笑う角には福きたる。①
1月7日 午前9時14分更新
〜金翼の若獅子 最上階 獅子王の間〜
神骸の地ムファサから獅子王の間に転移して到着。
時計を見ると時刻は午後14時を過ぎていた。
す、数時間以上も気を失ってたのかー。
息つく暇もなく冒険者ギルド設立の注意事項の説明と…認可する当たって条件を提示をされた。
〜午後14時35分 獅子王の間〜
「ーー以上がギルド設立に関しての注意事項と条件よ。質問は?」
「すみません。…ちょっと整理させて下さい」
ゼノビアさんの説明は淡々としていた。
「いいよいいよ〜。ゆっくり考えて質問しな〜」
「はい」
必死に頭の中で提示された条件をまとめる。
先ずは…。
「冒険者要員数は特例で規定人数以下でも認める。但し、既存の所属登録者並び職員の移籍は認めない。…これは他の冒険者ギルドに所属してるメンバーと職員を勧誘したら駄目ってことですよね?」
「左様。このような制限は基本、設けぬ。本来は移籍や所属取消の申し出は個人の自由だが……今回は話が別ゆえ」
「…うんうん…。丸っ切り…新米のGMがぁ…急に大勢のギルドメンバーを処理し切れる…とは思えないにゃーん。…まして…まだここだけの話だしねぇー。…負担軽減って…わけさ」
「ふむふむ」
正直、これは有難い。
俺も少人数の方が都合が良いしアイヴィーと二人だけの方が自由が利く。
「…納得いかない。最初から戦力を削ごうって魂胆が丸見え。期待外れのあんさーに…ふぁっく!ふぁーっく!!…ゆーのギルドに行きたいぃぃ」
「駄々を捏ねるな。…それで先程、大揉めしたのだ。もう納得しろ」
「うー…うっせぇ!うっぜぇ!きるゆー!」
ユーリニスに向け中指を立てる。
ルウラの機嫌がすこぶる悪い理由はこれか。
…あとでフォローしとこう。
さて、次だ。各種申請の書類手続きはいいとして…。
「再確認ですがGMの推薦状はソーフィさんとガンジさんが用意して下さるんですか?」
「えぇ〜。お姉さんにぃー…任せて頂戴な」
「おうよ。喜んで書くぜ」
「ありがとうございます。もう一度、聞きますが資格や人格調査は…」
「心配せずとも先の闘いで有資格者と証明したわ。安心して。…申請書を受理した後、資格証明証が発行されますよ」
良かった。
「ただ、初回献上金の額が…」
ベアトリクスさんの口が淀む。
「再考すべきだと思うがな」
…まぁ、エリザベートの険しい表情も致し方ない。
「『金翼の若獅子』への初回献上金額3億G……通常の献上金を遥かに上回る額だよ」
ラウラの言う通りとんでもない金額を要求された。
貯金で支払ってもまだまだ足りない。
最初、聞いた時は思考が停止したぞ。
「献上金の初回相場は多く見積っても一千万Gに届くか否かの範囲内だ。仮に借りてもこれに土地代、建設費、各運営経費、業者手配金を捻出したら悠が破産する。…余りに露骨な仕打ちじゃないかな?『貪慾王』」
え、まって。…ほ、発端はてめーかっ!?
「…やれやれ。皆に同意は得た筈だがな」
その中に俺は含まれてないけどな!
「あぁ、済まないね。悠の顔を見ていたら気持ちを代弁したくなったんだ。…もう一度、彼が居る前で君の口から再度、説明してくれ」
皮肉交じりの刺々しい口調でラウラは促す。
「構わんよ。理由は二つ。…一つは同盟も提携も結ばぬ『独立型』の冒険者ギルドだからだ。利益分配がない分、『金翼の若獅子』への経常利益は零。…初期献上金はどうしても高くなる」
会社の経営みたい。
実質、それに近いものは感じる。
「…それに私は君の資質が見たいのだ」
「資質?」
「そう。先の死闘で『金獅子』を相手に見せたあの強さ…気概…精神…反論の余地もない素晴らしいものだったよ」
「どうも」
「だが、個人の強さと運営能力は必ずしもイコールではない。『金獅子』が良い例だ。彼は戦闘に於いて誰よりも抜きん出て突出しているが…ギルドの運営に関しては酷く杜撰だ」
「言うじゃねぇか」
「マスター…」
ゴウラさんは気にせず豪快に笑う。
「しかし、それでも『灰獅子』を筆頭に『十三翼』や補佐する職員の尽力で『金翼の若獅子』は成り立っている。…でも、君は零からのスタートだ。冒険者ギルド法の保証制度も非該当……だからこそ敢えて3億Gもの大金を要求をするのさ。見事納めればGMとしての運営・経営力を誰も疑う必要は無いだろう。…それに契約者を規制せず自由にさせるのだ。認めたとはいえ相応の対価は求めなくては」
最もらしく言ってるが気に喰わない。
「…二つ目の理由を聞かせて貰いたいな」
「大した理由ではない。…『金なら幾らでも納めるし難題だって達成してみせる』…この言葉を私も信じただけさ」
唇の端を吊り上げる。
確かに俺が言ったことだが…やっぱりこいつは…。
「………」
「ふはは…怖い顔をするな。冷静に考えてみたまえ。君に喜んで投資する商人ギルドに職人ギルド…それに『十三翼』のメンバーがいるじゃないか」
誰を指してるか一目瞭然だ。
「てめぇ!それの何が悪いんだよ…アァッ!?」
「落ち着きたまえ『紅兜』。別に悪いとは言っていない。…精々、頑張って彼を援助してくれ。咎めるつもりは微塵も無い」
…俺の性格を分かった上で煽ってやがる。
「もう十分だ。貴様の戯言は聞き飽きた。…悠。吾は貴公に惜しみ無い援助をする。そうしたいから、だ。これは恥ずべき事では無い」
「そうだよ。…癪だけどユーリニスが言った事は間違ってない。融資を募ろう。僕も力になる」
「もちろん『巌窟亭』もな!」
「『オーランド総合商社』は元よりそのつもりです」
「ルウラも依頼で稼ぐ。軽いふっとわーくでまねーをげっと」
「…ありがとう」
皆の善意はとても嬉しいが…。
「ふははは。人気者は羨ましいな。貢がせるのが上手だ。女ったらしとでも言うべきか」
拳を握り締める。
今、はっきりと分かった。
「…軽口が過ぎるわ。彼を怒らせる為に説明したのですか?」
見兼ねたベアトリクスさんが嗜める。
「ふふ…口が悪くて済まないね。私の説明は以上だ。『氷の女帝』も言っていたが初回献上金の納付期間は約四ヶ月。設けられた猶予で金策に励むと」
「一ヶ月で十分だ」
俺の一言に静まり返る。
「…聞き間違いっスよね?今、一ヶ月って」
「聞き間違いじゃない。…3億Gを一ヶ月以内に納めてやるよ」
「本気かね?」
視線は外さない。
「ちょ、ちょっと悠…」
「本気だ」
「出来なければどうする?」
「白々しい。…この展開を望んでたんだろ。どうしたいか言えよ糞野郎」
「…く…くくく…ふはははは!…中々、どうして…ふむ。私の望みか。そうだな」
敵意を隠さず嘲る。
「…納付が一ヶ月以内に達成出来なければ…大人しく『金翼の若獅子』の傘下となれ。…そして二度と大層な妄言を吐かないと宣誓し服従を誓わせる」
「上等だ。…ただ、俺からも条件を出す。一ヶ月以内に俺が3億Gを納めたら土下座してエリザベートとオルティナにヨシュアとの決闘の件を謝罪しろ」
「悠…貴公は…」
「…謝罪だと?何を謝る必要が」
「理由が分からなくても構わない。お前の不遜な態度…耳障りな言葉…そのプライドを根刮ぎへし折ってやる」
「……」
ユーリニスの笑みが消えた。
「お前は俺の敵だ。ぶちのめす」
「若造がのぼせ上がるなよ」
「自分は散々、煽っただろうが。…返事を聞かせろよ『貪慾王』」
「…よかろう。貴様が勝てば二人へ謝罪しよう。後悔しても遅い。この場にいる全員が証人だ」
「そっちこそな」
「…百日紅の月16日までが期日だ。…公平に一ヶ月以内に3億Gを集める手段として他機関や他のメンバーからの融資・金銭的援助は無しだ。私も一切、妨害しないとエンブレムに誓う」
「最初からそのつもりだ」
「…一ヶ月以内に3億Gも稼ぐ事は不可能だ。今から宣誓の内容を考えとくんだな」
「そっちこそ土下座の練習しとけよ」
ここまで互いに一気に捲し立て漸く視線を外す。
他の全員は呆気に取られ絶句していた。
「…マスター。これは…」
「がははははは!!好きにやらせとけ。男同士の意地のぶつかり合いだ。後には引けねぇさ」
「…分かりました。正式な条件として受理しましょう」
その後、細々とした申請書類・納付後の手続きの流れを軽く質問し再確認した。
〜数分後〜
ゼノビアさんが席を立つ。
いよいよ締めだ。
「ーー黒永悠。本日、午後14時50分を持って貴方の謹慎処分を解きます。新規冒険者ギルド設立まで複雑な手順があり時間も掛かるわ。…先ずは初回献上金を納付後、然るべき申請を踏みなさい。期日は百日紅の月16日の正午まで…準備ができ次第、早く納めても構いませんが期日を過ぎればどうなるか……先程、自分達で話していましたね?」
「無論だ」
「承知してます」
「…最後にこれは強制では無いけど『十三翼』の各々が正式なギルド発足までの間、貴方に個人指定依頼を発注したいとの申し出があったわ」
「依頼?」
「ええ。受ける気があればラウラを通し依頼内容を確認しなさい」
厄介な依頼が多そう。
「よろしく頼むよ〜」
「…黒永くーん…受注してねぇー…」
「キタイシテイル」
早速、お呼びがかかってるぅ!
「マスターからは何かありますか?」
「とくにねぇ」
自分の役目はもう終わったって感じだ。
「では以上を持って緊急査問会を閉会とします。連日、御足労頂いた各客人には謝礼金を用意してる。三階の受付で受け取って下さい。…では解散」
終わった。
流石に肉体的にも精神的にも疲れたが一先ずは…。
「おい」
ヨハネだ。そういえばずっと静かだったな。
「なんだよ」
逡巡して威勢がない。
「ちっ…なんでもねぇヨ」
そのまま出て行ってしまった。…変な奴。
「俺も行くわ」
ゴウラさんが席を立つ。
「…ゼノビアは色々と聞きてぇみてーだぞ。約束を破んなよ」
黙って頷く。
「よし。…ま、こっから大変だが頑張れ。応援してっからよ。俺も暫くはベルカに居っから相談に乗ってやらんでもない。場所は…あー…探せ。その辺にいる」
「あはは。野良猫じゃあるまいし」
「へっ。…じゃあな」
気持ちの良い人だ。
すっかり尊敬してしまっている。
次々と部屋を退室していく中、残ったのは予想していた顔触れだった。




