威風堂々。⑦
12月5日 午後12時30分更新
「どんな結果であれ、か」
「…そーそー……まぁ…ボクにゃんは…完全中立って…ことで。…さっきの話は…誰にも言ったりしにゃいから……それじゃ。…ミミ…おぶってー」
「ふざけんにゃ。自分で歩いてくださいにゃ」
「…つれない。つれないなぁー…」
ミコーとミミが去っていく。
「……『天秤』は想像以上に変わった方ですね」
「まあな〜。レイミっちはびっくりすると思うけどすっげー頭は良いんだぜ」
「噂は聞いてますが本当ですか?」
「うん。『魔導天体学』…『精霊学』…『遺物歴史学』…『魔導具精製学』…あとは…えーっと…」
「『古代生物学』の博士号を取得。他に『クトゥヤ研究所』の特別顧問ですね。ミコー様は冒険者でありながら著名な科学者なんです。…科学者とは聴き慣れぬ言葉ですか…帝国では魔法より発展した技術を扱う者を指す呼称だとミミさんから聞いてます」
「それそれ!」
「…不思議な能力を使うって聞いた事はあるな。…『天秤』の前では全て逆になるとか…あと信じられないが未来を予知して戦うらしいぞ」
ベイガーが神妙な面持ちで話す。
「よ、予知?」
「そんなの無敵じゃん」
「…あの出立の他に情報量が多過ぎて混乱するわ」
「うふふ〜。…独特なのはぁ…前からだけどねぇ〜」
「十三翼の一翼を担うとなると人外じみた能力を持った奴らばっかだかんな」
「他の十三等位とは違った意味でミコーは厄介だけどあの言葉に嘘はないと思う。…天眼の力の一端を知れたのは行幸だ。あれは謎が多い才能だからね」
「うむ。…しかし、理由と意味合いは違うが…光に誘われる蛾の如く皆が悠に惹かれるな」
「それが魅力。するーできない威力」
「くくく。…しかも見事に女性ばかりだ」
「うふふふ。朴念仁なのがやきもきしますが」
「ほんとだよ!…わたしもアイヴィーちゃんみたく一緒に住みたいなぁ」
「あの料理を毎日、食えるのは本当に羨ましい」
「マジでそれな」
「最近、姿を見ない『月霜の狼』の御息女もユーにご熱心だと噂を聞くが…」
「直接、聞いたけど友達になったらしいぜ」
「い、一国の姫と友達…?」
「ベイガーの驚く気持ちは分かっけど」
「オレも耳を疑いたくなるわ。…ほんと誰とでも仲良くなりやがって」
「幸い数日前から『王宮』の『シャーロック王』の下へ謁見に行ってるからね。この状況で居ないのは助かったよ。…トモエ姫が戻ってきた時には全てが終わってる」
「終わり、ですか。…本当にどうなるか心配です…」
フィオーネが沈んだ顔で呟く。
全員が黙った。
まだ何も決まったわけではない。
全ては悠とゴウラの采配次第だ。
「きっと大丈夫だよ。…だからすまいる」
ルウラがフィオーネの頬を両指で優しく摘む。
「…ふふふ。励ましてくれてありがとうございます。本当に…優しくなられましたね」
「いぇーい」
目を丸くするソーフィとガンジ。
「……成長したわねぇ〜。前は物騒なことしか言わないしぃー…暴れん坊の困ったちゃんだったのに」
「俺ぁ初対面で『…ルウラに文句でもある?ぶっ殺すぞふぁっきん野郎』…って喧嘩を売られたかんなぁ」
「それ知ってる!」
「あん時は俺とメアリーはEランクだっけ。…たしか『舞獅子』じゃなく『狂華』って呼ばれてよな?」
「ああ。怖くて近寄れなかったよ」
「…とんでもねぇな」
「私は代理決闘で顔前に剣を投げつけられましたね」
「やんちゃな時期は誰にでもある」
「反省しろや反省」
「…うーうー。ゆーがいたらふぉろーしてくれるのに……四面楚歌とはこのこと」
「ははは。成長のきっかけは……うん。やっぱり悠かな」
「くくく」
全員、分かっていた。…もはや成り行きを静観するしかないことを。
其々の思惑と心中は笑っていても複雑であった。
〜午後17時 第19区画 満腹亭〜
第19区画に店を構える飲食店…その名は満腹亭。
名前通り味より量を重視した大衆食堂である。
古い建物に染み込んだ油と食材の匂いが腹の虫を逆撫でする。労働者で賑わう店内で皿を積み上げ大量の料理を平らげる男が一人いた。
「ーーぷはっ!…ねぇちゃん。辛麦のエール瓶を一つとベゴの果物焼き二つ…あとベルカサーモンの煮付けと塩鯉の丸焼きを追加な」
「はーい」
ゴウラだ。
凄まじい食欲だが珍しい光景ではない。
満腹亭はゴウラが幼少時からの顔馴染みの店だ。
対面に座るゼノビアが呆れ顔で呟く。
「まだ食べるのですか?」
「ったりめーだろ。今日は昼飯を食ってねぇんだ。腹が減ってんだよ」
「…そうですか」
「お前もなんか食うか?奢ってやるぞ」
「結構です。…冒険者ギルド総本部のGMが大衆食堂で馬鹿食いするのを見てると不思議とお腹が一杯になるので」
「…嫌味くせーなぁ。どうせ追っかけて来た理由は悠のことだろ?」
ゼノビアが目を細めた。
「ええ。その通りです。…貴方が珍しく他人の肩を持つから気になるのよ。いつもなら任せっきりにする癖に…」
「あー…まぁ…色々とあんだよ」
「その色々の理由を聞きたいのですが?」
「面倒くせぇ」
「……」
「睨むな睨むな。……仕方ねぇな〜。正直に話すから絶対に怒るなよ」
「つまり怒るような内容なのね?」
「やっぱ話すのやめるわ」
「…子供みたく屁理屈を言わないで下さい」
「へいへい」
あっけらかんとゴウラは真実と真意を話した。
「簡単に言うと悠には事前に助言してる。冒険者ギルドを設立してGMになり『金翼の若獅子』の連盟に加入しろってな。俺は最初からあいつを助けるつもりだ」
絶句。困惑。激怒。
感情が入り混った複雑な顔だった。
「……あ、なたは……」
ゼノビアは怒鳴りそうになるが必死に堪える。
「…最後まで聞けよ。助ける理由が二つあってな。査問会でも言ったが人望があるってのが先ず一つだ。こんだけ人気があって信頼されてる冒険者を無下にはできねぇ。…それに旅の道中にいろんな噂を耳にするが…最近の『金翼の若獅子』の評判は糞だ」
「それは…」
「分かってんよ。GMがしっかりしてねぇっつーのが原因だって言いてぇんだろ?…だけどな今更、俺が常駐しても焼石に水だっつーの。ガウラと喧嘩をした時から歯車は狂ってんだよ。それに十三翼は個々で力を持ち過ぎた」
「……」
「そもそも俺は人の上に立つのに向いてねぇ。…強さで人を従えるにも限界があるってこったな〜」
一旦、話を区切り瓶を傾けエールを飲み干す。
「…だが悠はどうだ?短期間でラウラとルウラから信頼され…あのガンジとソーフィも惚れ込んでる。必死に助けようとする仲間にも恵まれてるしベルカ近隣の村民まで集まってたじゃねーか」
「広場に大勢いましたね」
「無所属でもあいつが居た方が今後の『金翼の若獅子』のために良いんだよ。…実力があり誰にも染まってねぇから行き過ぎた十三翼の抑止力になる。…それにトモエの件も…オルティナの件も…俺らは救われてんだぜ」
「…それは否定しませんが」
「だろ?契約者も色々さ。危険な毒でもあり良薬でもある。リョウマのジジイが良い例じゃねぇか」
ゼノビアは内心、胸を撫で下ろす。
彼は他人からは無責任と思われがち……いや、実際に無責任なのだが…面倒で話さないだけで本当は思慮深い性格なのを長い付き合いで知っていた。
納得し兼ねる部分はあるが真意を知り安心する。
「分かりました。百歩譲って納得しましょう。二つ目の理由も聞かせて下さい」
「二つ目はアイヴィーのことだ」
「あの吸血鬼の少女ですか?」
「おう。…ま、一つ目の理由よりこっちの方が俺にとっちゃあ重要だ」
「『薄暮の蝙蝠』…彼女の父の『レイヴィー・デュクセンヘイグ』は裏切り者です。彼が闇ギルドに寝返ったせ」
「やめろ」
真剣な顔だった。
「答えに満足しただろ。もう話すことはねぇ」
「…はい」
しつこく聞いてもこれ以上は本当に話さない。
彼の声色で分かる。機嫌を損ねたのだ。
ゴウラはゼノビアの沈んだ顔を見て溜め息を吐いた。
「……落ち込むなってーの!俺も私情を挟み過ぎったってのは分かってる。けど安心しろや」
「安心?」
「他人の評価は十二分に分かった。あとはあいつが本気でGMになる覚悟が…自分の信念を貫く覚悟が本当にあるのかが知りてぇ。成り行きで仕方なく選ばせた答えでも……半端じゃ意味がねーんだ。……それを確かめお前らも納得する一番の方法がある」
「一番の方…!…まさか」
「真剣で俺と闘って貰う」
「………」
ゼノビアが息を飲んだ。
周囲の声と音がやけに静かに聴こえる。
「殺すつもりもねぇが五体満足で帰れる保証はない」
「…殺しはしないって……貴方が手を抜かずに闘えば彼が生きてる確率は零よ」
「ん〜。あの従魔がいれば……がははっ!下手したら俺が殺されっかもな。契約者が瀕死になりゃ暴走する危険もある」
「…娘二人に恨まれますよ」
「それも承知の上だ」
「無茶苦茶だわ」
助けるつもりなのに本気で闘う。
無血で終わらせるつもりはない。
…ゼノビアは悠に同情したくなった。ゴウラの助けると他者が考える助けるには相違があり過ぎるのだ。
緊急査問会の意味も…あの白熱した討論も…悠を擁護する者の訴えも…利用しようとする者の訴えも……全てが泡となり消えた。
責めて問い詰めても覆らないだろう。
なぜなら道理・倫理・話の筋を捻じ曲げ自分の意思を押し通す力があるから。
強さの限界とゴウラは言っていたがそれは違う。
地位や身分ではない。
誰も敵わない最強の実力が実現させてしまうのだ。
自分勝手で周りは振り回されてばかり。
それでもゼノビアが付き従い慕うのは……。
「おまたせしました〜。辛麦のエールでーす。料理はもう少々、お待ちくださーい」
店員がテーブルに置いた酒瓶を手に取る。
「あ、おい」
「…これ以上、悩むのが馬鹿らしくなりました。私も飲みます」
「お!いいじゃねーか。乾杯といこうぜ」
「そうですね。では…」
瓶と瓶を合わせる。
「獅子の無慈悲な救済に…乾杯」
「…なんだそりゃ?」
「気にしないで下さい」
この更なる予想外の流れに悠がどう答えるのか…。
その答えはいよいよ明日、明らかになる。




