辛い真実と耐え難い嘘。
1月6日 午前7時8分更新
〜午後13時 神骸の地 ムファサ 血の甌穴〜
さざめく波の音で目が覚める。
「痛っ…」
体が非常に怠く全身の筋肉痛と締め上げるような頭痛と胸焼けも酷い。
「あれ」
…そうだ。俺はゴウラさんと闘い蛇憑卸が解けた後に…すっごい一撃を喰らって……あー…駄目だ。そこから先の記憶が殆どない。
誰か泣いてた気がするが…?
「よう。起きたか」
「ゴウラさん」
岩の上に胡座で座っていた。
…なるほど。俺は意識を失っていた。それが意味する結果は…。
「負けたんですね」
言葉にすると悔しい。…しかし、清々しくもある。
真正面から全力で挑み負けたのだから後悔はない。
完全な敗北。力量差を思い知った。
蛇憑卸でも及ばない、か。…最強の称号は伊達じゃない。
「やっぱ覚えてねぇか」
覚えてない?
「最後に戦闘技が直撃したのは覚えてます。……そこから先の記憶が曖昧で…負けて意識を失ってたんですよね?」
「説明してやるよ」
勝負の顛末を聞いた。
〜数分後〜
「ーーってなわけだ。あれは鬼気迫るもんを感じたぜ」
「そう、だったんですか」
重傷の体で意識が消失したまま挑み結果、これ以上の攻撃は継続不可と判断したゴウラさんが負けを認めてくれたらしい。
「最初から悠を殺すことが目的じゃねぇ。…がははは!でも実力で俺に勝つなんざ十年早ぇーよ」
「は、はは」
大した自信だが事実だ。…マジでやばいよこの人。
覚醒を使わせる事すら出来なかった。
しかし、記憶がないのは変な感じ。試合に勝って勝負に負けるって曖昧な結果だなぁ。
勝ちたかったなって思っちゃうもん。
でも、これだけは…うん。はっきりしてる。
「立ち上がれたのはきっと皆のお陰です」
「ほぉ」
「一人だけの闘いなら諦め不甲斐なく敗北してたでしょう。皆の信頼や期待に応えたかった。…それが俺の体を突き動かしたんだと思います。…あはは。やっぱり俺は弱いですね」
満足気な笑みを浮かべる。
「謙虚な奴だな。…娘たちや他の連中が惹かれちまうのも分かるぜ。さぁーて!一番、気になってる結果を教えてやっか」
「……」
緊張する…。
「…黒永悠。お前の覚悟と信念に嘘偽りは無かった。『金翼の若獅子』のGM…『金獅子』が冒険者ギルド総本部の最高執行機関である『十三翼』を代表し伝えよう。全員、満場一致でお前の冒険者ギルド設立の申請を許可する。……っておい。ちゃんと聞いてっか?」
暫し沈黙が流れる。
「…や」
「や?」
「やったぁぁぁぁっ!!!」
沈黙を破って一番最初に口から出たのは喜びの言葉。
立ち上がりガッツポーズを決めた。
あっ…あ!?戦闘の後遺症で…こ、腰がグギッて…!
でも、今は痛みより嬉しさが勝る。
「喜びすぎだろ」
「…だってもう…満場一致ってのも嬉しいし」
「だ・か・ら〜…俺を相手に奮闘したんだぞ。当然だろ。…自分で言うのも変な話だがよー…『金獅子』の名は最強の象徴って世間に周知されてっと自負してたが……やれやれ。俺もまだまだだっつーことか」
違います。俺が特殊な世間知らずなだけです。
「あ、そういえば他の皆は?」
「先に帰らせた。すっげぇ文句を垂れてたがな。今頃、設立に関して詳細を詰めてるとこだろ」
「なるほど」
「それと二人っきりになりたかったしな。…約束だしアイヴィーの親父について話してやるよ」
「…いいんですか?」
確かに勝つって条件だったが実際は負けてる。
「勝ちは勝ちだしな〜。…但しこの件は他言無用な。一切、誰にも話さねぇと誓え。アイヴィー自身にもだ。言うべき時が来たら俺から本人へ話す。約束できっか?」
すごく真剣な顔。とても重大な秘密らしい。
「勿論です。約束します」
「いい返事だ。…んー…いざ話すとなるとどっから話すか悩むぜ。悠は親父についてどこまで知ってるよ?」
顎髭を撫でながら問う。
「闇ギルドに所属してた位ですね」
「そっか。実はアイヴィーの親父のレイヴィーは俺の親友でな。…レイヴィー・デュクセンヘイグは獅子抗争の真の英雄なんだよ」
「真の英雄?」
ゴウラさんと親友だって事にも内心、驚きだ。
「驚くなよ。あいつはよー…『ドライケル家』の次男だったんだぜ」
「ドライケル家?」
「…知らねぇのか?」
「はい」
「マジかー。…ドライケル家は裏世界の大貴族みてぇなもんだ。祖先は吸血鬼の『真祖』で犯罪国家『ヘル』の設立者にして伝説の無法者。他にも……あー、話が逸れっからあとは自分で調べろ」
犯罪国家…ドライケル家…。
「…じゃあデュクセンヘイグって性は」
「ああ。母親のアレッサの性だよ。…こっからが本題だ。実は三年前の獅子抗争でレイヴィーは闇ギルドの諜報活動をしてた」
「…スパイ」
「自分の家名を利用し当時、闇ギルドの最大勢力である『七つの大罪』の大幹部の座に就き得た情報を冒険者ギルド連合軍に流してたのさ。……これは当時の一部関係者しか知らねぇ機密事項だ」
色々と疑問が浮かぶ。
フィオーネから聞いた話と違うじゃないか。
「…彼は裏切り者で処刑されたって聞いてますが」
「世間一般の認識はそうだな。それがあいつの最期の望みだったから」
「最期の望みって…」
「まだ話には続きがある。…最初はレイヴィーのお陰で冒険者ギルド連合軍は優位に戦局を進めたが次第に流す情報に虚偽が混じり劣勢になった。お陰で『海都』は壊滅的な被害を被り一般市民と冒険者を合わせ一万人以上の死傷者がでた。…あいつは俺たちを裏切りこっちの作戦や情報を流してたんだよ」
「……」
「しかし、裏切ったのには理由がある。…レイヴィーの素性が連中に割れて国外へ匿ってた家族が人質に取られたからだ」
「裏切りか家族の犠牲か…。あいつは選択を迫られ家族を選んだ。それが無関係の市民や仲間を危険な目に合わせ甚大な被害をもたらし…俺を…いや、冒険者ギルドを裏切る結果になっても……全てを承知した上での決断だったんだろうよ」
「それから獅子抗争は激化の一途を辿った。…最終的には俺が『堕ちし太陽』…ル・シフェルを一騎討ちで破って連合軍が勝利した事になってるが真実は違う。…俺の敗北寸前にレイヴィーが助太刀し奴を刺し違えて倒したんだよ」
「!」
「…そして最期に」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『自分は…どちらも裏切った薄汚い蝙蝠だ…』
『レイヴィー…』
『……ゴウラ。僕を…処刑し…ル・シフェルは君が…倒したことにしろ。…真実は誰に…も…言うな。…罪もない人々の命を奪っ…た償いに…汚名は…僕が背負う…』
『…お前…』
『……けど…愛するアレッサとアイヴィーだけは…助けて…欲し…。親友…の君…しか頼…ない。…どうか約束して…く…れ』
『………』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ーーそう頼んで逝っちまった」
………。
「俺は抗争終結後、行方不明になったアレッサとアイヴィーを血眼になって探した。…唯一、全ての事情を話した騎士団のジーグバルトの爺さんにも頼んでな。…爺さんが二人を見つけた時には…アレッサは病気で亡くなり亡骸の傍でアイヴィーは泣いてたそうだ」
「…それが『金翼の若獅子』にアイヴィーが連れて来られた理由なんですね」
「おう。……っつーことで獅子抗争の立役者は俺じゃなかったってわけな。これで話は以上だ」
辛い真実と耐え難い嘘で塗り固められた結末。
壮絶な最期に言葉が中々、出てこない。
「…教えてくれてありがとうございます」
「おう。煙草を一本貰えっか?」
「どうぞ」
「あんがとよ」
吐き出された煙は彼方へ消える。
真実は残酷で予想を超えていた。
正直、戸惑いを禁じ得ない。
それでも大事なことは分かった。
アイヴィーは愛されてたんだ。
…とても…とても…父親に愛されていた。
「真実を知ってどう思ったよ?」
「彼は立派な人だと思いました」
俺は真っ直ぐに目を見て言う。
「……」
「…彼が大勢の命を犠牲にしたことは苦渋の決断だったでしょう。犠牲になった人やその家族には悪いが…丸っ切りレイヴィーさんが罪人だとは思えない」
諸悪は犯罪者の闇ギルドの連中だ。
「そうか」
「…抗争を経験してない俺の言葉なんて綺麗事に聞こえるでしょうが…これだけは断言します」
「…ほう」
「レイヴィーさんに誓って必ずアイヴィーを幸せします。…彼の決断は無駄じゃなかった。遺志は俺が継ぐ」
義務感だけじゃない。…偽物でも家族で…血が繋がらなくても俺の大事な娘だから。
「がははははは!上出来だ」
一頻り嬉しそうに笑った後、頭を下げた。
「…今後ともアイヴィーを宜しく頼む。…俺は実の家族にも嫌われてる不甲斐ない父親だ。母ちゃんが亡くなってから溝は深まるばっかでよ。…こんなアホは誰も幸せにはできねぇ」
「ゴウラさん…」
豪胆で最強と呼ばれる男が小さく見える。
不器用な父親の吐露とでも喩えようか。
哀愁を感じてしまう。
「…わかりました。頭を上げて下さい」
「ーーふぅ。…今のも誰にも喋んなよ。喋ったら拳骨百発だかんな」
「喋りません」
顔が本気だ。
「それと…この話を知ってるのは」
「俺とジークバルトの爺さん…お前を含め三人だけだ。レイヴィーが諜報活動をしてたのは他にも知ってっけどな。ゼノビアとムクロ…後はソーフィとガンジも」
「…なるほど」
「んー。そろそろ戻ろうぜ。いい時間だしよ」
「分かりました…痛っ」
立ち上がると両膝に痛みが走る。
傷は癒えてるが全快とは言い難い。…あれだけの戦闘の後だし簡単には後遺症も回復しないか。
「おぶってやろっか?」
「大丈夫です。自分で歩きます」
「遠慮すんなよ」
「いや、大丈夫ですから」
「ったく。素直じゃねぇな……ほれ」
「ちょっ!」
「行くぞ」
「……あい」
お姫様抱っこ再び。
は、恥ずかしい。
善意は嬉しいが…まぁ、誰も見てないしいっか。
こうして転移石碑に向け移動した。
道すがら他にも重要な話を説明される。…どうやら冒険者ギルド設立を俺に提案したのは他にも思惑があったようだ。
この人は無責任じゃない。
…それを聞いて誰よりも立派なGMだと俺は思った。




