威風堂々。⑫
12月23日 午後12時50分更新
〜同時刻 血の甌穴〜
「ーーしゃあっ!!」
「…動きが速すぎてよく分かりませんが……悠さんが優勢のようですね」
悠の攻撃は素人の二人の目には圧倒的に映った。
「ったりめーだろ!このまま勝っちま…」
「「「「……」」」」
「…おいおい。なにシけた面してんだよ」
対照的に四人の顔は曇っている。
「彼は私から剣術の基礎を教わり更に強くなった。あくまで基本とは言え…たった一日で物にしてしまうとは…。才能があるという言葉では片付けられない異常な習得速度です。僅か一撃で…いえ、正確には二撃で『金獅子』の本気を引き出したわ」
「阿護の盾を破ったここからが肝だな」
「……あの攻撃を浴びて余裕だと仰るのですか?」
「ああ」
モミジとレイミーが唖然とする。
突如、雷鳴が響いた。
「きゃっ!?」
「…か、雷が…」
遡る雷。轟く音。
「二人は僕の後ろにいてくれ。この距離は安全とは言い難い。…巻き添えを喰らうよ」
「…ゆー…」
戦局が変わる。
〜血の甌穴〜
ゴウラさんは動かない。
…仕掛けるべきか…出方を待つべきか。
「!?」
光を残し一瞬で目の前から消えた。
姿形もない。一体、どこへ…。
「おい」
……背後っ!?
間一髪でハンマーを躱す。
「どこ見てやがる」
今度は眼前に現れた。体勢を立て直す暇はない。
「!」
体を覆う黒蛇。大太刀を盾にする。
その衝撃は筆舌し難かった。
ガードしたにも関わらず容易く腹部を貫く巨塊。
踏ん張り切れず吹っ飛ばされ岩に衝突した。
内臓が悲鳴をあげ横隔膜が迫り上がる。血反吐を吐くのを堪えて飲み込んだ。
「…ほぉー。まともに喰らわせた筈だが中々の防御力だ」
「全然、余裕ですから」
立ち上がり虚勢を張る。余裕なんて少しもない。
「どうせ俺の能力は聞いてんだろ」
…見抜かれてる。
「…はい」
「そうか。…雷霆を使ってる時の俺は雷そのものだと思え。速度と熱が乗算された攻撃はえげつねぇ破壊力を生み出す。…だが動作の兆しはあるから回避は可能だ」
「……」
「動く瞬間、強く光る。速すぎて俺も大雑把にしか制御ができない。…必ず雷火の跡が残るし連続での攻撃は不可能。基本は一撃離脱が主だ。勘が鋭くある程度、敏捷が高い奴なら予期して防げる。……ま、それでも厄介だがな」
……。
「がははは!頑張って防いでみろよ」
やっぱり思った通りだ。
ゴウラさんは優しい。
最初の攻撃も二撃目も黙ったままなら直撃だった。
今だって雷霆の弱点を自ら教えてくれる。
容姿・態度・言動から誤解され易いだけだ。
けど…。
「…るな…」
「あん?」
「……めるなって…」
…今はその優しさが…その配慮が…その厚意が…。
「舐めるなって言ってんだよっ!!」
俺の覚悟を嘲笑っている。
「蛇縄絡!」
闇の池から現れる蛇の群れ。
「むっ…?」
俺のHPを回復させていく。更に貪慾な魔女の腰袋から超特製エックスポーションを放り投げた。
ペナルティで撃ち抜き突進する。
燼鎚・鎌鼬鼠を淵嚼蛇で強化した。継続的に減少するHPを兇劍と蛇縄絡に降り注ぐポーションで回復しながらなら…後先を考えずに攻撃できる!
時間にすれば十数秒の極短い攻防。
ペナルティで銃撃。
燼鎚で斬撃、打撃、炎、極光斬・断崖。
呪術で禁法・縛葬陣。
金剛鞘の大太刀で羅刹刃・莫月、淵断・轟、百折剣。
武器の激突で咲く火花。
ゴウラさんは真正面から応えてくれた。
攻撃は喰らってる。血は流している。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
「………」
それでも怯まずその場から微動だにしてない。全力の俺の戦闘技を…攻撃も呪術も捌き受け切った。
「ぺっ」
血が混じった唾を吐き首を鳴らす。
「…いい攻撃だったぜ。次は俺の番、な」
か、構え直さなきゃ…。
宙高くにハンマーを放り投げる。
「がっはっ!?」
一瞬だった。
ゴウラさんの右拳が鳩尾に深々と刺さる。
全身を百万匹の蟻が這うような感覚が襲った。
「百獣拳・迅雷」
右脇腹、顔面、手首、太腿、左足首。
次々と打ち込まれる打撃の嵐。
避けようと動く箇所を順次、攻撃される。
まるでサンドバッグ。
一発一発に力が凝縮された重い連続打撃技。
加えて最初の一撃を貰ってから体が痺れている。
…動きが鈍くなって…痛みで逆に…冷静になってんのか…殴り殺されるって…こんな気分なんだろ…うか?
不意に打撃が止まった。
「…っぐ…ぁ…」
ゴウラさんは宙高く跳んでいた。
…どんな跳躍力だよ…でも、今、しか…ない…っ!!
腰袋に手を伸ばす。
「雷神の木槌」
遥か頭上で鳴り響く雷音。青空が曇天へ変わる。
……ダメージを負ったこの状態じゃ…次の攻撃を回避するのは不可能。
ありったけのポーションをーー。
〜同時刻 血の甌穴〜
落雷が起きた瞬間、爆発と爆音が響き砂塵が舞う。
視界が次第に晴れていくと砂浜に巨大な陥没穴ができていた。徐々に海水が流れ込む。
「……」
淵に立ち立ったままゴウラは無言で穴を見詰めている。
「…え、ぇ…」
「……」
言葉を失い呆然とするモミジとレイミー。
その破壊力は予想を遥かに超えたものだった。
悠の本気の攻撃は観戦する者を圧倒する迫力があった。
想定していた水準を遥かに超えていたのだ。悠の真実を知らぬ十三翼のメンバーにその実力を見事に知らしめただろう。…ただ、相手が悪かった。
最強の名は伊達では無い。
誰しも固唾を飲み見守っている。
暫くして穴から離れた位置で砂が不自然に盛り上がる。
そこから飛び出したのは……。
「…これはもう…」
「ゆー!」
「まずいぞ…酷い怪我だ」
「っ!」
ぼろぼろの悠だった。
〜血の甌穴〜
「まだまだ元気そうだ。俺の雷神の木槌を喰らって……っておい」
「んぐっ…んぐっ…!」
ゴウラさんを無視して飲み続ける。
甚大なダメージをポーションを飲用し相殺。
地中を淵噛蛇で掘り進み回避した。
それでも無事ではない。度重なる衝撃波で回復が追い付かず骨折と火傷は免れなかった。超特製エックスポーションがなければHPは尽きていただろう。
不自然に曲がり砕けた左足と左手が治っていく。
火傷も元通り……!?
「うぷっ!…おっ、ぇえええぇ!!」
凄まじい吐気が俺を襲う。マスクを外し嘔吐した。
「短時間で使い続けたらそうなるわな。直ぐに傷が塞がるのを見るとかなり良いポーションなんだろ?…『過剰回復中毒』になるに決まってる」
か、過剰回復中毒だって?
そんな副作用があるなんて知らなかった。
鑑定には書いて無かったぞ……。
「おいおい。そんな驚くなよ。…子供でも知ってる常識だっつーのに」
俺の顔を見て笑う。
「はぁ…はぁはぁ…。生憎と常識に疎い田舎者です…ので」
「…田舎…まぁ、いいさ。それでどーする?続けるか?」
「……」
悲観も絶望も通り越して笑いたくなるほど強い。
ラウラが忠告していた理由がよく分かった。
…悔しいが歯が立たない。アジ・ダハーカは稽古で余程、手を抜いてくれていたんだな…。
この人の強さは想像を超えている。敵う筈がない。
「ここからが本番ですよ」
でも、負けられない。
敵わなくても…強くても…俺に退路はないのだから。
「へぇ。実力差は痛感したはずだがな」
「ええ」
「がははは!…その目…その貌…ったく。分かってねぇだろ。いい根性してやがるぜ。…来いよ」
奥の手を見せてやる。
「神樂蛇」
「…おいおいおい……驚いた。召喚技か?」
三匹の美麗なる白き大蛇が睨む。
「ハク、シロ、ラン。…少しだけでいい。時間を稼いでくれ。全力で攻撃して構わない。……頼む」
任せろと言わんばかりに唸って応えた。瞳孔が細まり捕食者の貌を見せ物凄い速度で襲う。
「ーーっと!速いな」
雷霆で回避される。
「需雷餐拝」
三匹を襲う青き雷。
身が傷付き焦げても攻撃は止めない。
俺を守ろうと必死に闘ってくれている。
ーー…シャアァア!!
ーーシィ…!
ーーシャァアアァ…。
…時間稼ぎに使ってごめんな。
目を閉じ精神を集中させる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『…これは凄い術じゃのう』
『ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…あ、ああ』
『禍面・蛇憑卸。…正に鬼神へと身を変幻させる禁断の呪術よ。その状態の悠が相手なら妾も手を抜く事はできん。……代償と反動が並外れておるゆえ使い所はしかと見極めねばいかんぞ』
『はぁ…はぁ…つ、使い所…?』
『うむ。先ずは発動までの長い時間じゃな。敵が黙って待ってくれるわけがなかろう。…戦闘で…数十秒…下手をすれば一分も棒立ちになるわけじゃし』
『…ふぅ…。なるほど』
『それに術の反動じゃな。痛みと疲労でまともに動けなくなっておる。見定め使わんといかん。…本当に大事な局面でのみ使うのじゃ。自分より強い者が相手……もしくは誰ぞ護る為に引けぬ状況下で、な』
『……』
『過ぎた力は身を滅ぼす。強くなった其方でも御し切れない諸刃の剣じゃ。しかと覚えおけ』
『…ああ。分かった』
『うむ!骨休めに秘湯へ向かうとしよう。明日は古代人の居住地を案内してやるぞ。…ほれ、服を脱がんか』
『ちょっ…も、もう少し休ま』
『し、仕方ないのぅ。妾が脱がしてやる。これも妻の務めじゃ。えへへ…遠慮せんでよいぞ』
『あ、あっーー!!』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アジ・ダハーカ。…今がその時だよな。
〜同時刻 血の甌穴〜
苛烈な攻撃に耐え追撃するハクとシロ。
悠を守るべく敢えて身を雷霆に晒し盾となるラン。
モンスターの危険度で示すならSS級の討伐依頼に匹敵する三匹を相手にしても形勢は変わらない。
「もう無駄な足掻きだろうに」
「アノオトコハツヨイ。ワレラトヒカクシテモソンショクナイジツリョクダ。…デモカナウワケガナイ」
「まあねー…。それでも…闘うって…うーん…気性なのかにゃー。…根性論ってやつ…?」
「チッ…」
…ヨハネは昔、自分が挑戦した時を思い出す。彼は公にしてないが実は二度、ゴウラと闘っていた。
一度目は傭兵時代。場所は戦場。
怖いものはなかった。勝てると思っていた。
しかし、結果は完敗。目を覚ますと死体に埋もれ夜空を仰いでいた。
そこで初めて上には上がいる現実を理解する。
ゴウラを追って傭兵稼業から足を洗い、冒険者ギルド『金翼の若獅子』に所属する。
毎日、修行に明け暮れモンスターや指名手配犯を相手に実戦で研鑽を積み数年が経った。
気付けばヨハネは前序列第8位を力で制し座を奪い取るまで成長する。
二度目は漸く頼み込み実現した私闘。
…結果は惨敗。今の悠と同じく雷霆の前に屈する。
『三度目はもっと強くなったら相手してやる』
二度目の敗北で言われた一言。
その言葉を糧に強くなろうと躍起になった。
彼が戦闘狂と呼ばれる由縁。
いつか最強を超える為に闘いを求め続ける。
「さっさと負けを認めちまえ」
カネミツにもデポルにもミコーにも聴こえない程、小さな声で彼は呟いた。
〜同時刻 血の甌穴〜
「これ以上は無駄よ」
「…無駄とは?」
別に離れた場所で観戦する二人。
ユーリニスとゼノビアだ。
「傷を負わせただけでも賞賛に値する。…彼は只の契約者ではなかった。それは事実だけど万に一つ…いえ、億に一つも勝算は無い。もう十分でしょう」
「十分、か」
「まさか逆転の手があるとでも?」
「私も勝てるとは思わんさ。…だが、何故だろうな。彼に期待してしまう自分がいる。未だ底を見せてない……そんな気がするのだよ」
「貴方らしからぬ発言ね」
ユーリニスは答えない。
黒永悠が契約した従魔は格が違う、と。分かっているからだ。…彼もまた特異な契約者であるゆえに。




