威風堂々。⑨
12月12日 午後14時28分更新
12月13日 午前9時39分更新
〜同日 午前9時50分 王宮 紡ぎの園〜
美しい花が咲き乱れる庭園。
白燈石と呼ばれる純白の鉱石で造られたガゼボ。
その周辺を花園に似つかわしくない屈強な兵と月霜の狼の第3親衛隊が厳重に警護している。
「ーー…そうか。ゲンブも大変なのだな」
「アレスタとの貿易交渉に…ルルイエとの領土問題と…休む間もなく政に頭を抱えていますわぁ」
「名君主ならではの悩みではないか。…余のような平和を貪る凡夫とは違う」
「うふふぅ……ご謙遜を。シャーロック王が王の座にいるからこその安寧と平穏でしょう?」
「ふははは!世辞でも余は嬉しく思うぞ」
「…エイリカはつまらないですわ!もっと外界の話をトモエから聞きたいのです」
「…やれやれ。話を遮るとは謹みと配慮が足りんのではないか?王族としての振舞いを」
「いいのですわぁ。…私とエイリカ様では同じ王族でも立場が違いますもの…なにせ何はミトゥルー連邦の主要国の代表を務める初の女王になられる御方なのですから。普段から作法や稽古…接待外交ばかりで面白くないのでしょう。…僭越ながらお気持ちは分かるものぉ」
「父としてはトモエ姫のように美しく気高く強くなって欲しいと願うがね。……侍女もこのおてんば娘には困っておる」
「まぁシャーロット王ったら…ふふ」
「お父様ったら!」
トモエは愛想良く笑う。
何気ない会話も王族同士となれば違う。
ましてや相手は王なのだ。
失礼な態度を取れば自国の品格が問われてしまう。
シャーロック・A・ナイルトラホテプ。
彼は首都ベルカが属する国家『エイヴン』の統治者…一国の王でありエイリカは娘だ。
種族は『鳥人族』の『天烏』。
亜人の中でも特段に稀有な種族である。
「ああ。外界と聞いて思い出した。……首都で契約者関連の騒動が起きてると大臣から報告があったな」
「契約者?」
トモエ姫の表情は変わらない。
「うむ。驚く事に『金獅子』が動いているらしい。…あれに任せれば憂いもないだろう。普段は自由気儘だがいざとなれば誰よりも頼りになる男よ。……ふふ。昔が懐かしい。三人とも若く無鉄砲であったがあれほど愉快な日々はなかった」
「ねぇ!契約者ってモンスターを従える者でしょ?…『騎士物語』の『焔の暴君』…龍みたいな!?」
「落ち着きなさい。…ふむ、いい機会だ。今日は契約者の歴史について学ぼうか。ペッフェよ。済まぬが学者の手配を頼めるか?」
「畏まりました」
横に控える初老の亜人が一礼する。
「エイリカよ。存分に学ぶと良いぞ」
「…むー…いま聞きたいのです!」
「シャーロック王。その契約者の名を教えて頂いても?」
「うむ。聞き慣れぬ珍しい名だったぞ。名前は…クロナガユウ…というヒュームだと聞いておる」
「…黒永悠…」
トモエの表情は先程と何も変わらない。
ただ、纏う空気が変わった。
その変化をシャーロック王は目敏く察する。
背後に控えるルツギとタチヅキも同様に。
「…まさか知り合いかね?」
「ええ、そうですわぁ。…うふふぅ。是非、詳細を教えてくださいな」
間髪入れずに答えた。
目を細め笑っていても瞳は爛々としていた。
〜同時刻 金翼の若獅子 最上階 獅子王の間〜
「ーーおう。ちょっと早かったじゃねぇーか」
「概ね時間通りでしょう」
「査問会に参加させねぇで監視役を任せて悪かったなベアトリクス。大体、話の筋は決まっちまった」
「そんな事はありません。…ふふふ。実に有意義な三日間でした」
獅子王の間、か。
他の階層とは漂う重厚感が違う。高級だとか…豪華だとか…そんなんじゃない。歴史を感じさせ思わず姿勢を正してしまう……そんな場所だ。
それに拍車をかけるのはこの場に居る面子。
十三翼全員と他四名。…皆の雰囲気も普段と違う。
俺に注目し誰も一言も発さない。
見知った友人達の顔も険しいがルウラのもじもじして座っている姿がちょっと和む。
「…予想外に静かですね」
「昨日までは荒れてたけどな。話が進まねぇから俺が喋んなって言ってあんだよ。……こっからは俺と悠だけの交渉になる。その前に報告を聞かせてくれや」
「はい。彼の謹慎中ですが違反行為はなく逃亡の恐れもありませんでした。以前には『灰獅子』と『舞獅子』に『串刺し卿』も勧誘にお邪魔したそうですね。…悠から色々と…興味深い話を私も聞きましたよ」
含みがある言い方だった。自分にも秘密を話したと遠回しに伝えているのだろう。
案の定、三人は分かっている風である。
闘技場でエリザベートに事前に伝えてあったしな。
「ほぅ。…んでその紙束は?」
「これは彼の免責を望む嘆願書です。必ず提出すると約束しました。受け取って下さい」
嘆願書を渡し席の前に移動する。
「最後に…この嘆願書が意味するのは信頼の証。善良な契約者を罰するなら…罰せられるべき悪人が野放しになっている現状をお忘れなきよう……『金獅子』に提言をします。報告は以上よ」
そう言って席へ座った。
ゴウラさんが紙を捲る。
「たった三日間でよくこれだけの枚数を集めたもんだぜ。…お前もそう思だろ?」
俺に問う。
「ええ。…感謝してもし足りません」
「だろうよ。…んじゃ役者は揃った。さっそく本題に入ろうじゃねぇか」
きた。いよいよだ…。
「お前が契約者である以上、冒険者ギルド総本部としては対策を講じねぇわけにはいかねー。…だがこうして免責を望む大勢の声を無視はできない。査問会でも制裁に大反対した奴らも寛大な処置を望んでる。…俺の家族も…『巌窟亭』の嬢ちゃんや『オーランド総合商社』のねーちゃん…ガンジやソーフィも、だ」
…みんな…。
「…んでこんな案がでた。そこに座ってるムクロが引退して第10位の座をお前に継がせてぇってよ」
「!」
…ムクロってあの少年が?…いや…それより俺を第10位にって…。
「ちなみに十三翼の一員になればあらゆる罪が免除されるぞ。それが極刑を免れない重犯罪者でもな。…それだけ『金翼の若獅子』の力はミトゥルー連邦じゃ大きい。…お前を危険視する声も少なくねぇし真っ二つに意見が衝突しちまってるが…普通に考えりゃ今の悠にとっちゃあ悪くねー提案だよな?」
「……」
「んで、だ。今の話を引っくるめた上でこっからはお前の訴えを聞かせてくれ。…ミコー」
「…んー…?」
「悠が嘘を吐いたら直ぐに教えろ」
「…あいあいさー…」
嘘を見抜く能力、か。
誤魔化しや口先だけじゃ通用しない。
これは当然の対応だろう。
もとより嘘なんて吐く気はない。
俺の立場や状況は悪くなるかも知れないが正直に気持ちと考えを吐露するだけだ。
っとその前に…。
「…すぅー…はぁー…」
「ナニヲシテイル?」
「あ、緊張してるんで話す前に一度、深呼吸を……よし!」
両手で頬を叩く。
「真っ赤っスよ?強く叩き過ぎじゃん」
「ふはは。この状況で大した肝の据わりっぷりではないかね」
……ちょっと強く叩き過ぎた。痛い。
「余計な茶々をいれないで黙ってろ。…悠の話の最中に遮ったら殺すぞ」
「いえす。口を噤んでろカス」
二人が苛立つ。
「苛々し過ぎだっつーの。生理っスか?」
「…このクソ野郎。ふぁっきゅー」
売り言葉に買い言葉。
…これ以上、長引かせると荒れそうだ。
「話すから落ち着いてくれ。…先ず第10位の座に就くって有難い提案だが断らせて貰う」
「…え、えぇー。簡単に断るんだな〜。おいら…ちょっとショックなんだけど…?」
ムクロと三人があからさまに落胆した様子で俺を見ている。
「ご厚意を無下にして本当に申し訳ない。…その上でどうしたいかって話になるけど…俺は……」
少し間を置き言った。
「自分の冒険者ギルドを設立したい」
落胆は驚きへと変わる。
「『金翼の若獅子』の傘下となって上納金を支払い…加盟すれば…管理される立場になるから厳しい制約もなく自由を得られる……そう教えてくれた人がいたが加盟するつもりはない」
「俺は契約者である前に黒永悠って一人の人間だ。…ラウラも言ってくれたが…契約者全員が悪人じゃないよな?…いい奴もいれば悪い奴もいるよな?…それは身分や人種に関係なく誰だって同じ筈だよな?」
答えは誰からも返ってこない。
どんどん気持ちが熱くなる。
「…俺は…こんな俺を慕い助けようとしてくれた皆の期待に応えたいだけだ!…ちっぽけなプライドだが…目を背けることは許されない!家族や友人…仲間の為なら…百万の軍勢でも…天地を揺るがす強大な魔物にも…例え『金翼の若獅子』が相手だとしても…絶対に退かない!…金なら幾らでも納めるし難題だって達成してみせる。…仮に俺が危惧する通りの男だと判断したその時は…大人しく首を差し出したって構わない。…甘ったれた理想だって笑うなら笑え!…笑われても…蔑まれても…誰かを救いたいって想いは…純粋な俺の願いだからだ!!都合の良い傀儡に成り果てるなんざ糞だろうがっ!?」
「…その上で断言する…俺の覚悟と信念は二度と変わらない!!…だから…だからっ…!」
「黙って俺を信じて設立を認めてくれ!」
場が静まり返る。
…これで言いたいことは全部、言った。
「…ふぅ…訴えは以上です。大声を出してすみませんでした」
ゴウラさん以外は複雑な表情をしているな…。
「二度と変わらない、ね」
そう呟き彼は目を瞑る。
助言を無視してしまった俺にどう答えるだろう。
「ふふ、はははは…がはははははは!!」
返ってきたのは予想外の大きな笑い声。
俺を含め全員が呆然とした。
「…マスター?」
「ははははっ!……ふー…すまん。べつにバカにして笑ったとかじゃねぇよ。なんつーか…くくく」
ラウラやルウラが笑った顔とそっくりだ。
……やっぱり親子なんだなぁ。
「聞くまでもねぇとは思うが一応、な。…ミコー」
「…うぃー……うん…嘘は吐いて…にゃいよー」
当然だ。…っつーか俺は嘘が下手らしいしそんな器用な真似は元々、できない。
「お前の覚悟はわーったよ。…俺の予想を超えた答えだったわ。もっと上手く立ち振る舞えば楽できるのに…損な性格だな悠は」
「これが俺なんで」
「くく……まぁ、なんだ。先に結論だけ言うと俺個人としては冒険者ギルド設立は認めてやりてぇ。適正資格だの…推薦状だの…上納金だの…細けぇ話は後々だがな」
「!」
簡単に了承を貰った。
た、確かに後押しはしてくれるって言ってたけど…。
「だが」
あ、はい。やっぱりなんかあるよねー。
「…だが?」
「俺がよくても納得してねぇ奴らもいる。…ユーリニス。お前はどうだ?」
「ふふ。私に聞くとは『金獅子』も意地が悪い。…彼の主張は立派だよ。聴いていて清々しい。…しかし、それとギルド設立案を認めるのでは話が違う。…身も蓋もない言い方だが…やはり鎖は必要だ。黒永悠は 『金翼の若獅子』と敵対しても退かないと言っていたな?…味方になれば頼もしいが敵になる可能性もある訳だ。……『月霜の狼』の一件もある。貴方の安請け合いで再び被害を被るのは困るな」
「ちょっとだけ耳が痛ぇわ」
心にも思ってなさそう。
「すとっぷ。被害があったのは『巌窟亭』とゆー。ユーリニスはなんもしてない。論点をずらすのは間違い。ルウラは賛成。…ゆーがギルドを作るならわたしはそっちに移籍する」
…ん?
「マテ。ユーリニスノイウコトハイチリアル」
「一理あるだと?ルウラが言っていた内容は紛れも無い事実だ。『魔人』…貴公はただ、自分の地位を脅かす悠の存在が怖いだけではないのか?」
「…ダレガコワガッテルダト?」
「いやさ〜賛成反対云々の前にね…ギルド設立ってお金もかかるし簡単に決めていい話ではないと思うな。…彼は出自が複雑なんだし」
「『戦慄を奏でる旋律』。…ご心配には及びません。『オーランド総合商社』が全面的に融資しましょう。業務提携を結ぶ代わり金利も安く出来ますので」
「当然、『巌窟亭』もバックアップすんぜ。ユウはうちの職人だしな」
「推薦状は俺とソーフィがいるから心配ねぇぞ」
「そうね〜。…なんならぁー…いま書いても良いわよぅ」
…あー…賑やかになってきた。
「静かにしてくれ。GMの話はまだ終わってない」
ラウラの表情はなぜか険しい。
「おう。その通りな。…んで、だ。俺が言いたいのはこうしてユーリニスみたく納得してねぇ奴らが当然いる。…もう討論じゃ決着がつかねぇ。大事なのは行動だ」
「行動?」
「ああ」
射抜くような眼差し。
「俺と闘って二度と変わらねぇ信念と覚悟ってやつを全員に証明してくれや。有言実行といこうぜ」
……なるほど。そうきたか。




