責任と追求。終
9月5日午後21時59分更新
〜午後18時 第6区画 マイハウス近辺 丘〜
護送車が自宅近辺に到着する。
「この一帯が所有地ですか。…中々の広さですね」
「まあな」
家へ続くなだらかな丘から一望できる範囲内全てがマージョリー不動産から買った土地だ。
牧場を運営出来るほど広い。
…あの金額で買えたのって相当安上がりだよなぁ。
「ベアトリクス様よー。この人数だとめっちゃ監視が大変なんですけどぉ」
「…こいつの意見に同意すんのは癪だが……マジできついと思うわ」
監視班は十人編成。
その内の二人はツヴァイとリシュリーだった。
「泣き言は聞きません。各員、東西南北に別れ配置に着きなさい。南西と北東にも二人ずつ配置で四名。北西と南東は市街地へ近いルートなのでツヴァイとリシュリーが警備なさい」
「増員ってのは…?」
「あら。二人は私の指示に不満があると……あなた達の上司である『貪慾王』と『瑠璃孔雀』に職務怠慢でなんと報告すべきか」
二人の顔色が変わる。
「うはっ。命令どーりするんで勘弁して」
「…くそっ!面倒だけど…仕方ねー」
なんだか申し訳ない。
「済まないな。俺のせいで余計な仕事を増やしちまって」
「「!」」
謝ろうと近付くと凄い速さで後退った。
…え?
「ち、近付かないでくれっかな」
「…て、テメェへの…恨みは…わ、忘れてねーかんな!」
「試験のことか?あれは仕方ないだろ。…もう怒ってないし仲良くしよう」
「……」
「……」
…昔、テレビで見たが草食獣は肉食獣の食指から逃れるために一定の間合いを保つらしい。
相手が動けば自分も動き距離を維持する。
何故、それを思い出したか?
……ツヴァイとリシュリーは俺が一歩踏み出すと一歩下がるからだ。
その顔はライオンを見る兎のように怯えている。
「ふふふ」
ベアトリクスさんが笑った。
「二人は貴方が怖いのです。試験での一件は心的外傷なのでしょう。そっとしてあげて」
「…えぇ」
「私たちは家へ行きましょう。案内して下さい」
「あー…」
「どうしました?」
「ベアトリクスさん。家族で話す時間を俺に下さい。……事情は後ほど説明しますから」
「……」
「そ、そんなのダメに決まってんだろ!」
「逃げる算段を話す可能性もあるし〜…」
「…お願いします」
真摯に頭を下げて頼む。
「……分かりました。許可しましょう。但し必ず事情は説明して貰いますよ」
「あ、ありがとう!」
「はぁ!?」
「それって違反なんじゃねーんすかね〜…」
「現場の指揮・権限・判断は監督者に任されている。…文句があるなら聞きますが?」
押し黙る二人。…この威圧感に逆らえる勇気は湧いてこないだろうな。
俺は一足先に自宅へと向かう。
〜マイハウス 庭〜
門を潜ると既にアイヴィーとアルマ…それにキューが待ち構えていた。
「説明しなさい」
俺を見るなりアルマが告げる。
「あ、アルマ」
「わたしは家を中心に他人の魔力を察知できる魔法壁を展開してるの。神樹のお陰で以前に比べ広範囲をカバーしてる。…一緒に来た奴らは誰よ」
「…なにかあったの?アイヴィーは心配してるから」
ーーきゅきゅ〜…。
俺を見詰める視線が三者三様に揺れる。
「………実はーー」
今回の一件を説明した。
経緯を遡り逆誄歌の奇跡も…。
アジ・ダハーカの忠告を無視したことも…。
心配を掛けまいとそれを隠していたことも…。
包み隠さず全部、話した。
〜10分後〜
「……」
「……」
ーーきゅう…。
沈黙が重い。顔を見るのが怖くなり情けないが気付けば顔を伏せ喋っていた。
「…悠。しゃがんで」
「あ、ああ…」
言われた通りに片膝を突いてしゃがむ。
「顔をあげて」
…恐る恐る面をあげる。
ぺちん。
アイヴィーの小さな手が俺の頰を打つ。
本日、二回目の平手。
「…アイ」
「ばか!!」
ぺちん。
今度は左頬を打たれた。
「…なんで…そんな大事なこと…ずっと黙ってたの!?」
「…悠が死んだら……わ、わたじっ…は……ま、また家族をっ…失っちゃっ…ひぐ!」
「他のだれっ…より……大事なのっ!!…ずっと…側に居て欲じ…いの!!」
何度も何度も頰を叩く。
「わだ…しの…お父さんだもんっ!!…お、置いてかっ…ないでよぉ……悠…がいな…ぃ世界なんて…やだもん…!」
叫ぶ度に涙でぐしゃぐしゃになる顔。
痛い。耐え難い心の痛みが襲ってくる。
…心が張り裂けそうだ…。
「…ごめん。…アイヴィー…ごめんなっ…!」
抱き締めた。
「ばかばかばかぁっ…ゆうのばかぁっ…」
…ああ。俺は大馬鹿の糞野郎だ…。
自分が犠牲になって悲しむ人を蔑ろにして…何が…家族だよっ…間違えてるじゃねぇか…!
契約者である前に俺は…。
「…はぁ。怒るタイミングを見失ったじゃない」
溜め息を吐いたアルマが呟く。
「心底後悔してるって感じね。…とーぜん反省してるんでしょ?」
「……もぅ…言葉に出来なぃ…ぐらっ…い」
「泣き過ぎよ。…まぁ仕方ないか。でも約束しなさい。その奇跡は二度と使わないって。…アジ・ダハーカも知ったら悲しむわよ。…三回の猶予なんてないと思いなさい」
「…すん。…あぁ」
鼻を啜り返事をする。
「破ったらあんたを殺してわたしも死ぬ」
きっぱりとアルマは断言した。
……どっかで聞いた台詞だな。
「悠の死は自分だけの問題じゃない。遺される者の気持ちをよーく考えなさいな。…責任を持ってアイヴィーやキュー…あの龍の卵の面倒を見るって言ったのは自分でしょ」
「…ぅん」
「だったら嘘を吐くんじゃないわよ」
「…ぐすっ…アルマ師匠の言う通りだから」
ーーきゅー!!
…そう。その通りだ。
頰を両手で思いっきり叩く。
「ふぅー…本当に反省しかないな」
「猛省しなさい」
「……おう。…アイヴィー。俺は…心配かけてばっかの…父親失格の馬鹿だけどさ」
「…うん」
「約束するよ。もう二度と自分を蔑ろにしないって…だから……その…許してくれるか?」
「……うん」
「…こんな俺だけど…また信じてくれるか?」
「………信じるよ。私を救ってくれた…あの日からずっと…ずーっと…悠を信じてるから」
泣き腫らして目を擦り微笑む。
「…あ、りがとな」
再び強くアイヴィーを抱き締める。
「やれやれ。…まーた泣いてんじゃないっつーの」
ーーきゅきゅ。
家族の尊さを実感し強くなりたかった理由の根本を思い出した。
……全く。本当に救いようがないよな。
〜午後19時30分 マイハウス リビング〜
時間が過ぎて夜。
ベアトリクスさんに夕食の席で秘密を打ち明けた。
「………ふふふ。驚きを通り越すと逆に冷静になるとはこの事ね」
ナプキンで上品に口元を拭きながら笑う。
「信じてくれますか?」
「ええ。…色々と許容し難い内容ではありますが…あの従魔が神ならば理外の事象も納得がいきます。それに…」
横目でアルマを見る。
「ーーげふ。あによ」
「伝説の勇者『緋の魔女』が封印した『曠野の魔王』が…まさか可愛い猫だったとは…」
で、伝説の勇者に曠野の魔王…?
「世を偲ぶ仮の姿だっつーの」
「伝記作家ダレン・シャンが記した『緋の英雄譚』の序章で出てくる貴女の話は真実だったのですね…。世に発表すれば大変な混乱を招くでしょう」
「ふん…わたしのことは黙っておきなさい。余計な騒ぎは嫌いなの。今の生活が気に入ってるし」
前脚で顔を撫でる。
…ラウラたちにも内緒にしていたアルマの真実。
ベアトリクスさんは滞在する以上、黙ってる訳にはいかない。…今回は事情が事情だしな。
「ええ。秘密を打ち明けてくれたのは信頼の証。軽々しく裏切りません。…しかし、魔王の弟子が『宵闇の令嬢』となると…益々、他の十三等位には話せませんね。悠の立場が悪化するだけだわ」
「……そんなにまずい状況なの?」
アイヴィーが不安そうに問う。
「芳しいとは言い難いでしょう。…逆誄歌…あの奇跡は常識から逸脱した力です。死者を蘇らせるなんて有り得ないことを実現させたのだから」
「悠は命を助けたのに?」
「人は未知なる力や存在を恐れる。そこに人格は考慮されない…契約者が敵となる可能性が1%でもあれば…『金翼の若獅子』では対策を講じる必要があります。脅威を削ぎ懐柔させなければいけない」
「……そんな…」
「最悪、デザートヘル収容所への収監も」
「…絶対、させないっ!!」
ーーきゅきゅきゅー!
アイヴィーが机を叩き立ち上がる。キューも吠えた。
「暴れるわよ」
「…そうならない様に『灰獅子』に『舞獅子』と『串刺し卿』…私がいるわ。理想実現の為にも貴方は自由であるべきと思慮しました。…ふふ。秘密を共有する者としても尽力しますよ」
「ベアトリクスさん…」
「面倒なことになってるわね〜。…これだから八方美人の家主って嫌だわぁ」
二又の尻尾でぺしぺし、と頭を叩かれる。
「…返す言葉もございません」
「アルマ師匠が全面的に正しい。…罰として家族サービスを要求するから」
アイヴィーの影が体を小突く。
「…その通りでございます」
「わたしは絶品料理のフルコースね」
ーーきゅきゅきゅう〜…きゅ!
「キューは外に連れてけって言ってるよ」
「うふふ。私もお礼を要求すべきでしょうか?」
言われる迄もない。
…この件が片付いたら皆に謝って礼をしなきゃ。
「…気休めかもしれませんが『灰獅子』は全力で弁護をするわ。『巌窟亭』や『オーランド総合商社』…貴方の実績と活躍を活かす形でね。楽観視は出来ませんし制約を設けられる可能性は高いですが……最悪の事態は回避できると思う」
「最悪のケースか」
「聴聞の際には悠の発言も大事です。契約者としての責任を追求されるでしょう。何を言うか考えておくのも時間の有効活用ですよ。私も相談に乗ります」
「分かりました」
…それから20分後。
一人庭先でこれからの未来予想図を思い描いた。




