威風堂々。⑪
12月18日 午後14時55分更新
12月19日 午後13時35分更新
〜午前10時20分 禁域 神骸の地 ムファサ〜
獅子王の間の転移石碑から転移した。
「わぁ…」
目に飛び込む砂浜と青空。そして倒壊した遺跡。
引いては寄せる波が穏やかに砂を攫っていく。
水面を覗くと魚の群れと巨大な海洋生物が優雅に泳いでいる。
海なのか?
試しに水を手で掬って舐める。
……しょっぱっ!こりゃ間違いなく海だ。
何故か郷愁にも駆られた。
シャングラと龍神の水郷を彷彿させる。
「ここは禁域に指定される神骸の地…ムファサ。獅子王の間にある『零級転移石碑』を利用するしか来る手段が無い。…父が言ってたけどムファサに至る海路と空路は海獣の王『リヴァイアサン』に守られ外海から閉ざされてるそうだよ。信じ難い話だけどね」
「へ、へー」
アジ・ダハーカが言ってたリヴァイアサンと同一個体っぽい。
「初代『金翼の若獅子』のGMが記した回顧録には…過去にムファサの地を守護する神樹を依代に禁獣を解き放った魔女がいたらしい。…そのせいで若木だった神樹は朽ちてしまい以後、神骸の地と呼ぶようになったんだってさ」
ラウラの説明を聞いて納得する。
どうりで懐かしさを感じる筈だ。
つくづく俺は神樹と縁があるとゆーか……にしても禁獣を解き放った魔女…なーんか引っかかるな。
この件が一段落したら魔女について調べてみよう。
「代々、『金翼の若獅子』のGM継承戦はここで行われる。…父と兄の一戦は未だに忘れられないよ」
「…お兄さんはなんでゴウラさんに挑んだんだ?長男だしいずれはGMの座を引き継げただろうに」
「兄は野心が強くて帝国やルルイエへの勢力拡大を目論んでいた。…当時、それが原因で父と対立してね」
「うん。差別主義者だったし亜人はひゅーむより偉いってずっと言ってた。ゆーとは反りが合わなかったと思う」
「…そっか」
ちょっと哀しい。
「『黒獅子』は強かった。それを軽く一蹴した『金獅子』の強さは想像を超える。…無策で挑むのは無謀としか言いようがないぞ」
「奥の手はあるよ。心配しないで見ててくれ」
「…悠の心配するなは心配しろってことだよね?」
「いや、大丈夫だって」
「「「………」」」
…やれやれ。日頃の行いのせいかな。
「必ず結果を残すって約束する。…大切な人との約束は決して破ったりしない。俺を信じてくれ」
真摯に思いを伝えた。三人の顔が少し赤くなる。
「…その言い方は卑怯だね。…本当に…毎回…いい加減、責任を取って欲しいよ」
「大切な人、か。…くくく!」
「二人がいる前なのにゆーってばぼーるど」
「?」
変なこと言ってないよね。友人や家族は大切だし。
「鈍感ってよく言われませんか?」
少し後ろを歩いていたゼノビアさんが問う。
「え、ええ。なんで分かったんですか?」
「……身近に普段は察しが良い癖に貴方みたいな大事な所で無関心の困った男性がいるのよ」
ちょっと苛々していた。…なんでぇ?
それから数分後。
砂浜を抜け遺跡と岩礁の損壊が激しい入り江に到着した。
〜神骸の地 ムファサ 血の甌穴〜
「遅かったじゃねぇか」
準備万端のゴウラさんが腕を組み待ち構えていた。
「すみません」
「べつに謝るこたぁねーよ。お前の準備が整ったら始めっぞ」
他の十三翼は既に離れた位置で待機し闘いの開始を待っている。
「ユウ!」
「ゆっくり話す暇もないですね」
モミジとレイミーさんだった。
「…二人とも俺のせいで迷惑をかけてすまない」
「馬鹿野郎!!誰も迷惑なんて思ってねーよ…めちゃくちゃ心配したんだからな…」
「ギルドメンバーを気遣うのもGMの役目ですから。…もう私には見届ける事しか出来ないわ。頑張ってください」
「はい」
「…頼むから無茶だけはすんなよ。オレは…オレたちは…いつだって味方だ」
俺の右手を両手で強く握る。
「心強いよ」
今度はベアトリクスさんだ。
「相手は頂きに立つ絶対者。勝算は零に等しいわ。…ですがここが終着点ではありません。悠の帰りを待つ者を決して裏切ってはいけない」
「色々とお世話になりました」
「『金獅子』と闘う展開は私も予想外よ。…彼女達と同様に私もあなたを信じてます」
俺とベアトリクスさんを交互に見てルウラが膨れっ面になった。
「…ルウラは節操無しなゆーにがっかり。正妻を蔑ろにしたら待ってるぞ制裁」
「なんだよそれ」
「ふふふ」
「悠ちゃぁ〜ん!…頑張ってねぇー…お姉さんが応援してるわよぅ〜」
「しっかりお前ぇの覚悟を見届けてやっからな」
少し離れた場所からガンジさんとソーフィさんから声援が飛ぶ。
俺は強く頷いて応えた。
そろそろ行かなきゃ…ってその前に。
「ラウラに頼みがある」
「なんだい?」
「最後まで闘わせて欲しい。俺が怪我をしても途中で止めたりしないでくれ」
「……」
真っ直ぐに見詰め伝えると端正な顔が歪んだ。
「頼むぞ」
返事は聞かずゴウラさんの下へ向かった。
〜血の甌穴〜
「お待たせです。準備が整いました」
「おう。なんつーか…悪いな。こうでもしなきゃ納得しねー意地っ張りの集まりだからよ」
「…いえ。配慮に感謝してます」
「おう。気ぃ張って来いや。胸を貸してやる」
あぁ。やっぱりこの人は…。
「始める前に一つお願いがあります」
「言ってみろ」
「…俺が勝ったらアイヴィーの実の父親の話を教えてください」
眉間に皺を寄せる。
「ちっ…ゼノビアめ。喋りやがったな」
「俺には知る権利があるはずだ」
「…あまり話したくねーんだが…まぁ正論だな。いいぜ。…でも本当に勝ち敗けで決めていいのか?」
空気が震える。
「俺ぁつえーぞ」
凶暴で雄々しく研ぎ澄まされた魔圧。…アジ・ダハーカとの猛稽古のお陰で対峙しても怯まずに済んでる。
過去最大の強敵なのは間違いないだろう。
「上等だ」
闘志は萎えない。寧ろ滾って身を焦がす。
金剛鞘の大太刀を構える。
相手は冒険者ギルド総本部…『金翼の若獅子』の頂点。…全身全霊で挑ませて貰うさ。
「ルールは一つ。どちらかぶっ倒れたら終了だ。…先手は譲ってやる。力を見せてみろ。ほら、どーんと来やがれ」
武器も構えず悠然と仁王立ち、か。
「……」
淵嚼蛇が大太刀を覆う。
漆黒の剣身が甲高い金属音を鳴らした。
……後悔すんなよっ!!
「!」
砂が宙に飛び散る。一瞬で距離を縮めた。
全力の剣撃を繰り出す。
ゴウラさんは僅かな体捌きで見事に躱した。
初見で対応するか…!…しかし、この角度からの攻撃はその体勢じゃ躱せない。
左に動いた隙を見て斜め下から斬り上げる。
「くっ!?」
「…想像してたよりずっと速いぜ。悪くねぇ」
見えない防御壁に大太刀が阻まれる。
「…っ……!」
「だが、阿護の盾を貫くには至らねーな。これを突破できなきゃ話にっ…!?」
両腕に力を込める。防御壁が軋んだ。
更に縮まったこの距離で…俺の筋力ならっ…。
「おぉぉぉぉ!!」
ぶっ壊せる。
衝撃で数歩、後退した。
血も流れてなければ…痣すらない…?
こっちはぶった斬るつもりで振るったのに…どんな皮膚してんだっつーの!?
…いやいや、余計なことは考えてる場合じゃない。
攻撃の手を緩めるな!
「…止まれ…って、やっぱ王吠を無効化してやがる。狂気の数値が俺より高い証拠か」
「ふぅー…」
深く息を吐いた。
…右足を引いて…体は右斜め。
大太刀を右脇に…剣先を後ろに下げる…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『どの剣術にも共通するのが構えです』
『ふむふむ』
『あなたの構えは振りやすい自己流で身についたもの。私が教えるのは…天構え、水構え、地構え…と呼ばれる三つの型よ』
『三つの型…』
『呼び方は重要ではないわ。流派によって言い方が変わるもの』
『へー』
『適切な構えから武器・武術・能力と適合する戦闘技を放てば威力は段違いに上がる。…悠の戦闘技…私の見解では演習場で放った戦闘技も威力が上がると思いますよ。それに練度も高まります」
『ま、マジで!?』
『ふふ、本当よ。早速、教えましょうか。習得への近道は練習あるのみ、です』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ベアトリクスさんに教わった剣の構え。
先日、教えて貰い難なく習得した。
べつに俺に才能がある訳じゃない。
夜刀神の加護のお陰だ。
…あらゆる武器の扱い方を瞬時に理解する…。
あの説明文にあった扱い方とはその武器に関係する技術全般を示していた。
有難いことに学べば体が自然と覚えてくれる。
「羅刹刃・朔月!」
地構えから放つ羅刹刃・朔月はより強力無比な技となる。併せて淵嚼蛇で強化した漆黒の刃が黒い閃を描いた。
「ふっ」
攻撃の余波が岩礁を砕き砂と水飛沫が弾けて辺りを覆う。
「……」
追撃せずに距離を取る。
手応えはあったがあの不敵な笑み…。
折角の攻める機会を棒に振った。
不気味な違和感のせいだ。冷汗が止まらない。
視線は外さず警戒を続ける。
「!」
その直後、だった。
耳を劈く雷鳴と地から空へと逆に遡る雷光。水面を伝い感電した魚や巨大な鯨に似た生物が遠くで浮かぶ。
海水は電気を拡散するはず…それがあの距離まで…届くなんて…。
菅状にガラス化した縦の歪な石が足元に転がった。
フカナヅチとは能力の種類が違う。
あれは天候を操っていた。
…これは…雷そのものじゃないか。
「合格だ」
口元についた血を拭う。
「…ひさびさに効いたぜ。先手を譲ってやるなんて見縊って悪かったな」
燦爛たる輝きを纏い、こちらに向かって来る。
「…仕方ねーんだ。大抵は一撃で終わっちまうし手を抜かねーと簡単に殺しちまう。手加減はしねぇ腹積りでも……無意識にってやつな」
肩に担ぐ巨塊は金剛鞘の大太刀を上回る大きさだ。
…ハンマーか?
「お前なら大丈夫そうだ。頼むから」
髪が逆立っている。纏う雷の影響だろう。
毅然と歩く姿とその風貌は……。
「死ぬなよ」
…字名の由来通り金獅子と呼ばれるに相応しい。




