邂逅の残滓。
9月9日 午後15時32分更新
〜夜20時20分 マイハウス 庭先〜
「…ちっ…」
吸い殻が灰皿に重なっていく。
風も吹かない暗く静かな夜。
「これから、か」
そんなの決まってる。
家族のため…仲間のため…助けを求める人のため…ミコトの力を役立てたい。
…そして、自分を蔑ろにしちゃいけないと学んだ。
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『…悠が死んで残された人が…どれだけ辛い思いをするか考えなかったのか!?…あの時、僕とルウラが…エリザベートが…!どんな気持ちだったか…君はっ…!!』
『…ルウラも…ひくっ…ゆーがいなくなったら嫌…』
『…悠よ。必ず助けるからな。決して不遇な目には合わせん』
『わだ…しの…お父さんだもんっ!!…お、置いてかっ…ないでよぉ……悠…がいな…ぃ世界なんて…やだもん…!』
『悠の死は自分だけの問題じゃない。遺される者の気持ちをよーく考えなさいな。…責任を持ってアイヴィーやキュー…あの龍の卵の面倒を見るって言ったのは自分でしょ』
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…周囲にあんな思いや気持ちにさせるのは御免だ。
でも、誰かを見捨てる事を正当化したくはない。
…この気持ちも…偽りなのだろうか……?
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『二つ目ですが狂気の数値と姉の影響を受け異常な義精神と正義感に貴方は支配されている』
『!?』
『…善良な魂を持つ故に歪まず真っ直ぐに狂ってしまった。身に覚えがあるでしょう。…躊躇せず命を投げ出す悪癖…敵と見定めた相手に対し苛烈な迄に湧き上がる憎悪を。うふ、ふふふ。…地球に居た頃の黒永悠はもう居ないのです』
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アザーの言葉が呪縛のように蘇る。
ミコトと契約した時点で俺は俺じゃ無くなった…?
「くそっ!」
認めたくない。
認めたくないが……心当たりが多過ぎる…。
「お前と自由に話せたならなぁ…」
右手を上空に翳して呟く。星が一つも見当たらない。
月も見えないしまるで黒の絵の具で空ってキャンパスを塗り潰し……。
「……月も見えない?」
待てよ。…確か…月没の夜に契約者側から対話が可能って…!
「なーにしてんのよ」
「今日は『月の幄日』でしたね。とても静かな夜…」
アルマと兜と鎧を外し身軽になったベアトリクスさん。
長袖のインナーとレギンスが体にフィットして胸や尻の凹凸が強調されている。…ちょっとエロい。
「…真っ暗でちょっとこわいとかアイヴィーは思ってないから…」
ーーきゅ〜?
「皆…」
「どうしたのよ」
「いや、それがーー」
ミコトとの対話について話をした。
〜5分後〜
「なるほど」
「月没ってのはパルキゲニアじゃ世界から月が消える日を指す呼称よ。昔は月光と闇夜を支配する女神が眠る夜だから月が無くなるっても言われてたわね〜。どーゆー原理なのか諸説色々あるけど……今は関係無い話ね」
アルマが説明してくれた。
文字通り月が没するって意味か。
何にせよ願ってもないミコトとの対話の機会が訪れたって訳だ。
「ミコトと話すの?」
「…ああ。どうしても確かめたい事があるんだ」
「契約者と従魔の対話…。この目で見るのは初めての経験だわ」
「……止めなくてもいいんですか?」
「あくまで監視ですから。自宅内の行動まで制限しませんよ」
涼しい顔で答える。
…本当は違うだろうに。幾ら自宅内とはいえ対象を自由にさせたら監視の意味が無い。
今はその好意に甘えさせて貰おう。
「ちょっと離れててくれ」
右手を強く眼前で握り締めて目を瞑り願う。
「(ミコト…。お願いだ応えてくれ。話したいことが…聞きたいことが沢山あるんだ)」
「あ、あれ…!」
「月が…?」
「……」
ーーきゅきゅう!
〜邂逅の残滓〜
成功したのか?…取り敢えず目を開けてみよう。
「こ、ここは…」
一面に咲く黒い花に鳥居と地蔵が入り乱れた草原。
空は薄暮れに染まり星が見える。
「アイヴィー?」
辺りを見回すが誰も居なかった。
「…アルマ!キュー!ベアトリクスさん!」
大声で叫んでも反応は無い。
「もしかしてここは…邂逅の夢跡…?」
ーーー…久しいな。悠よ。
振り返ると白髪が混じった長い髪を靡かせミコトが立っていた。
皹割れた般若の面から見える口元に笑みを綻ばせている。側には三匹の白蛇を従え……んっ!?
「小さくなってるが…ハクとランにシロ…だよな」
ーーーふふふ。この三匹は妾の御遣い…神樂蛇で見知ってるか。…名付けした其方を随分と好いておるぞ。
小さく唸り声を挙げる三匹。
「ははは。そっか…」
どう切り出したら良いか分からず沈黙してしまう。
そんな俺を見兼ねミコトが先に答えた。
ーーー…妾と悠は一心同体。…其方の心を曇らす悩みも…経緯も…疑問も…全て知っている。真実を知りたいのではないか?
「…なら教えてくれ。俺は…」
ーーー…アザーの…愚妹の言葉は真実だ。
「…真実…か」
予感はしていたが的中して欲しくなかった。
「……」
言葉が続かない。
ーーー…唯、真実ではあるが全てでは無い。
「…どういう意味だ?」
ーーー人の身で到達し得ない狂気の境地…凡そ平常では居られぬ筈。…其方が人を慈しみ…愛し…守ろうとするのは悠の魂の資質であり心髄なのだ。
「魂の素質…」
ーーー…妾は荒神故、司るは闘争と呪怨。心より溢れ出す憎悪と嚇怒が其方を支配したのは身に覚えはあろう。あれが顕著な影響よ…。
「…だけど…」
ーーー…ふふふ。
急にミコトが頰を撫で抱き締める。
「うわっぷ!」
胸に顔が埋もれた。
…優しさに包まれるような…何とも言え無い芳香と感触。
ーーー悠よ。逆誄歌は其方が望む故に創造した奇跡。…元々、妾に人を癒す力は無い。有るのは敵を殲滅し淘汰する闘いの力のみ……だったのだがな。
「…みぃふぉと…」
ーーー…妾も其方の影響を受け変わった。…悠の慕情や慈愛…何と心地好いものか。…未だ消えぬ厭悪の炎を…傷付き穢れた心身を癒してくれる…。
ーーーそして逆もまた然り。其方に妾が齎す影響は…この世界の人草ならば…数刻とも持たぬ常軌を逸した狂威。耐え得るのは異邦人の御主だけ。
「……」
ーーー悠の当惑する思いは判る。繋がってる故…痛い程にな。…然らば妾がその葛藤と不安を取り除こう。
頭を抱える手が髪を梳く。
ーーー…其方は其方だ。契約者でも…異邦人でも…祟り神の影響を受けようと…黒永悠の根幹は出逢った時と何一つ変わっておらん。
「あ…」
ーーー…千辛万苦が待受けようと妾はずっと側に居る。
「…っ」
ーーー…悠が歩んだ軌跡は決して色褪せぬ。御主を慕う者達がその証拠ではないか。
「うぅっ…」
ーーー愚妹の下らぬ言葉遊びに惑わされるな。
「…あっ、あぁ…」
ーーー…悠が悲しいと妾も哀しい。反対に其方が笑えば嬉しく思う。だから……。
ーーー妾を信じてくれぬか?
「…うあぁぁぁっ…!」
契約者と従魔。
魂と魂が繋がる間柄だからこそ隠し事は出来ない。
真意を見抜いた上での一言だった。
…自分を肯定し信じてくれるミコトを疑った愚かしさに涙が止まらない。
ーーー泣くでない。まるで赤子だ。
背中を摩り優しく語り掛ける。
…幼き日に事故で亡くした母親の虚ろな記憶と面影がミコトと重なった。
暫くした後、ミコトから離れ目を拭う。
「あ゛ぁー……その、もう十分だ」
いつまでも泣いてちゃ格好がつかないしな。
ーーー泣く御主は可愛かったぞ。…甘えられるとは存外に気分が良いものだな。一入、愛いうしく想う。
揶揄うように笑った。
「…ちょっと感情的に…ごにょごにょ」
ーーーふふふ。
ばつが悪くて頭を掻き誤魔化す。…話題を変えよう。
「そ、そういえばここって邂逅の夢跡とは違うよな」
ーーー此処は邂逅の残滓……妾の心象の世界だ。御主だけが立ち入れる。悠との絆が深まり現界へ顕現する事が可能となった。夢跡とは違う。
心象の世界…。
ーーー故に心と精神が残滓を左右する。…妾が悲しめば雨が降り嬉しくなれば晴れる…怒りは嵐を巻き起こす。
つまり不思議空間ってことか。
ーーー…さて、時間の猶予は余り無い。他にも悠には伝えねばならぬ事が有る。先ずは愚妹のことから話そう。
「アザーか」
ーーー…あれは神々の中でも異端。信仰も祈りも求めぬ。ある意味では神々の…いや、創造主たる妾の父であり母…『イヴ』よりも力を持つ女神よ。
「創造神イヴ…」
ーーー秩序と混沌の相反する二つの要素…善も悪も無く…在るが儘に狭間から世界を観測し輪廻の調和を取り持つ。…久々に見た愚妹は昔より愛想が良くなったみたいだがな。
「愛想が良いって…あれでか?」
ーーー理解せよとは言わぬ。神は理不尽で気紛れなもの。…あの時、逆誄歌を使えば其方が死ぬ事は妾も分かっていた。必ず愚妹は介入すると見込んだから止めなかったのだ。
…笑ったのはそういう意味合いだったのね。
ーーー仮に介入せずとも延命の策はあった。助けたのはあれなりに悠を気に掛けているからだ。…妾が弁解するのも可笑しな話だが彼奴を許してやってはくれぬか?
「いや、まぁ…助けて貰ったし…ミコトが言うなら」
ーーーふふふ。…しかし、悠を召喚した先も愚妹の差し金とは…感謝せぬとな。
「…ああ」
それについては激しく同意。
ーーー…そして御主の存在が齎す運命の変革。これも事実である。あの愛らしい幼子も…魔猫も…悠と出逢った者達は皆、結末が変わった。…全てが救いのある未来を迎える訳では無いだろう。
「……」
ーーー水面に投じた波紋は静かに広がり畝りを呼ぶ。…しかし抗えぬ訳では無いぞ。あの少年を救ったように奇跡は起こせる。
「あの少年って……エンジか?」
ーーーその通り。…悠の選択と出逢いが何を招くか…後悔し絶望に打ちひし時もあろう。だが、間違った選択をしても正す事は出来るのだ。
「!」
ーーー思い悩む岐路に立たされた葛藤と焦燥は分かる。新たな道を踏み出す決心が付かぬのも、な。…ならばこそ妾が支えとなろう。どんな険しい道になろうと…絶念の壁が立ちはだかろうと…其方と共に歩む事を永遠に誓う。
「ミ、コト…」
ーーー妾達は一連托生の身の上ぞ。
力強い一言に不安な気持ちが薄れていく。
…そう。何度だって立ち上がってやり直せば良い。
俺には心強い相棒が…家族が…仲間がいるんだ。
一人で背負えるほど俺は強くない。
…知らず知らずに期待に応えようと理想像を追い求め自分を見失っていたんだ。
ーーー良き貌ぞ。曇りは晴れたようだな。
「ああ。…それと…今更だけどいつも支えてくれてありがとう。もう迷いは消えたし覚悟も決まったよ」
ーーーうむ。
「…俺は俺だ。これからも馬鹿をやらかすし何度も失敗するだろう」
ミコトに歩み寄る。
「…ミコトが必要なんだ。従魔としてじゃない。俺の相棒として…この先もずっと…ずーーっと…」
ーーー……。
「一緒に生きて支えてくれ。俺も支えるから。…これからは何があってもミコトを信じるって誓うよ」
突如、黒い花が枯れ彩の鮮やかな花が咲き辺り一面を覆う。
ーーー……嗚呼、其方は…いつも希望を紡いでくれるな…どうか今一度、頰に触れ妾の名を呼んでおくれ。
「…ミコト」
割れた面から覗く左頬に手を添え名前を呼んだ。
そーいえば前もこうしたっけ。
ーーー…悠が居れば他に何も要らぬ。御主が信じてくれるなら唯一無二の力を与えてくれよう。
面が砕け散り口元が露わになる。
…薄暮の空が黒く染まり始めた。
ーーー…名残惜しいがもう別れの刻。…その前に困難に立ち向かう力を授けん…。
しなやかな両手が俺の頰を包む。
「ちょっ」
ミコトの柔らかい唇がおでこに触れた。
血が沸き立つ不思議な感覚が身体中を駆け巡る。
…そして自分の顔が真っ赤になってるのも分かった。
ーーー…ふふふ。次の邂逅を指折り数え楽しみに待っておるぞ。…愛しき我が主よ。
「ミ、ミコ」
目も開けられない程、眩い極光に包まれた。




