何色にでも染まるの。…この言葉には…あなたの色でわたしを染めて欲しいという願いが込められてる」
「へ、へぇ」
「…悠の色はどんな色でしょうか?…わたしの心は…きっと貴方の色に…」
紅潮し蕩けた瞳は何かを期待するように潤んでる。
おうふ。…可愛い過ぎてやばい…!
…あ、あれ…?店内のBGMが急に変わったぞ。…甘いメロディの…まるで恋人と聴くような音楽だ。
カウンターでグラスを拭くカロさんを見る。
視線に気付き親指を立てウィンクした。
……どーゆー意味だ。
「俺の色は黒とか烏色とか…ですかね」
「…………」
数秒の静寂。
「……それで?」
「それでって?」
聞き返すとがっかりした顔であからさまに肩を落とした。…え、なんで!?
突如、グラスが割れる音が響く。
「…すみません。思わず手が滑りました」
カロさんは俺を横目で一瞥し溜め息を吐いた。
「……ふ、ふふふ、あははは!」
今度はベアトリクスさんが急に笑い出す。
な、なんだよぅ!
「ふぅ…予想外の返答に思わず笑っちゃって御免なさい。悠らしい返事でしたわ」
どんな返答が良かったんだろ。
「でも、わたしは諦めません。いつか必ず色の答えを聞かせて貰います……覚悟してくださいね?」
「は、はい」
笑ってるのに威圧感が凄い。
…パルキゲニアの女性は笑顔で男を威圧する術でも会得してんのか?
「…そうだわ。わたしも悠に個人指定依頼を発注して良いかしら?」
「もちろん。依頼内容にも依りますが」
「依頼内容は手配帳にも載る超弩級の賞金首『黒髭』の摘発もしくは討伐…鉄騎隊と騎士団との共同依頼になるわ」
さっき話してたあれか。
「……」
「日程は未定なので更なる詳細は決まり次第、追って伝えますが如何でしょう?」
「分かりました。受けます」
断る理由がない。
「有り難う。…色々と忙しい中、助かります」
「大丈夫。気にしないで下さい」
「鉄騎隊に…騎士団。そして、悠とわたしの二人が組んだら『超弩級』の賞金首でも到底、敵う道理はないでしょう。…人民への被害も最小限に抑えれるかも知れない。…まぁ…他にも理由はありますが」
「他の理由?」
「…そ、それは…この依頼が遠出になるから……少しでも…一緒に居られる時間を…ごにょごにょ…職権濫用だけど……偶には我儘を言っても…許されるでしょう」
「?」
小声で言い淀み聴こえない。
「…と、とにかく宜しく頼みますね」
「はい!頑張りますよ」
その後、暫し雑談し別れた。
ベアトリクスさんの個人指定依頼は連絡待ち、か。
連絡が来る前に初回献上金の件は片をつけよう。
最後、カロさんが店を出る際に…。
『鈍感が祟って女性に刺されないようお気を付けて下さい』
…って謎の忠告を受けた。
意味がよく分からないが…ま、いいや。
一悶着あったがプレゼントは渡せたし万々歳さ。
……おっと!もう17時40分だ。
ラウラは執務室に居るかな。
急いで一階に戻って直通の昇降機に乗ろっと。




