威風堂々。⑧
12月10日 午後16時08分更新
〜扉月の16日 午前 8時50分 マイハウス 玄関〜
天気は快晴。…いよいよ運命の日を迎える。
これから金翼の若獅子へ出発だ。
「なーに真面目な顔してんのよ」
アルマが揶揄う。
「するに決まってんだろ…。なんせ」
「はいはい、わかってるっつーの。今日で決まるからでしょ?…まぁ、心配しにゃいでいいわよ。もし駄目なら助けてあげるから」
「具体的にどう助けてくれるんだ?」
「制圧戦ってとこかしら。…わたしが魔導人形の軍隊を編成しその『金翼の若獅子』って冒険者ギルドを制圧してあげる。……今は神樹の力を借りても1507体が限界だし流石に強い魔導人形の個体数は限られるけど恩恵を受けた自己再生付きの痛みも恐怖も感じない無敵の兵隊の群れよ。消耗戦になればきっと勝てるわ」
思いっきり武力行使かーい!しかも1507体…だと…?
「…逆に失敗できないってやる気が湧いてきた」
「あらそう?にゃふ!わたしはやる気を出させるのが上手だからね〜」
軽い脅しじゃねーか。
「準備できたよ」
ーーきゅう〜。
「お待たせしました。…久しぶりだったので少々、手間取りまして」
手間……ん?アイヴィーの顔が普段と違う。
「もしかして化粧してるのか?」
「うん!」
「うふふ。彼女に頼まれたの。自分が副GMになる以上、公の場では身嗜みはしっかりしたいとね。…今日は悠の記念すべき日になるからって」
記念すべき日、か。
「ベアトリクス。ありがとうだから」
「わたしも他人に化粧を施すのは初めてだわ。慣れてないけど素が良いので簡単でした。綺麗ですよ」
確かに綺麗だ。
大人びて見えるし薄い紅が白い肌で際立つ。
これは……うん。間違いない。
成人すればきっと誰よりも美しくなるだろう。
「どう?」
「ああ。綺麗だよ」
「具体的には?」
「…えっと……口紅が似合うな!」
具体的にと言われても…。
綺麗なもんは綺麗としか言いようがない。
「…気の利いた一言も言えない悠にがっかりだから」
「無駄よアイヴィー。この朴念仁はそーゆーのに疎いから」
「褒め言葉には男性の品格が問われますよ?」
ーーきゅむきゅむ。
あ、駄目だこれ。反論しても絶対に言い負かされる流れだ。…男親ってのは難しいなぁ。
「あ、あー…そろそろ出発しないと」
「誤魔化した」
アイヴィーの俺を見上げる視線が冷たい。
「ふふふ。では出発しましょうか。移動は護送車になります。……もう一度、伝えておきますがアイヴィーとキューの同行は門まで。それ以降は付き添う事は出来ません。他の方と一緒に終わるまで待っていて下さい」
「…本当は一緒にいたいけど…わかった」
ーーきゅう…。
「大丈夫だ。必ず上手くいく。…心配するな」
屈んでアイヴィーとキューの頭を撫でる。
「…ベアトリクス。わたしはこの家から離れられないけど…もし、もしも…わたしの家族を奪う結果にでもなったら覚悟なさい。…あんたを含め冒険者ギルドの連中は生きてることを後悔する羽目になるから」
「……そうならないように願いますわ」
「アルマ…」
わたしの家族。…その言葉がたまらなく嬉しかった。
「ふん!…とっとと行ってきなさい。夕飯までには帰ってくるのよ」
「ああ。必ず帰ってくるよ」
「師匠。行ってくるね」
ーーきゅ!
家を出て丘の入り口で待機する護送車に俺とベアトリクスさんは乗り込む。
アイヴィーはキューに乗って移動した。
…できるなら俺もそっちが良かった。
〜20分後 中央区画 金翼の若獅子 門前〜
金翼の若獅子に到着する。
『ーー…!……!!』
『!!…ーーー!』
…ずいぶんと騒がしいな。生憎、窓はついていないので外の様子は一切、分からない。
ツヴァイとリシュリーが馬車の扉を開けた。
「…あー…ベアトリクス様。どーします?すっげー野次馬ですよ。職員が対応してっけど抑えきれてねーっす」
「脅せば静かになんだろ。あたしの得意分野だわ」
嫌な得意分野だ…。
「駄目よリシュリー。…仕方ありません。ここ連日、このような状況とは聞いていましたが……私が鎮めましょう。悠はこのまま待っていて下さい」
〜数分後〜
外が静かになりベアトリクスさんが戻ってきた。
「なんの騒ぎですか?」
「それは御自分の目で確かめた方が良いでしょう」
促され護送車から降りる。…そして言葉を失った。
「……あ!『辺境の英雄』だ」
「ユーさん!」
「おーい旦那ぁ!!」
「へびのおじしゃん〜」
「…嗚呼、ユウさん。お元気そうで安心しました」
「待ってたぜぇこんちくしょー!」
「きたのぅ」
「……ったく。呆けてんじゃねーっての」
「で、で、でも思ったより元気そーっス!」
「ユウ…」
「ユーの兄貴ぃ!…お嬢。姉御。来ましたぜ」
「うっさい。見りゃわかりんす」
「……悠さん!!僕、僕…ずっと心配してたんですよ…!」
「部長。私たちは少し場違いじゃ…?」
「…我が社のGMが関わってる案件だぞ。それに彼には世話になってる」
見知った顔も見知らぬ顔も含め大勢の人達から言葉を投げ掛けられる。
…あれはGランクの依頼の依頼者の村々の…?…あっちは第6区画の住民の皆じゃないか。ベルカ孤児院のナタリアさんと子供たちもいる。
ローマンさんと巌窟亭の職人に…派手な衣装を着ている女の子はリリムキッスの子たちだ。…エイルにシャーリィ…それにネムも。…勇猛会の厳つい若衆とガラシャさんに…エンジまで……。
…嘘だろ。オーランド総合商社の職員もいる。二言三言しか話したことがない人だぞ…。
「…到着したらすごい人がいた。…悠。これは…?」
ーーきゅ、きゅう?
「お、俺にもさっぱりだ」
同じく驚いているアイヴィーとキュー。
「ふふ。皆、あなたの為に集まっているのです」
「ベアトリクスさん…」
「…昨日、言ったでしょう?予想を超える大騒ぎになっていると。詳しくは話しませんでしたがここ数日、あなたの処遇に関し免責を求める抗議活動が盛んでした。…その筆頭に立っているのは受付嬢のフィオーネと悠と親しい友人達です」
「……フィオーネや皆が…?」
「ええ。抗議活動は更に人を呼び悠がGランク依頼で救った村の村人…同じ区画に住む住人達…職人ギルドに商人ギルドのメンバー……『リリムキッス』と『勇猛会』のギルドメンバーまで参加したわ。…確かに自分のギルドのGMが動くとなればギルドメンバーは否が応でも動かざるおえない。…ですが理由はそれだけじゃない筈」
「……」
「如何に話題のSランクの冒険者で契約者でも…フリーメンバーのために誰もここまでしません」
「そう、ですか」
群衆の動きを規制する職員は大変そうだった。
「おじさん!」
その時だった。
職員の足の間をすり抜け小さな女の子がこちらに向かって来る。
手には一枚の紙を持っていた。
この子は……。
「おいガキ。近づく」
「リシュリー。…わたしが許可します」
ベアトリクスさんが気を利かせてくれた。
「…ちっ。総監督さまがそう言うなら見逃すわ」
「それってエコひいき」
「ツヴァイ?」
「あは、あはは!なんでもねーっすよ〜」
周りが静かになる。
屈んで視線を合わせ微笑んだ。
「…やぁ。久しぶりだねジェシーちゃん」
「うん!」
アルカラグモの討伐以来のご対面だ。
「あのね、おじさんが…えーっと…けいやくしゃ?…でおとーさんとおかーさんが…たちばがまずくなゆ?…って…おんじんだからほうっておけないってゆってた。…だからね!いっしょにおうえんにきたの!ジェシーってえらい?」
「…偉いよ」
「えへへ〜!おじさんはね…ジェシーとのやくそくまもって…みんなをいじめゆくもをやっつけてくれたでしょ?こんどはジェシーがたすけゆばん!」
「……」
「おじさんをいじめゆひとはジェシーが…めっ!…ってすゆ。はい!これあげゆ」
渡された絵は前回と同じで上手いとは言い難い。
…でも、一生懸命に描いてくれたのが伝わってくる。
貰うのは二回目だが今回は内容が違う。
暗い影から女の子が男を庇っている一枚の絵。
言うまでもなくこの絵は…。
「じょうずにかけたんだよ」
「……ああ。上手だね」
「こんなふーにまもってあげゆからね」
「…っ…!」
もう我慢の限界だった。
「…おじさん?」
「……あぁ…」
「ぽんぽんいたいの?」
「…いや……違うっ…よ」
「……泣いてゆの?」
紙に落ちた滴が絵を滲ませる。
涙が零れた。
「…ジェシー…なんかわゆいこといった?」
目元を拭い笑う。
「…っ…あはは、違うよ。…嬉しくても…涙はでるんだ。…ジェシーちゃんありがとう」
「えへへ!」
気付かされた。
…俺はゴウラさんに与えられた餌に喰いついた魚だった。自分の窮地を脱するため…家族のため…そう思って決断し選ん……いや、選んでない。強者に擦り寄って迎合し逃げようとしていたんだ。
他人に偉そうに身分や地位は関係ないって言ってる自分が窮地に立ったら仕方なく従う……そんなんじゃ駄目だ。…黒い物を白って言うような…大手企業の下請け会社みたいな冒険者ギルドを設立したいのか?
違う!
自分の信念を裏切れないから必死に足掻くんだ。
困難に目を背けても残るのは後悔だけ。
ここに集まってくれた皆に胸を張れない生き方は……俺は……黒永悠はできない!
中途半端な覚悟で満足してる場合じゃねぇだろ!?
「あっ…」
群衆の中から現れたのは紙束を両手で抱えるフィオーネだった。
後ろにはボッツ、キャロル、ラッシュ、メアリー、ベイガーもいる。フィオーネは俺を無視してベアトリクスさんの方へと進む。…無用な接触は禁止されているから仕方ない。
「お疲れ様です。到着したとお聞きして…ご協力してくれた皆様を代表しベアトリクスさんにお渡しします。悠さ……黒永悠の免責を求める嘆願書です」
かなりの枚数じゃないか。この短期間でよく…。
「彼が冒険者になって以来、他人の為に一生懸命、依頼をこなす姿を私は間近で見ていました。…見返りを求めず…いつだって…助けてくれた。そんな優しくて強い人だから…種族もギルドも身分も関係なく…皆が彼を慕い信頼しているんです」
「……」
「一介の受付嬢が出過ぎた真似と発言をしてるのは重々、承知です。…それでも…どうか寛大な処置を望みます…!」
深々と頭を下げた。
「!」
…フィオーネが頭を下げる理由は一つもないのに。
「…頭を上げて頂戴。この嘆願書は私が責任を持って提出しましょう。ベアトリクス・メリドーの名と誇りに賭け約束します」
ベアトリクスさんが俺を見る。
「そろそろ時間です。他の十三翼と参加者が『獅子王の間』であなたを待っているわ」
「…わかり、ましたっ…」
「ツヴァイ。リシュリー。ご苦労様でした。あとはわたし一人で大丈夫です。他の者にも各自解散して構わないと伝えて下さい」
「…わかったっす」
「……」
感謝の気持ちと言葉を伝えたくて胸がいっぱいだ。
でも、それは…。
「アイヴィーは信じて待ってるから。…悠はいつだって私の英雄だもん。きっと大丈夫」
ーーきゅきゅう!きゅう〜!!
「ああ!」
皆の想いに報いてこそ言うべきだろう。
「おじさんがんばって〜」
「ジェシー!本当にびっくりさせて…もう」
「我慢できなかったんだよ。…ユウさん。ここであなたの身の上が正しく証明されることを…カナ村を代表し…家族と祈っています」
「ぜってー戻ってこいよ!…みんなで待ってっからな!!」
「俺たちはユウさんを信じてます」
「仲間だもんな!」
「他の連中も寂しがってる。…もちろん俺もだ」
「なにがあってもユウさんの味方だからね!」
「…ふふ。いつも通り笑顔で帰りを待ってますね」
暖かい言葉と期待に応えるべく広場を進んだ。
もう振り返らない。なぜなら…。
「これを使って下さい」
隣を歩くベアトリクスさんがレースをあしらったハンカチーフを差し出す。
「…涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃです」
「す゛み…まぜん」
……こんな情けない泣き顔を見られたくないからな。




