威風堂々。②
9月19日午後13時41分更新
〜午後15時 マイハウス リビング〜
稽古を終え夕食前のティータイム。
「美味しいわ」
甘熟ツリーから採取した溶岩リンゴで作ったタルトはベアトリクスさんのお口に召したご様子。
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溶岩リンゴのタルト
・溶岩リンゴの果実を煮込みジャムにして焼き上げた菓子。濃い甘みは薄いビスケット生地と絶妙な食感を生み出す一品。
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「…あい」
「ーーけぷ。いつまで引きずってんだっつーの」
口元がジャムと食べカスだらけのアルマ。
「負けてショックなんだよ」
ミコトにパワーアップして貰ったばっかなのにこれだもん…。
「落ち込まないで下さい。あれは只の稽古ですから。パワーとスピードは断然、悠の方が上です」
「えぇ」
そんな風には見えなかったけど…。
「貴方より卓越してる剣術と戦闘経験で翻弄したに過ぎません」
「剣術…」
「寧ろ我流であの太刀筋は恐ろしい限りだわ。圧倒的な戦闘数値が成せる動き…あれに呪術と戦闘技が合わさるのだから強い理由にも納得です」
「剣術と戦闘技ってどう違うんだ?同じ技だろ」
「違い、ですか……ふむ」
考え込むベアトリクスさん。
そんな変な質問をしたつもりはないが…?
「あんたは土台が違う」
顔を舐めながらアルマが呟いた。
「土台?」
「そもそも基本となる術理があってこそ戦闘技へと成り代わるのが普通。鍛錬や稽古はそのためにあるわけね。けど悠は何も学ばず最初から習得してたでしょ」
「まあな」
「だから手順が逆なの」
「彼女の言う通りです。戦闘技習得の基本は技を磨き鍛錬し経験を積むに尽きるわ。…これは常識で疑問に感じるのは育った環境の違いではないでしょうか?」
「環境……うん。そうかもな」
平和な日本に生まれ戦争とは無縁の生活。
……経験したのは素人同士の喧嘩程度だ。
そりゃ剣術なんざ知らんもん。
こうなる未来が分かってたら剣道を習ってたけど。
「言い換えれば基本の型を覚えれば今より戦闘技の動きも良くなると思いますわ」
「マジか」
「そりゃそーでしょ。何事も過程は大事っつーことね」
「アルマ師匠の地獄レッスンでアイヴィーも日々、叩きこまれてるから」
ほっぺにジャムをつけ自信満々に胸を張るアイヴィー。
「地獄レッスンですって?…明日からスペシャルメニューの訓練を追加ね」
「…あう。墓穴を掘った…」
その一言にがっくりとうな垂れた。
「とにかく俺もベアトリクスさんみたいな剣技を習得出来るってことだよな?」
「残念ですが無理でしょう。あなたには適さないと思います」
即答やん。
「適さない?」
「私の剣筋は『柔』。オスカル流護剣術をベースに独特に編み出した技です。…相手の力を利用し反撃を放つ…躍起になって相手が攻める程、威力を増すわ」
カウンター…身に覚えがありまくる。
股間がひゅんっとした。
「もがくほど深く突き刺さる薔薇の棘……私が『荊の剣聖』と呼ばれる由縁よ。自慢になるけど棘剣陣を初見で破られた事はありません」
ス、スピーナ…?
「対して悠は『剛』の太刀筋。…他者を圧倒する破壊力が本懐でしょう。下手に私の剣を覚えたら折角の特性が失われてしまう…さっきも言いましたが基本的な型は指導できます。それで十分だと思いますよ」
「そっかぁ」
「脳筋のあんたに繊細な技は似合わないってこと」
「…脳筋ってひどい」
「事実でしょ」
ちくしょー!反論できない…。
「ふふふ……GMを目指すなら向上心があるのは良い事よ。その冒険者ギルドで一番強くなければ務まらない役職だから」
「強くないと駄目なの?」
「私はそう思うわ。ギルドの緊急時に矢面に立つのはGMに他ならない。『金獅子』が好き勝手に振舞っても立場が揺るがないのはその強さに在る。…正直、彼に勝てる者がこの世に居るとは思えない」
アイヴィーの質問にベアトリクスさんが答える。
「あら。そんなに強いのね」
「伝承に名高い貴女とでは比較にならないでしょうが最強と評すべき人物の一人で間違いない。他の上位級が束になっても勝てないわ。……だからこそ悠の力が欲しかった。私の見立てでは…あなたなら彼に勝てる可能性があると思う」
「いやいやいや」
首を横に振って否定する。…ミコトの力があるとはいえ勝てる気がしないのですが。
「…っとギルド設立に協力するのは友人としての立場もありますが自身の理想実現のため…あなたを利用する魂胆も無きにしも非ず…ですわ」
正直な人だ。
下手に善意だけで動く人より信用でき……って自分に突き刺さるなぁ。
「俺が役に立てるなら幾らでも力を貸しますよ。でも…」
「でも?」
「間違ってると思ったら体を張って止める。それは仕事じゃなくて…貴女の友人として、です」
「…ふふ」
少し頰を染め微笑む。
「悠が好かれる理由が分かります。…そんな風に自然体だから…放っておけなくなってしまう…」
なんだかこっちが照れ臭くなるな。
「…八方美人を極めつつあるわねこの男」
「人聞きが悪いぞ」
「あんたいつか刺されるわよ」
「刺すってなにを?」
呆れ顔で溜め息を吐くアルマとアイヴィー。
な、なんなんだよ!
和やかな雰囲気の中、警告音が小さく鳴った。
「…失礼。席を外すわ」
ベアトリクスさんは懐から白金のカードを取り出し玄関へ向かった。
もしや金翼の若獅子からの連絡か?
ーーユウーー
突如、メッセージウィンドウが表示される。
「!」
モミジからだ。
呼び声の指輪を介した一方通行の会話。
「……」
ーー違反だけど隠れてメッセージを送ってんだーー
ーー今回の件で巌窟亭とオーランド総合商社に灰獅子から連絡がきたーー
ーー査問会ではオレとレイミーが擁護したからなーー
ーーフィオーネを筆頭に職員やメンバーも嘆願書の署名を集めてるーー
ーー心配すんな。ユウは一人じゃないーー
次々と表示されるメッセージ。
限られた文字数で励ましの言葉を送ってくれた。
フィオーネにも心配を掛けてしまってるな…。
ーー牛鬼や魅惑の唇もすごい剣幕で怒ってたぜーー
…ガンジさんにソーフィさんまで……本当に有難い。
ーーもっと伝えたいことがあっけど時間がないーー
ーー最後に…ーー
ここでメッセージが途絶えた。
……どうしたんだ?
「お待たせしましたわ」
丁度良くベアトリクスさんが戻ってくる。
真剣な表情を見て察した。
「連絡がきたんですね?」
「ええ。明日の午前10時に『金翼の若獅子』であなたの聴取を受け最終決議を下します。当初の予定より大分、時間が掛かったのはあなたを擁護する者達が多く……ふふ、予想を超える大騒ぎになっているからよ」
「大騒ぎか…。騒がせて申し訳なくなる」
「これこそが『灰獅子』の狙いなのでしょう。如何に『十三翼』が冒険者ギルド総本部の最高権力を保持しようと人衆の声は無視できない。まして身内も関わるとなれば尚更。…あなたが築いた信頼と実績は本物だったと証明されましたね」
「情けは人の為ならず、ですね」
「今日で美味しい食事とこの生活とも御別れ…。一抹の寂しさを感じるわ」
…確かに。なんだかんだ楽しかった気がする。
「ベアトリクスさん。このお礼は必ず…」
「アイヴィーも感謝してるから」
「ふん。また来たらいいじゃない」
ーーきゅ!
俺たちの顔を見て呟く。
「……ありがとう。ここは居心地が良い。暖かくて…まるであの日を……」
「?」
憂いを帯びた横顔。
「…いいえ。何でもありません。でしたら夕飯の前に型の指導をしましょうか。難解な内容ではありませんし後は自主訓練で反復し覚えて下さいね」
「ありがとう」
「そうね〜。アイヴィーはわたしと創造魔法の訓練よ。今日はかなり厳しく指導するから覚悟なさい」
「……いつも厳しいとは口が裂けても言えないから」
ーー…きゅぷい!
キューがリビングから出て行った。
「自分も参加させられると思って逃げたわね」
「キューの薄情者…」
恨めしそうなアイヴィー。
「あははは」
ベアトリクスさんが笑った。
兜の下に隠れた素顔。傷痕があろうが無かろうが美女に変わりはない。
……ってか家に寝泊まりしてたんだなぁ。
今更ながら意識しちゃうぜ。
その後、夕飯まで稽古場でベアトリクスさんに剣術の指南を受けた。
案の定、スパルタ指導だったがとても勉強になる。
何にせよ明日は正念場だ。緊張や不安はもうない。
…俺は一人じゃない。
そう思うとどんな困難にも立ち向かって行ける自信と勇気が漲る。
あとはゆっくり寝て明日に備えるとしよう。




